#3 魔導変則機
地上が燃え尽きてしまっても、地下には影響はないと考えていたアーシェ達は彼女の家が建っていた場所に辿り着く。家は柱を残してほぼ燃え尽きていた。そのため、地下への階段が丸見えだった。
「『光の種』」
この初等魔法は掌に白く光る光源を発生させ、辺りを照らす。
左手を掲げたまま階段を少し降りて入口の方に振り返る。
「『岩石の壁』」
この中等魔法は周りにある岩石を盛り上げ、壁を作るものだ。現状、これ以上に入口を塞ぐいい手段はない。
すぐに向き直って階段を降りて行き、鉄製の壁と地面に赤い絨毯が敷かれた細い廊下に出る。手前の方のにある扉の方へ向かいながらロウソクに火を点け、『光の種』を解除する。扉の前でローブの下に隠れた服の右ポケットから鍵を取り出して開ける。
焼けてしまった家の方には魔導光球があるのだが、元々地下に行くことはあまりないと思っていた両親は地下の廊下及び各部屋にあるロウソクしか照らすものがない。その代わり、このロウソクは火をつけたら最長一週間は保つ優れ物だ。
「ここが私の部屋だよ、と言っても半分位本棚だけど」
中に入って部屋のロウソクにも火を点ける。
その部屋にはアーシェが持つ本がズラッと並ぶ本棚、二人で寝るにはギリギリの大きさのふかふかなベット、そして机の上には右側に羽ペンが立てられていて、作業スペースには邪魔なものがなくスッキリとしている。
「(部屋まで装甲身に着けたままってちょっとおかしいよね)…ちょっとその装甲脱いでてくれる?」
「了解しました」
すると彼女の装甲は手で掴んで外されることもなく消えてしまった。当然隠れていた肌も完全に丸見えだ。
「キャーッ!」
「どうされたのですか?」
「『どうされたのですか?』じゃないよ!なんで全部消えてるのよ!?(ホントは『どうして素っ裸になるの!?』って聞きたいけど!)」
「私が身に纏っていたモノは全て“装甲”です。あれは元々私達Cordの身体の一部です。自分の中のエネルギーの塊を放つことで強固な装備、正確には人間で言う皮膚と同じ物になるのです」
「(あれ全部含めてって…)じゃぁ、あれ展開し続けるその“エネルギー”ってどうやって維持してるの?」
「主な方法は二つ、一つは人間と同じく食事によるもの、もう一つは太陽の光によるものです」
「なる程…太陽光ってことは光合成みたいなモノなのね…」
半ば『彼女はこういうのが素』という諦めを付きながら部屋のクローゼットを漁る。そして自分が着ているモノより一回り大きい私服を手に取った。
どうしてそんな物があるのかと言うと、母が自分の成長を見越して先に買ってしまうからだ。ちなみにこのローブは母が買ってきたものを少し自分で手を加えている。…もう、母が服を買ってくることはないと思うと寂しく感じる。
「はい、これに着がえてくれる?多分サイズ大丈夫だから」
「承知しました」
今度はちゃんと服を手に取り、袖を通してゆく。半袖のシャツに半パンというありきたりの服を着た彼女を目にして少し落ち込んだ。
「(うん、やっぱりピッタリだ。逆にピッタリ過ぎて体に張り付いてしまっている。特に…胸のラインが…あの部分までクッキリ見えてしまっている。…今度ちゃんと旅先で服を買って行こう)」
「ごめんね、今はそれで我慢してね」
「いえ、用意してくださるアーシェに感謝の意を表明します」
「(やっぱり固くなる…どうやったら自然になるんだろう)」
アーシェもローブを素速く脱いでハンガーにかける。
現在の彼女にはローブに隠れていた袖無しのワイシャツと半袖のズボンだけ身に着けている状態で、ローブの姿より明らかに肌が露出していた。
少女は机のチェストの中から部屋とは別の鍵を取り出す。
「それじゃ、倉庫に行くよ」
彼女は頷くと部屋を出た私の歩調に合わせて付いて来る。二人はそのまま奥の部屋へと進み、部屋の手前にあるロウソクに火を点けて扉の鍵を開ける。
中に入ると、薄暗いながらも小麦粉や発酵食品の群、調理器具、農具などがあることが確認できた。
「良かった、とりあえず食べ物には困らなそうだ」
「それでは、調理を始めますか?」
「うん、今日の夕食と明日からの保存食の二つ。保存食の方お願いできる?」
「承知致しました」
