一五 この世界のBLは間違っている
閲覧注意。今回は小姓の話から派生して、戦国時代の性事情が赤裸々に記載されています。直接的な表現はありませんが、人によってはキツい内容かもしれません。
ですが、本作品の重要な主題を扱う回でもあります。ご留意の上、可能な限り読んでいただきたいと思います。
【お知らせ】申し訳ありませんが、第6回カクヨムWeb小説コンテストの作品の方に専念しますので、しばらく更新をお休みします。年明けぐらいから再開できればと。お待ちくださいませm(__)m
良ければカクヨムの方の作品もご覧ください。
「この世界でわたしは咲う何度でも」
https://kakuyomu.jp/works/1177354055135014267
重郎左がそんなことを聞いてきたのは、もちろん自分の身に多少なりとも「リスク」があることを理解しているからである。
犬千代はもっと揶揄いたい衝動を抑え、核心部分を話すことにした。
「あれ、要するにオフィスラブだからさ」
「え、どういうこと?」
「例えば、会社でお偉いさんが秘書と不倫なんてのは良く聞く話だけど、別にそういうのは秘書と決まってるわけじゃないだろ?」
「あー」
「主君が求めれば夜のお相手もすることはするだろう。でも別にそれは小姓だからと言うわけではない。確かに小姓は側にいるから手を出しやすいのだろうけど、馬廻りだろうが奉行だろうが祐筆だろうが足軽だろうが、主君に気に入られればお相手をするわけで、小姓が専属でその役目を担ってるわけじゃないんだよ。もっとも見目麗しいものを側に置きたいというのは何時の時代でも変わらないから、どうしてもそういうケースが多くなるのは仕方がない」
「なるほど納得」
安心している様子の重郎左を見て、犬千代に再度悪戯心が沸いてきてしまった。
「なので、小姓かどうかというより、純粋に当人の魅力だろうな。例えば小柄で女の子っぽい元服前の少年とかさ」
「ひっ」
反応に満足した犬千代は更に悪乗りする。
「今のうちに俺で練習しとくか?ぐぼっ」
犬千代の顔面にきれいに重郎左のパンチが入った。少々度が過ぎたようだ。
「調子乗り過ぎ」
「すまんかった。まあ、言うても自由恋愛だから、嫌なら拒否すりゃあいいだけさ」
「う、でも実際、吉法師様から言い寄られて、断るとか無理でしょ」
「まあ、吉法師様に限定しての話なら大丈夫だろう、心配ねえよ」
「…うん、まあ、そうね」
犬千代は表面上、根拠もなしにそう答えたが、重郎左にはその理由が分かっていた。もちろん、啓介の知識を受け継ぐ犬千代もそれを知らないはずがない。
史実では、若き信長のパートナーは、他でもない犬千代なのである。
(実際、啓介はどうするつもりなんだろう)
もちろん、面と向かってそんなことを聞けるはずもない。
だが、史実通りになってしまった時に、自分は平静でいられるだろうか。
その不安は別の言葉となって、重郎左の口から出る。
「…でも本当にBLあるんだね、この世界」
言うまでもないが、BLはボーイズラブ、前世の世界における男色や衆道の呼称である。一方で普通の男女恋愛のことはNL、女性同士の恋愛はGLと呼ばれる。
「前世で戦国モノの薄いBL本を多量に買ってた人が、今更、どの口でそれを言いますかね?」
「うぐっ、ほ、ほら、現実とファンタジーじゃ違うじゃない。しかも今は自分に直接関係することだし…」
「ふむ、そうさな…」
重郎左の前世の大橋亜希子は腐女子であった。男女問わずあまり人に語ることが出来ない嗜好というものはあるものだが、亜希子の腐り具合はちょっと啓介が引くぐらいにガチであった。
だが自分が関係する恋愛話となると極端に避ける傾向にあった。飲み会の席でも、話題が恋バナになるとさりげなく席を外したりしていた。
そういうこともあり、前世で啓介はなかなか踏み出せないでいたのだが、まあこれは余談である。
そんな重郎左が自ら話題を振って来たので、良い機会だろうと、犬千代は蘊蓄を語りだした。
「古来日本人は純朴で、恋愛も自由奔放だった。そうして平安時代までは男性が女性の元に通い、自由に恋愛し、結婚したんだが、武士は真逆のやり方をはじめた。つまり嫁入りが一般的になり、男女の恋愛は姿を消した」
