02-001「ケーキじゃなくて食事を何とかしろと」
今の時間はだいたい午前10時頃だろうか。
俺は簡易的に置かれた机の前に立っている。
その向かい。
机を挟んだ向こう側には沢山の人が長蛇の列を成していた。
ここはマクダクル子爵家の館の敷地に建てられた臨時の即売所である。
列の先頭は言うまでもなく俺の目の前であり、その長蛇の列は館の敷地から道へと続いていて、その先がどこまであるのかを窺い知る事は出来ない。
そんな長蛇の列を成した人々の目的は、俺達の後ろに置かれた複数の白い箱だった。
箱の大きさは30センチ四方、珍しく上部に取っ手があるタイプで白い厚紙で作られたていた。
「お待たせ致しました~。持ち運ばれる時間はどれくらいですか?」
「え? え~っと、二十分? いや……三十分くらいかなぁ……いえ、失礼致しました。三十分です」
しっかりとした服装に身を包んだ貴族の従者らしき中年男性が、曖昧に応えそうになった言葉を正した。
こんな事を聞かれたのは初めてなのだろう、返答に慣れて居ない様子が窺える。
「はい、畏まりました。カレン姉さん保冷剤は一つでお願いします! セリカ姉さん、ショート残り13、チーズ残り20です!」
「お客様、お待たせ致しました。中は大変崩れやすくなっておりますので気を付けてお持ち帰り下さい。中に保冷剤という小さくて冷たい袋が入っております。こちらはお召し上がりになることは出来ませんが、魔法で凍らせる事で何度もお使い頂く事ができますのでご活用ください」
「この度はお買い上げ頂きありがとう御座いました。またのご利用をお待ちしております」
俺が箱を手渡すと、中年の男性従者は恭しく頭を下げてから箱を受け取り、「ありがとう御座います」と両手を使って大事そうに抱えて帰った。
「ビャッ子ちゃ~ん! 前売り券の確認は終わったわよ~。私が変わるから休憩行っちゃって~」
俺は「は~い」と可愛らしく――出来ていると思う――セリカへと返事を返すと、列に向かってお辞儀をして机から離れた。
館の方へと向かう途中、後ろから「お待たせ致しました~」とセリカの元気な接客の声が聞こえた。
ここは彼女に任せておけば大丈夫だろう。
一旦自室に戻りベッドの端に腰掛けると、ホッと一息ついた所で今日までの事を色々と思い出していた。
◇◇◇◇◇
あれは、白虎が養子になるための許可をマクダクル子爵(爺さんの方)から貰い、さて、お披露目をどうするか? 等と話し合っていた時期である。
尚、紛らわしいので今後は息子の方をグレイブル(フルネームはグレイブル・マクダクルだぞ、覚えてたかな?)、爺さんの方をマクダクル子爵と呼ぶ事にする。
俺の身体が作られた工房は、マクダクル子爵の所有する館の一つで別館になる。
そこへマクダクル子爵邸から非常に慌てた様子で従者がやってきたのだ。
従者によれば爺さんの容態が急変し、先程息を引き取ったのだという。
俺達は取る物も取らず慌ててマクダクル子爵邸へと向かうと、爺さんがベッドの上で幸せそうな顔で横たわっていた。
別にきれいな顔はしていなかったが、「死んでるんだぜ。それで。」って感じで死んでる実感が湧かなかった。
(昨日俺がY字開脚して見せたのが心臓に悪かったのかな……爺さん……せっかく見せたんだから成仏してくれよ?)
