トクソテスの神弓:5
拝啓・オリベア
うちにあった手記はこれで最後だ。君と君の家とはこれからもお付き合いを続けていきたいと考えているんだ。もし良かったら文通相手になってくれないかな?月に1度でいいんだ。
その後、オリベアが文通相手になったかどうか、バルトがどうなったかは想像に難くない。
上を見上げながら何か手掛かりがないかさがし続けていると、ポラリスが声を上げた。
「カウスさん!」
ポラリスはトクソテスの鎧辺りに立って天井を指さしている。
「そこか?さっきその辺りを見た時は何も見当たらなかったぞ?」
言いつつポラリスが立っていた場所に立ってみるとトクソテスの紋章が映し出されている!
「あんな物、さっき見た時はなかったはずだけどなぁ?」
「ある角度から見ないと見えないインクがあると聞いた事があります、それじゃないですか?」
この世は広いねぇ、さて…矢筒から残った最後の1本の矢を取り出す。
「待って下さい?それって失敗したら…」
「おしまいだな。文字通りに」
ポラリスの顔が青ざめていく。
「安心しろって、俺の弓の腕前はお前も知ってるだろ?」
「でも、でも…」
「俺の事を?」
「…信頼する、ですね。はい、何も言いません!」
矢を弓につがえて引き絞る。集中…集中…
「お前横から心配オーラ出すのやめろ!」
矢を弓から一旦外し、隣でそわそわしているポラリスに向かって叫ぶ。
「だってぇ…」
ポラリスを下がらせてまた弓を引き絞り、様々な思いを込めて放つ。執念、希望、不安、記憶…
カーンという高い音が金づくりの部屋に響き渡った。緊張が走る。すると紋章がうっすらと光り紋章を中心として綺麗な円形に天井が抜けてゆっくりと降りてきた。その円盤は地面につく直前でふわりと止まった。
ポラリスと顔を見合わせる。
「よし、行くか。」
「わ、罠だったら?」
ポラリスの言葉に天井の円盤が降りてきた所を見上げる。
「まぁその時はその時だろ。」
円盤の上に乗り、手を差しのべる。
「お乗りになりますか?お嬢様?」
そう言うと少し緊張がほぐれたのか
「はい」
と笑いながら乗ってきた。
円盤は音もなく上昇し、元はめられていた所にピタリと収まった。そして天井裏には別の部屋が広がっていた。白い壁がドーム状に丸まっており、向こうには外に繋がっているであろう出口、部屋の中心には古代語が刻まれた高さ1m程の台座、そしてその台座の上には…
「トクソテスの…神弓…」
ゆっくりと近づき、神弓に触れる。弓幹は白を基調として金色の装飾が入っているが、不思議とゴテゴテしさは感じない。一目でわかる、名弓だ。
「素晴らしい…これ程の弓は見たことがない。」
ポラリスもしきりに弓の周りをぐるぐると回っている。
「でもこれ、人間には使えそうもありませんね。」
その一言にため息をつく。
「折角のいい気分が台無しじゃないか…」
だがポラリスの言う通りだ、鎧が俺よりも大きかったように、この弓も巨大だ。通常の2倍以上はある、長弓とかそういうレベルではない。
「まぁ、引きずってでも持っていくけどな。」
そう言って弓を台座から取った瞬間、バシュッという軽い音と共に弓が光に包まれた。
光が弱まっていくと手に握られていたのは俺の手にしっかりと馴染む小さく、人間サイズになった神弓だった、
「おぉ!」
「良かったですね!カウスさん」
試しに弦を引いてみると、引いただけで矢が生成された。これは詰まるところ、矢を必要としない事になり、矢筒から矢を引き抜くタイムロスが存在しない事を意味している。流石神弓、生成された弓を放つと弦が鈴のような軽い、美しい音と共に鳴った。
だが、喜びに浸っている間はなかった、上のドームがふたつに別れ、再びあの刺のついた壁がゆっくりと現れたではないか!
