#4 旅立ち
アーシェとシンシアは散らばったマグナダイトを超密度に圧縮し、同じく掌サイズのキューブ状のモノを複数生成し、必要になるであろうと事前に準備していた折り畳み式の袋にカゴに入れた。一つ一つはそこまで重くはないが、総数24個となると流石に手に持つどころか、肩にかけるのも難しい。
ので、ソニックシュテルンと共に『重力軽減』で軽々と持ち上げて地上に戻り、そのまま自宅に帰った。そしてシンシアが作った生地の群を彼女がオーブンで次々と焼いていゆきながらアーシェは朝食を作っていた。
「…結構な量だね、流石にソニックシュテルンの収納ボックスに入り切らないや…」
「荷台でも作りますか?」
「荷台…どうせなら寝泊まりできる物がいいね」
「なる程、それでは朝食後に早速取り掛かります」
「うん、お昼まではまだ時間あるしね」
その量は店の在庫相当で、とても小型二輪で運び出せる量ではなかった。少し不安に思っていると、鍋で煮詰めていたスープがブクブクと音を立てて蒸気が発生している。出来上がった合図だ。
「言ってる間に出来ちゃったね。そっちはそれで最後?」
「はい、これで終わりです」
既に焼き上がったモノを見てみると、各種類どれもほぼ同じ形になっていて、焼き加減もそれぞれに合わせて変えられている。
「(どうやったらこんなにも整っている品を作れるのかな…?)」
「…フゥ、終了しました」
「お疲れ様、早く朝食にしましょう」
「はい、少し疲れました」
「(やっぱりこういう所は人間と同じなんだなぁ…)
食べ物をエネルギーに変換する仕組みが全く想像も付かないが、それでもずっと動き続けていると動きが少し鈍くなっているような気がしている。
そして昨晩と同じく料理を部屋に運び、朝食を食べ始める。メニューはなんの変哲もないコッペパンにハムエッグを挟んだモノにトマトスープ、牛乳というシンプルながらも美味しくいただけるものだ。
『いただきます』
特別おいしいと言うわけではないが、どこか懐かしい匂いがする料理をそれぞれ口にしていく。
「なぜかいつもよりハムがおいしく感じる…」
「私はアーシェが作ったクロワッサン以外で初めてアーシェの料理を口にするのでわかりかねます」
「そう、わからないんだよ〜。別にレシピとか変えてるわけでもないのにそう感じるわけが…不思議なものだね」
「ええ、不思議なものばかりです」
「(あれ、もしかして笑ってる?)」
シンシアは昨日と同じく口角が上がっていて、更に目付きも少し穏やかになってきている気がした。そして、『実は顔にあまり出さないだけで笑っていることが多い』という説が浮上して来たが一旦置いておく。
「あ、そうだ。次の行き先なんだけど先に王都フェリオンに行こうと思うんだ」
「どうしてですか?」
「『未確認の機体に乗って各地を走り回ってる集団』なんてとても怪しい者のままいたら犯罪者扱いされるよ」
「それもそうですね。ですが、伝えるのは国王のみにしておいた方がよろしいですよ」
「どうして?」
魔導士達も知っていた方が協力等しやすいと思っていたので問立てる。
「あれ程高度な技術の塊を彼らが欲しがらない訳がありません。強奪されてしまっては元も子もないです」
「確かに…」
「なので、出来る限り国王以外に露呈させずに話を通す必要があります。ですが今の世界情勢は知らないので、私は指示を受けることしか出来ません」
「…『居城に侵入する』なんてことあまりしたくないからなぁ〜、う〜ん…あ、そうだ」
「なにか思いついたのですか?」
「別に深く考えなくても、“ゴーレムみたいなモノ”の情報とその襲撃を受けた村の状況の報告を名目にしてしまえばいいんだよ」
「…大丈夫なのでしょうか?」
「多分、もし駄目でも別の方法探せばいいし。と言うわけで、食べたら私はその破片を取りに行って調べてるから、終わったら言ってね」
「了解しました」
――この時はまだ、“あんな物”が出来るとは思いもしなかった…。
「んーっ、これなら十分報告書として機能出来そうだ」
“ゴーレムのようなモノ”の飛び散った欠片を集め、色々と調べてみたところ魔法やフォースが使われた形跡がなく、これらとは違う原理で変形させていたことが分かった。
