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君と僕の間には① すれ違い


 2016年8月29日 月曜日


 少し前から、アリスはルカの前で食事を摂らなくなっていた。チュッパチャップスを舐めながら、ダイニングに避難しているようにも見えたが、ルカはいつも通り朝食を摂って、片付けにシンクに向かった。


 ルカはアリスを挟むようにシンクに手をついて顔を覗きこんだ。


「どうしたの?」


「……なんでもない。」


 アリスは目を合わせようとはしなかった。


「ふーん……あそ。」


 深く追求することなくアリスを開放すると、ルカはアリスの頭を撫でながら言った。


「ミキがデートしたいって言ってたよ。」


 昨晩の着信内容を伝えると、アリスの表情が明るくなった。ルカはクレジットカードの裏にマジックでケータイ番号を書いてアリスに渡した。カード裏のカード会社の番号を指差してルカが言う。


「なくしたらこの番号に電話する。ミキに掛けて貰って。戸締まりお願いね。」


 ルカはミキに『運転気をつけて』とだけ、返信した。




 ルカが家を出ると、電話が鳴った。応答ボタンを押して電話に出るが、一方的な要求にうんざりした様子でルカが言い返す。


「……だから、損害だしたのは出したけど、こっちも損害被ってんだよ。そこは相殺でいいって譲歩してるでしょ?……じゃあ、割り当てられた予算を対価に換算して、そっから進めて下さい。それでなければ応じません。……じゃあ、出るとこ出ればいい話で……知りませんね。


……僕にその脅しは効きません。どんな死に方しようが天罰だ。それだけの事はしたと思ってます。僕の代わりに殺してくれるなら、お祝いにシャンパン贈りますよ。……本気です。


兎に角、早くしてください。あと、もう、日本語じゃなかったら読みませんから。どうせ解釈で揉めるでしょ?それじゃあ。」


 一階に降りると、集合ポストに保険証が届いていた。


「役所の方が仕事が早ぇじゃねぇか。」


 ルカは保険証をポストに入れたままにして、そのまま職場に向かった。






「代理の話聞かない?神無月小春かんなづきこはる所長代理。あいつの人生は、代理抜きでは語れないだろうね。」


 ミキは窓を全開にして、市街地を避け、東大通ひがしおおどおりから石岡方面に車を走らせていた。


「今の部屋の保証人も代理がサインした筈だよ。キャリア美人って感じの人。」


 アリスは少しご機嫌斜めの様子で助手席に座り、ルカに対する不満をぶちまけた。


「……審査が通ってもすぐには大人に出来ないかもって言われました。その前に片付けなくちゃいけない問題があるって……。」


「そう?もし国籍違っちゃったら、役所の人にその場で証人お願いしてでもビザ取るって言ってたけど。なんだろ。」


「あのひと、いつ寝てるかわからないですし。気が付くといつも机に向かってて……。」


「ああ、勉強してるんじゃない?色々持ってるよ。有機溶剤、特化物、危険物に高圧ガス、毒劇、火薬……。今は技術士補かな。あいつ、技術士目指してるから。」


「聞いたこと無いです……。」


「聞いてみればいいじゃん。そういうのは直接本人に聞けばいい事だよ。技術士勧めたのも代理じゃなかったかな。」


「……時々、外に出るの。バイブレーションも鳴らないけど、誰かと連絡取ってるみたいだし……何か怪しい……。」


「ああ、それ、俺かも。起こさないように気を遣ってるだけだと思うよ。」


「本当に?」


「ホント、ホント、気にする事じゃない。」


「……あの人、身元不明遺体から行方不明者にはなれるって言ったんですよ。酷くないですか?」


 ミキはアリスの言葉に苦笑しながら、根気よく答えていた。


「そこ、結構大事よ?今は警察に探して貰う事も出来るんだから。拉致って言われちゃうから、向こうも手ぇ出して来れなくなったでしょ?うまく逆手に取ったもんだよ。誰もあっちゃんの関係者だって証明できないからね。言葉は選べよとは思うけどさ。」


 むくれるアリスを可愛らしげに見守りながら、ミキが話を変えた。


「木の実茹でた?」


「茹・で・ま・し・た!あんなに虫が出てくるとは思わなかったのよ!ヤモリとカナヘビは捕まえたらいけないんでしょ。蝉はうるさいってわかるけど、どうしてトンボも部屋に放したらいけないの?」


「ルカ、なんつってた?」


「……餌がないから。」


「俺もそう思うよ。ザリガニは許してくれたんでしょ?スズメバチ(キラービー)の樹脂埋め標本も作ってくれたじゃん。」


「あれは窓開けたら勝手に入ってきちゃったの。」


「下手に追い出そうとしなくて良かったよ。相当ビビっただろうけどね。爬虫類とか好き?」


「訪ねて来てくれるのあの子達だけだし、何て言うか……こう、見てるとゾクゾクしないですか?」


「そっちかぁ。恐竜みたいなカッコ良さはわからないでもないかなぁ。今日はどこ行く?行きたい所があれば何処でもいいよ。」


 ミキは笑いを堪えながら、慣れた調子でアリスの機嫌をうかがっていた。


「ニジマスとかどう?子供でも釣れるトコある。焼いてもらって、一緒に冷たい蕎麦でも。フラワーパークは今はバラとベゴニアかなぁ。帰りに温泉とか。」


「全部。」


「露天あるトコにしようか。風にあたりながらの方が良い気分転換になるよ。」






 9月3日 土曜日


「ちょっと出掛けてくる。」


 ルカは目を覚ましたばかりのアリスに声を掛けたが、身支度を整え終えてコーヒーをすするルカを見て、アリスがぼやいた。


「今日お休みじゃないんですか?」


「……所長代理に会ってくる。」


 代理の話はミキからよく聞く話だっただけに、アリスはあまりよい気持ちはしなかった。


「……女の人?」


「……何もないよ。」


「本当に?」


「そんなの、向こうも覚えてないよ。」


「そんなの……覚えてない……。」


 言って、ルカも一番言ってはいけない事を言ったと気付いたが、遅かった。


「いや、そういう時もあるの、大人の事情で……。」


「どうせ私は子供ですよ!」


 ルカがアリスを捕まえようとして、アリスに振り払われた。


「触らないで!帰ればいいんでしょ?10時までには帰ります。探さないで。」


 アリスが支度を始め、ルカより先に家を出てしまった。




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