03-001 「監査官はボクッ娘技師」
なんか変なのきました。
王都から監査官がやってくる当日。
マクダクル子爵邸は、朝からピリピリとした空気に包まれていた。
「いいかいビャッ子ちゃん。
相手は王立魔導研究所の所長、つまりこの国の魔導技術のトップだ。
失礼のないようにね。
基本は『お淑やか』でお願いするよ。」
グレイブルが緊張した面持ちでネクタイを締め直す。
「分かってるって、グレ…兄さん。」
(俺だってTPOくらい弁えてる。
要は、ニコニコ笑って置物になってりゃいいんだろ?)
俺はカトリーヌ(青リボンの4号)が淹れてくれた紅茶を飲みながら、のんびりと答えた。
「あら、ビャッ子ちゃんは置物みたいにして貰ってちゃ困るのよね。
可愛いマスコットとして愛想を振りまいてくれないと、ね。」
セリカが茶化すが、俺は今回、技術的な説明は兄さん達に任せるつもりだ。
俺の持つ知識はあくまで「答え」であり、それをこの世界の技術でどう「式」にするかは、彼らが必死に研究して形にしたものだからな。
「善処しますよ。
カレンさんも、準備はいいんですか?」
「ええ、問題ありません。
理論武装は完璧です。
いついかなる突っ込みが来ようとも、論理的に返り討ちにして差し上げます。」
カレンは分厚い資料の束を抱え、静かに眼鏡(伊達メガネではなく本気モード用の魔導グラス)の位置を直した。
そんなやり取りをしている間に、玄関ホールの方から低い男の声が響いた。
「旦那様、王立魔導研究所より、監査官様が到着されました。」
声の主は、燕尾服を着こなした長身の美青年だ。
彼は新型の『フランソワ1号』。
旧型のケーキ作成ロボット(ドラム缶ボディ)は全機解体されたため、マクダクル家の体裁を整えるために急遽製造された「執事型オートマタ」である。
カトリーヌ達と同じ新型ニンフ素体の男性版を使用しており、見た目は完全に人間と変わらない。
俺としては「可愛い小姓タイプ」を希望したのだが、グレイブルに「子爵家には威厳が必要だ」と却下され、セリカ好みの「執事系イケメン」に設定されてしまった。
(ちっ……。
自分としてはショタバリエーションの方が良かったんだけどな。
ん?
だってイケメンとか、元ブサメンからしたら嫌じゃない?
そうでもない?
皆イケメンだな~)
「よし、出迎えよう。
みんな、準備はいいね?」
俺たちは玄関ホールへと移動し、整列して客人を迎えた。
重厚な扉が開き、新型フランソワに案内されて入ってきたのは……。
「……え?」
思わず、俺の口から間の抜けた声が漏れた。
そこにいたのは、白い研究衣を纏った、小柄な少女だった。
年の頃は俺(の見た目)と同じくらいか、下手したらもっと下に見える。
色素の薄い茶髪を無造作にショートカットにし、顔の半分くらいありそうな大きな丸メガネを掛けている。
そして何より、その目は入ってきた瞬間からキョロキョロと屋敷の中――というより、設置されている魔導照明や空調の吹き出し口なんかを落ち着きなく観察していた。
「ようこそお越しくださいました。
マクダクル子爵、グレイブルでございます。
この度は遠路はるばる……」
グレイブルが恭しく挨拶を始めたが、少女はそれを手で制した。
「あー、うん。
堅苦しい挨拶はナシで頼むよ。
ボク、そういうの苦手なんだ。
そもそも役職はあるけど、貴族位はボクも子爵だしね。
こういうのはサッとでいいよ。」
少女はメガネのブリッジをくいっと押し上げ、グレイブルを見た。
「あ~、一応の挨拶は必要だったね。
ボクは王立魔導研究所の所長、メルディ・エーカーだ。
君がマクダクル家当主のグレイブル君だね?
話は聞いているよ。
なんでも…うん。
面白い『オモチャ』を作ろうとしてるんだって?」
「は、はぁ……。
オモチャと申しますか、自動車事業の展開を……」
「どっちでもいいさ!
ボクにとって新しい技術はすべからく興味深いオモチャだよ。
それより、さっさとその『現物』を見せてくれないかな?