また、正式名称はその巨体から放たれる砲弾によって村が壊滅されてしまったことを受け、“ディザスタージャイアント”とすることにした。
――ディザスタージャイアント
ミスリル合金で出来た体の至る部分から砲塔を出現させ、村を一瞬にして壊滅させた巨人。
砲塔には大量殲滅用の大型砲とピンポイントに狙いを定めて銃弾を放つ機関銃の2種がある。損傷率が高くなると辺り一帯を巻き込んだ大規模な自爆を引き起こす。倒すには胴体の中心にある核を撃ち抜く必要がある。
「それに、もしもの時の切り札も用意したし」
それぞれ本物にかなり寄った絵付きでまとめ上げられた3枚組の報告書に魔導変則機の機能を二輪走行のみにしてマグナダイトなしでも作れるようにした“魔導二輪”並びに“魔導記録機の設計図を手にする。
ちなみに、魔導記録機には数式のようなモノ改め記憶文に使われるそれぞれの文字や記号を一つ一つのキーを打つことで入力できる。それらは画面に表示され、全文入力し終えたら一定の間隔で区切られた文毎に記憶させられる。
「準備が整いました、早く行きますよ」
「あれ?もうこんなに時間過ぎちゃってる…。ちょっと待ってて」
ドア越しに聞こえる声を聞いてすぐさま鞄に報告書を閉まうと立ち上がってローブを素速く装着し、鞄を背中に背負って勢いよくドアを開け、待っていた彼女と二人並んで階段を駆け上がる。
空は明け方とは違って青く澄んでいて、雲が流れるように筋を見せていた。
「…良い空だ。…あんなことがなければ、だけど」
「ですが、私達の旅路の幕開けとしては素晴らしいモノですよ」
「うん、空は私達を祝福してくれているみたいだね。…ところでシンシア」
「なんでしょう?」
『なんでこんな物考え付くの!?』
目の前にあるそれは車、と言うには少し異質な黒いフレームに覆われた物だった。先頭と後頭には丸みを帯びていて運転席と見られる部分まで三人分の身長かそれ以上に長くて滑らかな傾斜がある。その間に繋げられているモノは両側に角が丸まった四角い窓が横に並んだ四角い箱のような形をしている。そしてそれぞれにソニックシュテルンと同種らしき大きな車輪が付いていた。
「これは“列車”です。いくつもの車両が連なっているのでそう呼びました」
「…これ作るのにあれどれ程使ったの?」
「全て消費しました。最初の構造から機能をかなり減らしてようやくここまで来ました」
「(これ以上になんの機能付けようとしたのか聞きたい!けどあえて聞かない。これ以上やると今の形が崩壊しかねない…)」
「それでも、“隠密装甲”の機能は外せませんでした。これがなければ突破できない状況があるでしょう」
「…早速役に立ちそうね」
まだ国に黙認されていない今、これの存在を知られるわけには行かない。正直、ソニックシュテルンよりも危険物とされるであろう。なにせ、“姿を表さない高速運搬車”など誰がどう見ても脅威でしかない。
「それと、中は先頭から操縦席、キッチン及びリビング、寝室、洗面所及び浴室、格納庫、倉庫、先頭と同じく運転席です。マグナダイト以外の素材は廃材を集めてきれいな状態に戻して硬化させた上で使っています。また、必要な荷物は全て倉庫に、ソニックシュテルンは格納庫に収納しております」
この世界でこんな長くで中に生活スペースがある車は見たことがなかった。無論作ろうと思えば作れるのだろうが、魔物達が各地で行動している現在では運用しようがないだろう。つまりは、時代に合っていないのだ。
「そしてロックは生体認証式です。もちろんアーシェをこの機体のマスターに設定しています」
「それじゃぁ、各車両にパネルがあったのはそのためなのね」
「はい、パネルに手を翳せば開閉出来ます」
実際に翳すと扉は開いた。中に入ると外装とは違って白と茶を貴重とした色に覆われていて、私の好奇心を擽るコントロールパネルとレバーやスイッチがあった。私は操縦パネルに同じ様に手を翳す。
すると急にモニターが現われ、目の前に外の景色が広がった。そして手元のパネルには世界地図上に現在地を示す赤い点とコンパスが現れた。正直私には想像も付かない技術が施されているのであろう。
「ねぇ、どうやって動かすの?」
「目的地を設定し、全車両のドアと車輪のロックを解除したら右手のレバーを前に倒して下さい。一定の速さで走り出したらオートパイロットモードにしてください」
