#2 目覚め
サーニャをおんぶしながら足を躓かせないように速く、そして正確に下に駆け下りる。
階段は螺旋状になっており、地面がペンダントに反応して進むに連れて地面や壁に描かれた紋章のようなモノが青白く光出し、明るくなっていく。
階的には多分四階位で階段は終わり、少し広い所が見えた。こちらと階段と同じく青白く光っているのだが、岩盤などではなく鉄か何かで作られたタイルの地面になっていた。
そんな地面に足を付き、顔を上げると目の前にいかにも仕掛けがありそうな人一倍巨大な扉が聳えていた。一体どんな目的で作られたのか…。
彼女を落とさないように胸元にあるペンダントを手に取り、扉に向けて翳す。すると扉が光だし、これまでに見たモノより大きな紋章のようなモノが浮かび上がってきた。
ガチャッ
そして鍵が開いたような物音と共に扉がゆっくりと地面を引き摺り、音を立てながら開いていく。その隙間から部屋の中を見ようとしても、暗過ぎて中の様子が分からなかった。
そんな真っ暗で何も見えない部屋へ入り、数歩進める。そこで部屋の至る所で光出し、少しずつ見えるようになってきた。同時にその光景に驚愕した。
「…なんで、こんな所に人が…?」
目に写ったのは白い髪をした目を瞑っている美女だった。背丈と胸は私より一回り大きくて、私と同じように肌が白くて、髪をおろすと腰よりちょっと下くらいにまで伸びていそうな長い髪をしていた。
そして、その身体には今では見受けられない技術で作られたと思われる蒼い武装を身に纏っていた。彼女のことをあれこれ考えていると、ペンダントの光が彼女に向かって伸びた。彼女に光が当たってから暫くして光は少しずつ消えた。そして、開いて行く瞼の間からは鮮やかな蒼眼が見受けられた。
「…あの、あなたは…?」
聞かずには居られなかった。この状況下で聞かない人は中々面白い考え方をしていると思う。
「…はじめまして、マスター。私は“Cord”7と申します」
「マ、マスター?」
困惑しか出てこない。全く状況が読み込めないから危うくにアホ面になりかけるところだった…。
「はい、あなたのペンダントがその証です」
それはもう気にしていなかった。さっきまでの出来事の全てがこのペンダントが起こしたものだから『マスター』と呼ばれたときから薄々気付いてはいた…。けれど、それ以上に腑に落ちない部分があった。
「…でも、確か“Cord”は確かお伽話にしかいないはずじゃ…」
そう、“Cord”はこの世界の始まりの伝記『覚醒記』の中に登場するモノだ。全員で十三体いて、その全てが揃うと何者からも人を守ると言わせている。
「いいえ、そのお伽話が如何なるものかは知りませんが、我々の存在は実話です。また、あなたの祖先が私達を生み出しました」
『実話』、つまりはただのお伽話ではなく本当に過去に起こったことだと言う事は、元から誰もが魔法が使える訳ではなかったということだ。それだけでも驚いていたのだが、それ以上に自分が王の血を引いている事には愕然とした。
普通は信じられない話だが、“Cord”はこうして自分の目の前にいるので、なんら不思議に思わなかった。
「…とりあえず話は後!今は上で暴れているモノをなんとかしないと…!お願いシンシア、力を貸して!」
そう、先程地上で起きた爆発の元凶は多分まだ付近にいるはずだ。このままここにいたら餓死するのを待つか、地上で爆発を引き起こした元凶に殺されるかの二択だ。そんなことは絶対に嫌だ。
そしてふと、ずっと『Cord○』と呼ぶのは変な気がした。創られたという意味では間違いなくモノなんだろうが、彼女は余りにも人間に近い姿なので番号で呼ぶのはおかしいと思ったからだ。
「私はCord7です。シンシアでは…」
彼女は少し困ったような顔をした。表情だけでも明らかに人間らしい…いや、人間だ。例え身体の造りが違っても、同じ心を持った人なのだと確信した。
「ずっとCord7って呼ぶの辛いから、あなたはSincereと名付けるわ。誠実の象徴よ、異論は認めない」
「わかりました、これからはシンシアと名乗ります。それでは、早く上に向かいましょう」
「でも、その前に彼女を安全な所に…」
そう、会話に夢中で忘れかけていたが私の背中にはサーニャを抱えているのだ。彼女をここに放って置くことは絶対に出来ない。
「承知致しました。それではその方を放さないようにしっかりと抱えてください」
すると、天井が少しずつ開いていき、地上の光が差し込んできた。それを確認すると彼女はサーニャを抱えた私を軽々とお姫様抱っこした。
「えっちょっと待っ…」
『キャアアアアアアアア⁉』
