03-003 「銃鉄色の乙女と緑の地獄(ノルブルクリンク)」
こう言うのが馬鹿馬鹿しくて好きです。
数日後。
俺たちは王都から少し離れた山間部にある、『王立ノルブルクリンク魔導試験場』に来ていた。
高低差300メートル、全長20キロにも及ぶ、森の中を縫うように走る過酷なテストコース。
通称『緑の地獄』だ。
ここで、マクダクル・モーターズ記念すべき第一号車のシェイクダウン(試運転)が行われる。
ピットには、一台の車が鎮座していた。
車名『スカイレーン GTL』。
通称『銃鉄色の乙女』。
ボディカラーは、ミスリルの輝きを抑え、渋みを増した重厚なガンメタル。
フロントには睨みを利かせる4灯の魔導レンズ、リアには伝統となるであろう丸型4灯テールランプ。
見た目は古き良き時代の箱型スポーツカーだが、中身はカレンの新理論エンジンと、セリカの変態制御術式を詰め込んだモンスターマシンだ。
「準備はい~い?
お姉さん、待ちくたびれちゃったわよ~。」
運転席に座るのはセリカだ。
彼女はいつものふわふわしたドレスではなく、動きやすいレーシングスーツ(特注品)に身を包んでいる。
「セリカさん、頼みますよ。
まずは軽く流して、データの収集を……」
「はいは~い。
任せときなさ~い。
ちゃちゃっと一周して、終わったらお茶しよっか~。」
セリカは「だよね~」みたいな軽いノリでステアリングを握った。
そして、スタートの合図が出された瞬間。
ヒュンンンンンンンンン!!
爆音ではない。
マナ・ニュートリノ衝突励起エンジン特有の、ジェット機のような高周波音が森に響き渡った。
次の瞬間、銃鉄色の車体は弾丸のように射出されていた。
「えっ?
速っ!?」
モニターを見ていた俺とメルディ所長が同時に声を上げる。
カメラに映るセリカの表情は、先ほどまでの「あらあら」系お姉さんとは別人のように豹変していた。
眼鏡(伊達)をかなぐり捨て、目は血走り、口元には凶悪な笑みが浮かんでいる。
『おっそーい!
風が止まって見えるわよ~!
どいたどいたぁ!
音速の壁なんてただのドアよ!
蹴破って通りなさい!』
通信機からセリカの絶叫が聞こえる。
第一コーナー。
普通なら減速しなければ曲がれない鋭角カーブに、彼女はアクセル全開で突っ込んだ。
『ダウンフォース結界、最大!
重力なんて飾りですわ!』
ギュオオオオオン!
タイヤが悲鳴を上げるどころか、地面に食い込むような音を立てて、車体は物理法則を無視した挙動でコーナーをクリアした。
遠心力?
そんなものは結界でねじ伏せているらしい。
『あ~ん、路面がデコボコしてて邪魔ねぇ!
反発結界、トランポリンモード!』
直線コースの起伏で、車体がポンと跳ねた。
そのまま空中で姿勢制御を行い、着地と同時に再加速。
ショートカットだ。
もはや走っているというより、低空飛行に近い。
「……な、なんなんだあれは。
タイムがおかしい。
既存の魔導車のコースレコードを、一周目でもう半分に縮めている……。」
メルディ所長が青ざめた顔でデータを凝視している。
「それに、このG(重力加速度)の数値……。
コーナーで8G?
ブレーキングで5G?
生身の人間なら内臓が破裂するか、眼球が飛び出しているはずだよ。
彼女、本当に人間なのかい?
ドラゴンか何かのハーフじゃないのかい?」
「いえ、純粋な人間です……たぶん。」
俺も自信がなくなってきた。
数分後。
『銃鉄色の乙女』は、タイヤから白煙を上げながらピットに戻ってきた。
ドアが開き、セリカが降りてくる。
「あ~、楽しかった~!
乗り心地も雲の上みたいで最高だったわよ~。」
いつもの笑顔だ。
さっきの鬼のような形相はどこへ行ったんだ。
「……セリカさん。
最高なのは結構ですが、データが異常値を示しています。
計測ミスの可能性があるので、比較検証が必要です。」
「あら~?
