03-004 「アルケンダス帝国のショタ皇子と求婚騒動」
また変態か。
それは、あまりにも唐突な来訪だった。
マクダクル・モーターズの噂を聞きつけた隣の大国、アルケンダス帝国から、技術提携の視察団がやってきたのだ。
問題は、その団長を務める人物だった。
「お迎えご苦労、マクダクル子爵。
僕が今回のアルケンダス帝国視察団を率いる、第3皇子チャーシテ・アシクジータ・アルケンダスだ。」
馬車から降りてきたのは、金髪碧眼の美少年だった。
年齢は9歳。
背筋をピンと伸ばし、子供とは思えない理知的な瞳で周囲を見回している。
(うおっ……!
絵に描いたような美少年だな。
乙女ゲームなら攻略対象のショタ枠ってところか。
ま、俺には関係ないけど。)
俺は整列した後ろの方で、他人事のように眺めていた。
チャーシテ皇子は、グレイブルの案内で工房へと向かった。
「ほう……これが『自動車』か。
魔力効率、サスペンションの構造、そしてこの流麗なフォルム。
素晴らしい。
帝国の魔導技術より数段進んでいる。」
「恐縮でございます、殿下。」
「特に素晴らしいのは……」
チャーシテ皇子は、車の説明をしていた俺の方へと歩み寄ってきた。
そして、俺の手をそっと取った。
「貴女だ。」
「……はい?」
「貴女の説明は実に分かりやすく、そして声が心地よい。
立ち居振る舞いも洗練されている。
僕は一目で心を奪われた。」
皇子はその場で片膝をついた。
周囲の視察団や、グレイブルたちが「えっ?」と固まる。
「ビャッコ嬢と言ったね。
どうか、我が妃になってほしい。
このまま帝国へ連れ帰りたい。」
「…………はいぃ!?」
素っ頓狂な声が出そうになるのを、俺は必死で抑えた。
求婚?
俺に?
この皇子が!?
「で、殿下!
冗談はおやめください!
私のような田舎貴族の娘が、皇子殿下の妃などと……」
「身分なら問題ない。
マクダクル家は技術力がある。
僕が父上(皇帝)に掛け合い、伯爵位……いや、侯爵位を与えてもいい。」
「ね、年齢差がございますわ!
私は貴方様よりずっと年上で……」
「年齢など、愛の前には些事だ。
むしろ、僕は年上の女性に導かれたいと思っている。
貴女のような知的な女性こそ、僕の隣に相応しい。」
(……なんてイケメンな台詞を吐くんだこの9歳児!
確かに顔は良いし将来有望だろうけど、悪いな少年。
俺の心には、既にポンコツで可愛い幽霊が住み着いてるんだよ。
それに俺、中身は15歳の男子高校生だし。)
チラリとグレイブルを見ると、彼は顔面蒼白で「あわわわ」と震えていた。
断れば帝国の機嫌を損ねるかもしれない。
かといって受ければ……「実はこれロボットなんです」とカミングアウトすることになり、それはそれで国際問題だ。
(……やるしかないか。)
俺は覚悟を決めた。
「……殿下。
少しだけ、二人きりでお話しする時間を頂けますか?」
「もちろん、喜んで。」
◇◇◇◇
俺はチャーシテ皇子を連れて(護衛の騎士は部屋の隅に待機させ)、工房の奥にあるメンテナンスルームへと入った。
「ここは……?」
「私の部屋のようなものですわ。
……殿下。
私の正体をお見せします。」
俺はステファニーモードの表情を崩し、無表情になった。
そして、左腕の袖を捲り上げると、マナで結合された皮膚の連結を解除した。
「……っ!?」
皇子が息を呑む。
露わになったのは、人間の肉や骨ではない。
現れたのは人とは違う金属の骨格と血の通わない聖銀のワイヤー。
「ご覧ください、殿下。
残念ですが、実は私は人間ではありません。
人の形をした、精巧な作り物……当家の主要産業である『ニンフ』そのものなのです。」
俺は淡々と告げた。
「私は貴方と同じ時を刻むことはできません。
