あの日に帰りたい
この話、昨日思いついて、今日書き上げました。
投稿2作目が、1日で書き上げたお話って。
いや~。なんか筆が進んじゃって進んじゃって。
コンセプトは『世にも奇妙な物語』です。
あんな感じで読んでください。
「ちょ、じいさん勘弁してくれよ。汚れちまうじゃねぇか」
俺は街かどで急に抱き着いてきたじいさんを乱暴に突き飛ばした。
浮浪者だろうか。ずいぶんと汚い身なりをしている。
汚なすぎて判別しづらいが、その服には、俺の母校のブレザーに似たエンブレムが付いている。
「これから親友の結婚式だってのに、何してくれてるんだよ」
俺は自分の服の汚れをはらった。掴まれたせいで、白のネクタイがシワになっている。
俺はじいさんの腹をつま先で蹴った。
じいさんが痛みのあまり、腹を抱えてうずくまる。何かを言っている。
「あ?なに?テメェがぶつかってきたんだろ!!クリーニング代請求されないだけマシと思えよ」
俺は吐き捨てた。
じいさんがこちらを見て言う。じいさんの口の端に血がにじんでいるのが分かる。
「お前は失敗するな」
「・・・は?」
もう一回蹴ろうとしたが、じいさんはよろめきながら、街中に消えていってしまった。
「いけね、時間に遅れちまう」
俺はじいさんを追うのをあきらめた。目的を忘れちゃいけない。
俺はきびすを返し、目的の結婚式場に向かった。
「新郎新婦の入場です!!盛大な拍手をお願いします!!」
俺は形ばかりの拍手で新郎新婦を見送った。
新郎新婦の名前は、『小山敏夫』と『上川加奈』だ。
おっと、加奈は今日から小山姓になるんだったな。
二人は俺の高校時代の友人だ。いや、加奈は幼なじみだったから、小学校時代から知り合いで、敏夫は高校で知り合った。
どちらも大切な友人だ。
今日はそんな二人の結婚式だ。
めでたい。たいへんめでたい話ではあるのだが、実のところ、俺の心は複雑だった。
だってそうだろ?俺は小学校からずっと加奈が好きだった。
加奈とは友好関係を築けていたから、加奈も俺のことを悪くは思っていなかったろう。
それなのに、高校で知り合った敏夫にかっさわれた。
いや、敏夫とは仲が良かったし、別にそれで関係が悪くなることは無かったが、彼らが付き合っていることを知ったとき、やっぱり俺の心はドス黒くなったものだ。
もちろん、それを当人たちに気取られるような態度は取らなかったがね。
「新郎・敏夫さんと新婦・加奈さんの交際のスタートは、なんと高校二年生のときの文化祭での、敏夫さんからの告白だったそうです」
二人の幼いころからの写真をバックに、司会者の馴れ初め紹介ナレーションが入る。
列席者が笑顔で拍手する。
そっか。そうだったよな。俺があのとき相談に乗ったんだったよな、敏夫。
あの告白が無ければ、俺の後押しが無ければ、お前らは今そこで笑ってなんかいられなかったわけだ。
もしかしたら、加奈の隣に座って祝福を受けていたのは、俺だったのかもしれなかったわけだ。
・・・いけね、ちょっと酔いが回ってるみたいだ。
「飲め飲め敏夫」
俺は新郎の敏夫のところに行ってビールを注ぐ。
「お、済まんな哲也。お前は?飲んでるか?」
「浴びるほど飲んでるよ。今日ほど、めでたい日は無いからな」
俺もその場でビールをあおる。
「飲みすぎるなよ」
敏夫が笑う。
「てっちゃん、今日はありがとね」
続けて俺は新婦の加奈の隣に来た。
「加奈、綺麗になったな。敏夫にはもったいね~よ。今からでも俺と一緒にならないか?」
少しだけ、ほんの少しだけ願望を込めて言ってみる。もちろん、断られることは織り込み済みだ。
「やだ、てっちゃん、酔いすぎよ。ほどほどにしなさいよね」
加奈が笑って酌を受けた。
そうだな。過去は取り戻せない。『if』なんて世の中には存在しない。
そんなことは分かってたはずなんだが。
今日は特別な日だ。人生で一番残酷な日だ。痛飲して忘れちまえ。
俺は自分の席に戻ると、何杯目かの酒をあおった。
「過去を変えたいか?」
「あ?」
気付くと俺は、繁華街の外れのゴミ捨て場で寝っ転がっていた。
はて。どうしたんだっけ。そうか、三次会が解散してここで休憩してたんだっけ。
前を見ると、どこかで見た老人が立っていた。浮浪者だ。誰だっけ、こいつ。
思い出した。行きで俺にぶつかってきた老人だ。酔っぱらってる俺を見つけて、復讐に来たのか?
