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嵐のち、大嵐到来

 告白した日に、こんな醜態さらされるなんて、災難だなこの人。

 涙で汚れたルーのジャケットの肩を見て、私は申し訳ないと思うと同時に、笑いもこみ上げてきた。

 病んでる人だと思ったけど、今は普通だ。すました顔がおかしい。


 泣くだけ泣いたら、不思議と心が落ち着いた。ずっと言いたかったことをはき出せたのが大きかったんだと思う。

 とりあえず、頑張ろう。そう思えるようになった。

 腹をくくったら、急に前向きになったような気がした。

 だって一度死んだようなものだし。

 それに、病院のベッドで寝たきりで、元の生活に戻るのは難しいって言われてた事もあるし。

 あれに比べれば、貴族で美少女で元気な今は、はるかに恵まれている。

 群れてヒソヒソ言ってるだけで、面と向かって何にも言ってこないようなご令嬢やお坊ちゃんなんて、恐るるに足らずだ。

 どん底だった意識が急浮上した私は、一周回って無敵な気分にすらなっていた。


 私は、国でも古い家柄で、家格も高いらしいクランシー伯爵家に感謝した。おまけに、自分で言うのもなんだけど、お父様は私を大事にしてくれている。侍女のエミリーは優しくて、私に親身になってくれる。

 この世界に来て、良い事だってたくさんある。

 まずは、自分に何が出来て何をするべきか考えよう。マナーや教養も身につけなきゃ。


 変な脳内麻薬が出たようで、あれこれやることが思い浮かんでくる。

 話を聞いてもらえたのが良かったんだろう。

 きっと私は弱音を吐きたかったんだ。

 でもそれは許されないと思いこんでいた。

 アリアンロッドは弱音をはかない。私の中の選択肢はそれしかなかった。

 でも、この人が私を泣かせてくれたんだ。


 気がつけば私はルーの家の馬車に乗っていた。うちの馬車は帰したという。

 目の前で向かい合わせに乗っているルーをじっと見つめると、

「きちんと家に帰すので大丈夫ですよ」

と言われてしまった。そんな意味で見つめたんじゃなかったのにな。


 ともかく、気が楽になったのはこの人のおかげだ。

「ありがとうございます。……頑張りますので……末長くよろしくお願いします」


 我ながら気恥ずかしい台詞だ。末長くよろしくなんて、結婚の挨拶で三つ指ついて言う言葉みたいじゃない?

 私はプイと横を向いて、窓から景色を見ている振りをした。

 一応私たちって、恋人同士ということになるんだろうか。

 でも密室状態で、思わせぶりに見つめるとかムードを出すとか、今の私には出来ない芸当だ。


「うん、こちらこそ」

 横目で見たルーの顔は笑みを浮かべて、落ち着いている。

 照れたり、そういう顔をしない。

 それにちょっと口惜しくなった。

 私の事を好きだという割には、冷静だよね。言動はヤンデレだったのに。

 そう思って、ふと気づいた。


 ――私、好きなんて言われてない。

 この人が言った言葉は、あなたは僕を好きになって下さい、だ。

 将来を誓い合った、とかそんな事は言われてる。

 でも、肝心なひとことがない。


 この人、私の事を好きなんだよね? 将来を誓い合うってそういうことだよね?

 私は不安になって、まじまじルーを見つめた。


「どうしました? 寒いですか?」

「いえ……」


 慌てて目をそらして、私は考え込んだ。

 確かに私を心配してくれてるっぽいけど――恋する男の目、じゃなくない?

 馬車の中に二人っきりなのに、浮ついた雰囲気なんて毛ほども感じられないし。

 あれ?

 それとも私がよくわからないだけで、これが恋なの?

 足先に大きな落とし穴が広がったような気がして、私はそれを気づかなかったことにしたかった。

 さっき感じた安心感がばらばらに壊される気がして、考えるほど無敵の気分が空気の抜ける風船みたいにひゅうっとしぼんでいく。


 まだ関係は始まったばかり。

 恋愛関係の雰囲気なんてよくわからない私に、判断はつかない。

 しっかりしなきゃ。

 信じたいけれど、しっかり見極めていかないと痛い目にあうのが貴族社会だ。

 二枚舌なんて当たり前。

 でも、さっきの言葉は、本当だと信じたい。優しい手つきや、案じるような眼差しも。


「……どうしました?」

 とりとめなく悩み続ける私は、無意識にルーを見つめてしまっていた。きょとんと首をかしげ、彼は大天使のような笑顔を私に向ける。

 目のやり場に困って、私はぶるぶる震えた。


 この人こわい。あざとい仕草が全然あざとくない。むしろ天使。地上に降りた大天使と口走りたくなる。

 目の当たりにしたジェラルド王子も騎士ウォルターも、そりゃあイケメンだった。でも、あの二人は固さというか、それぞれの地位や職務に根ざしたオーラがあったから、そばにいてもあんまりふわふわした気分にならなかった。


 でもこの人、よく見たらなんかオーラが優しいというか、ふわっとした雰囲気なのよ。

 受けとめてくれそうな、私みたいに悩み多き人間が自分語りをしたくなりそうな。

 なんなのこれ。聖職者の血筋だからなの?

 ――もしかしたら、ものすごい罠にはまってしまったかもしれない。



 これからを案じはじめる私だったが、翌日のいきなりのジェラルド王子の来訪に、この出来事は嵐の前兆に過ぎなかったと知る。

 王子は通された部屋に落ち着くや、抱えきれないほどの薔薇の花束を私に押しつけて、こうのたまった。

「俺のせいで本当に申し訳なかった!! 責任はとらせてもらうから!! 今日は結婚の申し込みに来た!!」


 お茶の用意をしていたエミリーが凍りついた。

 死ぬほど重い花束を抱えて、私は遠い目になった。

 花がかさばりすぎて王子の顔は見えない。その口調は、道場破りのごとく気迫がこもっている。

 でもこれもきっと、恋とかそんなんじゃないよね。

 王子、私と会った時はいつも、すごく申し訳なさそうな悲痛な顔してたもんね……。


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