そうなの~?
じゃあ、ビャッ子ちゃんが走って確かめてみたら~?」
セリカにあっけらかんと言われ、俺はヘルメットを手に取った。
メルディ所長も頷く。
「そうだね。
君ならニンフだし、耐G性能も演算能力も人間とは桁違いだ。
『理論上の限界値』を出してくれ。
そうすれば、セリカ君の記録がバグかどうかわかる。」
「了解です。
行ってきます。」
俺は『銃鉄色の乙女』に乗り込んだ。
シートはまだセリカの体温で生温かい……なんて感傷に浸っている場合ではない。
俺はシステムを『ステファニーモード』から『超高速演算モード』に切り替える。
「コースデータ、読み込み完了。
セリカさんの走行データを『ゴースト(幻影)』としてフロントガラスに投影します。」
スタートラインに立つ。
目の前には、半透明の青い車――さっきのセリカの走りを再現したゴーストが表示されている。
俺はこのゴーストを追いかけ、あわよくば追い抜けばいい。
「スタート!」
俺は完璧なタイミングでクラッチを繋ぎ、アクセルを踏み込んだ。
ロケットのような加速。
だが、ゴーストのセリカも同時に加速する。
(第一コーナー……理論上の最適解は、ここでのブレーキング!)
俺は計算通りに減速し、最短のラインでコーナーへ侵入する。
しかし。
(は!?
ブレーキ踏んでねぇ!?)
ゴーストのセリカは、ブレーキランプを一瞬たりとも点灯させず、そのままの速度でコーナーへ突っ込んでいった。
そして、あり得ない角度で曲がっていく。
(クソッ!
なんだあの突っ込みは!
頭のネジが飛んでるなんてレベルじゃねぇ!
恐怖心がないのか!?)
俺は必死にアクセルを踏む。
ステファニーの演算が弾き出す「安全マージンを削った限界ギリギリのライン」を走っているはずなのに、ゴーストとの差はじりじりと開いていく。
(くっ……!
カリスマなんてオレは認めない。
そんな迷信めいたイリュージョンは、白日の下に引っ張り出してしまえば、その正体は計算値の積み重ねでしかない……!)
俺は歯を食いしばり、ハンドルを逆に切ってカウンターを当てる。
すべては物理だ。
すべては計算だ。
気合いや根性で車が速くなるわけがない。
俺のような超高性能AIが、人間の、しかも感覚だけで走ってるお姉さんに負けるはずがないんだ!
(……筈なのに、ぜんっぜん追いつけないんだけど~~!!)
森の中で、俺の情けない絶叫が木霊した。
結局、俺は一度もゴーストの背中を捉えることができないまま、ゴールラインを通過した。
タイムはレコードより3秒落ち。
完敗だった。
ピットに戻ると、俺は精根尽き果ててシートに沈み込んだ。
「お疲れ様~、ビャッ子ちゃん。
どうだった~?」
窓の外から、セリカがニコニコと覗き込んでくる。
「……無理です。
アンタ、人間じゃありません。
あんなの、計算でどうにかなる領域を超えてます。」
「え~?
そうかな~?
車とお喋りしながら走れば、自然とああなるのよ~。」
感覚派の天才というのはこれだから困る。
メルディ所長が、頭を抱えながらデータシートを見ていた。
「……結論が出たよ。
ビャッ子君のタイムが『理論上の限界値』だ。
そしてセリカ君のタイムは『理論を超えた何か』だ。
おそらく、無意識の魔力放出で車体と『同化』し、空気抵抗や摩擦係数そのものを書き換えている。」
所長はメガネをクイッと上げ、遠い目をした。
「グレイブル君。
君の嫁は、有機物の方が無機物よりヤバい性能をしているようだね。」
「あはは……。
まあ、セリカは元々運動神経だけは良かったからね……。」
グレイブルが乾いた笑いを漏らす。
こうして、マクダクル・モーターズの記念すべき第一号車『銃鉄色の乙女』は、その性能もさることながら、テストドライバーの異常性と共に、伝説の第一歩を踏み出したのだった。