「まだ台座の古代語を読んでないのに!」
叫んで台座に飛びつく。
「えーと、なになに…」
後ろでポラリスが叫ぶ。
「何してるんですか!早く逃げましょうよ!」
「まぁ、待てよ。古代語は読むのに時間がかかるんだ。」
「何言ってるんですか!」
これは神弓の説明書みたいなものか、弓を引くと自動で矢が生成される、他にも火矢、毒矢、煙…矢?、光矢?なんて聞いた事がないな…んで…さらに大きさは5段階調整可能、マジか!防水機能付きでアンティークとしても…
そわそわというかガクガクというかぶるぶるしているポラリスに話しかける。
「少し落ち着いたらどうだ?」
「命の危機だってのにこれが落ち着いてられるかぁ!!!アンタも少しは焦れぇ!!!」
口調すら変わってしまったポラリスに肩を掴まれ吐きそうになる程揺さぶられる。
「なぁ、よく見ろよ。いま上から迫ってきてる刺付き天井には穴はなく、部屋の中心には台座。」
「つまり?」
「台座がつっかえて天井は地面につかない、台座より下に伏せれば安心だ。あ、ふせろ」
ポラリスが伏せると同時にズンという太い音と共に台座によって天井の下降がとまる。
「な?」
ドヤ顔でそう言った瞬間ミシリという嫌な音がする。見ると台座にヒビが入っていた。
「どうします?落ち着いてお弁当でも食べますか?」
ポラリスが嫌味たらしい顔で聞いてくる。
「いや、逃げよう、超逃げよう。」
たった1m上は刺である。神弓を肩に掛けてほふく前進のようなかっこうでドーム状の部屋から出口に向かって這い出す。後ろからはビキ、バキ、とかいう音がしており、心臓に悪いことこの上ない。ポラリスが部屋から出て、俺の足が部屋を出た瞬間天井が落ちた。
「あ、危ねぇ…」
しかし今度は迷宮自体が揺れ始める。
「崩れるな」
「だからアンタは焦りを覚えろぉぉお!!!」
ポラリスと一目散に出口を目指して走り出す。
「ちょっとまずいな」
「え?」
全力疾走しながら呟く。
「俺達は1階から入って宝物庫で円盤に乗って上に上がったな?」
「は、はい!」
「そしてこの出口はそこから下がっていない、つまり空中に放り出されるかもって事だ。」
絶句しているポラリスを横目にケラケラと笑う。
「まぁなんとかなるだろ。あ〜楽しい。」
出口の光が近付いてくる。
「「せーの!」」
二人で飛び出すとやはり空中に放り出された。と同時に2人の体が風に包み込まれて宙に浮く。風魔法だ。
「詠唱が間に合って良かったです…」
ホッとした表情のポラリスの杖を見ると嵌め込まれた宝石が光っている。
「おぉ!流石ポラリス!お前と組んで正解だったわ!」
褒め言葉を雨霰とぶつけるとポラリスの頬が緩む。
「褒めても何もでませんよ~全く~」
風に包まれたままふわりと着地した。そのままガラガラと崩れ去ったトクソテスの神殿を眺めながらぽつりとポラリスが呟く。
「私達、生きてます?」
「多分…生きてるはず。」
それを確認した後、二人してその場にへたり込んだ。
「今日だけで10年は寿命が縮みましたよ…」
「これがあと11回だから120年は寿命が縮むな、頑張れ」
軽口を叩きながら起き上がり、泥を落とす。
「後悔、してるか?」
ポラリスに少しの不安を感じながら聞くと、ポラリスはふわりと笑った。
「いいえ、楽しかったですし。」
「呆れたね。なんて女司祭だ。」
まぁ、なにはともあれ…
「疲れたなぁ」
「お腹空いたぁ」
昨日中に出したかったです。