イクテュエスの帯:6
オリベアの手記
良い話が一つと悪い話が一つ。
良い話はひいひいお爺様の手記の一部を持っている人が見付かった事。
悪い話はそれが私とお見合いした相手だって事、1日中微笑みっぱなしで顔の筋肉画おかしくなりそう。
疲れた。
あまりもたもたしていては自分で自分を絞め殺してしまう。
(すまん、ポラリス)
ポラリスに当て身を当てて気絶させる。と同時にポラリスの首から手が離れた。同じようにキロンも気絶させると壁に寝かす。
目の前にあったはずの壁はない、もしかしたら最初から幻覚だったのかもしれない。楕円形の穴に近づいて手を伸ばしてみる。やはり透明な壁は無く、外の冷たい風が手をなでる。頬をかいてから振り向くと思いっきり何かに抱きつかれた。
「カウスさぁぁんっ!!!」
「ぐふっ!?」
いきなり走った衝撃にバランスを崩して塔から落ちそうになる。腰を見るとポラリスが抱きついていた。
「夢じゃないんですよね!?生きてますか!?」
「生きてる!生きてるから!」
そう言ってもポラリスは俺を離そうとしない。
すると同じように気絶から目覚めたキロンがヴィーラから貰ったナイフを拾い上げた。俺達を救ってくれた大切なナイフだ。キロンが俺にナイフを渡してくれる。
「これを作った人は読書家だったのね。」
「え?」
するとキロンは刃に刻印された言葉をなぞった。
「『本当に大切なものは目に見えない』ある本にこの言葉が出てくるの、なかなかの名作よ。」
へぇ…『大切なものは目に見えない』…ね…。
月が南中したから、かれこれ4時間いることになる。そろそろ頂上が近いはずだ。
さて、螺旋状の建造物というのは見通しが悪く、トラップを仕掛けるには最適だったりする。他にも敵が攻めてきた時に、不意打ちをしかける事だって出来る。そう、不意打ち。
「ほら、とっとと歩け!」
俺達の背中を小突いてくるのはキロン達を襲って俺達に撃退されたあの盗賊達だ。まさか曲がった瞬間に矢を構えられているとは思いもしなかった。
「執念深すぎだろ…」
俺が呟くと二人の盗賊のうちの一人が笑った。
「へっ、何かあるとおもって着いてきたらまさかイクテュエス神殿の謎を解いてくれるとはなぁ」
もはや盗賊然とし過ぎてて逆にガッカリだ。そんな事はともかく…
「お前らいつこの塔に入ったんだ?俺達が一番乗りだったはずだが、なぁ?」
隣のポラリスに顔を向けると無言でコクコクと頷くポラリス、
すると二人の盗賊は顔を見合わせた
「…俺達が一番乗りじゃねぇのか?」
盗賊たちの話はこうだ、ゴンドラを降りた俺達を追って観光用ゲートを飛び越えたら俺達の姿は無く、塔が沈み始めているところだった…らしい。
「…もしかしたら幻覚かもしれんな…」
俺の一言に全員の肩がビクッと跳ねる。
「ど、どういう事ですか、カウスさん?」
俺は盗賊達を指さして
「お前らが見ているのは俺達の幻覚かもしれん」
今度は自分の方を指さして
「逆に俺達がお前らの幻覚を見ているのかもしれん」
そう言うと全員の顔が青ざめていく。
「そ、そんな訳あるか!ありえねえよ!」
盗賊の張り上げた声にキロンが首を降った。
「ありえなくないでしょ、この神殿は幻覚系のトラップが多いし、恐ろしいほどリアリティがあるのよね。」
そこまで言うと今度はポラリスが恐る恐る口を開いた。
「あの…盗賊さん達は5人ぐらいいましたよね?他の人は…?」
「どうせ死んだんだろ。」
俺が事も無げにそう言うと盗賊の一人が剣を抜きかけた、もう一人がそれを抑えつける。
「兄貴!」
「離せ!この野郎ただじゃおかねぇ!」
「そもそも盗賊のくせして神殿に挑んでんじゃねぇよ、こっちの商売の邪魔すんな」
そーだ!そーだ!と後ろからキロンも小声で追随する。
「なんだと!?」
「お?やるか?」
雰囲気が危なくなった瞬間、ポラリスがぐいと間に入った。
「カウスさん!言い過ぎです!いくら相手が盗賊とはいえ最低限の気遣いはするべきです!」
そして今度は兄貴と呼ばれた盗賊の方を向くと
「兄貴さんも軽率です!神殿は危ないんですからそこはしっかりと考えるべきでした!」
「「…はい…」」
なんでか二人して頭を下げた。
さて、思い返して見れば盗賊とは脅す側と脅される側だった訳で。そしてそれは今も変わっていない訳で。
ものの数分もすれば俺達を脅しながら塔を登る盗賊という図に逆戻りしていた。ため息をついてなんとなく後ろを振り向く。するとそこには、塔に幾重にも巻きついた大蛇が鎮座していた。
「!?」
「?なんだ、どうし…」
俺の違和感に気づいた弟分のようだった盗賊は、その全てを言い切る前に後ろから蛇に丸呑みにされた。他の三人も後ろを振り向き、事態に気づく。
「弟よ!」
兄貴とやらが叫ぶとその声をかき消さんばかりに蛇が喉を震わせた。
「キシャァァァァァァァアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!」
「また走るのかよ!?」
4人で一斉に走り出す。
「カ、カウスさん!あれも幻覚ですか!?」
走りながら話しかけるポラリスに首を降る。
「もしあれが幻覚だとしても確かめる方法がない!本物だと思い込んで逃げるしかないだろうな!」
有難いことに、走り出してすぐにイクテュエスの紋章が彫り込まれた扉が近づいてきた。兄貴と呼ばれていた盗賊が扉に体当たりをして扉をぶち開けた。全員で部屋になだれ込むと俺とキロン、そしてポラリスで扉を閉める。バン!バン!と蛇が外から扉を叩き壊さんばかりに体をぶつけてくるので三人とも動けない。しかし部屋には…
「こ、こりゃすげぇ!」
兄貴とやらが叫ぶ。まぁ無理もない目の前には恐ろしいほどの金が山積みになっているのだから。どれも金で作られた家具で、所々に宝石も埋まっている。
「お前!そんな事よりこっち手伝え!この扉を壊されたら全員喰われるぞ!」
叫ぶと兄貴がこちらを向いた。
「安心しな、蛇が入ってきてもまず喰うのはお前らだ。その間に俺はとっとと逃げさせてもらうぜ。」
「くそっ、お前!」
殴りかかろうとするも、扉に体重を掛けていないと開けられてしまう、蛇の力も段々と増してきている気がする。
盗賊が金の山に足を1歩踏み出した瞬間、盗賊の足元に穴が生まれた。
「う、うわぁぁぁぁぁ…」
足を滑らせ深い闇の底に落ちていった盗賊を見ながら何か考える暇も無いほど蛇の力が強い。このままだと開けられるのも時間の問題だ。
「カウス!」
キロンが必死に叫びかけてくる。
「は!?」
「私の事、信じてくれる?」
「なんだって!?」
「この扉を開けたいの!」
ほんの少しだけ、頭を回転させようとして止める、考えたって意味は無い。
「…分かった、信じてるぞ。」
そう言いポラリスと扉を離れた。
ドカン!
扉が大きくたわみ、戻った瞬間キロンが扉を大きく開け放った。
「『大切なものは目に見えない』ってね。」
そしてそこには新たな通路が作られていた。
俺達は下から上ってきて部屋に入った、扉の向こうには下へ戻る通路があるべきだ。しかし扉の向こうには上に向かう通路が広がっている。ありえない…と言いたいところだが、神殿の無茶苦茶具合は身をもって知っている。
新たに生まれた通路には今まで通路に添ってあった楕円形の穴が無くなっている。もしかしたら全く別の土地に転移した…という事も考えられなくはない。
まぁ何はともあれこの上にイクテュエスの帯がある事は間違いない。登り始めようとして膨れているポラリスが目に入った
「…どうしたんだよ、お前。」
聞くとポラリスは
「なんで開ける時私にも言わなかったんです?」
「ん?」
「私にも一言話して下さいよ!なんで二人だけで話して決めちゃうんですか!」
「おぉ…分かった分かった」
「私はカウスさんの!相棒なんですからね!」
そう言いズンズンと上に登っていってしまうポラリス。
「なんだ?あいつ…」
「知ーらなーい」
キロンは投げやりにそういうと俺を追い越していってしまった。
通路の幅は随分と狭くなった。通れるのは二人がやっとだ。
薄い水色のレンガで囲まれた通路の行き止まりには…
「「「イクテュエスの帯!」」」
古代語が書かれた台座にそっと置かれているそれは、これまでの命懸けの冒険の対価としてはとても釣り合わない程質素に見える。
恐る恐る帯を手にしてみると、なんとも言えない肌触りだ。今までに触った事の無い滑らかさに驚いていると
「やったー!!!」
狭い空間にキロンの叫び声が響いた。どうやら目的の『イクテュエスの書』をあちらも手に入れたらしい。
すると行き止まりだったはずの台座の向こうに四角い穴が開いた。
「出口か?」
俺の呟きにキロンが頷く。すると水を飲んでいたポラリスが口を開いた。
「でも、あんな所に出口があってもここ相当高い所ですよね?風魔法でもカバー出来るかどうか…」
出口に近づき外を見てみると、そこにはありえない光景が広がっていた。
「あれ?」
なんと地面がある、しかも周りは坂がぐるりと囲まれている。
「これ、入口だ。」
なんと出口=入口だったらしい。外に出て見るも、特に変わった事は無く、幻覚でもないようだ。
三人で塔を出て、神殿を見上げる。
「これが後九個…ちょっと頭痛くなってきたな…」
「あ、諦めたらそこでおしまいですよ!一緒に頑張りましょう!カウスさん!」
「次は『レオンの牙』ね!楽しみ~」
三人の声が夏の夜空へと吸い込まれていった。
次回は再来週木曜に更新です。
これまでのダイジェスト&解説をやります。
作品内で「ここ意味わからんぞ、このダメカマキリが!」って所があれば言ってください。解説入れます。