01-004「死に掛けの爺さんに良い物を見せてやった」
食べさせたり見せたり
「ビャッ子です。俺は今、異世界の上空三百メートルの地点に来ています。街どころか遥か遠くを見渡せる景色の良さに感動が絶えません」
「さあ、これまで上昇を続けてきた俺ですが、そろそろ落下に入った模様です。グングンと加速しております。凄いスピード、それに物凄い風圧です。メイド服のスカートが完全に捲れ上がって用をなしてないのが清々しいです」
「さてお待ちかねの着地となりました。無事に着地出来るでしょうか? それでは皆様、ご機嫌よ~~っと!」
ストン……。
何の衝撃もなく着地。
俺の中では計算通りだから驚く事ではないが、マクダクル達三人は驚き過ぎて呆然としていた。
まぁ上空に300メートル以上も飛び上がった挙句に無反動で着地したのを見たらそうなるよね?
え? どこで何をやっているのかって?
ここは街外れの空き地だな。
そして俺は今、身体能力を検証していたところだ。
そう、羞恥に身悶える俺が回復したのを見計らったかのように、突如現れたセリカが提案してきたのだ。
「さ、今日は空き地で体力測定よ~」
だと……。
◇◇◇◇◇
「はいは~い。それでは、第一回ビャッ子ちゃんの体力測定をおこないま~す」
パチパチパチパチ。
(カレンさんとマクダクルさんがちゃんと拍手してるのが腹立たしい……)
「いや、あの、体力とか絶対尽きないんですけど……」
そう言っても誰一人納得した顔をしない。
「仰りたい事は分かりますが、試さないと分からないのが世の常です。諦めてお付き合いください」
「そうよ~? もしかしたらビャッ子ちゃんも、"ハァハア……もうらめぇぇぇ!"ってなるかもしれないじゃない?」
「俺はそんな風になりません!」
「確かに理論上はそうはならないかもしれませんが、ちょっとご自分を慰めた程度で"もうらめぇぇぇ!"で気絶されるようですので、検証は必要かと思います」
「くぅぅ……言い返せねぇ……と言うかカレンさん、それもう言わないでください……」
「はいはい。それで種目はなにからやるんだい?」
俺達のやり取りを呆れて見ていたマクダクルがスムーズな進行を促してくれた。
ここで最初に走るとか言われたら、一日中走って終わることだろう。
「そうね~まずは……」
◇◇◇◇◇
測定がグダグダだったので結果から言おう。
"計測不能"
はい終了。
例を挙げると、セリカが急に「反復横跳びよ!」なんて言うから、慌てて始めたら地面がえぐれて続行不可。少しズレて再計測するも早過ぎて目で追えないから、結局は自己申告となった。
因みに最初に俺が空中に居たのは"垂直跳び"だからな?
自己計測で地面までの距離を測ってあるが、312メートル33センチだった。
面倒臭いから地面から脚の裏の距離にしたがな。
他にも柔軟性なんかも調べたんだが、骨格が許す体勢なら何でも出来たので意味が無かった。
バレリーナどころか雑技団レベルの柔軟性を見たセリカが「どんな体位も思うがままね~」とか言ってたが、華麗にスルーしてやったら場がシラけたぞ。
ザマー見やがれ。
そうそう、最後にどこから持ってきたのか、ひと抱えはある金属製の瓶みたいな物をひたすら振らされた。
魔法のウエストポーチに入れてたらしいが、こんなクソ重たい金属製の瓶――俺にしてみれば紙みたいに軽いが――を持ち歩く理由が無い。
多分、最初から振らせるつもりで持って来たんだろう。
カレンは忍耐力の検査とか適当な事を言って、俺に三十分近く瓶を振らせ続けやがった。
ま、楽勝だけどな。
最初はバシャバシャと水っぽい音がしていた瓶も、最後の方には固形物を内壁に打ちつける感じに変わってきていた。
セリカが俺の振り終えた瓶の蓋を開け、中に手を入れて小さな白い塊を取り出すと、なんとそれをセリカ自らの口に放り込んだ。
モニュモニュと微妙な咀嚼をするセリカ。
「あ! 美味しい~。いい出来だわ」
(なんだ!? 何が出来たんだ?)
カレンとマクダクルも同じ様に少し味見をし、お互いに頷き合っている。
「いやー、良いバターだね。さすがはビャッ子ちゃんだ。これで暫くはバターを買わなくて済むよ。ありがとう」
マクダクルの言葉を聞いた俺はダッシュで瓶に駆け寄り、中から少し塊を取り出して口に入れてみた。
「あ……美味いです……」
「ご自身で作られたのですから、それはもう格別の美味しさではないでしょうか。では、今後のバター作りはビャッ子ちゃんが担当です」
「やった~! あれ、地味に筋肉痛になんのよね~。本当、ビャッ子ちゃんが生まれてくれて助かったわ~」
(あれ? 忍耐力の検査とかどうなっなんだ?)