そんな罰当たりな事を思いながら心の中で手を合わせていると、グレイブルが「そうだ!」と言ってポンと手を叩いた。
「親父の葬儀のタイミングでビャッ子ちゃんのお披露目をしようと思う。今際の際に隠し子の話を打ち明けた事にしておくのが外聞的にも楽だと思うんだ。庶子の隠し子を結婚式のタイミングで発表するのも変だから丁度良かったよ」
(お前さ、父親が死んだらもう少し悲しんでやれよな? 俺なら……うーん、俺も元の世界で親父が死んでも同じような感じかなぁ……)
ここまで白虎の両親について一切触れていなかったが、彼の父親の名は犬童 拓狼。
西暦二千年代最後の年に成立した日本国大統領制における初代日本国大統領である。
拓狼はその政治手腕により天才の名をほしいままにした稀代の政治家であると共に、数多くの有用な論文を残し学者としても非常に有名であった。
しかし、才能と引き換えに非常に容姿が恵まれておらず、天が二物を与えなかった典型的な例であったが、不細工ながら愛嬌のある容姿と巧みな会話術、温厚そうな人柄のお陰で多くの人々からの人気を得ていた。
また、拓狼の妻であり、白虎の母親の狛音は絶世の美女として世界を股にかける女優である。
彼女は世界の美女ランキングで上位を争う美貌とは裏腹に、残念な女優の世界ランキングでは常にトップをひた走る根っからの馬鹿であった。
計算が苦手で漢字を嫌い、英語は話せるが正しいスペルが分からない等、容姿以外はド底辺の人間で、家庭においては常に天然のボケをかまし続けた。
そんな両親の間に生まれた白虎は、父親からは愛嬌ある不細工な容姿を引き継ぎ、母親からは面倒臭がりでお馬鹿な部分を引き継いだ何とも残念な子供だった。
本人はあまり気にして居ないのだが「不細工な天才と馬鹿な美女の間に生まれた長男は不細工な馬鹿」というのが、世の中の人達が白虎に下した評価である。
尚、白虎には下に弟と妹が一人ずつおり、彼等は二卵性双生児の双子だ。
そのどちらもが母親譲りの容姿に父親譲りの天才的な知能を持つスーパーキッズだったのは皮肉なものだ。
白虎は歳を重ねる毎に自分と弟妹達との差をヒシヒシと実感するようになり、次第に犬童家から出て行く方向での進路を求めるようになった。
事故の原因の一つとも言える宇宙技術高等学校への入試を希望したのも、その学校が全寮制と言う点を考慮した事が選択の大きな理由と言えるだろう。
(大手企業の恵比寿チェア&テック社の社長が、個人レベルの事故に対して両親へ直接謝罪したうえで最先端の義体を提供してくれたのも、結局の所は親父やお袋の立場があっての事なんだよな……ま、当たり前と言えば当たり前なんだけど、どうせニュースになるからってこんな時だけ出てきて親面されるのは気分が良くないなぁ……)
この世界に来る以前、白虎は幼い頃に両親と離され、地方にある親族の家に預けられて暮らしていた。
そんな中、弟妹が頻繁なテレビ出演や有名学校への通学のため都会の両親と共に暮らしていたのである。
外聞的な問題で自分を排した両親に対し余り良い思いを持っていないのは仕方がない事であろう。
そんな白虎が父親の死に向かい合うグレイブルを見た時、自分がその立場であっても父親には同じ程度の思いしか抱かないだろう……と予想したのであった。
だが、異世界に来て楽しく暮らし始めた白虎は、これまでの事なんかはどうでも良いと思えるようになっていた。
(まぁ俺の話なんてどうでもいいんだよ。問題はその後なんだよな~)
実は葬儀の話を進める中で、グレイブル、セリカ、カレンの三人が葬儀のお供養品にケーキを渡したいと言ってきたのだ。
普通に俺達の世界で考えたら有り得ないんだが、何でも貴族が沢山やってくるらしく白虎のお披露目と共にケーキもお披露目しようと言うのが皆の魂胆らしい。
結論としてマクダクル子爵の葬儀はつつがなく進み、白虎とケーキのお披露目も特にトラブルは無かった。
しかし翌日になって、葬儀に参列しケーキを持ち帰った貴族の従者達がひっきりなしにマクダクル子爵の館を訪れて、その対応にグレイブル達は非常に困った事になっていた。
その全てがケーキの詳細を知りたいという理由だったからである。
余りにもケーキを切望する者達が多いため、マクダクルはいっそケーキを売り出そうと言い出した。
セリカやカレンもその案に乗っかったので、民主主義の観点から販売する方向で話が纏まったのだ。
