鏡の国のアリス⑫ ラブレター
10月22日 火曜日
「装置作んの?何の装置?」
昼食を摂りながら回路図を眺めるルカに、ミキは後ろから声を掛けた。
「勉強。バイトも兼ねて、少し向こうの……お義父さんと一緒に仕事してみようかと思って。」
「殊勝だな!」
「ちょっと見て貰いたいんだけど、今いい?」
「どれ?」
向かいに座ったミキにルカは、あらかたまとまった図面を取り出して見せた。
「ここさぁ?複雑過ぎて作れないって言われちゃったんだよね。試作の発注はこっちでするから、加工所に頭下げたんだけど、細かすぎるしこれじゃ強度も足りないんだって。」
「外側に補強するとか?」
「あー……。」
「思いきって全体的に大きくしちゃうとか?」
「うー……。」
「ゾンビか!寝ろよ、少し!」
「んー……。」
10月26日 水曜日
ゼミが終わったあと、ルカがミキを呼び止めた。
「ちょっとバイトしない?これ、CADにおとして欲しいんだけど。実寸大以上で一度、書いてみないとイメージわかなくてさ。量が量でやってる時間がないんだ。」
「いいよ。いくら?」
「取り敢えず手持ちで払えるだけ払うけど、お友達価格でいい?」
「急いでるなら取り敢えずボランティアで引き受けるよ。」
「月30入る予定だから、半分でどう?」
「そんだけ貰えるなら、投げられるものは全部投げて寄越して。」
「助かる。あと、誰か動作シミュレーションとかやったことのある人、居ないかなぁ?」
「年積に紹介してもらえば?あいつ、ロボコンでつくば来るってよ。」
「……綺麗。」
「わかる?俺もアートだと思うよ。あいつ、こういう絵はうまいんだ。設計図の美術館があってもいいと思うくらいだよ。一日眺めてても飽きないね。」
アリスはミキの部屋でルカの書いた図面を眺めていた。
「何でないのかしら?」
「先ず、量が莫大。守秘義務とか、機密だったりして、公開出来ないのもあるけど、それはあっちゃんのアスキーアートと同じ。特許なんかで公開されてるものもあるけど、調べないと見れない。つうか、でけぇな。これじゃヤマネコだよ。」
「考えてるスペックを満たすセンサーとモーターの数も考えると、それくらいにはなってしまいそうよ。新たに開発してる時間はないから、SSDも市販品を入れるつもりみたい。これでも小さい方だわ。メインクーンくらいかしら。」
アリスは両腕を広げて大きさをイメージしてみた。
「そっちは順調?」
「手は動かしてるけど、気が進まないわ。他人に掻き回されたコントロールを修正するなんて。」
憂鬱そうに作業に戻ったアリスを見て、ミキが鼻で笑った。
「ルカの手紙は文字で書いてはいないけど、これもラブレターだと思うよ。あっちゃんが読むわけじゃないけどね。あっちゃんが辛いのは、今書いてるのが始末書か何かだからじゃないの?」
「どういうこと?」
「賢者の贈り物って知ってる?金がない若い夫婦の話だ。お互いの大切にしているものを大事に考えるあまり、お互いが大切なものを売り払ってしまうんだ。男性は時計を売った金で髪飾りを買って、女性は髪の毛を売って時計のチェーンを買う。お互いのプレゼントは何の意味もなさなくなったけど、二人はとてもお互いを思い合っていたことがわかるよね。」
「……ホワイトクイーンとレッドクイーンは記憶を共有してるわ。どこで分離させるか悩むわね…。こういう場合はコピーかしら?」
アリスはAIの海馬となっているサーバーを参照していた。
「バイナリ?」
「3D動画になって保存される仕組みよ。」
動画を再生しようとしたアリスをミキが止めた。
「よせ!見ていい事無い。責任という意味では君にも見る権利はあるけど……。」
「……何があったの?」




