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魔獣討伐~予兆 2

「いきなりすまない、エステルの姿を見たらつい我慢が出来ず抱き締めてしまった。少しだけ話をしてもいいだろうか」

「は、はい」


 クロード様はそのまま私の腰に手を回すと執務室まで私をエスコートする。

 ここ最近クロード様のエスコートを受けていなかったから、なんとなく照れ臭い。


 そんな事を思いつつ、促されるままにソファに座った。


「エステル、先ほども少し話したが私は暫く屋敷を離れることになった。理由としては魔獣が最近増えてきているようで村を襲撃する報告が上がってきたからだ」


 魔獣……そうだった。この世界では前世にない魔獣という存在があるんだった。

 そしてランブルグ領は「魔の森」と呼ばれる魔獣が出没する森に隣接する場所にあり、魔獣達の襲撃から国を守る役目を担っている。


 つまり、今回の屋敷を暫く離れるというのも……


「よって、明日から魔獣討伐に行くことが決まった。冬場は足場もあまり良くない故に長期間にはならない予定だが、それでも一、二週間はかかると想定される」

「そうなのですね」


 ああ、やはりそういうことか。


「領民達が安心して暮らすためには必要なことであり私の責務でもあるが、しばらくエステルの顔が見れなくなると思うと、不思議と行く足も重く感じる。今までは積極的に討伐を行っていたが……こんな感情は初めてだ」


 クロード様は私の髪を優しく撫でながら独り言のように呟く。

 魔獣討伐、かぁ。

 前世では戦闘なんてゲームの中だけだったし、スターク領にいたときも当然戦闘など見たことはない。

 想像することしかできないけど、「戦う」ということは当然怪我のリスクだってあると思うんだけど。


「クロード様、あの」

「ん?」

「えっと、その……魔獣討伐というのを実際に見たことがないので分からないのですが、お怪我などはされないのでしょうか」

「ふむ、そうだな。魔獣の強さによるが当然危険は伴う。当然怪我をすることもあるし、場合によっては命に関わることもある」


 やっぱり危ない事だったんだ。

 クロード様はさも当然のように話しているけど、そんなに危険なことなら回避したほうがいいのでは?

 今からでも何とかならないのだろうか。


「クロード様、そんな危険な場所に行って本当に大丈夫なのですか? 万が一、大怪我などされたら大変ですし、他に方法はないのでしょうか」

「そうだな……通常であれば結界を張っているから魔獣達はあえて人里には侵入してこないが、魔獣の数が増えると人里に降りてくる奴が増えてくる。放置していても魔獣の数は減らないし領民も危険にさらされる故、数を減らすためには討伐が必要なのだ」

「そうなのですか」


 そうだよね、よく考えたら他に方法があればきっと実行しているはず。

 それが出来ないから討伐に行くわけで……。

 クロード様はきっと強いと思うけど、でも、万が一にでもクロード様が傷付いたり怪我して帰ってきたら……と、思うと不安だし、心配だ。

 

 どうやら思っていたことが表情に出ていたのか、クロード様は私の頬をそっと包み込みながら優しい笑みを浮かべた。


「すまない、エステルに不安な想いをさせてしまったようだな。私は回復魔法は得意ではないが、魔力である程度のことはカバー出来るし、討伐は幾度となく繰り返してきたことだ。そう心配しなくても大丈夫」

「クロード様」


 頬を包み込んでいた手は私の背に回ると、そっと抱き寄せられる。

 はわわわわ、またしても抱擁!


「こうやって、心配してくれる誰かがいるというのは……いいものだな」


 クロード様はそのまま私の肩に顔を埋めた。

 ううう、密着状態は心臓に悪いわ!

 でも……全然嫌じゃないし、むしろ、この温かさが心地良い。


 そしてさっきから……ううん、以前から言葉の端々で感じていたことだけど、クロード様はどうも『親子愛のような温かい愛』というものに触れる機会が少なかったのかな、と思う。

 もしかしたら、その紫眼と魔力と責務のせいで、クロード様はずっと『孤独』だったのかもしれない。

 

 私がクロード様に出来ることなんてたかが知れているかもしれない。

 でも、孤独を抱え、戦い続けてきたクロード様の力になれないだろうか。


 そっとクロード様の背に手を回し、赤子をあやすかのようにヨシヨシと大きな背中をさすってみる。

 

「クロード様はお強いのだと思いますが、それでも……貴方は生身の人間です。傷が付けば血は流れますし、不死身ではありません。ですから、今まで行ってきたから当然、と思わないでほしいです」

「エステル?」

「私は非力でクロード様のお力になれることはきっと少ないと思いますが、でも、せめて……辛いときは辛い、と弱音くらいは吐いてもいいと思うのです。魔獣討伐なんて大変な責務を担っているのですから、行きたくない、足が遠のく気持ちになることは当然だと思いますし、そもそもクロード様は何でも一人で抱え込みすぎです。もっと私に頼れることがあれば、遠慮せずにおっしゃってください」

「エステル……」


 クロード様は私にうずめていた顔を上げ、驚いたような様子で私を見つめる。


「これでも一応、『クロード様の妻』なのですから。家臣には見せられないような本音くらいは吐きだしてもいいと思いますわ」


 クロード様は私の言葉を聞くと、はははっ!と笑い声を上げた。


「本当に貴女には驚かされる。魔力の強さから戦闘で心配されることもなかったし、周囲に弱音や本音を吐き出すなど、思ったこともなかった。しかし、エステルがそう言ってくれるなら、貴女にだけはもっと思ったことを言うように努力してみよう」


 もう、笑っているけどクロード様は本当に分かっているのかしら。

 そんなことを思っているとぐう、とお腹が鳴った。

 げげげっ、こんな時に腹の虫が鳴るなんて! 


「おっと、昼食の時間をだいぶ過ぎているな。腹が減っているだろう? 食堂に行って何か出してもらおう」

「は、はい」


 うう、令嬢なのにお腹の音を聞かれるとか、恥ずかしすぎる……。

 でも、食欲には勝てない。

 

 クロード様のエスコートに素直に従い、食堂へ行くことにした。


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