強制送還② 【スピンオフ】
「静岡行ったの、覚えてる?」
「ああ、1年の時でしょ?何処行っても味噌汁、旨かったよね。」
「夜中まで騒いでたから、みんな爆睡してて誰も起きなくて、二人で朝メシ食いに行ったじゃん?」
「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ、ザ・奥さん!?」
「それそれ。タンクトップにショートパンツの、起きて急いでエプロンしました、みたいな。」
「中が水着なのポイント高かった!すげぇ、焦げてたけど。」
「そう、それ。起き抜けに頑張ったけど、失敗しちゃった!みたいな。こう……ちょっと恥ずかしそうに持ってきた時、俺、初めて結婚生活のイメージが湧いたんだよ。結婚したら、こんな朝が来るのかな……こんな感じで暮らしていくのかなって……。」
「わかる。メチャクチャ可愛かった。」
「……母子手帳貰ってきた次の日の朝さぁ、すっごい良い匂いがして。何か冷蔵庫に入ってたから、買い物行ったんだなとは思ってたんだけど。何かこう……もう、眉間にしわ寄せてグリルの中、覗き込んでんの。床に座って。寝かせて焼いてるから、焼け具合なんか見えるわけ無いのに。」
ミキは頷きながら聞いていた。
「つか、俺、トースター使ってたからグリルなんて一回も使ったことなくて……。全然違うんだよ、匂いが。こんなに違うんだって。家庭的なあったかさって明るさじゃないのね、飯の匂いなんだよ!」
「あー、そうかもしれない。油が焦げた匂いって、何か惹かれるよね。」
「何か、ちょいちょい開けて見たりはしてんだけど、出したらすげぇ怪しい顔なんだよ。大体、想像ついたけど。やっぱり焦げてんだよ!食えないほどじゃないんだけど、出して良いか迷う位の!」
「弓ヶ浜!!」
「何処に身が残ってんだろってほじくってる間、ニヤニヤが止まらなくて。あいつ、ずっと心配そうな、大丈夫かなぁ?好きかなぁ?って書いてあるような顔してたんだけど、俺、ずっとニヤニヤ、ニヤニヤしながら食ってるから、魚が好きなんだって解釈したみたいで、本当に魚ばっかり出てくるようになって……。」
「魚じゃねぇよ、バカヤロウ!!」
「俺、凄いバカだったと思う。玄関閉めたら、もう帰りたいの。一歩、外に出ただけで職場にも着いてないのに!帰ってきたら、やっぱり魚が焼ける匂いがすんの!シシャモ!!レンチンで良いのに、何で微妙に難しい選択なんだよとか思ってたけど、モジモジしながら出してきて、ニコニコ、ニコニコ見てんだよ!
すげぇ、本当にすげぇと思ったよ。同じ家とは思えない!どっから湧いてくるんだかわからない得体の知れない罪悪感とか、何かごちゃごちゃ考えてた全てが吹っ切れて、訳がわからないくらい可愛くて、さっきしたのにもう欲しい!ダメだって頭では分かってるのに、本当にめちゃくちゃ可愛かった。俺バカなんだなって自分で納得してた。」
「みんな正気じゃないよ。信じられない事が出来ちゃうから面白いんだけどね、良くも悪くも。」
「……あいつ、何かスーパーで泣いたらしいんだよ。何が要るかわからないから、二万ずつ渡してたんだけど、給料日は月に一回しかないってわかって、ダイソーの電卓で計算したら1日あたり600円だから、これでやっていくなら朝晩二人で300円しか使えないと思ったんだって。
飯はあったよ?作りおきしてたから特別買わなくてもいいようにしてたんだけど、売り場の値段見てたら、なに買って良いかわからなくなって、売場の人に聞いたんだって。それが鮮魚の人で、二人で暮らしていきたいって……。
母子手帳貰ってきた時もそうだけど、産みたいって言うから俺が先に名前かいてどうぞって渡したら有難うって泣くんだよ。俺、負担ばっか掛けてて礼言われるような事、全然してないのに。
ルージュが中に何書いたか見たくなって、ブランシェに読んで貰ったって。もしかしてと思って調べたら、自称アイスランド人に、青年への思いを綴った少女の独白で読めば読むほど気になって解析が進まない、ぶっちゃけ過ぎてて公開できないし、他人が読んでいい内容ではないとか、コメントされてるし。新手の口封じかよ。」
「研究用に買われた個体も居たか。」
「あいつ地獄のピーヒャラ買ってきてさ。」
「何それ、見たい。」
「吹くとピロピロ延びる笛あるじゃん、吹き戻し?一杯入ってるのかと思ったら組み立てでさ、一本から19本枝分かれしてんだよ。吹いたら四方八方にビロビロ広がってさ、涙が出るほど笑い転げてんだよ。三時間。ホント、バカバカしいの弱くて。」
ミキが膝を叩いて笑い出した。
「一生笑ってりゃ良いのにさ、フライドポテトは端っこのカリカリが一番旨いって言うからよけてたら、何で避けるの?何で残すの?って延々説教されるし。」
「お前に食わせるために避けてんだろが!色々考えてくれてんのは分かるけど、頑なに分かろうとしないの何なんだろな?」
「ルージュの方が全然素直だよ。何で私アリスの不安で出来てるの?って聞くから、俺の一番大事なもので出来てるんだよって教えたら自己肯定感MAX。ワタシ大事!ほれ、抱け!お前幸せ!ワタシ偉い!ってドヤ顔で絶対どかないもん。」
「間違ってはいないな。」
「あーあ、あの子、何処行ったんだろう?」
「居る、居る。毎日となりで寝てんだろ。」
「……子供が欲しいなんて考えたことも無かったけど、俺の子供産んでくれたの、あいつしか居ないのに……。」
ルカは車窓に顔を向けた。
「今だから言うけど、あのアジ焦がしたの、厨房から顔出したオッサンだったよな。」
ミキの突っ込みにルカが笑い出した。
「奥さん、捨てるか迷ったけど待たせるから、本当に申し訳なさそうに出してきて、見るからに高校生だったから、ゴメンねって笑顔だったんだよ。中で怒られたオッサンが頭下げに出てきたんだろうなと俺は思ってた。」
「やめろ、思い出が汚れる!俺だって何だお前かって思ったけど黙ってたのに!!」
二人の笑いは途切れなかった。