「どうして?武士も最初は貴族文化の影響を受けてたんじゃないの?」
重郎左は見た目だけなら公家と区別が付かない今川氏豊のことを思い出していた。
「武士は土地に縛られるからさ。いわゆる『一所懸命』だな。先祖代々から引き継いだ土地を放り出して、婿に行くわけにはいかない」
「あー」
「更に、土地を守り家を存続するため結婚を政略のために使うようになる。故に一族の結婚に関することは、棟梁が政治的な判断で決め、当事者の恋愛による結婚はまず存在しない。そして結婚を伴わない男女の自由恋愛は、トラブルの種になるのは分かるな?」
「うん」
そう、武士は先祖代々の土地と引き換えに、男女の自由恋愛を捨てたのだ。
「BLもGLも日本古来から存在した。もちろん主流ではなかったが、抑圧や弾圧もされていなかった。偏見の目で見られることも無かった。だが武士は男女の恋愛のカタチを否定した。だから必然残るのはBLって訳さ」
「ふうん…」
「BLっても普通の恋愛よりはるかに強い主従の絆がカタチを変えたようなものだけどな。主君のために命を捧げる武士道はBLが起源と言う説もあるぐらいだから」
「……」
重郎左は考え込んでいた。自分が常々感じていた違和感の正体が少し分かった気がしたからだ。
この世界はBLであふれている。そして自分は前世の亜希子の腐女子の心をそのまま引き継いでいる。
だからこの世界は素晴らしいものに感じられるはずだ。実際転生直後もそんなことを考えてドギマギしたこともあった。
だが実際、この世界で八年を過ごし、こちらで思春期に差し掛かろうかという年齢になっても、決してそうとは思えなかった。
それはナマモノであり自分が見る専だから、即ち物語のような空想ではなく実在の人物のBLであり、かつ自分も対象となりうる環境であり、それは自らの嗜好から外れるからだと自分で理由をつけて納得していた。
もちろん、そういう側面もあるだろう。だが、本質的に違うのだ。
一言で言えば、この世界のBLは陳腐なのだ。
通常の男女の恋愛があふれる中で、偏見とか肉体の問題とか、そういう障害を愛をはぐくむことで乗り越えて絆を深めるのがBLの醍醐味だ。
この世界のBLは違う。NLの代替としてのBLだ。そんなものには何の価値も無い。私はそれをBLとは認めない。
「この世界のBLは間違っている!」
「…亜希子さん、心の声駄々洩れだよ!」
「あ…」
重郎左はバツの悪そうな顔をする。
「いや、ごめん。俺がBLの事語るとか、釈迦に説法だったよな。まあ、ともあれ亜希子さんがこっちで女性に転生しなくて、俺は良かったと思ってるよ」
「え、何で?」
「いや、さっきも言ったろ?男女だと自由恋愛できないじゃん」
「ぐっ」
人が真剣に考えていたのに、ろくでもないことを言う。
前世でNLでダメだったからって、こっちでBLで想いを遂げようってか。この下衆野郎め。
重郎左はずざざと飛びずさって、三尺(九〇cm)ぐらい距離を取って、犬千代をびしっと指差した。
「馬鹿な事言わない!」
「わはは、まあ冗談はさておき」
重郎左は「冗談なのかい!」というツッコミは胸の内に留め置いた。言ったら散々揶揄われるに決まってる。
「この時代、女性に人権ないからな。政略結婚の道具だし、そのための教育も受けるから」
「え、どういうこと?」
「言わせるかね…要するにホステスや泡姫と同等の研修をみっちり受けるってことだよ。侍女がよってたかって開発するんだよ」
「うええ、児童虐待じゃん」
「だから人権ないって言ったろ。それに仕事だからな。公務だから。両親を始め、一族からそうすることを強要される」
「…最悪」
重郎左が嫌悪するのは無理もない。
「だから、亜希子さんがそんな目に合わなくて良かったよ」
犬千代が視線を外してそう言ったのには訳がある。犬千代の言はウソとは言えないまでも、真実では無かった。なぜならその「研修」は男性も受けることが一般的であるからだ。
もちろんその研修中に予期せぬ間違いも起きる。それは、信長が正室の嫡子であるにも関わらず、なぜ二人もの庶子の兄を持つのか?という問いの答えでもある。
吉法師様は元服するから、そろそろ研修を受ける頃合いだろう。
