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3/5

こころの距離

「――どうしました? ぼんやりしているようですね」


 つながれたままの手の先で、ルーが私にいたわるような微笑みを向けてくる。

 貴公子の見本のような綺麗な笑顔だ。

 この世界に来た時を回想していた私は、はっと我に返ってごまかすように笑ってみせた。


 これからどうなるんだろう。

 恋が始まるんだろうか。私はこの人を好きになれるんだろうか。

 アリアンロッドとして。


 まだ、私とアリアンロッドの意識には隔たりがある。

 だからどうしても人ごとみたいな考え方になってしまう。

 こんな意識はやめなくちゃ。私はアリアンロッドになるんだから。

 もっとしっかりしなきゃ――。


「ひゃっ!?」

 思わず令嬢らしからぬ声が出た。慌てて私は口をふさぐ。

 頭ひとつ分低かった視線が、今は並んでいる。


「な、な、何を……?」

 ルーは私を抱え上げていた。いわゆるお姫様抱っこという奴だ。

 慌てる私を尻目に、ルーは涼しい顔をしている。

「失礼。お疲れのようですから」


 私の体にさわろうが、かけらも動揺してない様子に、なんだかイラッとして私は平然と対応することに決めた。

 私は荷物か。そんな感想も浮かぶ。


「――まあ、ご親切に。ありがとうございます」

 あれ? アリアンロッドってこんな子かな? まあいいや!


 つんと肩をそびやかす私を何と思ったのか、ルーは一瞬目を見開いてクスッと笑う。

 何がおかしいのよ。


「君とはこれから頑張っていかなければいけないですから。――末長くよろしくしたいと思っているんですよ。だから、元気になってほしい。今は、色々な事で混乱してるだろうと思いますが」


 何を頑張るというんだろう。

 ルーの顔を見ても、何も読み取れない。

 でも、最後の台詞はやっぱり、今までの私の奇行についての事なんだろう。落ち込んだけれど、変に取りつくろわなくてすむと思えば、少し安心もした。


「こんな私の、側にいてくれるんですか? ずっと?」


 思わず言葉が転がり出て、私はしまったと思った。心細さと卑屈さがついにじみ出てしまった。

 ずっとなんて言葉、使うべきではなかった。

 貴族の恋愛なんて、火遊びばっかり。重い女だと思われたくない。

 ましてや、卑屈な女なんて知られたら、みじめだ。


(嫌になられたらどうしよう)

 一瞬そう思ってしまった自分を殴りたくなる。

 いくら優しい言葉をかけられたからって、チョロすぎるだろう。しっかりしなければ。私はこの人を何も知らない。

 遊びで声をかけてくる貴族なんていくらでもいるんだし、情熱的――ヤンデレな台詞だったからって、真心があるかなんてわからない。


 あれこれぐちゃぐちゃ考えていた私だったが、ぽんぽんと背中をあやすように叩かれて、はっとルーの顔を見た。

 何も言わないけれど、ルーの顔は真剣に私を心配しているように見える。

 目が合うと、気遣うように笑ってくれた。


「最近、ずっと元気がなくて思い悩んでいるように見えたので、大丈夫かと思ってたんですよ。ちょっと前はあんなに活動的で、武勇伝もいろいろ聞こえてきたのに」

「ずっと見てたの……ですか?」

「はい」

 ぽんぽん、と私をあやすルーの手はゆっくり動き続けている。


「これからは、何でもいいから僕に話してください。君の事を知りたいんです。君の事をよくわかりたい。――それが、僕にとって大切なことなんです」


 何かを思い出しているのか、伏せられたルーの眼差しは揺らいでる。

 しかし、私のドレスにこぼれ落ちる水滴に、ぎょっとして顔をあげた。


「何? 何が悲しいんですか?」

「えっ?」

 ほとんど無自覚に私は涙を流していた。止めようと思っても、後から後からあふれて止まらない。


 誰かに話したかった。

 自分の話を聞いてほしかった。

 でも、これ以上心配かけたくないとか、変な目で見られたくない、話したら負担になるかも知れない、そんな考えで、私は誰にも自分が思っていること、常識がよくわからないとか、お父様が私を引き取ったのを後悔しているんじゃないかとか、誰を信じたら良いのかとか、そもそも私はアリアンロッドじゃないとか、言いたいことを全部封じ込めていた。


 アリアンロッドは愚痴ひとつこぼさず、新しい環境に慣れようと頑張っていた。だから、私もそうしなきゃ。

 無意識にそう思っていたように思う。

 だから私はそうするはずだった。

 でも。


「違う、嬉しかったの……」

 本音を言ってしまえば、涙と言葉は、次々にあふれてきた。


「何もわからなくて、気がついたら遠巻きにされてて、珍獣みたいに見られてて、お父様に迷惑をかけたくないし、エミリーも悲しませたくなくて、どうしたらいいかわからなくて」


 ぐちゃぐちゃだろう泣き顔を見られたくなくて、ルーの肩口に顔を伏せた。ベルガモットの香りが、不思議と落ち着く。

 ルーは合間合間に相づちをうって聞いてくれていた。

 きっと何を言ってるのかわからないだろうに。共感して、話を聞いてくれている、それだけで嬉しい。


「私、これからどうしたらいいんだろう……」

 ごめんね、こんな事言っちゃって。

 これはアリアンロッドの言葉じゃない。私の気持ち。


「――とりあえずは、僕と一緒にいればいいですよ。ふたりでゆっくり考えましょう」

 優しい声が胸に染みる。


「……ありがとう」

 ごめんね、と心の中で何度も謝った。明日からはちゃんとアリアンロッドになれるように頑張るから。

 だから、今だけ許してほしい。

9/7 表記揺れなど直しました

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