自室と同じ要領で再びロウソクにも火を点け、部屋にあった井戸から汲み上げた地下水で手を洗う。そして調理に必要なものを台の上に並べる。
まず地下水と牛乳、酵母、卵、強力粉と薄力粉をブレンドしたもの、砂糖を混ぜ、力強く練りこんでいく。そしてある程度まとまったのでバターを入れ、時々少し高い位置から落としながらこねて生地を作る。そしてナイフで三角になるように切り分け、底辺の方から丸めていき、形を整える。最後にオーブンの火をおこして、焼いていく。
「アーシェ、冷蔵庫はどちらに?」
「あぁ、部屋の奥の扉に入ったところにあるよ」
「了解」
彼女は細長い生地が乗ったプレートを左手で支え、右手で扉を開けて入った。
ふと気になって彼女が作業していた台を見ると、先程のモノと丸まったモノのプレートが二つづつ、それ以外に四角い鉄の容器に入れられたモノがその倍以上あった。あれ程の短時間でこんなに沢山でどうしてここまで量産できるのかわからなかった。
私はプレートの一つを手に取り、扉へと向かう。
「これは私の仕事ですアーシェ、あなたの手を煩わせる訳には行きません」
「いいの、私が好きでやってるだけだから」
「そうですか…」
その後二人で生地をどんどん冷蔵庫に運び、全て運ぶ頃にはオーブンの中で生地は焼き上がっていた。焼き上がたモノとは外はサクッと、中はもちっとしたクロワッサンである。
「うん、いい出来だ。それじゃ、部屋に戻って食べよっか」
クロワッサンを皿に移して自分の部屋へと運び、机の上に置いた。
『いただきます』
それぞれクロワッサンを手に取り、先端を噛じる。
「うん、おいしい」
「はい、甘味40%、塩味20%、酸味5%、苦味5%、うまみ30%の割合で丁度いい感じです」
「だよね(いや、普通に『おいしい』でいいでしょ…)」
少し捉え方が違えど、『おいしい』と言ってくれてるだけいいかと思い直す。
「そう言えば、他の“Cord”ってどこにいるの?」
「私が知っているのは“Cord”6までです。ここから一番近くにいるのは5で、この村からは北西に位置するハルザという街の外れにある渓谷にいます」
「(8以降は自力で探さなきゃいけないってことか…)」
最初は思考がサーニャのことで溢れていたが、改めて考え直すとかなり厳しい旅になるだろう。
あの“ゴーレムのようなモノ”も再び現れるだろうし、魔物も当然いる。その上世界は広い、このガロンシアの西、アーデンシアにも向かうことになるかもしれない。そんな中徒歩で歩いていたらいつまでも目的が達成出来ない。
「6ってどんなのなの?」
「6は肉弾戦が得意で、乱世の後には旅先で賊が出たら勝手に飛び出ては一人で片付けて、帰って来たら報酬金をサラッとマスターに渡していました」
「(よかった、流石に皆が皆同じじゃないんだ…」
容姿とか性格を聞きたかったのだが、答えが少しズレたものでも大体の人柄が見えてきた。安堵しながら移動手段について解決策を思い浮かべる。
この世界では既に風魔法を動力源としている魔導飛行機や魔導船が存在している。これらの場合、とても買える金額ではないし利便性にも欠ける。そして馬車の場合はまだ借りることは出来ても、先に挙げたモノより確実に移動が遅くなる。
「(ん、待って…よく考えたら…)」
「ねぇ、あの遺跡の壁とかって何で出来てるの?」
「あれはマグナダイト、元々はただの鉄や岩石ですがマスターが形質を変化させ、付近に流れる魔力に反応して動くように変えました。強度もとても強いです」
「ってことは、あれは形質変化すれば動力源にも装甲にもなる?」
「はい、理論上可能です」
「それじゃぁ、明日の朝ちょっとあの遺跡に寄るよ」
「了解しました」
それから彼女は机の作業スペースに参考書と数十枚の紙を取り出し、本のページを捲っては高速で書いていく。
「一体何を書いているのですか?」
「魔導変則機の設計図だよ。あなたの武器と同じように変形させられるのなら、恐らく可能だと思ったから」
彼女は紙の全体を使って書き上げられた図案を一つ一つ取っていく。
「…なるほど、確かに可能です。よく思い付きましたね」
「えへへ…こういう機械って非常に私の好奇心擽ってくれるから次々と浮かんで来るの」
「動力源には問題はありませんが情報を統括する物が見当たりません」
「…え、どういうこと?」
