02-005 「教習所の教官は元戦車乗り」
翌日。
俺とシルビアは、王都の郊外にある『王立第三魔導車両教習所』へとやって来ていた。
今後、マクダクルホールディングスとして自動車事業を展開するにあたり、やはり開発者であり看板娘(?)である俺が免許を持っていないのは格好がつかない。
グレイブルも「宣伝のためにも是非!」と推してくれたので、こうして即日入学と相成った訳だ。
「ここが教習所ですのね。
思ったより……無骨ですわ」
「そうですねビャッ子ちゃん。
なんかこう、鉄と油の臭いがします」
俺は対外的な『ステファニーモード』でお嬢様言葉を使いつつ、周囲を見回した。
校舎はコンクリート打ちっぱなしのような簡素な作りで、コース内を走っている車両も、昨日見た高級車とは似ても似つかない、装甲車のような角張った鉄の塊ばかりだ。
(まあ、教習車なんてぶつけても良いように頑丈なのが一番だからな。
にしても、デザインが軍用車両過ぎないか?)
受付で手続きを済ませると、すぐに実技教習へと案内された。
この世界では筆記試験よりも実技が重視される。
魔導車両は魔力を動力とするため、ドライバーの魔力制御能力がそのまま運転技術に直結するからだ。
「おーい!
次の新人!
こっちに来な!」
コースの脇でドスの効いた声が響いた。
声の主は、身長180センチはあろうかという巨体の女性。
迷彩柄のタンクトップにカーゴパンツ、目元には古傷、そして口には葉巻(チョコ味のスティック菓子だったが)を咥えている。
(うわぁ……見るからに鬼教官じゃん……)
俺とシルビアは恐る恐る近づいた。
「ご機嫌よう。
本日よりお世話になります、ビャッコ・マクダクルと申しますわ。
こちらは従者のシルビアです」
「あぁん?
マクダクルだぁ?
ああ、あのケーキ屋のお嬢ちゃんか。
俺は担当教官のバルカンだ。
ここでは家柄も容姿も関係ねぇ。
あるのは『走るか』『止まるか』『死ぬか』の三択だけだ。
分かったか?」
「は、はい……分かりましたわ。
(死ぬの選択肢、要る?)」
バルカン教官は俺のヒラヒラしたドレス(お出かけ用)をジロリと睨んだ。
「なんだその格好は。
ピクニックにでも来たつもりか?
そんなスカートじゃペダルも踏めねぇぞ!」
「ご安心くださいませ。
これでも運動機能には自信がありましてよ?」
「フン、口だけは達者だな。
おい、あの車両に乗れ!」
指さされたのは、塗装が剥げ落ち、ところどころ凹んだ年代物の魔導四輪駆動車だった。
どう見ても廃車寸前である。
「シルビア、あなたは後ろの席に乗ってらっしゃい」
「は~い。
ビャッ子ちゃん、頑張ってくださいね~」
俺は運転席に乗り込み、座席の位置を調整する。
ハンドルは木製、計器類はアナログメーターのみ。
そして足元にはペダルが一つだけ。
これを踏み込みながら、ハンドルに埋め込まれた魔石に魔力を流すことで走る仕組みだ。
(ふむ、構造は単純だな。
ステファニーの演算能力があれば、魔力供給の最適化なんて造作もない)
「いいかお嬢ちゃん。
魔導車ってのはな、鉄の馬だ、鋼の暴れ牛でもいい。
とにかく!
お前の魔力をエンジンの鼓動に変えるんだ。
優しく、時に激しく……」
「行きますわよ?」
バルカン教官の精神論を聞き流し、俺は計算通りに魔力を注入した。
ギュオオオオオン!
完璧な魔力制御により、エンジンが理想的な回転数で唸りを上げる。
そのまま静かにペダルを踏み込むと、車体は滑るように発進した。
コース取りも完璧。
S字カーブもクランクも、センチ単位の精度でクリアしていく。
(ふっ、楽勝だな。
自動運転レベルの安定走行だ)
俺が内心でドヤ顔をしていると、隣でバルカン教官が舌打ちをした。
「チッ……つまんねぇ運転しやがって!」
「え?」
「お前の運転には魂がねぇんだよ!
機械みたいに正確に走りやがって!