その一蹴りで真っ直ぐ天に向かって加速して行き、間もなくして地上へと戻って来た。さっきまでだったらさぞ気持ち良かったのだろうが、今では絶望の景色と化している。
家々は倒壊し、あちこちで炎と煙が巻き上がっている。しばらくすれば一帯が焼け野原と化すだろう。
「そんな…村が、森が…」
「嘆いていても仕方ありません、まずは障害を消すことです」
彼女の視線の先には巨大な物体があった。人の形を伴っていて、見る限りでもすごく硬そうな鎧、所々見受けられる砲台らしきモノ。いかにも物騒な雰囲気を放っている。
地に付くと少し距離を取り、サーニャを木の一つに優しくもたれさせる。
「あれは…なんなの?」
「分かりません。強いて言うならゴーレムと言った所でしょうか」
「でも、私の知ってるゴーレムはあんな見た目しないよ?」
「当然です、あれは未確認なのですから。あれほどのモノを作り出せる者がいると考えると製作者は更に脅威になることでしょう」
そう、私が知るゴーレムは硬いことはそうなのだが、あんな物騒な砲台などがなく、殴る、蹴る、踏み潰すという肉弾戦しか出来ないはずだからだ。しかし、村を壊滅させる程の爆発を引き起こすためにはそんなことでは絶対に起きないのだ。
「とりあえず、今はあれを壊そう」
「それでは、一緒に参りましょう」
「私はたた…」
『あの、マスター…さっきのモノは?』
『これは千本剣のアサルトフォース、その名の通り千本の絶剣を展開し、そのまま敵に放つ。剣の本数減らして一つずつに力込めれば威力は上がるが殲滅性に欠ける。逆にそのまま千本放った場合は殲滅性は高いが、威力はそこまで出ない。使い分けが必要なんだ』
『…それは我々にも可能でしょうか?』
『もちろん無理だ。これは私の固有技だからね』
(…なんなの?さっきのビジョンは…!?)
急な頭痛と共に見せられた光景。シンシアと似たような者達が何人もいた。そして、あの千本剣を使っていた少女の胸にはあのペンダントがあった…。
「大丈夫ですか、マスター?」
頭を抱えていた私に対してシンシアが不安気に尋ねてくる。
「大丈夫。後、忘れてたけどマスターじゃなくてアーシェって呼んで」
「承知しました、アーシェ」
「(それでは、試してみますか…)」
ビジョンの中で少女が千本剣を使ったとき、魔法に見られるる羅列が並べられていた。
私は『私達が“魔法”と称していたモノは元々は“フォース”だった』という仮設を立てた。もしこれが本当なら、多分魔法と同じようにフォースも使える筈だ。
「『アサルトフォース・千本剣』、起動」
すると、二本の大剣が現れた。どうやら先程の仮設は正しかったらしい。
しかし、ビジョンで見たときの様に千本の剣ではなく、たったの二本しか現れなかった。制御は完璧な筈なのにたったの二本しか現れない原因を考察する時間は今はない。まぁ、失敗するよりかは何十倍もマシだけど。
「フォースを使えるのですか?」
「うん、そうみたい…。まだ上手くできないから二本までしか出来ないけど」
「それほど出来れば充分です。私は後ろからこれで射貫きますから」
右手に握られたのはお伽話に登場した両手銃そのものだった。滑らかな青いフレームに包まれ、どこまでも見通せそうなスコープ。どれを取っても見事なものだ。
「『サポートフォース・高速飛行』起動。行くよ!」
最初はゆっくりと体を宙に浮かせ、ゴーレムのようなモノがいる方面へと加速する。身体が何かの何かの膜に覆われているみたいで、ほぼ空気抵抗を受けずに飛べているようだ。ゴーレムのようなモノの姿が見えるまではほんの僅かだった。
『人類を捕捉、直ちに執行します』
「村を滅ぼした君は…いや、君達は容赦しない」
すると巨体から大人二人分くらいの砲弾を高速で放たれ、横に飛んで避ける。
ボォォゥン
その砲弾は着地すると同時に打楽器を近くで演奏されるよりも巨大な音を立てながら爆発した。まともに受けていたら確実に他界していただろう。
『敵のパターンを検知、行動の改善を試みます』
その刹那、先程放たれたが放題の三分の一程度の銃口の砲塔が現れ、高速で弾丸が放たれる。今度は先程のように飛行するのだが、球切れになるまでしなけへばならないため、かなり辛い。
そう思っていた自分に対して、後方のシンシアがゴーレムのようなモノよりも更に速い弾速で撃ち落として行く。それを見た私はすかさず千本剣で生成した二本の大剣を目の前の巨大な腕に放つ。その剣は次々とその甲鉄を切り裂いて行き、右腕を切り落としていた。
『損傷確率、20%…』
すると砲塔が更に10個程姿を現し、弾丸の雨が襲いかかって来た。こうなっては幾らシンシアの銃の弾速が速くても、数が多すぎて落とし切れないし、高速飛行で逃げようとしても被弾して気を見出した瞬間に墜とされてしまう。