ペン先がピタリと止まる。完璧だと思っていた物だからその言葉が更に胸に突き刺さる。
「確かに動力はしっかりしていますし配線も問題ありません。しかし、それらの動きを統括、制御する物がありません」
「え、でもスイッチのオンオフで動かせるって本には…」
「多分それは動作が一つのみで、ただスイッチを配線に繋げてしまえばいい場合です。そんな物はこの世には数少ない…いいえ、ありません」
『こんな複雑な動きは指令を送るものがなければ出来るものではありません』
彼女のその言葉は普段と全く変わらないが、さっきよりも更に精神を抉って来る。
「それじゃぁ…どうしたら動くの?」
「単純です制御装置を取り付ければ良いのです」
「それってどんなの?」
「少し紙とペンをお借りしますね」
彼女はアーシェと同じく手の動きが止まることなく高速で書き上げていく。
「この機体の動きなら、これで動かせます」
そこに記されていたのは制御装置なる物の構造ともう一つ。…魔法を使うときに頭に流れて来る“数式の様なモノ”だった。
「これって…!」
「はい、フォースを使うときに現われる“ライトコード”を記されています」
「あなたは『ライトコード』って読んでるの?」
「はい、私が武装を変形させられるのはこの“ライトコード”を予め制御装置に記憶させ、手動で指令していたからです」
「…なるほど、それって私も書き込めるの?」
「形質変化が使えるのなら可能です」
「(よしっ!)」
小さくガッツポーズをするその笑顔には、期待とワクワク感に満ち溢れていた。そんな彼女を不思議そうに見ているシンシアも自然と口角が上がっていた。
「(想像もしなかった。自分が編み出した物がこんな使い道が出来るなんて素晴らしいこと。…ありがとう先代の“マスター”、あなたのおかげで私は更に高みを目指せそうです!)」
「シンシア、出発はやっぱり昼間にしよう。やる事が増えたから」
次の日、まだ日が昇らない頃に地下から地上に戻ると昨日の傷跡が残ったままの景色が広がっていた。私はシンシアに手伝ってもらって亡くなられてしまった方々が安らかに眠るよう地に埋め、祈りを捧げていた。
「こんな朝からごめんね?ホントは昨日やらないといけないことだったけど、色々あり過ぎて忘れてしまっていたから…」
「構いません。それより、行くところがあるでしょう?」
「うん、そうだね。(それじゃぁ行きますか…)『サポートフォース高速飛行』起動」
歩けば20分位かかる距離をたった2分で移動し、再び遺跡の中に入る。階段を降りて広間に向かうと、扉は昨日から開いたままだったのでそのまま入る。
部屋に入って上を見ると天井は既に閉じられていた。そして、昨日の振動が響いたのか、部屋には上の方から落ちて来たであろう大小差が大きいマグナダイトが散乱していた。
「(ちょっと分けてもらいますよ)」
昨夜に書いた図案を広げ、動力源の構造を数式のようなモノで表明する。まず、動かないことには外装を作っても意味がない。
「『金属錬成』」
これは上等魔法の一つで、金属の形状を変えたり、強度を変えたりする。
「とりあえず、成功…かな?」
人一人分くらいの大きさのマグナダイトは掌サイズのキューブ上に変換された。手に持つと部屋のモノよりも光り輝いていた。
「それでは、貸してくれますか?」
「どうぞ」
マグナダイトを渡すと彼女は手に持ったまま目を瞑る。一体彼女は私に対してなにを思っているのだろうか、正直想像もつかない。
「…これで動くはずです」
「うん、それじゃちょっと待ってて。『金属錬成』」
内部機関を精密に生成して先程の核を埋め込む、次にそれを覆うボディを作り出すことで、一風変わったマグナダイト製の二輪車が出来上がった。
二輪車を空中に固定させた後に座席に革製のカバーを装着し、右足を上げて跨ぐように足を下ろして座る。そしてハンドルをしっかりと握る。
「(お願い、動いて!)」
ギュィィィィイン
ハンドルをひねると、二輪車はあまり聞き慣れない音を鳴らしながら車輪が高速で回り出した。
「やった…動いたよ!」
「はい、お見事です」
「この機体の名前は…そうね、“ソニックシュテルン”にしよう」
ソニックシュテルンが上げる音はまるで機嫌がいい人のように部屋中に響き渡ったのだった…。