3日目:人間らしさ。
ちょっとSF・終末感
3.レニィさんには「私達は人間でした」で始まり、「その言葉を飲み込んだ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以内でお願いします。
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私達は人間でした。
人としての営みを過ごしていました。
朝日の中で目を覚まして、学校や会社というコミュニティへ出向いて、学びや成果だけでなく、人と人とのやり取りがありました。
顔と顔を合わせる事で、表情や感情を直に感じて、笑ったり、泣いたり、怒鳴ったりしていました。
ある日突然、人間の元へやってきたのは、未知のウイルスでした。
それは、人から人へと移って、どんどん広まって、世界中がそのウイルスの餌食となりました。
ウイルスは常に形を変えて、人を脅かしていきました。
やがて人は、人と人が顔を合わせることを避けるようになりました。
ウイルスを広めず、その進化を防ぐためには、どうしようもないことでした。
人々は、いつかは必ずまた、人と人が顔を合わせる時が来ると信じて耐えていました。
幸い、人の技術は、人と人が顔をわざわざ合わせずとも、交流する力を持っていたので、次第に人は、外に出ずとも、コミュニティへ参加するようになりました。
人が耐えて、耐えて、耐え続けている間も、ウイルスは人を脅かしていきます。
最初に発生したウイルスが落ち着いたと思ったら、今度はまた別のウイルスが人を襲い、また人は顔を合わせることを避け、耐えることを繰り返しました。
いつしか、人は外へ出ることが最も危険な行為になってしまいました。
もう、今、外へ出れるのは、外へ出ることを生業としなければならない人間だけ。
それ以外は、生まれてから死ぬまで、与えられた区画の部屋に一生居るのという事が、一般的な人間の姿になりました。
かくいう私も、その一人。
親という者の顔も、他の人間の顔も知りません。
人間は、まず培養ポッドで生育され、物心がつく頃に担当の育成ドロイドと共に一区画を与えられ、与えられた教育プログラムをこなして、与えられた仕事を行うものになりました。
どの区画に、どれだけの人間が、どんな教育プログラムで、何の仕事をするのかは、もうずっと昔に決められているのです。
時折、外で仕事をする人間の姿がニュースになります。
今日のニュースは、外の人間が勝手に子どもを産んだという内容でした。
身勝手だという意見がほとんどの中、私は、彼らが羨ましくなりました。
彼らの方が余程人間らしい。
私はその言葉を飲み込んだ後、今日の仕事に取り掛かりました。