そして、いずれは重郎左も。自分と違い、城持ちの武家棟梁だから避けられぬ道だ。
だが、それは今わざわざ言うべき話ではない。
実のところ、BLの話も犬千代はかなり端折って説明した。
この時代はろくでもない世界だ。武士と言う身分に生まれた者は土地に縛られ、自由に恋愛も出来やしない。
男子は第二次性徴を迎えた多感な時期に、信頼していた乳母や侍女から性の事を徹底的に仕込まれる。四書を学んだり、馬術や弓術を教わるのと同レベルで、閨の事を学ばされるのである。
結婚相手は自分が決めることは出来ず、初夜は双方の侍女や近習が立会いの下、極めて事務的に行われる。結婚後の閨も一族や近臣に管理され、必ず小姓などが立会う中で行われ、その状況や結果は家老などの重臣に逐一報告される。
そのような状況だから、武士として生まれた男子は女性相手に夢や幻想を持ちようがない。
だからこそ、彼らは絆や愛情を確かめ合うパートナーとして同性を選ぶのだ。
「誰ですかな、こんなところで油を売っているのは?新五郎様が探しておられたぞ」
少し気まずい沈黙が続いたが、それは聞きなれた大声で破られた。
「やべ」
「あ、勝三郎さん」
声の主はサボっていたのが重郎左と犬千代だと気づくと呆れた顔をして、近づいて来た。
「若子に乗馬の事聞かれてて仕方なくな、じゃあ戻るわ」
「あ、こら」
重郎左は、犬千代が責任を全面的に押し付けて来たのに抗議したが、当の本人は構わずそそくさと立ち去ってしまう。
仕方が無いので、重郎左も手綱をほどいて戻る準備をする。
「仲がよろしいのは結構ですが、逢引は忙しくないときにされた方が良いですな」
「すいません…てか逢引じゃないです!」
ほう、と勝三郎さんは細い目を更に細くする。
犬千代ほどではないが勝三郎さんも背が高く、隣に並んで話そうとすると重郎左は少し見上げなければならない。
「てっきり、もうそういう仲だと思ってましたが」
「御冗談を…というか、勝三郎さんの方こそ吉法師様とはどうなんですか?」
勝三郎さんは「はっはっは」と笑い飛ばす。
「殿とは生まれた時からずっと一緒ですからなあ。仲が良いことは確かですが、実の兄弟のようなもので、とてもそんな気は起きませぬ。それに万一そんなことにでもなったら、近習衆の嫉妬で闇討ちされかねませぬ。それにどちらかと言えば、私は女子の方が良いので」
「ああ、なるほど」
重郎左は「勝三郎さんNL派かー」と独りで納得する。
(しかしまあ、)
幾らこの時代の人間が早熟だとは言え、小学生の会話じゃないなあ、と思う。
前世の小学校高学年男子だったら、そもそも「俺はホモじゃねえ!」の一言で終りだろう。こういう会話が違和感なく行われる程度には、この世界にはBLがあふれている。
「犬千代でしたらお似合いかも知れませんな」
「犬千代と?」
「あ、いや戯れの話でござるよ。殿と釣り合うならばということで」
勝三郎さんは、目が合うとはっとしたような顔をして慌てて訂正した。
先ほども犬千代とは「ない」と釘刺ししたというのに、変な気の使い方をする。
(まあ、そりゃあ史実カップルだし)
と当たり前と言えば当たり前よねと思うが、いまいち釈然としないのは何故だろう。
「ささ、早く戻らないと」
「あ、そうだった」
重郎左は馬に乗ると、速歩で戻ろうと急かすが、慌てていたせいか、駈歩が発動してしまう・
「ひ、きゃ、きゃー、助けて!」
ぱからん、ぱからんと叫び声と蹄の音が小さくなっていく。
池田勝三郎は頭をボリボリ書きながら、自分も持ち場に戻るのだった。
【解説】
信長×利家の出典は「亜相公御夜話」の鶴の汁の話のくだりですが、実際に男色関係があったかまでは断定できません。
原典は「利家様若き時は信長公御傍に御ねふし被成候」で、言葉通りに捉えれば「利家が若い時は信長の側で寝ていた」です。
男色と解釈することもできますが、元々は安土城落成の折に信長が家臣一人一人のそれまでの功を労うシーンであり、直後に稲生の戦いの功績に触れていることからも「利家が若い時は優秀な小姓として寝ずの番で護衛をしてくれた」と言った意図の方が自然な気もします。
それとは別に、この物語でどうなるのかは、今後のお楽しみという事で…w




