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原料屋

渓谷にて

作者: 十浦 圭

何作か書いている原料屋のシリーズの掌編です。少し不思議なお話であることが分かっていれば、他作品を読む必要はありません。

公開済みの「影街の火」の直後のお話です。

 渓谷をヤプーの群れがのろのろと進んでいた。

 長毛と巻角、蹄を持つヤプーは、見た目は山羊か羊の亜種といったところだが、実際は牛の仲間であり、畑仕事や運搬に向き乳が取れる。岩だらけのこの辺りの村でよく飼われている家畜だった。

 先頭のヤプーには誰かが横座りに腰かけている。暑い日差しを遮るようにマントを目深に被った人影は、大きなヤプーの背中であることを差し引いても小柄だ。砂塵を巻き上げる風に、ぷらぷらとモカシンを履いた足が揺れている。

 こつんこつんと蹄が岩肌を進む。やがて岩しかなかった寒々とした景色に、唐突に鮮やかな赤色が現れた。

 それはテントだった。よく見れば少し日に焼けた、小さな朱色の布テント。薄い布と細い骨は簡素で、ある意味この景色に合っていると言える。

 ヤプーの上の人影が身を乗り出すのと、テントの入り布が捲られたのは、同時だった。

 小さな隙間をくぐるようにして青年がテントを出た。白のシャツに黒の袴の書生スタイルで、その姿だけが景色から奇妙に浮いている。

 男が眩しそうに片手を掲げて、初めてヤプーの群れに気が付いたようにそちらを見た。

「やあ」

 ひらり、と手が振られる。やわらかな声に応えてか、人影がヤプーの上からひらりと飛び降りて、被っていたマントを脱いだ。

「ヤア、原料屋じゃあないか」

 はらり、と金色の三つ編みが落ちる。シルエットが小柄なのも道理で、現れたのはまだ十分に幼い少女の横顔だ。

 ひらりと袖を翻して少女が後ろに合図を送る。ゆっくりゆっくり進んでいたヤプーの列が、進んでいたスピードに従ってゆっくりと止まった。

「久しいね。この辺りで商売かイ?」

「どちらとも言えないな。目的地というよりは通過点の方が正しいかもしれない」

 ちらりとテントを見て原料屋が答える。

「影の街まで行ってきたところなんだ。街を出る駱駝車にこの道の先まで、と頼んだんだが、こんなところで下されてしまった」

「こんなところとはご挨拶ダ」

「気を悪くしたなら悪い」

「まさか、僕らだってそこまで心が狭くはなイよ」

「ならよかった」

 ふふ、と笑う少女に原料屋が肩をすくめる。そのまま視線をヤプーの群れへ向けた。何十頭になろうかという獣たちは大人しくそこらをぶらぶらうろついて、時折岩の隙間の草を食んでいる。

「今年のヤプーは皆なかなか立派だな。この冬は過ごしやすいかもしれない」

「ああ、ウン」

 目を細めて二人はヤプーを見た。砂塵を巻き上げる風が、ごわごわと長い獣の毛を揺らす。

「サテ」

 ぱちり、と長い睫毛を瞬かせて、少女が傍らの原料屋を見上げた。

「村に行けばヤプーの角も骨もとってある。そっちが望むならだが、僕らと一緒に村までくるかい?」

「実はその申し出を待っていたんだ」

 少女の言葉に笑いながら原料屋が答えた。

「今日は食料の持ち合わせは少ないんだが、その分、機器類は豊富に持ってる。損はさせないと思うぜ」

 少し待ってくれ、と言って青年は踵を返す。袴の裾がぶわりと風を受けて開いた。

 そのままテントへと向かう原料屋をよそに、少女は指笛で散らばったヤプーを集める。こつんこつんと蹄の音を立てながら、大人しくヤプーたちは少女の指先に従って列を作る。

 がしゃん、と音がして少女は横目でそちらを見た。

 細い鉄の骨を折って、原料屋はテントを手早く片付けている。書生姿の上に、先ほどまで着ていなかった薄青い羽織をはおっていた。

「暑くないのか」

「まあ、それなりに」

 呆れて言った少女に呑気な相槌を返しながら、原料屋が荷物を背負った。よいしょ、と言いながらヤプーの群れに並び、隣に立つ小さな金髪を見下ろす。

「お待たせ」

 じゃあ、行こう。

 こくり、と頷いて少女がひらりとヤプーの背に飛び乗った。こつり、こつりと蹄が鳴ってヤプーが歩き出す。

 獣がのろのろと列になって進んでゆく。さらさらと砂塵が岩の上を吹かれてゆく。



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