結婚生活二日目 5
あああ、なんという失態……!
玄関先のお迎えをブッチした挙句に、旦那様にタックルをかますとか。
しかも荷物運びまでさせるとか、どんなダメ奥様よ、私。
「はぁ」
「奥様、御気分が優れませんか? 食事中もあまり食が進んでいないようでしたが」
「ううん、ルネさん大丈夫です。ちょっと考え事していただけなので」
「そうですか……では身体が温まるお茶を用意しますね」
「ありがとうございます」
今日の夕食時にクロード様は現れなかった。
セバスさんと仕事の引き継ぎがあるからってルネさんから聞いたけど、もしかしたら、ダメ妻っぷりに呆れて早々に結婚解消されてしまうかも知れない。
クロード様が原因で結婚解消されるなら補償金も請求できるけど、私が原因の場合は補償金の対象外になってしまう。まぁ、そういった場合でも払ってくれるケースもあるが、通常よりも額は減るのが一般的だ。
頼れる実家もないエステルからすると補償金が払われなければ路頭に迷ってしまう。
「ルネさん……私、結婚解消されてしまうんでしょうか」
「え?」
「夕食時にも顔を出さなかったし、お迎え時に粗相があったから……」
「奥様、何をおっしゃいますか。当主様はそんな些細な事を気にするお方ではありませんし、奥様は何も悪い事などしていませんわ」
「それならいいのだけど」
はぁ、ダメダメ。マイナスに考えても良いことないわ。
「奥様、不安なようでしたらこれから当主様のお部屋に行ってみてはいかがですか?」
「え」
「奥様と当主様はもう夫婦なのですから、部屋の行き来も自由に行なって問題ないはずですし」
「ま、まぁそうだけど」
普通の夫婦ならそうかもしれないけど、こちらはビジネス夫婦だからなぁ。
出会ってゼロ日結婚だし、まだ夫婦生活二日目だし。
「まだまだお互い知らない事も多いでしょうし、ここはひとつ奥様から当主様のお部屋に行って『会えなくて寂しかった』と言ってみるのも良いかも知れませんよ」
「え、ええ?」
クロード様が居なくても全然寂しくないし、むしろ居ない方が気を使わなくていいんだけど。
「さらに上目遣いで寄り添えば、きっと堅物の当主様もメロメロですわ」
ル、ルネさん、それ何か趣旨変わってない?
「大体、結婚初日ですから別々の部屋で寝るなんて当主様は律儀過ぎます! ペースが遅すぎますわ」
「ルネさん、あの」
「奥様、これは当主様との距離を縮めるチャンスです! そうと決まれば早速アプローチをしてみましょう」
えええ、ちょっと待って!?
「お召し物ももう少しこう、セクシーな物の方がいいかも知れませんね。こちらに着替えて行きましょう」
「あ、あの」
完全にルネさんのペースに巻き込まれた私はあっという間にスリット入りドレスに着替えさせられた。
しかもコルセットなしタイプなもんだから、着脱も簡単なやつだし。
「さぁ奥様行きましょう!」
戸惑う私をよそに、ルネさんは私を部屋の外に追い出すように半ば強引に連れ出すと、そのままズンズンクロード様の部屋まで進んでいく。
そして、さっさとクロード様の部屋に来たルネさんはコンコンと扉を叩いてしまった。
あああルネさん、待ってぇぇ!?
「当主様、奥様がお見えです」
ああーー! 言っちゃったよ!
うう、どうしよう困ったなぁ。今更引き返せないし。
「何だ」
ガチャリと扉が開くと着崩したシャツにパンツスタイルのクロード様が顔を出した。
カッチリした服装も素敵だが、こういったラフな服装も似合うなぁ。
……ってそれどころじゃなかった!
「え、あ、その」
ど、どうしよう。
話す事なんて何もないし、かといってこのまま突っ立っているのも変だし。
ああ、困ったわ。
私の動揺を察知したのか、ルネさんが口を挟む。
「当主様、奥様がお話があるそうです。よろしければ中に入ってゆっくり会話されては如何でしょうか」
「ちょうど良かった、私もエステル嬢に聞きたい事がある。書類ばかりで雑然としているが、ここで良ければ話をしよう」
「は、はい」
ああ、なんかどんどん話が進んでいく……。
クロード様に話す事なんて何もないし、また粗相をしたら大変だから、自室に引きこもりたかったんだけどなぁ。
私の気持ち等知る由もないクロード様は、部屋の中へ招き入れる。
そして応接セットのソファに座るよう私を促した。