「今、お前の後ろにある雑居ビル、そこの一階の通路を奥まで進むと、突き当りにエレベーターがある。そこでこのカギを使え。
ルールは二つ。一つは『戻れるのは三回まで』ということ。二つ目は『9時間以内に戻る』ということ。
それを破るとペナルティが課される。ゆめゆめ忘れるな」
何を言ってるんだ、このじいさんは。頭がおかしいのか?
「おい、あんた、大丈夫か?」
隣のコンビニの店員が俺に声を掛ける。
「ん?あれ?じいさんは?」
「ちょっとあんた、酔っぱらってるのか?大丈夫か?」
あぁダメだ。眠い。酒のせいで頭がまとまらない。
俺はそのまま眠ってしまった。
目を覚ました俺は、自身の恰好を見た。あぁあぁなんてこった、スーツがゴミまみれだ。
このままじゃ、家に帰れねぇや。どうしたもんかな。
そうだ。実家だったらここから10分で行けるし、弟の服でも貸してもらうか。
そう思って立った瞬間、手の中に握られていたものに気付いた。手を開いてみる。
カギだ。なんだっけ、これ。
そこで俺は、昨日ここで寝る前に起きたことを思い出した。あの爺さん、変なこと言ってたな。
俺は振り返った。そこに雑居ビルがある。ビルの看板を見る。
『ハッピーターンビルヂング』だ。なんだこりゃ。お菓子じゃあるまいし。
俺は注意深く中に入った。左右にいくつもドアがある。どれも看板は出ていない。
突き当りに古臭いエレベーターがあった。ちょうど一階に停まっている。
俺は『開く』ボタンを押し、中に入ってみた。
正面に大きな鏡があった。服はヨレヨレ、無精ひげが伸びたひどい恰好の俺が写っている。
ま、昨日は人生最悪の日だったし、30男が記憶無くなるまで飲んだからな。仕方ねぇや。
俺は今度は横を見た。
こういう雑居ビルでは通常、エレベーターの箱内には案内板があって、何階に何という会社が入っているか書いてあったりするのだが、ここには何もない。階数表示の隣はブランクになっている。
ブー。ドアが閉まる。
カギ穴、カギ穴・・・。俺は注意深く箱内を探した。
あった。階数ボタンの下に、カギ穴がある。
いやいや、これはメンテナンス用のカギ穴だろう。俺はどうかしている。
あんな老人のたわごとを信じているのか?
そう思いながらも好奇心に駆られた俺は、カギ穴に持っているカギを入れる衝動を抑えきれなかった。
入った。ゆっくりカギを右に回す。
と、そこにあったフタが開いた。見ると中にボタンが二つ付いている。どこかで見たマークだ。
これ、あれだ。早戻し、早送りのマークだ。なんでこんなとこにこんなボタンが?
うさん臭さを感じながらも、俺は早戻しのボタンを押してみた。
すると。
一気に下降した。体感で分かる。Gが凄い勢いで掛かっているのが分かる。
俺は階数表示を見た。一階のままだ。でも下降している。どこに?分かるか、そんなもん。
30秒ほどで落下感が終わり、ゆっくり停まった。チン。扉が開く。
俺は恐る恐る扉を出た。何だったんだ、まったく。
外に出て何となく違和感を感じた。何だろう。
不意に喉が渇いて、そこにあった自販機にコインを入れた。100円だ。安いな。
コーラを飲んで一息つく。そこで気付いた。コンビニが無い。
コンビニがあった場所に酒屋が立っている。そんなバカな。昨日俺がここで寝たとき、確かにここにコンビニがあったぞ。どうなってるんだ。
表通りに出た。俺の酒臭さに、通行人が道を譲る。あった、あれだ!!
俺は一直線に、宝くじ売り場に走った。くじの販売期間を見る。平成だ。そんなバカな。
「あの、何をお求めですか?」
宝くじ売り場の女性販売員が恐る恐る俺に尋ねる。
「今日は何日だ」
「11月11日ですけど・・・」
「何年?」
「は?」
「あ、えぇと、元号と西暦がごっちゃになっちゃって、ねぇ」
「あぁ、そうですか。2006年、平成18年ですよ」
「そっかそっか。うん、ありがとう」
動揺で声が震えそうだ。さりげなさを装わなければ。
俺は宝くじのチラシを一枚取って、ポケットに突っ込んだ。そして礼を言ってその場を離れた。
俺はさっきの雑居ビルまで戻ってきた。意味が分からない。何が起こっているんだ?