俺がその疑問を投げかけると、満場一致で「ビャッ子ちゃん最高!」だそうだ。
訳が分からないが、俺としては鼻をほじる程度の労力でここまで喜んで貰えるなら、バター作りなんてお安い御用だ。
「楽勝ですよ。俺に任せてください! 何ならホイップしてケーキを作る時も手伝いますよ!」
この時、まさかこの発言が大変な事になるなんて思いもしなかったのである。
「ほいっぷ?」
突如セリカが疑問形の言葉を吐き出しながら怪訝な顔をした。
「ビャッ子ちゃん、ケーキ? とはパンドケイクの事でしょうか?」
カレンもこの話題に食いついてきたようだ。
聞いた所だと、パンドケイクとは前の世界のパウンドケーキのことのようだ。
ちなみに俺の中のケーキにパウンドケーキは入っていない。
アレとカステラはしっとりした"パン"だと思っている。
「やだなぁ、違いますよ。俺が言ってるケーキはホイップしたクリームでデコレーションしたお菓子ですよ?」
「うーん、そんな食べ物は聞いたこたがないなぁ。セリカは知ってるかい?」
まさかマクダクルまで乗ってくるとは。
「そんなお菓子は知らないですよ~? そうだ! じゃあビャッ子ちゃんに作って貰いましょうよ~。食べたーい!」
「それは良い案です。発言元のビャッ子ちゃんなら作り方も知っているはずではないでしょうか」
「それは何とも言えないが、どうだい? ビャッ子ちゃん。作れそうならお願いしたいのだが……」
(しくじった……ステファニーの記録にはホイップクリームもデコレーションケーキも知識として記録されていないじゃないか……あ、これは義体側のデータベースにある知識だったか……ウィッキーさんは自動検索されるから紛らわしいんだよな~)
補足しておくが、ステファニーは自律起動するオートマタであり基本学習記録が保存されているのは理解できるだろう。
しかし、大脳自体を移植するはずだった義体側に何故知識データがあるのかという点だが、これは義体の用途によるものが大きい。
元の世界での事故のあと、恵比寿チェア&テック社から提供された義体は国際宇宙開発局向けの極限環境作業用であり、しかも最新の義体である。
宇宙空間における極限環境で発生するあらゆる状況への対応が想定されており、勿論その中には通信が出来ない状況への対応も含まれていた。
そのため完全孤立した状況下においても各種情報の閲覧が可能なよう、知識を記録させた人工脳が別途搭載されていたのである。
ビャッ子ちゃんはこのサブ脳の事をウィキペ……もとい、ウィッキーさんと呼んでいたのであった。
(仕方ない、ステファニーとウィッキーさんの知識を利用して再現出来ない理論を構築、それを説明してこの場を乗り切る!)
……
「デコレーションケーキは再現可能です」
(何言ってんだ俺~! って、あ、あれ? 作れるな、コレ……)
「えっと……作れる、と思います。材料があればですけど……生クリーム、あ、さっきバターにした液体はまだありますか?」
「あるわよ? 何に使うの? またバターが要るの? それともチーズなら在庫あるけど?」
どうやらこの世界では生クリームはバターとチーズの原材料としてしか使わないらしい。
ステファニーの知識からすると、マナのある世界のせいか、乳製品の利用方法だけでなく食用油も種類が少なく食文化の発達に偏りがあるようだ。
マヨネーズ? それはあるっぽい。
石化ガスを吐く凶悪な鳥の卵と、高級ワインから作るビネガー、エルフの森に生える油を蓄えた実を成す木から採れる高級油使って作る超々高級品みたいだけどな。
「じゃあケーキ作りに使う残りの材料ですが……」
……
…
確認の結果、足りない物はカレンがすぐにメモをとり、マクダクルさんが買いに走った。
ブツブツ言ってたけど何だかんだと優しい。
その後、届けられた材料を確認し、ステファニーとウィッキーさんの知識に任せてケーキを作ってみると、これが思いのほか良く出来た。
体の知識で勝手に動くこの状態は「ステファニーモード」と名付けよう。
しかし、知識任せにすると自分の身体が勝手に動く感じでとても面白いが、寝てる間に勝手に動かないか心配でもある。
自分の自動運転設定を見直したけど大丈夫そうだし、まあ信用するしかあるまい。
出来上がったケーキを食堂に運ぶと、待ちきれなかった三人は立ち上がって机の上のケーキを取り囲んだ。
「ビャッ子ちゃん。これがケーキ……デコレーションケーキなのかな?」
「凄いわ! 見た目も可愛いし、食べるのが勿体ないよ~」
「素晴らしい出来です。流石です。さあ、後はお味次第と言ったところでしょうか、非常に楽しみです」
尚、今回作ったのは定番中の定番、イチゴのショートケーキである。
正しくは元の世界のイチゴに似たフルーツのショートケーキだが。
「じゃあ俺が切り分けますから、座って下さい」
切りわけたケーキを皿に乗せ、三人に前へと運ぶ。
ゴクリと喉がなる音が聞こえたが、誰のものかはどうでもいいだろう。
早く食べたいと目で訴える三人を無視し、俺は紅茶の準備を進める。
カチャリと最後のカップを起き、後はお楽しみの実食だ。
「どうぞ、食べてみてください」
三人一斉にケーキにフォークを入れる。
「あっ! 柔らか~い。じゃお先に……」
パクッ。
セリカがこの世界で最初の一口を食べた。
「! ……!! ~~んーまぁ~~い!」
当然の反応をしたセリカの次はマクダクル。
「このケーキというお菓子は素晴らしい! 甘いがクドすぎない上品な味のする生クリームという物と、とても柔らかくて対比的に甘さを控えた中のパン状の物はとても相性がいい」
「上だけでなく中にも細かくして挟み込まれたフルーツの酸味が絶妙なアクセントとなって絶妙なハーモニーを奏でているよ。しかも紅茶にもとても合う。これは素晴らしいデザートだよ! フルーツを別の物にしてもいけるね」
「いや、このケーキとの出会いはビャッ子ちゃんがこの世界に生まれてくれたおかげだ、本当にありがとう」
流石はマクダクル。
なかなかの食レポじゃないか。
褒められ過ぎてちょっと照れるが、作ったのはステファニーモードの俺なんだけどな。
カレン? ああ、無言で食べてるよ?
