一三 縁組(後)
ブックマーク&評価ありがとうございます。更新が遅れて申し訳ありませんが、次回も一週間後、11月29日0時に投稿予定です。
犬千代は重郎左の隣に座ると、ゆっくりと話し始めた。
「この間話した稲生の戦いの件な…」
「うん?」
犬千代の中では先ほどの話題と繋がっているのだが、重郎左からすればいきなり別の話題を振られたように聞こえたので、語尾を上げてしまった。
「一両日過ぎ候てより、御敵の色を立て、林与力の荒子の城、熱田と清洲の間を取り切り、御敵に成る。米野の城、大秋の城、清洲と那古野の間にあり。是れも、林与力にて候間、一味に御敵仕り候」
「???」
ぽかんとする重郎左を犬千代が解説する。
「信長公記の該当部分だ」
「いや知らないし」
「まあ聞けよ。ざっくり言うと、大秋城が敵対したとは書いてあるけど、大秋重郎左衛門の事は何も書いてないの。ついでに言えば尾張徇行記の記述も同じだ」
「へ?じゃあ大秋重郎左衛門の記録はどこから出てきたの?」
「大秋八幡社の由緒書き。今川方に属していた大秋重郎左衛門が神社を立てたって。それだけの記録」
「え、どういうこと?」
「要するにさ、一次ソースたる各種史書に『大秋重郎左衛門』が信長に敵対したとは書かれてないんだよ。それを引用した二次ソース三次ソースの各文書では信長公記と由緒書きの記述がごっちゃになって『大秋重郎左衛門』が敵対したって書かれているのが多いけどな」
んー、と重郎左は考え込む。
「でも、私は大秋城主だから私が敵対したことになるでしょ?」
「だから稲生の戦いの時に城主じゃ無ければいいんだよ」
「あー、ああ?」
重郎左は一瞬納得しかけたが、語尾を上げて聞き返した。
「それって追放とか廃嫡とかってことじゃないの?」
「いや、単純に城主譲れば良いだろ?」
「そりゃそうだけど、そんな簡単な話じゃないでしょ」
サークルの代表とかソシャゲのギルドマスターとか町内会長じゃないんだから、そんな簡単に「この人が次の城主です」とか決めても皆納得しないだろう。
「そうだな、じゃあ…城代家老の森下さんは息子は居るのかい?」
「え、森下さん?娘はいるけど、息子は居ないはず」
「うーん、息子さえいればなあ」
「どういうこと?」
「家存続の大義名分で縁組すればいい」
つまりはこうだ。
大秋家は現在重郎左ただ一人しかいない。この状態で重郎左に万一の事があれば大秋家は断絶してしまう。
しかし、城代家老の森下弥右衛門に大秋姓を与えた上で縁組して当主を譲れば、いずれ当主の座は重郎左に戻ってくるし、万一の事があっても弥右衛門の子が当主を継ぐことで大秋家は存続できるという訳である。
重郎左は大秋城にほとんど居ないわけで、その意味では森下さんは実質城主と言えるし、家臣から不満が出ることもないだろう。
「一見筋は通ってるけど、なんかアクロバティックというか、そんな無茶苦茶で良いの?」
「良いんだよ、この時代民法とかないし、関係者と主筋が納得すれば」
「まじか、そんないい加減なので良いのか…でも弥右衛門さんの息子はどうするのさ」
「それは…なかさんに頑張ってもらおう」
重郎左が呆れ顔をみせる。
「あのねえ、そんなこと面と向かって言えないでしょ。それに都合よく男子が授かるとも限らないし」
「最悪、養子取ってもらえばいい」
「なにそれ、もう何でもありじゃん」
結局、その時はそれで話が終わっていた。
転機は翌年訪れる。
翌年の天文十二年(一五四三年)、乳母のなかさんが身ごもったため、暇を申し出たのである。
大秋城帰還を転機になかさんは度々休暇を取って大秋城に戻っていた。
もちろん森下家の跡取り確保のためであるが、重郎左が乳兄弟を欲しがっている(と勘違いした)こともあり、真面目にお努めを果たしていたのだ。
果たして、生まれた子は目論み通り男子であった。
「チャンスじゃないか」