俺は軽くパニックに陥っていた。エレベーターの開くボタンを押す。
エレベーターのドアが開く。
俺はそこに信じられないものを見た。
正面に配置されている鏡。
そこに写っていたのは・・・高校生の俺だった。
この制服。ブレザーのエンブレム。間違いない。
髪がぐしゃぐしゃだが、どう見ても30歳の俺じゃない。10代の俺だ。
ブー。ドアが閉まる。
俺は頭がおかしくなりそうだった。
行きに開けたはずの小さなフタが閉まっている。
俺は震える手でカギを回した。頼む、開いてくれ。
フタが開くと、そこには先ほど見たボタンがあった。
さっき俺は、早戻しボタンを押した。ならば次は、早送りボタンだ。
体にグンっと圧力が掛かる。上昇する感覚がある。
俺は行き同様、階数表示を見た。一階のままだ。でも上昇感がある。
30秒ほどしてドアが開いた。エレベーターから転げ出る。
ブー。ドアが閉まっていく。
慌てて振り返った俺の目に写ったものは・・・二日酔いのひどい表情をした30代の俺だった。
混乱する頭を抱え、ビルの外に出る。
周囲を見る。コンビニがある。自販機は?150円だ。ちくしょうめ。
俺は自販機にコインを入れてコーラを飲んだ。
飲みながらスーツのポケットに入っているものに気付いた。
チラシだ。宝くじのチラシ。開いてみる。
『平成18年12月1日締め切り 〇〇スクラッチ』と書いてある。
あれは夢じゃなかった?俺は過去に飛んでた?
ともかくこんな酒臭いままで1時間も電車に揺られるなんてゴメンだ。
今日は実家に泊まらせてもらおう。幸い、ここから10分だ。風呂にでも入って寝よう。
全てはそれからだ。
俺は実家に向かって歩き出した。
あれからちょうど一週間。
俺は再び実家のある街に来ていた。
今度はシラフだ。
なぜ来たかって?あのじいさんの言葉が一週間頭を離れなかったからだよ。
「過去を変えたいか?」
確かにそう言っていた。
一週間、死ぬほど考えた。
もしあのエレベーターで本当に過去に戻れるなら、俺は何をする?
宝くじか?競馬か?そうやって大金を手に入れるか?
・・・そんなもの欲しくない。いや、欲しいか欲しくないかと問われれば、欲しいと答えるかもしれないが、もっと欲しいものがある。
俺は腕時計を見た。朝9時ちょうどだ。
例の雑居ビルに入る。そのまま進む。エレベーターの開くボタンを押す。
正面に貼ってある鏡を見る。うん、30代の俺だ。
確かめてやる。大丈夫、今の俺はシラフだ。
懐からカギを取り出し、カギ穴に差し込む。右に回す。フタが開いた。
前回同様、そこには早戻しボタンと早送りボタンがあった。
俺は迷わず早戻しボタンを押した。
グンっと体に圧力が掛かる。
下に降りている。明らかに落下している。階数表示は?1階のままだ。
30秒ほどして落下が止まり、エレベーターのドアが開いた。
さぁここからだ。
俺は意を決して後ろを振り返った。
鏡に写っていたのは・・・高校時代の制服を着ている、10代の俺だった。
俺は街に出た。この辺りは繁華街で高校時代の俺はあまり立ち入らなかったが、それでも自宅から10分の距離だ。どこにどんな店があるかはだいたい把握している。
俺はまず、前回寄った宝くじ売り場に行ってみた。
開いている。窓口に座っていたのは、前回と違う店員だった。かえって助かる。
「今日、何日ですか?」
「11月11日ですけど?」
予想通りの答えが返ってきた。
「何年?」
「はい?」
「いや、元号と西暦、たまにごっちゃになったりしません?」
俺は前回同様の受け答えをする。
「あぁ、そうですね。2006年、平成18年ですよ」
店員が笑顔で答える。
「ですよね。あ~、合ってた合ってた。どうもありがとうございました」
俺は心臓をバクバクさせながらも平静を装って答え、その場を離れた。
これで仮定が一つ、立証された。
ここは15年前の世界で日付は11月11日。俺は高校2年生だったはずだ。
そして最も重要な点が一つ。
今日は文化祭だ。敏夫が加奈に告白する運命の日だ。
潰してやる。お前らが結ばれる運命なんて、絶対に認めない。
だが、露骨にやってはダメだ。友情にヒビが入るのは避けたい。
さりげなく誘導し、結果、俺が加奈と結婚する未来を手に入れる。
俺はその為にこの世界に来たんだからな。
俺は腕時計を見た。
安そうなデジタル時計が腕にハマっている。・・・。あれ?タグ・ホイヤーは??
