03-005 「遊園地トッシー・マーエンと魔導カート」
ま、まぁ、異世界にも似たような名前もあるもんですね(汗
マクダクル・モーターズの次なる商談相手は、商業都市を治める大貴族、イーオン公爵だった。
彼の領地は、街道沿いに巨大な紫色の看板を掲げた商業施設『イーオン・モール』を中心に発展しており、そこには『トッシー・マーエン』という遊園地も併設されている。
今回の依頼は、その遊園地の目玉アトラクション開発だった。
「お客様、特に子供たちが熱中できる、新しい体験を提供したいのです。」
柔和な笑顔で語るイーオン公爵に対し、俺が提案したのは『子供用魔導ゴーカート』だった。
将来の顧客を育成するための英才教育システムだ。
数週間後。
トッシー・マーエンの一角に、全長500メートルのテクニカルコースが完成した。
導入されたのは、マクダクル製カート『リトル・ウルフ』。
最高時速は安全のために20キロに制限されているが、『絶対衝突回避結界』と『自動姿勢制御』を搭載し、どんなに乱暴な運転をしても転倒せず、壁にも激突しない超安全設計だ。
「うわぁ! すっげー!」
「僕が運転するの!? 本当に!?」
オープニングセレモニーに招待された領内の子供たちが、色とりどりのカートを見て目を輝かせている。
俺はその様子を満足げに眺めていた。
「いい光景ですね、公爵様。
まずは『運転は楽しい』と刷り込むことが大事です。
速度は出ませんが、子供には十分なスリルでしょう。」
「ええ、素晴らしい。
これなら親御さんも安心して買い物ができますな。」
……と、俺たちが大人の会話をしている横で。
一人の大人気ない大人が、子供たちの列に並んでいた。
「ねーねー、お姉さんも乗っていい~?」
セリカだ。
フリフリのドレスの裾を捲り上げ(下はスパッツ)、子供用の小さなカートに無理やり乗り込もうとしている。
「ちょ、セリカさん!?
何やってんですか!
それ子供用ですよ!?」
「い~じゃな~い。
私がテストドライバーなんだから、このコースの『基準タイム』を作っておかないとね~。」
「基準って……最高時速20キロしか出ないんですよ?
誰が乗ってもタイムなんて変わりませんって。」
「甘いわね~、ビャッ子ちゃん。
速さは『パワー』じゃないの。
『ロスを無くすこと』よ。」
セリカはニヤリと笑うと、窮屈そうなコクピットに体をねじ込み、ステアリングを握った。
その瞬間、彼女の纏う空気が変わった。
「スタート!」
係員の合図と共に、セリカのカートが飛び出した。
速度は遅い。
たったの20キロだ。
早歩きに毛が生えた程度だ。
だが。
「なっ……!?」
俺は目を疑った。
第一コーナー。
普通の子供ならアクセルを緩めるカーブに、セリカは表情一つ変えずに突っ込んだ。
ブレーキ?
踏まない。
アクセル?
全開(ベタ踏み)だ。
「嘘だろ!?
減速なしで曲がりやがった!?」
セリカのカートは、タイヤのグリップ限界を魔力制御でギリギリまで引き上げ、遠心力を完全に殺してコーナーをクリアした。
いわゆる『ゼロ・カウンター・ドリフト』のような、車体がレールの上を滑るような挙動。
続くS字コーナー。
彼女は最短のレコードラインを、ミリ単位の精度でトレースしていく。
縁石?
そんなものは存在しないかのように、イン側のタイヤを宙に浮かせながらショートカットしていく。
「おっそーい!
パワーが足りなーい!
なら、一度たりとも速度を落とさなければいいのよ~!」
セリカの声が聞こえる。
彼女は、この低スペックな子供用カートのポテンシャルを、物理演算のバグみたいな挙動で120%引き出していた。
直線を走るより、コーナーを曲がっている時の方が速いんじゃないかと思うほどだ。
「す、すげぇ……!」
気がつけば、順番待ちをしていた子供たちが、フェンスにかじりついていた。
「あのお姉ちゃん、一度もブレーキ踏んでないぞ!」
「コーナーの入り口で、一瞬ハンドルを逆に切った!」
「荷重移動だ! 体を傾けて遠心力を推進力に変えてるんだ!」
おい待て。
なんでこの領地の子供たちはそんなに詳しいんだ。
英才教育済みか?
セリカはそのまま、あり得ない速度(見た目の体感速度)でゴールラインを駆け抜けた。
タイムは、設計上の理論値を5秒も上回るコースレコード。
もはやホラーだ。
「ふぅ~、楽しかった~。
でもやっぱり、ちょっと遅いかな~。」
セリカがカートから降りてくる。
俺は頭を抱えた。
「セリカさん……大人気ないにも程がありますよ。
子供たちがドン引きしてるじゃないですか……」
俺が言いかけた時だった。
「お姉ちゃん! カッケーーーッ!!」
子供たちが、キラキラした目でセリカに殺到した。
「すげぇよ! 魔法使いなの!?」
「今のコーナーの曲がり方、教えて!」
「俺もあんなふうに走れる!?」
「弟子にしてくれ!」
まさかの大絶賛。
セリカは「あらあら~」と嬉しそうに微笑み、子供たちの頭を撫でた。
「い~よ~。
速くなりたい子は、お姉さんが教えてあげる。
いい?
大事なのは『車と友達になること』と……『ブレーキなんて飾りだと思い込むこと』よ~。」
「「「はいっ! 師匠!!」」」
……終わった。
俺は天を仰いだ。
イーオン公爵は「おお! 子供たちが熱狂している!」と喜んでいるが、俺には見える。
10年後。
マクダクル製の車に乗り、峠(公道)を攻める若者たちが大量発生し、交通課の騎士たちを泣かせる未来が。
ここは遊園地『トッシー・マーエン』。
後に『公道最速伝説』の聖地と呼ばれることになる場所である。