「オートパイロット…?」
昨夜に聞いた“制御装置”と言い、この“列車”と読んだものと言い、私はこの世界のことをまだしっかり理解していないことを改めて思い知らされた。
「(そうだ、この列車の名前考えてなかったね)」
「オートパイロットとは誰かが操縦席にいなくても、自動で動かしてくれるモノです。この列車にはモニターに映っている景色を正確に判断し、ソニックシュテルン同様曲がったり飛んだり出来るようにしております」
「(…よろしくね、“ヴィヴァーチェ”)」
「…聞いていますか?」
「うん、ちゃんと聞いてるよ」
意識の大半はヴィヴァーチェの方へと向いていたためか気を失っているのかと勘違いされたのか。
「…先に言っておきますが、くれぐれも安全運転を心掛けてください」
「大丈夫、任せて。座標設定、停車地はハルザ並びに首都セリオン…っと」
「…よしっ、『ヴィヴァーチェ、発車』!」
レバーを前に押すと、ヴィヴァーチェは徐々に加速しながら馬の走る速さよりも速く前へと駆け出した。
「うん、いい感じ!少しデコボコした地面で少し揺れる振動が気持ちいい!」
「はい、このままどこまでも行けそうですね」
「それじゃ、そろそろ高出力で行くね」
二人を乗せたヴィヴァーチェはその速さのあまり倒れていた木々を吹き飛ばし、砂埃を巻き起こしながら高速で駆け抜けてゆく。
「この速さだとハルザまでどの位かかる?」
「およそ30分で到着します」
「それじゃ、これに目を通して変な所あったら修正してくれる?」
先程書き上げた報告書と設計図を取り出して彼女に渡すと行を追うように目を素速く動かしながら目を通して行った。
「…やはり素晴らしいですね、これなら改定する必要がありません。…待ってください、この“魔導記録機”は渡すのには惜しい物では?」
「(流石に私の思惑には気付けなかったか…)確かにそうかもしれないけど、これを開示することでの利点は大まかに3つだよ」
「一つ、ヴィヴァーチェ達に関することの交渉の切り札になる。二つは偉大なる発明をしたことにより国の魔導機の開発権限を得られるかもしれない」
『そして三つ、その開発によって莫大な資金を得られる!』
ドヤ顔で言い放つ彼女にシンシアは頷きながら小さな拍手を送った。
「なるほど…確かにこれならこちらの利益が増えますね。ですが、これが普及することでサーニャを攫った者に渡るという危険性があります」
「認証されていない者が使うと自爆するようにしてしまえば問題ないでしょ?」
「それでは、コードの書き換えに対して強固なロックを施しておきましょう。…大体この様に記録させればいいでしょう」
返された報告書及び設計図の内、魔導記録機について書かれている中で“記憶文”について記されてある部分のそれと同等の長さを誇る文が裏の白紙の部分にびっしりと書かれていた。
これを私やシンシアが解こうとすると5分足らずで出来るが、普通の人なら一時間以上かかってしまうだろう。…よくもまぁこんなモノを書いてくれましたねとある種の称賛を送りたくなってきた。
「…流石に書き過ぎじゃない?」
「いえ、このヴィヴァーチェにはこれに加えて二重のロックを掛けておりますから」
「(そんなの私の頭がグルグル掻き回されそうじゃない…)」
それが本当ならアーシェが記憶させようとすると他のことが出来なくなる位なのに、果たして彼女はそんなことをして余裕であったのだろうか…。
「ねぇ、そんなにも膨大な量記憶させて大丈夫だったの?」
「はい、なんとか意識は保てました」
「…そんな無茶しないで。シンシアが私を心配するように、私のためなら自分のことを投げ捨てそうなシンシアが心配だから。村の皆と同じように、いなくなって欲しくないから…」
「私はあなたの無茶の方が心配ですよ」
「それもそうだね…お互い、気を付けようね」
「間もなく目的地に着くようです」
「うん、それじゃソニックシュテルンのスタンバイお願い」
「承知しました」
シンシアはくるりと振り返り、ドアを開閉して後列へと向かっていった。
「(ねぇサーニャ、あなたはどこにいるの…?)」
画面越しに見えてくるまだ見ぬ景色をただ寂しげに眺めるのだった。