鏡の国のアリス⑬ プレゼント
「お腹の事考えると、今見ることが望ましいとは言えないけど、あいつが背負込もうとしているものが何なのか知りたかったら、見た方がいい。けど、多分、相当、胸くそ悪いから、覚悟しなよ。」
「…………。」
アリスは感情パラメータウィンドウを開いて、最初の動画を再生した。最初は画像の解析に時間がかかっている様子で、判別に処理が追い付いていなかったが、次第に区別がつくようになり、パラメータが安定していった。名前を聞かれ、目覚めの歓迎を受ける映像から始まっていた。
「レジナルド・ハーグリーブス……。」
「あっちゃん、知ってる人?」
「ヘンリーが選んだイギリス人よ。あの日、会う約束をしていたわ。」
鏡を手渡されて映った顔に、アリスは息を飲んだ。
「嘘……。」
「……自分の声って分からないでしょ。自分の声は体の中で響いた音だから、少し低く認識してるけど、これ、あっちゃんの声なんだよ。」
ミキは動画を見ようとせず、音声だけを聞き流しながら、淡々と作業を続けていた。
ホワイトクイーンは動作がぎこちなく、コントロールに慣れるまでレジナルドと一緒に練習を繰り返していた。のどかで微笑ましい二人のやり取りが続くが、ホワイトクイーンがクイーンに会えるか、LUCAを知ってるかと尋ねる度に、レジナルドは「クイーンは死んだ。君がアリスだ。」と言い、段々と二人に亀裂が入っていく過程が記録されていた。
飛ばし飛ばし、動画を再生していると、短い乱れた映像しか入っていないファイルが続いていた。正常に再生できるファイルまでさかのぼると、ホワイトクイーンは体の自由を奪われていた。パラメータは最大値で、バランスは恐怖を示していた。
レジナルドは我慢の限界だという顔でホワイトクイーンを罵り始め、指一本、スイッチ一つでお前は死ぬと脅し、アリスプログラムの開示と管理者権限を要求するが、ホワイトクイーンは最後まで拒否し、下から体の中に手を突っ込まれると、ホワイトクイーンの絶叫が響いた。
「やめて、やめて、嘘でしょ……何でこんなこと……。」
アリスは思わず口を手で覆った。ミキは動画を見ずに答えた。
「多分、電源のスイッチとバッテリーが中にあるんだ。」
ホワイトクイーンは何度もLUCAを呼び、助けを求めていた。絶叫とともに映像が途切れたところで、ミキが口を開いた。
「みんな、君を守ろうとした。」
想像以上に悲惨な事態が我が身に降りかかっていた未来を突き付けられアリスは戦慄し、目に涙を湛えていた。
「君が悪い訳じゃない。それは、あいつもわかってる。」
言葉を失ったアリスを見かねたミキが、動画ファイルの中からルカを探した。
「これ、あいつじゃない?」
ミキが動画を再生した。ペンの奪い合いから、ペン回しのやり方に方向が変わっていき、落とす度にキスをし合う姿が映っていた。レッドクイーンは言い間違いを誘うようにデタラメを言い、ペコペコ頭を下げさせる為に低く手を差し出し、ルカを従わせる度に感情のバランスが取れていき、楽しみを感じている事を示していた。
順を追っていくと、作業着のまま泡まみれになってシャボン玉で遊ぶルカの姿と、無邪気に笑うレッドクイーンの声が入っていた。そこには、レッドクイーンが心を開いていくまでの過程が記録されていた。
「……あの人が一番大切にしようとしているものって何かしら。」
アリスは動画を見ながら問いかけた。ミキは腕を組みながら答えた。
「不本意だけど、君とレジナルドとの間に子供が生まれてしまった。筐体は壊れても、中身は君の努力の結晶だ。奴はそれを否定したくない。このままでは失敗作の烙印も押されるだろう。それどころか世界中から損害賠償請求されて会社も消える。報酬どころの話じゃない。君は本当に全てを失うだろうし、二度と表舞台には立てない。それも良しとしない。だから、生まれ変わらせようとしてる。
奴が売り払ったのは時間だ。金じゃ買えない最も貴重なものを差し出した。全然専門外の勉強もしなくちゃいけなくなった。しかも、最後は譲渡するって言ったんだよ?投げ売りもいいとこだよ。
それで何を作ろうとしてるんだろう?君の設計や制御に制限をかけないような、最高のパフォーマンスを実現するための器だ。考えうる中で最も賢明なプレゼントだろう。
奴は言葉通り、本気で彼女たちの世界を変える気だ。もちろん、君もね。だから、俺も引き受けた。これが理解できないなら、女の子の言うロマンチックなんか考えるに値しないね。ちゃちな指輪に縋って生きるよりずっと価値あるよ。君はその器に何を入れるつもり?」
「……やり直すわ。最初から書き直した方がいいわね。」
「素直でよろしい。君らしいのが一番だよ。みんな、きっとそれを望んでる。」
ミキはアリスの肩に手を置いて微笑みを浮かべた。