と犬千代がけしかけてくるが、重郎左はイマイチ気が進まない。
当事者の話ももちろんだが、大秋城は林家の与力であり、まずは林新五郎さんに話を通さなければならないからだ。
「でも、難癖つけられたりしないかな」
「しないって、林様からすれば、直属の部下が扱いにくいお前から森下さんに変わるんだから、むしろ歓迎されるだろ」
「ああ…確かに」
実際、重郎左の危惧は杞憂に終わった。
「まずは大秋城家内で話をまとめてきてください。その後私から大殿に書状を書きましょう」
林新五郎さんの対応は極めて事務的ではあったが、その実、手づから書状を書いて取り次いでくれるという破格の扱いである。大殿の方は恐らく問題ないだろう。
となれば、あとは大秋家の中の問題である。
というわけで、久々の大秋城帰還となるわけだが、なぜか重郎左は犬千代と共に馬上の人となっている。
「何で犬千代がついてくるのかな?」
「森下さんの伝手で城内に住めるんだから、挨拶しなきゃだろ」
「前回舟だったけど何で馬?」
「たかが一里(4km)だぞ、荷物無いなら陸路の方が早いだろ。往復でも四半刻(30分)かからねーよ」
「二人だけで大丈夫なのかな、護衛とか」
「俺が居るだろ」
といって、犬千代は一間半(3m弱)の槍を頭上でぶんぶん振り回す。
「危ないからやめてよ、手綱から手を離すなー!」
わー、きゃーと騒いでいる間に着いてしまう距離である。信号や道路渋滞がない分、下手したら前世で自動車で移動するよりも早いかもしれない。
大秋城には事前に行くとは知らせていなかったのと、子ども二人でやって来たため、ちょっとした騒ぎになってしまい、むしろ城門で待たされた時間の方が長かったぐらいだ。
しばらく経って城門をとおされたが、犬千代は本丸に入ると、しきりに周囲をキョロキョロ観察している。
やはり、犬千代でも実物の城は物珍しいのか。
自分も初見の時は色々驚いたからなあと思い起こしていると、ふと目があって小声で話しかけてきた。
「いや、ここが戦場にならんとも限らないからな、配置や経路を覚えている」
なんか想定していた理由と違った。
「挙動不審だからやめなさい」
「まだ子どもの好奇心で通るからセーフだ、子どものうちに出来るだけ多くの城を見て覚えておかないと」
「もしかして清洲城や古渡城や岩倉城にも行きたいと言っていたのはそれが目当てか」
「まあな」
主殿につくと、今度は重郎左が挙動不審になった。
「あばばばー、おにいちゃんでしゅよー」
「おまえのが余程挙動不審だろ」
犬千代が、畳の上で赤子をあやしている重郎左を見て呆れかえった。
赤子は無邪気にきゃっきゃっと喜んでいる。
「だって可愛いんだもん、犬千代もこっち来て見てよー」
といって、畳をぺちぺち叩く。
犬千代は板間から畳の上に上がりながら、広間を見渡した。
板間の上にまるで座布団のように畳が数枚置かれている。
「畳五枚か」
「少ないよねー、でも前回は三枚だったからちょっとだけ増えた」
犬千代がはあ?という顔をする。
「いや、この世界の畳は高級品だからね?全面畳敷き詰めてる那古野城が異常なの!」
「あ、そうなんだ」
「荒子城なんか、一部屋畳一枚だぞ。兄弟で毎日取り合いだったよ。ちょうど城塞みたいな扱いで」
その様子を想像して、重郎左がぷっと噴き出す。荒子城では毎日「秘密基地」の取り合いが繰り広げられてたのであろう。
「何それめっちゃ楽しそう」
「笑い事じゃねえよ、一人っ子でしかも御殿でぬくぬく育ちやがって」
「ごく潰しみたいな言い方酷くない?ちゃんと給料もらってるし、そのお金は城に入れてるし」
そういえば、この世界に来てから、基本生活は保障されていたから、あまり金銭面の事は気にしていなかった。
「そういえば五〇貫ってどれぐらいなの?」
重郎左は自分の俸給の額を聞いてみる。
「米一〇〇石相当」
「と言われても分からないよ。大秋城の知行が三〇〇〇石だけど?」