お茶とお菓子で接待とか、そういうのは後回しでいいからさ!」
メルディと名乗った所長は、グレイブルの言葉も聞かずにズンズンと廊下を進もうとする。
(……なるほど。
この人、ただのロリメガネじゃない。
この目、完全に『ソッチ側』、技術畑の人間だ。)
そう俺は直感した。
このボクッ娘所長は、権威や体裁よりも、純粋な知的好奇心で動いているタイプだ。
お堅い役人どころか、話が早そうな相手で助かる。
俺はグレイブルの前に進み出た。
「お待ちください、所長様。
工房へは私がご案内いたしますわ。」
俺は完璧なカーテシーで挨拶をした。
メルディ所長は俺をジロリと見下ろす(身長は同じくらいだが、精神的に)。
「ん?
君は?」
「当主の妹、ビャッコと申します。
以後、お見知りおきを。」
「ふうん……。
こんなフリフリしたお嬢様も工房に出入りしてるのかい?
ま、邪魔しないなら誰でもいいや。
早く行こう!」
メルディ所長は俺に対して大して興味を示さず、さっさと歩き出した。
どうやら可愛い女の子より機械の方がお好きらしい。
(よしよし、それでいい。
俺は可愛いマスコットとして、後ろでニコニコしてるとするか。
機械ってバレたら分解されそうだけどな。)
◇◇◇◇
マクダクル家の敷地内にある工房。
そこには、先日ミトゥヒシ自動車から納車された研究用の高級車が2台、分解された状態で鎮座していた。
「ほほう!
これはシェラーニの最新型だね?
こっちはメルセウスか。
惜しげもなくバラバラにするとは…
中々いい趣味をしてるじゃないか!」
工房に入るなり、メルディ所長は目を輝かせて分解されたエンジンパーツに駆け寄った。
「この魔力伝達シリンダーの配置……。
なるほど、高出力化のために並列処理を多用しているのか。
でも、これだと熱暴走のリスクが高いね。
魔力変換効率も60%程度でお粗末なもんだ。」
ブツブツと独り言を言いながら、パーツをねめ回すように観察する所長。
流石は王立研究所の所長だけあって、一目見ただけで構造上の欠陥を見抜いている。
「君たちが作ろうとしている車も、これの焼き直しなのかい?
だとしたらガッカリだよ。
既存の技術を組み合わせただけのパズルなら、ボクが見る価値はない。」
メルディ所長は挑発的な視線をグレイブルに向けた。
グレイブルが困ったように俺を見る。
俺は一歩下がって、後ろに控えていたカレンに目配せをした。
(出番だぞ、カレンさん。
アンタの独壇場だ。)
カレンが無言で頷き、一歩前へと進み出た。
「ご安心ください、所長閣下。
我々が目指すのは、そのような旧来の技術の延長線上にはございません。」
「ほう?
大きく出たね。
君は?」
「カレン・マクダクル。
開発主任を務めております。」
カレンは魔導グラスの奥の瞳を鋭く光らせた。
「我々が開発している新型エンジンは、魔石からの魔力抽出に『粒子衝突励起理論』を採用しております。
これにより変換効率は95%以上、熱暴走のリスクも皆無です。」
「きゅ、95%だって!?」
メルディ所長が目を見開いた。
「そんな馬鹿な!
理論上、単一触媒での変換効率は70%が限界のはずだ!
熱力学の法則を無視しているとしか思えないね!」
「いいえ。
既存の物理法則に則った上での数値です。
ただし、魔石を『燃料』ではなく『触媒』として使用している点が、既存のエンジンとは根本的に異なります。」
カレンは近くにあったホワイトボードに、流れるような手つきで数式を書き始めた。
「動力、物理工学系はお任せください。
この空間には、魔素とは異なる未知の微細粒子……我々は仮にこれを『マナ・ニュートリノ』と呼んでいますが、それが充満しています。
我々のエンジンは、魔石の波動を使ってこの粒子を捕捉し、衝突させることで爆発的なエネルギーを取り出すのです。」
カカカカッ!
猛烈なスピードでボードが数式で埋め尽くされていく。
(……ちなみに、俺のメイン動力である『スーパータキオンエンジン(STE)』を使わないのかって?