貴方と共に老いることも、貴方の世継ぎを産むこともできません。
それでも……私を妃にしたいと仰いますか?」
残酷な現実。
9歳の少年に突きつけるには、あまりにも重い真実だ。
皇子はショックを受けた顔で、俺の開かれた腕を凝視していた。
(これで諦めてくれるはずだ。
悪いな。)
俺がハッチを閉じようとした時だった。
チャーシテ皇子が、俺の機械の腕に触れた。
「……綺麗だ。」
「え?」
「怖いとか、気味が悪いとは思わない。
この複雑な構造が、貴女という知性を動かしているのかと思うと……とても美しいと思う。」
皇子は俺の目を見上げた。
その瞳に、軽蔑の色はなかった。
「……そうか。
貴女が人間でないなら、今すぐに妃にすることはできない。
帝国の法が、それを許さないだろう。」
「ええ、そうですわね。
ですから……」
「だが、諦めない。」
皇子は俺の手を強く握った。
「僕は必ず、貴女に相応しい男になる。
大人になり、皇帝となり、法を変えて……無機物への愛が認められる国を作る。」
「は……?」
「名前の通り、少し『お茶して』待っていてくれ。
僕が世界を変えるまで。」
(……マジかよ。)
俺は呆然とした。
この子、本気だ。
ただの子供の我が儘じゃない。
その目には、揺るぎない決意と、為政者としての器の片鱗が宿っていた。
「それまでは、マクダクル家の技術を僕が買い支えよう。
パトロンとして、貴女のメンテナンス費用は惜しまない。」
「あ、ありがとうございます……?」
「約束だぞ、ビャッコ。
……いや、未来の僕の妻よ。」
チャーシテ皇子は最後に、俺の機械の腕に恭しく口づけをした。
◇◇◇◇
視察団が帰った後。
マクダクル家は安堵の空気に包まれていた。
「ふぅぅ……寿命が縮むかと思ったよ。
まさか皇子殿下がビャッ子ちゃんに一目惚れするなんて。」
「本当ですわね。
でも、とりあえずは諦めて頂けたようで良かったですわ。」
セリカとカレンも胸を撫で下ろしている。
俺は窓の外、遠ざかるアルケンダス帝国の馬車を見送っていた。
「……すげぇな、あの子。
将来大物になるぞ。」
「そうだね。
とりあえず戦争にならなくて良かったけど……ビャッ子ちゃん、10年後にまた求婚されるね。」
グレイブルが苦笑いする。
「10年後か……。
その頃にも俺はなんにも変わってないかもしれないけどね。」
「いや、あの方なら逆に変わらず愛してくれそうだよ?
なんて言っても、機械の腕を見て『美しい』って言ったんだろ?」
「……兄さん。
それ、遠回しに俺のこと『変態に好かれる系』って言ってない?」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
10年後。
アルケンダス帝国が「オートマタ婚」を認める進歩的な国家になっているかどうかは、あの小さな皇子の双肩にかかっている。
「お疲れ様です、ビャッ子ちゃん。
大変でしたね~。」
背後からシルビアが、ふよふよと近寄ってきた。
「ああ、全く。
俺の平穏な日々が脅かされるところだったよ。」
「でも、あんな可愛い皇子様にプロポーズされるなんて、ちょっと羨ましいです~。」
「ばーか。
俺にはお前みたいな世話の焼ける従魔まで憑いてるんだからな。
これ以上、面倒ごとは御免被りたいもんだね。」
「えへへ……。
それって愛の告白ですか~?
元の世界に帰ったら、私が玉の輿なんですからね!
めっちゃツバつけましたからね!」
「あ~あれな。
そうだな、帰ったらそうなるかもな。
……お~いカトリーヌ…の何号か、最高級の紅茶葉でお茶を淹れてくれ。
今日は疲れた。」
(別に飲まなくてもいい体だけど、気分的に飲みたいってやつなんだよな)
俺はニヤつくシルビアを軽くあしらいながら、ソファに深く座り込んだ。