思い出した。ちょうどこの時期、親から買ってもらった腕時計を壊して、商店街の電気屋で買った千円の安い腕時計を付けてたんだっけ。
慌てるな。服が変わっている時点で想定出来たはずだ。
俺は高校2年生の頃に戻っている。あの時の標準装備に戻っただけだ。
あのエレベーターにまた乗れば、30歳の俺の標準装備に戻るだけさ。
俺は再度時計を見た。9時半。じいさんの言葉を思い出す。
『9時間以内に戻れ。でないとペナルティが課される』だ。
ペナルティが何なのか分からないが、とりあえずは従っておいた方が良さそうだ。
時間移動は30分前、朝9時に行った。ならば、夜6時までに戻ればいい。単純な話だ。
俺は今まさに、文化祭二日目が始まったはずの高校に向かって歩き始めた。
「哲也、遅いぞ。寝坊か?」
内心ドキドキしながら、お祭り真っ最中の学校の中を歩いていた俺は、急に掛けられた声に慌てて振り返った。
敏夫だ。若かりし頃の敏夫がそこにいる。
「ま、まぁな」
声が上ずる。いきなりターゲットの一人に会ったんだ。びっくりもするさ。
「なぁ哲也。俺、お前のアドバイス通り、今日の後夜祭で告白しようと思うんだ」
敏夫が俺に耳打ちする。
「だ、誰に?」
「・・・おいおい何言ってるんだよ。あんだけアドバイスもらったのに他の子に告ってどうするんだよ。
加奈に決まってるじゃないか」
ズン。
心の中に重い石が圧し掛かるのを感じる。
あぁそうだ。俺はそれを阻止する為に来たんだ。
「な、なぁ敏夫。やっぱり今日は止めとかないか?」
「は?ちょっと待てよ。俺、今日告白する為に心を決めてきたんだぜ?いまさら変えられるかよ。玉砕しようが何しようが、もう予定は変えないぜ?」
「いや、ほら、今日は疲れるだろうし、また後日にするとかさ」
声がうわずる。何とか告白を阻止せねばならない。
「おっといけね、そろそろ戻らないと。サッカー部でカップリングパーティやってんだ。俺の店員の番は、朝から昼までだからな。こういう時、帰宅部の哲也がうらやましいよ、自由に動けてさ。じゃ、また後でな」
敏夫は走って行ってしまった。
俺は廊下に置いてあったパンフを手に取った。
必死に思い出す。加奈はあの時何やっていた?
教室で喫茶店だ。そっちに向かおう。
俺は加奈に会いに、教室に行った。
「いらっしゃいませ~~」
黄色い声が幾重にも聞こえる。
「てっちゃん!!遅いぞ、遅刻したな~?」
そこに、笑顔の天使がいた。加奈だ。制服に白のエプロン。髪はポニーテール。
青春真っ只中の加奈がいた。
「・・・やっぱ可愛いな、加奈は」
「ん?何か言った?」
「何でもない。コーヒーを一つと言ったのさ。さ、持ってきてくれよ、店員さん」
「は~い」
コーヒーを持って戻ってきた加奈は、そのまま俺の前の席に座った。
「おいおい店員さんよ、いいのか、そんなんで」
「まだお客さん少ないし、他の子もいるし、別にいいでしょ」
加奈は何か言いたそうにしている。
「どうした。何かあったか?」
「うん、あのね、相談に乗って欲しいんだけど」
何か煮え切らない。
「何だよ、俺と加奈の仲だろ?何でも言ってみろよ」
嫌な予感を抑えつつ、俺は加奈を促した。
「サッカー部の小山くん、知ってるでしょ?お友達なのよね?てっちゃんと」
「あぁ、まぁな。で?敏夫がどうしたよ」
「後夜祭で話があるって。・・・ね、何だと思う?」
来た。これだ。このフラグをへし折らなくては。
「あぁ、あの件かな?あいつ来期に生徒会に立候補しようとか言っててさ。加奈は今、生徒会で書記やってるだろ?それでアドバイスを欲しいとか言ってたぜ」
俺は胸の震えを抑えつつ、平静を装って言った。
「あ、そうなんだ。あはは。わたし何勘違いしちゃってたんだろ。そうだよね。うん、そっか。あ、じゃあゆっくりしてって。わたし、バックヤードに戻るから」
加奈はそそくさと暗幕の向こうに消えていった。
よし、これでフラグを一本折ることが出来た。だがまだ安心出来ない。次の手を打たなくては。
サッカー部が借りてる教室に行くと、そちらは大盛況だった。
ド派手な蝶ネクタイを付けた敏夫がカップリングパーティの司会をやっている。
