君と僕の間には⑥ 怖い
そもそも論を出されると、アリスも返答に困った。
「わかりません……。」
「ほら、みろ。お前だって言えねぇじゃねぇか。」
そうは返しつつも、これと言った理由がなかった事にルカは内心傷つき、自分の言動を後悔した。勢いだけで飛び出して来てしまった可能性が否定できなかった為に触れたくない事でもあった。
「お前の自由も守りたい。そのためにはやらなきゃいけない事もある。俺はお前が居ることに不満は無い。お前は何がそんなに不満?」
グラスを空にすると、ルカはリキュールを作りにダイニングに向かった。
アリスはミキに言われた事を思い出しながら、うつむいたまま、迷って聞けなかった事をぶつけてみた。
「……夜、何されてるんですか?」
ルカも返答に迷ったが、だんだん酔いが回ってきて半分くらい、どうでもよくなり始めていた。向かいに座り直すと、あおるようにリキュールを口に含み、目を閉じて考えながら口を開いた。
「……正直に言うと、アリステックコーポレーションから連絡が来てる。俺はお前を引き渡す気はない。あんまり聞かせたくない話しなきゃいけない時もあるから、黙ってた。悪い。それは謝る。ついでに言うけど、こっちが提示した条件を満たしていれば、示談書にサインして欲しい。口座もなければ給与もないで済むか。低く見積もって年収200万としたら、4年分でも800万になる。その分はキッチリ請求するつもり。」
「……そのお金、使えばいいんじゃないですか?」
アリスは顔を上げた。
「それも考えたんだけど、できれば使いたくない。それを必要とする人が発生する可能性があるし、お前にとっても必要になる可能性がある。
全てがうまくいくとは限らない。お前の人生まだ始まったばっかだし、いざって時に決断出来ない程、弱くなっちゃダメなんだよ。」
ルカはアリスが顔をあげてもアリスと目を合わせないように、ずっと遠くを見ながら話した。
「……片付けなきゃいけない問題って……。」
「そう!それを先に片付けたい。何でかっつーと、結婚してから入った給与は共有財産になって、財産分与の対象になる。配偶者と分けなきゃいけない可能性が生まれる。どこぞの誰かに渡るとなったら、それこそ何やってんだかわかんなくなる。
結婚する前に入れば全額お前の物だ。それが決まるまでは先送りして欲しい。誰ともだ。今は誰とも結婚を考えないで欲しい。……というのが俺の希望なんだけど、他に質問ある?言いたいことがあれば何でもどうぞ。今なら何でも答える。」
ルカが席をたつと、アリスは髪をかきあげるように頭を抱えながら言った。
「怖いんです。何がって言われてもわからないんですけど……。私があなたのために出来る事は何もないんですか?」
ルカはウィスキーにガムシロップだけを加えてアリスの向かいに座り直した。
「……俺、子供が怖かった。」
ルカの言葉にアリスが固まった。アリスの様子を見ながらルカが話を続けた。
「アリス、映画見たことある?」
アリスも目を合わせずに答えた。
「飛行機の中なら幾つかありますが、それほど多くありません。」
「そうらしいね。俺、飛行機乗ったことないからわかんないけど……セブンて映画知ってる?」
アリスは首を横に振った。
「グロだし、結末がアレだから、今、一緒に見ましょうかって感じの映画じゃなくて申し訳ないんだけど……。」
そういいながら、ルカは自分の目線で映画の説明を始めた。
「トレイシーはお腹に大好きな人の子供が出来たんだけど、好きな人には言い出せないのね。今考えると、誰に相談してんだって思うけど……。」
アリスは心臓が止まる思いがした。
「相談されたサマセットは、恋人に子供ができて怖いと思った過去を話すんだ。こんな世の中に子供を産むなんて考えられない。だから、産んでくれとは言えなかった。
俺も同じような事考えてて、子供は可哀想でしかないような感情があったのね。でも、距離感つうか、じゃあ、こうしよう的な答えが無かったんだ。だから、接し方がわからないし、守られるべき立場なんだろうけど、誰かに期待して泣いてたって生き残れないぞって思う部分もあって、どうしたらいいかわからなかった。」