「俸給額は同じだが、荒子城が四〇〇〇石相当だから俺の勝ちだな」
「いや、そういう話なの!?それだったら、犬千代四男だから城の石高分はゼロだよ!嫡男総取りだから。一〇〇石と三一〇〇石で私の勝ち!」
「ぐっ」
犬千代が少し悔しそうな顔をした。そこで張り合わなくても良いじゃないか。
「で一〇〇石な。相場や換算方法にもよるが、前世で言えば四〇〇万円から一千万円ぐらいだ」
「はあ!?」
なんだそりゃ、ぶっちゃけ前世の自分の給料より高いじゃないか。
「なんか、大名の跡取りとは言え、遊び相手の子どもには似つかわしくない給料だね」
「まあ織田家だからな。他の大名は御伽小姓に俸給与えたり、足軽に長屋用意したりしねーよ」
「超ホワイト企業で何よりです」
重郎左は気を良くして「お前のにいちゃん高給取りだぞー」とあやす。
「ところで、ここに来た目的忘れてないか。まだ『にいちゃん』になってねーぞ」
「あ、そうだった」
なかさんは「まあ、若様と本当の親子になれるなんて素敵ですね!」とあっさり了承してくれたが、一方で、森下さんは「自分が大秋姓など恐れ多い」と中々受けてくれない。
「大秋の家名存続のためですから」
と重郎左が説得してようやく折れてくれた次第である。
そしてもう一つ、犬千代から言い含められていたのだが、森下さんに受けてもらいたい話があった。
「苗字だけではなく、重郎左衛門の名前も襲いでいただきたい」
「重の字は亡き殿から若様に拝領されたものですから、受けかねます。そうですね…『十郎左衛門』であれば」
「ほう」と感心したのは犬千代である。
可能であれば、後世に伝わる大秋城主の名前を完全に亜希子から切り離したかったのだが、そういう事になったか。
諱ならともかく通称名で襲名も何もあったものではないが、まあ縁組と同じで当人同士が納得していれば良いのだろう。
かくして、重郎左の養父の名は「大秋十郎左衛門昌吉」となった。
善は急げという事で、重郎左と犬千代は夕餉を辞退し、那古野城への帰途につく。
林新五郎さんの気が変わらないうちに全て済ませておきたかったのだ。
「これで大丈夫かなあ?」
「うーん、多分な?」
犬千代は手綱を操りながら、すっきりしない返事を返す。
「前世の話だけど、ネットで大秋城主を検索すると、『十郎左衛門』と『重郎左衛門』の両方が出てくるのさ。まさか別人だったとはな」
「えー、じゃあ完全には切り離せてないってこと?『重郎左衛門』名乗るの辞めようかな…」
「おいおい、『重』の字があるから森下さんが『重郎左衛門』辞退したのに、今更辞めましたとは行かないだろ」
「やっぱそうよねえ…」
「ま、大丈夫だろう。後世に伝わっている名前はほとんどが『十郎左衛門』だからな」
織田信長や前田利家と敵対するという最悪の事態は回避できたと思われるが、重郎左の表情は優れない。
「養親子で戦うことになるんだよね?」
「それはもうあきらめろ。俺も、前田利家も荒子城と敵味方になるからな。この世界では良くあることだ」
それよりも、と犬千代が続ける。
「織田家最強の柴田勝家軍相手にしなきゃいけないからな。そこで死んでしまっては元も子もない」
「うえー、何そのハードモード、勘弁してよー」
重郎左の嘆きが夕焼けの中に消えていった。
【解説】
犬千代が登場したお陰で重郎左は気軽に外出できるようになった! 二人はこの世界で未来を切り開こうと、ようやく活動を開始します。
中世では家の断絶は所領の没収に直結するため、「一所懸命」たる武家は家の存続のため盛んに養子縁組を行いました。
養子の仮予約とか、当主が危篤の際、次の当主が決まるまでとりあえず緊急避難的な養子を設けるとか、割とフリーダムに行われていたようです。
私事ですが、筆者は小学一年生のとき長さ一間(2m弱)の棒術を習っていましたので、犬千代なら余裕で一間半槍を使いこなしていた気がします。




