大荒れ 【スピンオフ】
「チャージがきついサンプルの時は、含まれない元素の金属で蒸着する。大体、金を使うことが多いかな。」
「金……パウダー?」
「ノー、ディスク。見る?」
ルカはイオンスパッターの説明をしながら部組みを取り出した。
「ワタシの国では結婚する時、女性に金を贈ります。」
「素晴らしいね。I wanna be Chinese girl. Will you merry me ?」
「Oh……。」
「Just kidding.」
研修に来ている新人営業の中国人と笑い合いながらSEMの操作説明に戻ると、ルカに神無月所長から着信があった。
『お前が抜けたせいで回らない。愚痴聞くだけでいいから来い』
ルカは時計が午後6時を回ろうとしているのを確認して短く返信した。
『帰りに顔だします』
「実サンプルは明日にしよう。今日は切り上げようか。」
ルカが古巣に戻ると、みんな笑顔で迎えてくれた。社員とすれ違う度、「今度呑みに行こうよ。」と誘われ、ルカは「ありがとうございます。」と答えていた。
3階に上がると神無月所長が待ってましたと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべた。
「お疲れ。かけて。」
事務所の応接スペースを指さされ、大人しくかけると、神無月所長がヘネシーとカルアのボトルを置いた。
「君が一番得意な物を用意した。空けるまで帰れると思うなよ?」
神無月所長は黙って『男性社員限定』と書かれた茶封筒をルカに渡した。封筒を覗きこんだルカは、封筒を勢いよくテーブルに叩きつけた。
「やりやがったな、ババァ!」
「言うようになったな。男性限定にしといたぞ。」
「それじゃ、セクハラだろ!どうせなら女性限定にしろよ!」
「……そうか、間違えた。ごめん。」
「ごめんじゃねぇよ、クソババァ!」
残っていた女性事務員が何事かと囁き始めた。
「大体さぁ、うちは結婚したり子供が生まれたら社内報に載せて洗礼を受けるしきたりなんだから、それを免れようってのが、まずダメだよ。」
「好きで結婚してねぇ訳じゃねぇよ!俺に言うな!」
「いいじゃん、こうやってお披露目できたんだしさぁ?誰も何とも言ってないだろ?」
神無月所長がカルアをヘネシーで割ってグラスを差し出した。
「ひとんちに口出すからには覚悟はできてんだろうな?こっちもただでは帰さねぇよ?」
ルカは事務所のカウンター下から中元、歳暮でたまっている焼酎の一升瓶を持ってきてテーブルに置いた。
「今から電話しときましょうか?支社長送りにしてやりますよ。」
***
「やべぇぞ花咲、大荒れだ。」
3階に分析野帳を提出しに行った卯月グループ長が笑いながら1階の分析室に戻ってきて、GC-MSで測定しながら有機リンのデータ整理をしていた花咲が振り返った。
「先月のクロスチェック!?値、おかしかったですかね? 最近、基準越えは無かった筈ですし……。」
「違う。水無月だよ。」
「!! 水無月さん来てるんですか?」
花咲は名前を聞いて嬉しそうな表情をした。
「あいつ、あんな面白い奴だとは思わなかった。自分も俯瞰して見てるんじゃないかって程、冷静で淡々と作業こなすし、呑んでも暴れたことなんか1度もないのに、今、所長に向かってクソババァって吠えてる。」
「!? 本当ですか?」
「見てくる?あがった人から呑んでいいってビールいっぱい置いてあるよ。呑んできていいよ。あと、見とくから。」
卯月は笑いながら昔を思い出していた。
「心配になるくらい大人しい子だったんだよ。年の割りに落ち着きすぎてるし。」
「えっ!? 凄く明るい方ですよ。私には王子様通り越して神様です。私、普通の高卒で何の知識も経験も無いまま本当に分析やらせて貰えるとは思ってなかったですし、計算苦手でパニクっても、大丈夫、出来るよってすっごい励ましてくれて。水無月さんに指名されなかったら今の私ないですから。」
「えっ!? 所長が抜擢したんじゃないの?水無月、所長の独断で採用されたんだよ。本当に使える奴だったから、所長どこ見て採用してんだ、やっぱ30代で所長になる人は違うなって感心してたんだよ。
所長が抜擢する位だから相当すごい奴が来るって花咲、期待の的だったんだよ。」
「水無月さんですよ。誰がやっても同じ結果になって初めて技術と呼べるし価値が出る。自分一人しか例が無かったら只の手品師になる所だったって凄く喜んでくれて。」
「そうなんだ。めちゃめちゃ仲良いから単純に付き合ってるのかと思ってた。お弁当作って来てなかった?」
「あー、それはいつもコーヒーとかデザートとか奢って貰ってたんで代わりに。実験操作は料理と同じだから毎日弁当作ってごらんって言われて、目玉焼きからで良いって言われても一人前のご飯って作りづらいじゃないですか。
毎日、目玉焼きご飯になっちゃうんで、じゃあ、一緒に食べて貰えますか?って私が。
料理の出来より先ず使った調理器具を最初の状態に戻す事を意識して、焼け具合をいちいち見てないでタイマーかけて、その間に洗い物して、散らからないように作業してって。
食べながら次のメニュー考えて、作業手順考えて貰ってたんですよ。」
花咲の話を聞きながら卯月がルカの面接を思い返していた。
「そういう事か。所長聞いてたな、料理するか?って。特別好きじゃないけど一週間分考えて大量に纏めて作るのは慣れてるって答えてた! 確かにそうだわ、あいつの仕事の仕方。
所長、凄い気に入り方だったから年下彼氏でも囲う気なのかと思ってたわ。へぇー、そういう考え方するんだ。」
「目分量やめて大匙小匙で測れ。種類よりも一番使い勝手の良い全く同じ物を揃えろ。何本あれば楽になるか分かったら、薬さじやピペットが何本必要か分かるからって。
それまで終わった後の山になった片付け物が嫌であんまり料理しなかったんですけど、片付けを考えた大きな籠と同じフライパン、同じ匙、沢山買ったら本当に出来るようになっちゃって。目から鱗ですよ。
凄く丁寧で、何でも分かってるんだな~と思ってたら、分からない奴に教えられるのは分からなかった奴だけだから、どうやって理解したか書いた私のノートが世界で一番価値があるって言ってくれて。」
「へぇ、良いこと言うね。」
「凄く嬉しくて、めちゃめちゃやる気出たんですけど、それって水無月さん化学と数学、苦手だったって事ですよね。」
「そうなるな。全然見えないけどね。えーっ!?じゃあ、凄い努力家か!吸収スピードが凄いから天才肌かと思ってた!」
「ですよね。そう思うとめちゃめちゃ親近感湧いちゃって。」
「へぇー、色んな顔持ってる子だったんだね。全然、気付かなかった。もっと話せば良かったなぁ……。」