口がうまい。敏夫の冗談に、会場がドっと沸く。進行が上手だ。
「ねぇねぇ、小山先輩、カッコよくない?」
廊下から眺めているギャラリーの中に、敏夫の追っかけの一人がいた。確か夏美と言った。
敏夫はサッカー部でキャプテンを務めている。追っかけも何人もいる。
そのお前が加奈と結婚?冗談じゃない。そんなの認められるものか。
お前みたいに何でも手に入るやつが加奈までさらっていくなんて、絶対許さない。
俺は夏美に近付いた。
「キミ、夏美ちゃん、だったっけ?いつも敏夫のこと見てた子だよね。知ってるよ、キミのこと。敏夫から聞いてるから」
「え?」
夏美がびっくりした表情で俺を見る。
さぁ賭けだ。この子は俺と敏夫の仲を知ってるだろうか。
「哲也先輩!!あの、小山先輩、あたしのこと、何て言ってたんすか?」
食いついた。
「あいつさ、いつもキミのこと話すんだよ。『俺の追っかけやってる子の中に、とっても可愛い子がいてさ、あぁいう子を彼女にしたいんだけど、どうもそれ以上、寄って来ないんだよな』って」
「小山先輩があたしのことを・・・」
夏美の顔が真っ赤になっている。もう一押しだ。
「きっかけさえあればな~ってあいつ言ってたよ。そうだ。ちょうどカップリングパーティ、メンバーの入れ替えをするようだし、参加しちゃえば?」
「え?え?あたしなんて、いや、無理無理、無理ですってば」
俺は内心イラっとしながら夏美を見た。お前みたいなチャラそうな女とは話すのも嫌なんだよ。
余計な時間を取らせるなよ。
「敏夫!!たまにはお前も参加しろよ!!」
俺は廊下から教室に向かって声を掛けた。教室のみんながこちらを向く。
「そうだ。キャプテンも楽しんでくださいよ!!」
教室で助手をしていた後輩たちが食いついた。
「おい、お前ら」
敏夫が蝶ネクタイを外され、席に座らせられる。
「キミ、行ってきな。敏夫はキミのこと想っている。押せば絶対カップルになれるって」
俺は夏美の背中を押して、教室に入れた。
夏美は、もじもじしながらも、椅子に座った。
敏夫の代わりに蝶ネクタイを付けた後輩が大声をあげる。
「さ、本日二回目のカップリングパーティ、開催しま~す!!」
俺は密かにほくそ笑んで、その場をいったん離れた。
「で?付き合うことにしたのか?」
「あぁ、うん。まぁな」
俺と敏夫は夕暮れの教室で窓にもたれかかりながら話していた。
敏夫と夏美は、あのカップリングパーティでカップルとなった。
聞けば、かなり積極的だった夏美に押し切られた形になったらしい。
これで加奈との線は切れた。
「加奈のこと、まだ告白してなくて良かったな。これで心置きなく夏美ちゃんと付き合えるじゃないか」
「・・・あぁ、そうだな」
敏夫がちょっとだけ悲しそうに言う。
お前が悲しむ必要は無い。夏美がしっかり加奈の代わりをしてくれるさ。
加奈のことなんか、すぐ忘れられるよ。
「じゃ、俺、用事思い出したから帰るわ」
そろそろ5時半だ。ここからなら20分で例の『ハッピーターンビル』まで行ける。
全く、どこまでもふざけた名前のビルだ。
今は、俺がハッピーになって、未来にターンするぜ。
「おう、また明日な」
「おう、また明日」
俺は、敏夫に、にやけ顔を見られないよう注意しながら教室を出た。
「哲也、いたな?あの後、大丈夫だったか?」
自宅で寝ていた俺は、寝惚けながら取ったスマホから、敏夫の声が流れるのを聞いた。
「・・・敏夫、か?どうした、こんな時間に」
答えながら壁に掛けてあった時計を見る。ちょうど12時だ。
過去への旅行に疲れて、昨日は早めに寝たんだった。
「こっちは今、帰国したところ。まだ空港だよ。ずいぶん飲み過ぎてただろ?あのとき。ちょっと心配だったから、帰国したらすぐ連絡とってみようってあいつが言うからさ」
「・・・あいつ?」
「加奈だよ、家内の。なんか照れ臭いな、こういう風に言うの。ハネムーンは結婚式の翌日からだったんだよ。それで今戻ってきたところってわけさ」
何言ってるんだ。敏夫と加奈が結ばれる未来はぶっ潰したはずだ。
あの結婚式は無かったことになったはずだろ?