無理無理。
あれは量子波動エネルギー機関だから、そもそも構造が違いすぎる。
爆発力をピストン運動に変えるような内燃機関とは相性が最悪だし、なによりブラックボックス過ぎてこの世界の素材じゃ再現不可能なんだよ。
だから俺は、元の世界の知識にあった『ニュートリノ』や『反物質』に近い粒子をこの世界で見つけ出し、それを魔力制御で安全に燃やす方法をカレンさん達に教えたってわけだ。)
カレンがボードに書き殴っているのは、その俺の知識を元に、この世界の物理法則とすり合わせ、独自に昇華させた完璧な理論(式)だった。
「な、なんだこの式は……!
魔力を燃やすのではなく、粒子を衝突させているのか!?
いや、この数式……美しい!
既存の魔導工学が子供の遊びに見えるほどの完成度じゃないか……!」
メルディ所長が食い入るようにボードを見つめる。
その額には脂汗が滲んでいた。
「さらに、車体制御に関してはセリカが担当しております。」
カレンに振られ、今度はセリカが進み出た。
「はいは~い!
車体のデザインと空力、それに『走行制御術式』は私が担当してますよ~。」
「走行制御術式?
ただの車体強化魔法と何が違うんだい?」
「全然違いますよ~。
従来の車は、スピードを出して空気の力を借りないとダウンフォース……車体を地面に押し付ける力が得られなかったじゃないですか?
でも私たちの車は、車体全体を包む結界そのものが、常に下方向への圧力を生み出すんです。」
「なんだって……?
速度に依存せずにダウンフォースを得るだと?」
「ええ。
これにより、発進直後の低速域からでもタイヤの最大グリップ力を引き出せるんです。
だからどんな急カーブでも、地面に張り付くように曲がれますよ。」
「な、なるほど……空力パーツに頼らず、魔法で物理現象を固定化するとは……!」
「それだけじゃないですよ~。
車体の底面には、逆に地面へ向けて『反発結界』を多重展開してるんです。
これが路面の凹凸に合わせて瞬時に強度を変えるので、どんな悪路でも車体は水平を保ったまま。
いわば『見えない魔法のサスペンション』ですね。
衝撃吸収性も抜群で、乗り心地は雲の上みたいですよ~。」
セリカが能天気に説明するが、その技術はカレンの理論にも劣らない、高度な多重魔法演算と空間認識能力が必要な代物だ。
魔法的なダウンフォースでタイヤを地面に食らいつかせ、反発結界で衝撃を殺す。
まさに魔法文明ならではの最適解だ。
最後にグレイブルが締める。
「そして、それら全ての部品製造と組み立てラインの管理を私が統括しております。
カレンの理論とセリカの術式を実現するためには、ミクロン単位の精度で加工されたパーツのみが必要不可欠ですからね。」
メルディ所長は、呆然と立ち尽くしていた。
「な、なんなんだ君たちは……。
田舎貴族の道楽だと思って来てみれば……。
ここは魔導技術の未来そのものじゃないか……!」
所長はガクッと膝をついたかと思うと、次の瞬間、カレンに飛びついた。
「すごい!
すごいよお姉さん!
この理論、もっと詳しく教えてくれ!
いや、ボクも研究に参加させてくれ!
こんな面白いオモチャ、ボクだけ仲間はずれなんてズルいぞ!」
「あ、あの、所長閣下?
近いです、顔が近いです。」
カレンが少し引き気味に対応している。
俺はその様子を、少し離れた場所から紅茶(カトリーヌ4号がいつの間にか用意していた)を飲みながら眺めていた。
(やったな、兄さんたち。
俺の知識があったとはいえ、それをここまで自分の言葉で説明できるようになったんだ。
もう立派なマッドサイエンティストの仲間入りだぜ。)
「ビャッ子ちゃん、なんか置いてけぼりですね~。」
横でシルビアが呟いた。
「いいんだよ。
俺はあくまで『可愛い妹』だからな。
難しい話は天才たちに任せて、俺たちは優雅に笑っていればいいのさ。」
「そうですか?
でもビャッ子ちゃん、顔がニヤニヤしてますよ?」
「……おっと、いけない。
ステファニーモード、ステファニーモード……。」
こうして、監査官による視察は、マクダクル家の圧勝(というか一方的な技術ハラスメント)で幕を開けたのであった。




