54話 球体
「凄いだろ? 召喚師君に自分の魔力を与えて与えて与えて……。それを餌に向こうの世界にいる化物の影を少しずつ、気付かれないようにこっちに運び、戦闘力を与えて具現化しているのさ。これこそ影の最上級魔法『高影体作成』。とはいえ、召喚師君のレベルが低すぎてまだその10分の1も呼び寄せられてはいないけど」
「なるほどこれに魅入られたってわけですか。だからといってここまでの強行策に出る必要なんてないでしょうに」
「【波】はもう間もなくやってくる。しかも今度のは階層的にわけが違うはず。確かに俺はモンスターの生態とかそれに関わることに興味があって、こいつの真の姿を早く見たいっていうのはある。けど、それ以上にこいつを呼び寄せられると分かった今、【波】の戦力として少しでもこいつの完成を急いだ方がいいだろ?それに……あんたたちの新人育成や探索者の増やし方には甚だ疑問があった。弱かろうがなんだろうが、無理矢理にでも強者と戦わせて生き残った真の探索者、本当に素質のある奴らを選りすぐるのが賢いやり方だと俺は思うんだよ。だからそれを分からせてやるために新人が躍起になっている時期にこうしてダンジョンの仕様をできるだけ【波】に近い状態に高めてやってるのさ。無償でこの仕事をしているんだから叱られるどころか感謝して欲しいね」
「そんなのはお前が決めることじゃない。死人が出たらどうするつもりだ?」
「ダンジョンで死ぬのはいかなる場合でも個人の責任。どうするもこうするもないよ。ただただその人に素質がなかったから仕方なかった。努力が足りなかったから仕方なかった……ってだけ。さ、お話はここまでにして仕事の邪魔をする奴らは排除しておこうか。やっちゃいな『竜の影』」
男の指示が出ると球体に大きな口が生まれ、凄まじい吸引力で辺りの物を飲み込み始めた。
俺たちはそれに飲まれないように必死で抵抗するが、それでもジリジリと身体は引っ張られる。
防御魔法も、この吸引力は無効化できないようだ。
「なかなかに厄介ですね。荒井さん、大丈夫ですか?」
「くっ、なかなか……しんどいな」
冷静さを欠かない高橋さんとは異なり、荒井さんはかなり踏ん張りを効かせている。
身体能力では荒井さんの方が強そうに見えるけど、実はそうじゃないのか?
「それは……もしかしてさっきの魔法が」
「やっぱり助けるのが遅すぎだったな」
「腐っても、探索者協会で上の役職を与えられた者ってことか。だけどその状態、いつまで持つかな?」
男が荒井さんにかけた魔法。
それは触れた相手の影を操るものなのだろう。
よく見れば荒井さんの影は男、そしてあの球体に向かって引っ張られている。
球体に飲まれたものがどうなるかは分からないが、このままでは本当に荒井さんが飲まれてしま――
「やれやれ。これ、何回も使うとそこそこ疲れるんですけど……仕方ないですね。最上級魔法『雷光射出門』」
高橋さんは拷問器具と勘違いされてもおかしくないような厳つい電気の門を出現させ、そしてそこに自分の身体を潜らせ……
「命中! やっぱり標的が大きいと簡単ですね」
まるで大砲の弾、しかも一筋の光にしか見えない速度となった高橋さんは、影の球体を自分の全身を使って撃ち抜いて見せた。
「吸い込みが止まった?」
「ええ。それより、とんでもない戦い方ね……」
「ですね」
影の球体を倒せたのか吸い込みは止まり、流石に男もこの攻撃には驚いたのかその口をポカンと大きく開く。
「……なかなかやるな。だが、こいつは影。普通のモンスターとは違うのさ」
「やっぱり、そう簡単にはいかないよねぇ……」
撃ち抜かれた影は霧散することなく、その穴を埋め始めた。
その間他の行動はとれないようだが、その時間は僅か数秒。
男自体は何の問題もなく動けるからこの隙はあってないようなもの。
「再生されないためには影の使い手を倒す……。いや、この場合は召喚師の方かも……。なら……」
再生した影の球体に頭を悩ませていた荒井さんは、ここでようやく俺たちを見ると、ニヤリと笑って見せたのだった。
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