何か話すかな? と目を合わせると、フルフルと首を横に振って無言でケーキを咀嚼してるから、多分だが放置して欲しいんだろう。
手元の皿が空になった三人からは、一斉に「おかわり」の声が上がったのは想定通りってことで。
こうして、俺がこの世界で初めて作ったケーキはすべて三人の胃袋へと消えて行ったのであった。
俺が皆の紅茶のおかわりを一通り入れて回ってから席に着くと、カレンが畏まって此方に向き直る。
「ビャッ子ちゃん……私と結婚してください!」
(おいおい、唐突に何言ってるんだ? マクダクルもびっくりしてるじゃないか……)
「カレン……突然変な事を言うからビャッ子ちゃんも困っているだろう? それに君は来月には結婚する身じゃないか。これはもう2年も前に決まっている事だからね」
ここですかさずセリカが手を挙げる。
「はい! じゃあ私がビャッ子ちゃんと結婚する~」
今度のマクダクルはヤレヤレと言った感じだ。
「セリカも同じだろう……」
(あれ、二人とも結婚する予定なのか?)
「あの、マクダクルさん?」
「なんだい?」
「セリカさんとカレンさんは来月には結婚されるんですか?」
「ああ、そう言えば話してなかったね。ステファニーの基本学習内容に含めていないからビャッ子ちゃんは知らなくて当然だ。彼女達は二人とも私の婚約者で来月に挙式の予定なんだよ」
(え~~~! やばい。俺、二人の中の中まで見ちゃったよ? バレてぶっ殺されてもおかしくないよ?)
「ごごご、ごめんなさい!」
「いやいや、謝るのは言って無かった此方の方だよ。ビャッ子ちゃん、済まなかった。彼女達は今後のビャッ子ちゃんの身の上を心配しているんだよ。もちろん私もだがね」
「当たり前です。ビャッ子ちゃんは今、身寄りのない状態なのですよ? 他のオートマタのように他所の貴族に買われたり、人として市井に流れる事になる事にでもなったら……」
「私だって、そんなの見過ごせないよ! そんな事になるなら私の実家が取り潰しになっても、私がビャッ子ちゃんを連れて逃げるわ!」
「まぁまぁ、落ち着いてよ二人とも……」
マクダクル。
重たい話は15歳の俺には無理だ。
後は任せた、通称アトヨロ。
「私だって、ビャッ子ちゃんがオートマタじゃなく人間だと分かった時から考えていた事があるんだ。決して悪い事にはしないつもりだ。だが、市井の民としてすら登録の無い彼女だ。私の妻として迎えることは出来ないが、ここで一つ提案がある」
「なんですか?」
「なんでしょう?」
セリカとカレンが身を乗り出す。
「結婚する二人のどちらかの養子に迎えるのはどうだろう? それならばお互いの実家に確認すれば可の……」
はい。
なぜマクダクルの言葉が止まってしまったのか。
疑問ですよね~?
不思議ですよね~?
何の事は無い。
どっちの子供にするかでキャットファイトが始まっただけだから……。
勝者!
マクダクル!!
結論、俺はマクダクルの妹になるようだ。
その許可を得る為に死にかけの――ご存命らしい――マクダクルの父親に会いに行った時、俺にパンツ見せろとどこかの老師みたいな事を言い出したから、キャストオフしてヒダの奥まで見せてやったら2つ返事で隠し子持ちの汚名を被ってくれた。
俺を庶子として迎え入れてくれた恩を一応は返したいし、偶には見舞いにきて色々と見せてやってもいいかもな。
見せても減らないどころか、俺的には元々の自分の身体ですらない訳だし。
一緒になって俺のを覗き込もうとしたマクダクルは、セリカとカレンに連れられて部屋を出て行った。
お前は結婚して二人ので楽しめばいいだろうに。
あ、今日の俺の報告はここまでだ。
そろそろ帰らないとな。
色々やってから寝るのが楽しみだ。
やること? そこは……想像で!
何にもないので切ない限りです。