自分の血が音を立てて引いていくような気がした。
「な、なぁ敏夫。お前と加奈の馴れ初めって何だったっけ」
目の前が真っ暗になりそうなのを必死にこらえて俺は聞いた。
「え?いや、だから後夜祭で・・・」
「あのときお前は、夏見ちゃんと付き合うって言ってたろ!!!!!!」
思わず怒鳴ってしまった。
「そっか。ごめんな、思い出させて。やっぱり呼ぶべきじゃなかったか?ほんの数時間とはいえ、お前の女房と付き合ってた男の結婚式なんて苦痛だったよな?」
電話口から、敏夫の鎮痛そうな声が聞こえてくる。
・・・何を言ってるんだ、敏夫は。夏美が?俺の?女房??
「あ、すまん、元女房だったな。半年前に間男と逃げたんだっけ。そんな精神状態が良くないお前を結婚式に呼んで本当に済まなかった。お前が心配で電話したんだが、やっぱりしばらく距離を置こう。済まなかったな」
電話が切れた。
吐いた。胃の中が空っぽになるまで吐いた。それでも吐き気がおさまらずに、胃液をげぇげぇ吐いた。
あれだけ苦労して敏夫と加奈の未来を引き裂いたのに、結局そこはくっついて、独身だった俺は敏夫の追っかけだった夏美と結婚?しかもその夏美が浮気して間男と逃げてる?
そんな現実、認められるか!!認められるわけないだろ!!!!!!
そんな現実、絶対にぶち壊してやる。
冷静に考えろ、俺。
あの時俺は、学校を5時半に出た。じいさんの言葉に従ったからだ。
でもあの後、敏夫は夏美を振って、やっぱり加奈に告白したんだ。
俺はそこまで見届けなかった。だから、してやられた。
後夜祭は8時に終わる。なら出発時間をずらそう。
12時にタイムリープすれば、8時半まで学校にいられる。
8時までに敏夫が加奈に告白出来なければ、俺の勝ちだ。
絶対過去を変えてやる。
敏夫、お前に加奈は渡さない。
絶対に渡さない。
俺は一週間後のタイムリープの日まで、綿密に計画を練ることにした。
一週間後、俺は再び学校の前にいた。
日付は2006年11月11日。宝くじ売り場で確かめた。間違いなく同じ日に戻ってきている。
時計を見る。12時半だ。8時半にここを出ればいい。
俺は学校の門を見上げた。そこには生徒お手製のアーチが掛かっている。
待ってろよ、敏夫。お前の運命を必ず捻じ曲げてやるからな。
サッカー部の借りている教室に行ってみると、既に空だった。カップリングパーティが終わっている。
「なぁキミ、サッカー部、どこ行ったか知ってる?」
俺はちょうど通り掛かった女生徒に聞いてみた。
「サッカー部は校庭で紅白試合してますよ」
「そっか。ありがとう」
いきなり計画が狂った。
俺は走って校庭に行った。校庭は観客でいっぱいだ。
既に試合は始まっている。
俺は校庭の隅に置いてある得点板付き時計を見た。
終わり間際じゃないか。
敏夫が敵選手のスライディングを華麗にかわし、ボールを蹴った。
ゴール!!!!
ホイッスルが鳴る。試合終了だ。
敏夫のゴールで試合終了。
こいつはいつもそうだ。大事なときに外さない。
生まれながらのヒーロー?ふざけやがって。
俺はふと気付いた。
夏美だ。しめた。一人で観戦していたようだ。タオルを持っている。
「なぁキミ、夏見ちゃん、だったよね?」
俺はさりげなく声を掛ける。
「あ、哲也先輩。ちわっす」
夏美が返事する。
その返事にイラっとする。その軽さが嫌だ。清楚な加奈とは大違いだ。
「なぁ夏美ちゃん。そのタオル、敏夫に渡さないのかい?」
「え?いや、いいっすよ。小山先輩は人気者っすから、あたしのタオルなんて・・・」
「これは本来、本人から言うべきことだろうから俺が言うのも何なんだけど・・・」
「なんすか?」
夏美が食いつく。
「実は俺、敏夫から相談受けててさ。追っかけの一人に気になってしょうがない子がいるんだって。どうすればその子と付き合えるかなってさ」
「そ、それで?それで??」
「どの子だよ?って聞いたら、夏美ちゃん、キミのこと指差したんだよ、あいつ。いや~、今タオル持ってったら喜ぶだろうな~きっと」
夏美の目が輝きだす。
「そうそう、勇気が出たら、後夜祭で告白したいとか言ってたな。でもあいつ、あぁ見えて恋愛に関してはチキンだから、積極的な子じゃないとダメなんじゃないかな」
「積極的っすか・・・」