俺は売る程の量のケーキ作るには一人では手が足りないと反論したのだが、グレイブル達三人は倉庫に眠る旧型のストックを使って単純作業向けのオートマタを突貫で作り上げやがったのである。
その名もフランソワ1号~3号。フランソワの部分に意味はないとの事である。
(フランソワ……ウィッキーさんが言うにはフランス語圏における男性名とのこととある。女の子に小次郎とか武蔵って付けるような感じ? いや、ムサシはいいのか? そんな有名な女性が居た記録があるしな……)
無駄に情報があるのが災いし、些細な事から思考が道端のバッタを追いかけてしまうビャッ子であった。
それはさておき、フランソワ1号はスポンジケーキ部分を用意する専門、フランソワ2号はフルーツやクリームを使ったデコレーションを、フランソワ3号はバター作成と生クリームのホイップが担当だ。
フランソワ1号と2号はそこそこ可愛らしい女性型オートマタ(だから名前とのギャップを感じた)で、知能は高くないが命令はしっかりと遂行できるためケーキ作りには問題ないレベルだった。
だが会話を試みたが意思の疎通的にちょっと無理だったのは残念だ……。
セリカが「旧式だけど命令すれば生クリームで特殊なプレイなんかも出来る優れものよ~?」って言ってたけど、余計な機能を整備してる暇があったら会話が出来る知能を何とかしろと思う。
ちなみに3号は人型じゃない。
残念だが部品が足りなかったのでオートマタというよりは専用機械のような感じだ。
見た目は手の生えたドラム缶に車輪が付いていると思って欲しい。
コイツも頑張れば生クリームで特殊なプレイが……ん? 出来るんじゃないかって? 俺にはどうやっても想像できない話だけど……。
(そうそう、ショートケーキが量産体制に入った所でチーズケーキも再現可能だと分かったから作ってみたんだよ。で、それをセリカやカレンが食べて絶賛。こっちも一緒に作って売りたいって事になったんだけど、流石にフランソワ達を増やす材料もなかったので、今回だけは俺がアホみたいに頑張って大量のチーズケーキを作った訳だがな)
そして今日は、予め販売した前売り券をケーキと引き換える作業を行っていたという訳だ。
前売り券の販売数としてはショートケーキとチーズケーキはそれぞれ50個で合計百個を売る事にした。
最初、もの凄く高い値段に設定したので売れないと思っていたんだが、結果は完売だった。
「お金持ちの方々は美味しく珍しい食べ物を得るのにお金を惜しんだりはしません」と言っていたカレンの言葉に間違いは無かったという事だな。
ちなみに気になるお値段は? というと、大銀貨5枚である。
分からないよなぁ……俺も分らなかった。
俺の認識が正しいかは分からないんだが、日本円にして凡そ5万円程だろう……と思う。
ホールケーキ如きに5万も払える神経が分からないが、貴族な方々はお茶会への持ち来みやお土産、それに自分で食べるため等と様々な理由で文句も言わず競い合うように前売り券を買っていったのは面白かった。
今後はケーキの店を出す、とグレイブルとセリカが鼻息を荒くしていたが、そこは専用のオートマタを作れと言っておいた。
(俺は関与しないからな? 店の名前を"ビャッ子ちゃんのケーキ屋さん"とかガキの考えたような名前にしたら家出するぞ?)
「ビャッ子ちゃ~ん! 休憩おわりよ~」
どうやらセリカが呼びに来た様で、俺は「今行きます」と返して部屋を出たのであった。
◇◇◇◇◇
時刻は夕方を迎え、俺はグレイブル達と本館の食堂でおやつタイムを楽しんでいた。
「いや、ビャッ子ちゃんのケーキは大人気だねぇ。前売り券分の引き換えは終わったけど、次の販売は何時になるかと問い詰められて困ってしまったよ」
「私も同じようなものでした。早めに店舗を用意する必要があるかと思います」
「そうよね~、一応はマスターがマクダクル子爵家の当主になって、これまでの制限ある開発費からは脱却できるとは思うけど領地経営のお金を勝手に使う訳にもいかないから、やっぱり資金を作れる商売は必要よ~」
俺は、モグモグとおやつを頬張りながら話す三人の会話を聞きながらボーっとそれを眺めていた。
(なんか、マジで店出す気満々なのは良いんだが、俺ってグレイブルの妹でビャッコ・マクダクルになった筈だ。何故俺がお前らのケーキと紅茶を用意しているのか納得がいかん……菓子作りも配膳も嫌いじゃないし、ステファニーモードで勝手に動くしから別に良いんだけどさ。そう言う問題じゃないよね?)
