60話 陽一対へび子②
通常の脱皮は成長に合わせて古い殻を脱ぎ捨てる。
決して回復や治療行為といった意味合いで行われるものではないはずだが、へび子に関しては別。
俺の与えた切り傷は脱皮によって消え、どこか体調も良くなったように見える。
おそらくは脱皮という名前のスキルで、その発動をすぐ行わなかったのは何か条件があったから。
発動タイミングからしてその条件は重そうだが発動してしまえば強力、ってことらしい。
通常の脱皮同様身体が大きくなっているようにも見えるし、しかも切断された尻尾の傷まで塞がって、元の長さに戻ろうと……急激に伸び始めるな。
「観察してる場合じゃないよな」
そんなへび子を観察するのは止め、もう一度攻撃を仕掛ける。
脱皮したばかりで動かしにくいのか翼をはためかせはしない。
だが、柔らかかった腹に近づけさせないためか、今度は伸びかけの尻尾を器用に振っての攻撃で襲ってきた。
包丁の腹や空いている手でそれをいなすことはできるが……この尻尾、太いだけじゃなくて硬くて滅茶苦茶に重い。
一発一発受け流す度に、包丁は甲高い金属音をあげ、俺の腕はそのままもっていかれそうになる。
「これは……しんどいな」
「があっ!」
「しかもまた速くなるのかよ!」
徐々にスピードが増す尻尾。
鈍さという弱点までついに失くなったらしい。
「――はあはあはあ……。これじゃあの腹に、また一発入れられない」
尻尾攻撃により、一進一退の攻防が続く。
俺もへび子もそろそろ息が上がって……体力的にそろそろ決めないとまずいかもしれない。
というのも、何だかんだでへび子は自分の脚は使っていない。
疲れた息づかいこそしているけど、全身で動き回ってる俺に比べたらまだまだ余裕なはず。
魔法が使えない相手で、しかもさっきからスキルも弾かれる始末。
ミークや朝比奈さんと違って決定打に欠ける俺だと、こんなにも硬さが天敵になるなんて……。
攻撃力、スキル……とにかくレベルを上げないことにはどうしようにもない。
「……。へび子の尻尾、か。これ、焼いて食ったら経験値的にも味的にも旨いかもな――」
『スキル【食欲増進】を取得しました。食事に関与するスキルの強化が完了しました。幼竜【白銀】の尻尾【A-】を食材として判定。【料理強化】の効果によりモンスターから尻尾のみを剥ぎ取り……そのまま状況に合わせた調理を行います。この際完全自動状態になります』
冗談交じりで呟くと勝手にスキルが発動。
料理強化で料理を作っているときと同様に、自分の意思では身体が動かせなくなった。
「ちょ! まだ……。えっと、戦闘との併用設定ってどうなってたっけ――」
「があっ!」
俺が戸惑っていることを察してへび子は尻尾で攻撃。
更にはその口に炎を溜め始めた。
この隙に特大の一発を決めてやろうというつもりらしい。
「ヤバい。このまま突っ込めば丸焦げ――」
最悪の結末を迎える可能性に焦りを感じていると、硬直していた身体が動き始めた。
すると、勝手に動く身体はへび子の攻撃をギリギリで回避し、包丁で尻尾へカウンター。
硬い尻尾の外皮を大根の皮のように剥がす。
それによってへび子はダメージから苦痛の表情を浮かばせるだけでなく、身体をピクリと痙攣させ、動きを止めた。
今までの雑な戦闘ではない。まるで達人が乗り移ったかのような動き……これも攻撃とかは自分のステータス範囲内なのだろうけど、俺の、俺なんかでは到底できない動きだ。
間違いない。これは限界を超えている。
「が……があ!」
へび子は次の瞬間俺に背を向け移動。
急いで脱皮殻を拾おうとてしているのは、あれも経験値を得られるものとして作用するからなのか?
「ただ、身体はそんなことをさせるよりも早く、お前のその尻尾を落としたいらしい」
移動を始める尻尾を両手で掴むと、俺はそれに揺られながらも、硬い外皮の剥けた箇所を包丁で何度も何度も刺し、切れ込みを入れた。
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