夏美が真剣に考え込む。
前回のタイムリープで、敏夫は夏美の押せ押せ攻勢に堕ちた。これで今回も堕ちるはずだ。
「さ、行っといで」
俺は夏美の背中を押した。
夏美はグラウンドで勝利の余韻をチームメイトたちと分かち合う敏夫のもとに走って行った。
俺と夏美が元夫婦?冗談じゃない。お前みたいな女は敏夫と一緒になって、その運を吸い取ってやれ。
そっちの方がお似合いだ。
俺は敏夫にべったりくっつく夏美を横目に見ながら、その場を後にした。
次に俺は、加奈の喫茶店に来た。
「てっちゃん、朝からいた?まさか、今学校に来たとか?」
教室に入ったとたん、加奈が声を掛けてきた。
「どうした、暇そうにして。売れてないのか?ここ」
「バカ。みんなサッカー部の紅白試合の方、行っちゃったのよ。おかげで開店休業よ」
俺にコーヒーを出しながら、加奈が前に座る。
「サッカー部の試合なら今終わったよ。またみんな校舎に戻ってくるんじゃないのか」
「そっか、じゃ、しばらくしたらまた混み始めるね」
加奈が足をぶらぶらさせる。綺麗な足だ。夏美と違って加奈は肌が白い。
制服にエプロンが本当によく似合っている。
15年後、加奈は妻として、あるいは母として、こうしてエプロンを付けて誰かに料理を作ったりするのだろう。
だがそのとき、旦那として隣にいるのは敏夫じゃない。
俺だ。断じて俺でなくてはならない。
「そういえばさ、さっき敏夫が、あぁ、サッカー部の敏夫な。俺の親友。あいつが下級生の子と付き合うことになってさ。いや~のろけられちまったよ。あいつもあんなデレデレ顔するんだな」
加奈の動きが一瞬止まる。
「・・・そう・・・なんだ。小山くんが・・・」
加奈が黙り込む。
「あの、わたし実は小山君に、後夜祭で話があるって言われてたんだよね、あれ、何だったんだろ」
加奈の声が心なしか震えている気がする。
「あぁ、あの件かな?あいつ来期に生徒会に立候補しようとか言っててさ。加奈は今、生徒会で書記やってるだろ?それでアドバイスを欲しいとか言ってたぜ」
俺は横目でさりげなく加奈を観察しながら答えた。
「あ、そうなんだ。あはは。わたし何勘違いしちゃってたんだろ。わたしてっきり・・・。そうだよね。好きな子いたんだもんね。うん、そっか。わたしったら自意識過剰でホントダメね~」
目の端に光るものが見えた。くそ。
「なぁ、俺じゃダメか?」
俺は加奈の手を握った。まだ教室には人が少ない。今なら誰にも見られない。
「え?てっちゃん、何言ってるの?」
「本気だぜ」
加奈の目を真正面から見る。
加奈の目が泳ぐ。
「わたし、考えもしてなかったから、どう答えていいか・・・」
「俺が何年、お前のことを見てきたと思ってる。小学校から10年、ずっとお前を見てきたんだぜ?」
「てっちゃん・・・本気なの?」
「あぁ、本気も本気。加奈となら幸せな家庭が築ける気がするぜ」
「わたしたち、まだ高校生よ?気が早いにもほどがあるわ」
加奈がクスっと笑う。
「な?加奈。いいだろ?」
「う~ん、ちょっと考えさせて。何にしてもいきなりの話だもの。すぐ返事なんか出来ないわ」
加奈がちょっとだけテレてる気がするのは気のせいだろうか。
「じゃ、後夜祭で返事を聞かせてくれよ」
「ん、分かった」
俺はコーヒーを飲み干すと、椅子を立った。
焦りは禁物だ。
今度は絶対に失敗出来ないのだから。
「で?付き合うことにしたのか?」
「あぁ、うん。まぁな」
校庭の隅で俺は敏夫に声を掛けた。
校庭の中央では、キャンプファイヤが焚かれて、その周りで生徒が思い思いに踊っている。
今どきマイムマイムかよ、と思ったが、思い直した。
ここは15年前の世界だ。マイムマイムもありかもしれないな。
「俺、加奈に告白したぜ」
俺は敏夫に言った。敏夫が激しく動揺しているのが分かる。
俺は真っ直ぐに敏夫を見て言った。
「敏夫、俺はお前に遠慮してた。親友の恋路を応援する為に、自分の恋心を封印した。
親友だから義理を優先した。正直辛かったけどな。でもお前は別の子と付き合うことにした。
でだ。ここで俺はお前に問おう。お前は俺を。親友として。応援してくれるか?」
敏夫の目が泳ぐ。
だが逡巡の後、敏夫は言った。
「勿論だ。俺も親友として、哲也を応援する」
勝った!!