「聞いていいかな?」
俺はマクダクル子爵となったグレイブルに質問する事にした。
「なんだいビャッ子ちゃん。いや、妹に"ちゃん"付けも変だからビャッ子と呼ぶよ」
(そう言う所だけは細かいよな)
「いや、ここ子爵家だよね? メイドとか他のお手伝いさんは居ないのかな~と思って……」
「……」
「……」
「……居ます。どうしてそのような質問をされたのですか?」
カレンは俺が何故そんな事を聞くのかが不思議だったようだ。
「だって、俺が来てから食事もお茶も用意しているのは俺ですよ? 一人ですよ? 何でメイドや料理人にやらせないのかなって思うでしょ普通」
……
…
一瞬の沈黙の後、セリカがボソボソと小声でグレイブルに何かを話している。
「……ちょっと……どうするんですか?……」
「いや……だけどねぇ……」
俺がその二人を冷たい目線で見つめていると、そこに割り込むかのようにカレンが右手を上げた。
「はい、私が説明致します。もう隠しても仕方ないでしょう?」
そう告げたカレンを見たグレイブルはハァとため息をついた後、「仕方ないな」と呟いた。
「ビャッ子ちゃん。正直に話しますが、マクダクル子爵邸及び別館の料理関係は全てオートマタが担当しておりましたが……」
(おりましたがって……え~? 今どうなってんだよ)
「そのオートマタはどこにいったんですか?」
「いや、その……ケーキ作ってるよ~?」
(おい、セリカよちょっと待て、ケーキを作ってるのはフランソワ達だよな? 倉庫にあった在庫って言ってなかったか?)
「ごめんねビャッ子ちゃん。私達嘘ついちゃた……本当はフランソワ1号と2号がメイドで3号が調理をやってたのよね~」
「そうなんだよ、本当に済まない。でもどうしてもケーキの件を成功させたくてね……手っ取り早く出来る方法をと思ってうちのメイド達を改造した訳なんだ」
「……あんた達、馬鹿なんじゃないか?」
「……反省してます……」
「ごめんねビャッ子ちゃん……」
「大変申し訳ございません……」
取り合えず三人を床に正座させて小一時間程説教をした後、フランソワ達を元の状態に戻すまで徹夜で復旧作業をさせたのだった。
翌朝、フランソワ1号に呼ばれて食堂に行き、彼女達に用意された食事を味見をする。
「っはぁあ? まっず! ちょ、マジで不味いよ?」
(やばい、あまりの不味さに気を失い掛けた……何をどうすればこれが食べ物だと思えるんだ? ケーキは作れたよね? もしかして……俺が全レシピを手順化したからか……そういえばステファニーの素材知識は助かるが、料理を作る方の知識は泥団子レベルだった……)
俺が驚いている横で、フランソワ2号に呼ばれたのであろうグレイブルがそれを生暖かい眼で見ていたようだ。
「あ、ビャッ子ちゃんは食べなくても死なないからね。羨ましいなぁ……」
「ちょっと! これ、3号直した方がいいでしょ?」
「無理だよ~、私達三人は誰も料理が出来ないもの~」
(セリカ、いつの間に? って言うか料理出来る人間雇えよな?)
「募集を出しましょう! 料理人の募集を!」
「出しております。誰も来ません。以上終了で宜しいでしょうか?」
「いやカレンさん、もうちょっと真剣に探しましょうよ……って皆、起きたら最初に挨拶してください!」
「「「はーい。おはようございまーす」」」
(駄目だ……こいつら駄目な人達だ……)
この後、俺はフランソワ3号の作った朝食という名の生ゴミを廃棄。
結局三人分の食事を作り直す事になったのであった。
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