ここは戦場じゃねぇんだ、もっと熱いパトスをぶつけろ!」
「ええぇ……(教習所って安全運転を教える場所じゃなかったっけ?)」
どうやらこの人、元戦車乗りらしく「荒っぽい運転=上手い」という独自の美学を持っているらしい。
安全に走っているのに「気合が足りない!」と怒られる理不尽な教習が続いた。
◇◇◇◇
休憩時間。
俺はグッタリとしてベンチに座っていた。
「お疲れ様です、ビャッ子ちゃん。
大変そうですね~」
「ああ……まじ疲れた。
まさか直角カーブをドリフトで抜けろと言われるとは思わなかった…」
「あ、あの教官さん、休憩中にビャッ子ちゃんの悪口言ってましたよ?
『あのお嬢ちゃん、腕はいいがつまんねぇ。
もっと暴れ馬を乗りこなすようなガッツが欲しい』って」
「無茶言わないで欲しい……」
すると、そこへバルカン教官が戻ってきた。
「おい、次は従者のネーチャン、お前がやってみるか?」
「えっ!
私ですか?
でも私、免許取る予定ないんですけど……」
「構わねぇよ。
見学してるだけじゃ退屈だろ?
特別に体験させてやる」
シルビアは「え~」と言いつつも、満更でもなさそうに運転席に座った。
実体化してハンドルを握る。
「私、運転なんて初めてなんですけど~」
「安心しろ。
魔力を流せば動く。
心のままに走ってみろ!」
「心のまま……分かりました!
行っきますよー!」
ブォン!!
シルビアが魔力を流した瞬間、車体が大きく跳ね上がった。
俺とは違い、加減を知らない(というか出来ない)シルビアの魔力が、ドカンとエンジンに注ぎ込まれたのだ。
「きゃあああ!
動き出したら止まりませ~ん!」
「おいバカ!
そこはブレーキだ!
いや、魔力を切れ!」
「魔力の切り方が分かりません!
わ~い、飛んでますよビャッ子ちゃん!」
暴走する教習車。
コースを外れ、花壇を乗り越え、片輪走行で爆走するシルビア。
後部座席の俺は必死にアシストグリップにしがみつく。
(ステファニーの耐衝撃姿勢、セット!
これは事故る!)
しかし、助手席のバルカン教官は高笑いしていた。
「ギャハハハ!
そうだ!
それだよ!
その『死と隣り合わせ』の感覚!
いい度胸してやがるぜネーチャン!」
「褒めてないで車止めてくださーーい!!」
結局、シルビアの暴走運転は、教習所の塀に激突する寸前に、俺が強引に身を乗り出して魔力供給ケーブルを引き抜くまで続いた。
◇◇◇◇
夕方。
ボロボロになった(元からボロボロだったが更に酷くなった)教習車の前で、バルカン教官がハンコを押してくれた。
「合格だ。
ビャッコ、お前の技術は認めよう。
だがな、時には機械の理屈を超えた『熱さ』が必要な時もあるってことを忘れるなよ」
「……肝に銘じますわ。
(二度と御免ですけど)」
「そっちのネーチャンも中々だったぞ。
戦車兵としての素質がある。
どうだ?
軍に入らないか?」
「遠慮しま~す。
私はビャッ子ちゃんのメイドですから!」
こうして、俺は無事に(?)自動車免許を取得した。
ちなみに、シルビアの暴走で壊した花壇の修理代と、教習車のバンパー代は、しっかりとマクダクル家に請求が来た。
グレイブルが請求書を見て「これ、本当に免許の必要経費……だよね?」と目が虚ろになっていたのは言うまでもない。
「さあ、これで公道を走れるな!
帰ったら早速、ミトゥヒシさんに納車スケジュールの確認しよう。」
「ビャッ子ちゃん、私も運転したいです!」
「駄目。
シルビアには絶対にハンドルは握らせん!
つうか飛べばいいだろ。」
「ビャッ子ちゃんだって自分で走ればいいじゃないですか!」
「ターボ婦女子なんて、人に見られたら困るだろうが。」
「私だってスカートなんだから、飛んでるところ下から見られたくないでーす。」
そんな会話をしつつ、俺たちは夕日の中、迎えに来たバスに揺られて帰路についた。
とりあえず、当面の目標である「免許取得」はクリアだ。
これで心置きなく、新事業へと邁進できるというものだ。
……あ、そう言えば。
家に帰ったら、増えすぎたカトリーヌ達の「個体識別」もしないといけないんだった。
あいつら、見た目が全部同じだから、誰が誰だか分からなくなるんだよな……。




