三題噺⑤とある少女との会話
「ここの学校の怪談って、ほかの学校と比べて少し変わっているよねー。」
少女は唐突にそう切り出した。場所は学校の音楽室。帰宅時間にはまだ時間があるが、部活にいそしむ生徒たちの声はここには届かない。少女の声以外は、チクタクチクタクと、一定間隔で音が鳴り響くのみだ。外はすでに夜の帳がおり始めている。
彼女の唐突な疑問に対して、僕はどうして?と首をかしげる。放課後彼女と会話をすることになって数日が経つが、毎回彼女の思い付きで話題が決まるのだ。
「あなたも知ってる通り、この学校にも七不思議っているものがあるわけだけど、この音楽室の七不思議って、悪魔のメトロノームって言われてるのよねー。」
彼女は蓋の閉じたピアノに突っ伏しながら、そのようなことを言ってくる。
悪魔のメトロノームというのは、この学校で語られている怪談話だ。その昔、この学校に悪魔が潜んでいて、その封印にメトロノームが使われたとかなんとか。
「ほかの学校だったらさ、音楽室って言ったら、飾ってあるベートーベンの目が動いたとか、そんな感じだと思うんよ。でも私、そんなところ一度も見たことないんだよねー。」
彼女のセリフに、確かにと思う。
ぼくもほかの学校の階段について詳しいわけではないが、例えば創作の中とかでは、彼女の言ったことが題材として挙がることがよくあるように思う。そもそも、メトロノームに封印ってどうやってやるんだろう?普通封印って言ったら、専用のお札とかそういったものを利用するんじゃないだろうか。
「メトロノームに封印っていうのは、割と理に適うと思うよ。」
彼女は僕の疑問にそう返した。
「封印なんて言ってるけど、要は悪魔ないし幽霊が徘徊できないよう、物体から離れないようにすればいいのよ。その物体自体は何でもいいの。幽霊だったら、生前に愛着があった物とかが離れにくくするいいアイテムになると思うけどね。」
彼女が予想以上にオカルトに詳しそうな様子に驚く。このような一面があることは知らなかった。
じゃあ、ここのメトロノームの悪魔は、生前メトロノームに執着があったのかな。そのような僕の新たな疑問に、彼女は否定的な回答をしてくる。
「幽霊だったらそうだったかもしれないけど、これに封じられているものは悪魔だからね。幽霊と悪魔は別の存在。幽霊は人間の記憶が生み出すもので、悪魔は人間の心が生み出すもの。悪魔に生前の記憶とかないわよ。」
彼女の断定的な物言いに、思わず納得してしまう。
「メトロノームって、一定のリズムで音を刻み続けるでしょう?ああいうのって、実は悪魔的には結構有効なのよ。」
例えば、と彼女は続ける。
「その昔海外の刑罰で、延々と穴を掘り続けるっていう刑罰があった。囚人は穴を掘るんだけど、ある程度掘れたら、看守の人がその穴を埋めてしまう。そして囚人がその穴をもう一度掘るという者ものよ。一見すると大したことの無い刑罰に見えるかもだけど、それは大きな間違い。自身の成果が完全に無意味とかすこと、そしてそれが延々と繰り返されること。それが囚人たちの精神をすり減らしていって、最終的には発狂したものまでいたそうよ。」
それとメトロノームを一緒にしていいのだろうかという考えを、彼女は一蹴する。
「メトロノームは音楽に重要なものだと思うけど、音楽のおも知らない悪魔にとっては、ただただ無意味な音でしかない。しかもそれが終わることなく延々と続いていくんだもん。心がすり減って当然だわ。」
さっき彼女は、悪魔は人間の心が生み出すものと言っていた。その心がすり減らされていくから、悪魔の力も弱くなっていく、という理屈だろうか。分かるような分からないような…。
「と、そんなこと言ってたら、結構いい時間になってきたわね。」
そう彼女に言われて、時計を見る。確かに、一般の生徒が帰還していく時間である。
「私もそろそろ戻るわね、といっても、戻る場所はすぐそこなんだけど。」
と、彼女はピアノの椅子から降り、僕に向かってくる。
「あなた、明日も来てくれる?べ、別に来なくてもいいんだけど…。」
彼女は後半少しどもりながら、僕にそう伝えてくる。僕は彼女が寂しがっていることを知っているから、もちろんとうなずいた。すると彼女は少し喜んだように顔にあげた。
「絶対だからね、来てくれたら、また面白い話、聞かせてあげるからね。」
そういって彼女は、自身の帰る場所へと戻っていった。
辺りは静寂に包まれた。
僕は一息つき、既に真っ暗になった校舎へと戻っていった。
歪んだツンデレって何だろう?