「そっか、ありがとな、敏夫。じゃ、行ってくる!!」
俺は敏夫を置き去りにし、加奈のところに向かった。
「加奈、改めて告白させてもらう。俺はお前が好きだ。俺と付き合ってくれ」
「・・・うん、分かった。わたし、今日からてっちゃんの彼女になる」
バックネット裏に加奈を呼び出した俺は、無事、加奈のOKをもらった。
これで運命が変わった!!
俺は運命に勝った。これで加奈は俺のものだ。
とそのとき、腕時計が鳴った。8時半だ。ヤバい、時間だ。あのビルに戻らなければ。
「てっちゃん?」
加奈が不安そうに、だが腕を絡めながら俺を見上げる。
離れたくない。このままここにいたい。
だが落ち着け、俺。未来に帰れば、加奈は俺の妻となって隣にいるはずだ。
ここは心を鬼にして、帰らなければ。
「加奈、すまん。大事な用を思い出した。俺はここで帰る」
「え~?せっかく彼氏彼女になったのに?」
甘えがつらい。
「明日また会えるさ。じゃあな」
俺は走った。走る。走る。
途中で商店街を通った。時間が時間だからか商店街は人が多い。俺は人を縫って走った。
電気屋のショーウィンドウに置いてあるテレビがニュースをやっている。
それを横目に、俺は角を曲がった。
辿り着いた。ハッピーターンビルヂングだ。腕時計を見る。8時50分。ギリ間に合った。
ホっとしながら俺はエレベーターを開けた。
ブー。音を立てて俺の後ろでドアが閉まる。
懐からカギを取り出し、カギ穴に差し込む。
・・・カギ穴が無い。そんなバカな。
俺はさっきの光景を思い出した。
商店街の電気屋でニュースをやっていた。
あれは、9時のニュースじゃなかったか??
俺は腕時計を見た。千円で買った腕時計だ。
よく見ると、秒表示が切り替わらない。
動いていない?
このポンコツ時計、まさか!!肝心なときに!!止まっていたのか?
俺は、間に合わなかったのか??
背中を冷たいものが走る。
老人が言っていた。時間に間に合わないとペナルティが課されると。
ペナルティって何だ?何が起こるんだ??
俺の目の前の鏡に異変が起きた。
鏡に写った人物がみるみる歳を取っていく。
いや、違う。歳を取っているのは俺だ。俺が歳を取っていく。
あっという間に、本来の俺の年齢、30歳を超えた。
老化が止まらない。止まらない!!
ようやく鏡の中の変化が止まった。
鏡に写った俺の姿、それは、どこかで見たことのある人物だった。
あの老人だ。俺が蹴飛ばした老人。
あれは俺だった!!
俺はよろよろとビルを出た。
前方から見知った顔が来る。
俺だ。30歳の俺だ。涙が出てくる。
俺は俺にしがみついた。腹に鋭い痛みが走る。蹴られたのだ。俺は俺に蹴られている。
俺は慌ててその場を後にし、人ごみにまぎれた。
確か、もう一回俺は俺に会ったはず。
まだ運命を変えられるはず。
夜まで時間を稼がなくては。
ハッピーターンビルヂングの前の道に、酔っぱらって寝転がっている俺がいた。
どんだけ飲んだんだ、この阿呆は。
俺の存在に気付き、30歳の俺が目を覚ます。
俺は声を掛けた。
「過去を変えたいか?」
「あ?」
30歳の俺が不審そうな顔をする。俺は俺にカギを渡し、ルールの説明をしてやった。
30歳の俺は、そのままそこでまた寝てしまった。
ちゃんと最後まで説明を聞けたのか分からないが、それを確認する時間は無い。
なぜなら俺の時間が切れてしまったからだ。
大丈夫、信じろ、俺を。
俺は自分の手を見た。チリになって消えていく。
俺はダメだった。
でも次の俺は、成功するかもしれない。
俺は思い出した。
照れながら、俺の告白にOKしてくれた加奈のあの顔。
あれを見るために、俺は必ずあの時間に帰らなくてはならない。
『あの日に帰りたい』
俺は体の全てがチリになって風に吹かれ消えるまで、そう考え続けた。
END
如何でしたでしょうか。
『世にも奇妙な物語』風になってましたか?
タイムリープものって、結構好きなんです。
『キミに逢いたくて・・・』もタイムリープですし。
忘れた頃に、またタイムリープもの書きますね♪