ーならどうすればいいか、銃弾を躱すのではなく、弾いてしまえばいい。
「『ディフェンスフォース・暴風壁起動!』」
魔法を改変するのと同じ要領で光速で演算を重ね、いつもとは逆に複雑にすることで威力をそのままに精密さを維持させることに成功した。即興で作ったにも関わらず、見事に銃弾を弾いて行った。
そして、今更だがとても重要なことに気が付いた。
ーアサルト、ディフェンス、サポートの3つのフォースを同時に使えていることだ。
魔法の場合、同時に二つ以上の力を使用しようとすれば、誰かが付与魔法を使わない限りは出来ない。だがこのフォースの場合、複数の力を同時に操ることが出来るのだ。
しかし、同時に複数の力を使うとなるとイメージという名の数式の様なモノが溢れ出し、演算効率も悪くなるという欠点がある。今はまだなんともないが、後どれだけ重ねて使えるのか心配になってくる。自分の限界を試してみたいとも思ったが、今は目の前の敵を倒すことが最優先なので無理をしないと決めた。
風圧の壁を身に纏ったまま再び高速飛行し、二本の剣を放つ。今度は左腕を削いで行った。
『損傷確率50%、自爆…」
バヒュゥゥゥゥウン
「ナイスショット」
高火力の光学兵器による砲撃は一瞬にして巨大な身体の胴体に大穴を開けた。そしてすぐに爆発はしたが、この辺り全部をふっ飛ばすことなかった。そして残骸が派手に飛び散って行った。
それを確認すると暴風壁を解除する。
「…村が、森が…灰と化していく…」
「私にはどうことはできません」
当然だ。ここまで燃え広がってしまってはもう元に戻ることはないだろう。
「とりあえず、サーニャのところに行こう。もう目覚めてもいい頃だと思う」
「承知しました」
高速飛行でサーニャの元へ行く。しかし、降りてすぐに辺りを見渡してもいなかった。彼女の意識が戻っていてもそこまで遠くには行けないはずなので呼びかける。
「サーニャ、ねぇサーニャ?いるなら返事して?」
その声は虚しくも彼女には届かなかったようだ。仕方なく付近を探すために再び宙に浮かび、飛行する。だが、幾ら付近を飛び回って探しても…彼女の姿はなかった。
「…嘘でしょ?こんなことって…?」
「この状況下では、連れ去られたというのが妥当です。でなければ、血痕が一つも見当たらない訳がありません」
「…ということは、彼女は無事なの…?」
「はい、連れ去るにもなにかしら理由があります。まだ生きている可能性は高いです」
「とりあえず、村に戻ろう。まだ…生き残ってる人もいるかもしれない」
「承知しました」
村に戻ると、目にしたくない光景が広がっていた。所々まだ赤い火花を散らす家々、瓦礫に埋もれ…血を流す人々、灰が積もる地面…。村はもう…完全なる廃墟と化していた。
「誰か…まだ誰か…生きて、ないの…?」
「辺りの生命反応を確認しましたが、生存者は一人もいません」
「そんな…」
アーシェは膝を附いてしゃがみ込んだ。
「ウッ…ウッ…こんな…こんなことって…!お母さんも…村の皆も…殺されて…!サーニャも…連れ去られて…!」
もう、抑えきれなかった。心がどれだけ締め付けられて、惨めな思いをして、なにもかも嘘だと思いたい。
「私はただ…皆と一緒に…いたかっただけなのに…!あの場所で…サーニャと本を読んで…しょうもないことでも笑って過ごしていたかっただけなのに…!」
「…アーシェ、言いたくありませんが…真実から目を背けてはいけません」
「わかってる…!わかってるけど…!皆…皆、殺されたんだ…!」
そう、死んでしまった者達は二度と帰って来ない。私がどれだけ喚こうが、もう一度皆の笑顔を見ることは叶わない。
「だからこそ、私達は行かなければなりません」
「…そうだ、私は“Cord”を集めないといけない。そして、サーニャを連れてここに…オセット村に…必ず帰ってくる。こんなこと二度と繰り返させない」
少女は立ち上がり、顔を上げて真直ぐ目の前の女性に向ける。
「そのために…私に力を貸してくれる、シンシア?」
「承知しました、私はアーシェの剣となり…盾となります」
「そんな大袈裟に言わなくてもいいよ。あなたが側にいるだけでも私は救われているから」
右手を胸に当てて頭を少し下げるその姿は、まるで姫を守る騎士かのようで、更にそれらしい返答をする彼女が可笑しくて笑ってしまう。
「…もう、夕方なんだね」
気付けば太陽は西に沈みかけていて、その陽は瓦礫に埋もれた荒廃した村を赤く染めていた。
「もう夜になるから、出発は翌朝にしよう。ってわけで、私の家の地下に行くよ」
「承知しました」
惨劇の地と化したその姿は、かつての穏やかで自然豊かな空気を醸し出すことはなかった。