イクテュエスの帯:2
オリビアの日記
明=ハレーちゃんからまたお手紙が届いた…。お返しの手紙にお人形をつけてあげたら凄く喜んでくれたみたい…。顔を見たいと書いてあったから肖像画を贈りあったらそれから手紙での私の呼びが『お姉さま』なのよね…。嫌な予感がしたりしなかったり…。
酒屋から出て、散歩がてら水路を眺めてキロンと話す。
「私はね?本を集めてるのよ。」
「本?」
トレジャーハンターの生計の立て方は1つ、迷宮内の物を売る、だ。あと迷宮内を地図にして後続のトレジャーハンターに売ったりするが、フェイクも出回るし、あまり売れない。
「本なんて売れないだろ、一体何の為に…」
「趣味よ、趣味。」
キロンは事も無げに言い放つ。
「私は本が好きなの。そして迷宮には誰も読んだことのない本がゴロゴロあるわ。」
語るキロンの目はキラキラと輝いている。
「それで難しい迷宮に本を求めて挑むうちに凄腕とか言われるようになっちゃって…」
「なぁ、ポラリス、それ一口くれよ。」
「イヤですよ!これすっごく美味しいんですから!一口たりともあげる気はありませんからね!?」
「ケチだなぁ、それでも司祭かよ。」
「ちょ、ちょっと!私の話聞いてた!?」
キロンが俺とポラリスの間に入ってくる。
「話がなげーんだよ、もっと簡潔に話せや。」
「なんですって!?」
「まぁまぁ、二人とも…」
今度はポラリスが俺とキロンの間に割って入る。
「それでキロンさんはなんで私達に声をかけたんですか?」
キロンは咳払いを一つしてから話し始めた。
「実は珍しい本がこの国の迷宮にあるらしいの、でもその迷宮は1人で挑むのには難易度が高くて…」
「それで私達に声をかけたんですか?」
キロンが頷いた。
「弓の腕も確かみたいだし、心強いと思ったの。」
「最初っからそう言えばいいのに…面倒くさ」
「はぁ!?」
俺が呟くとキロンが喰ってかかってくる
「はいはい、二人とも!落ち着いて下さい!」
ポラリスが割って入る。
「実は私達もこの国に用があるんですけど…その迷宮って何ですか?」
するとキロンは視線を逸らして、上を見たり下をみたりしてから呟いた。
「実は…イクテュエス神殿なのよね。」
「…なぁんだ!なら良かった!実は…」
話を続けようとしたポラリスの口を塞いで、近くのゴンドラに声をかける。
「13番通りの厩舎付きの宿まで頼めるか?」
「はいよ!」
威勢のいいゴンドリエーレに金を渡して口を塞いだままキロンと三人で乗り込んだ。
「何するんですか!」
船に乗り、手をポラリスの口から離した瞬間ポラリスに思いっきり杖で殴られた。ポラリスをなんとか落ち着かせながら訳を話す。
「尾行されてたんだよ、男二人にな。」
「はい!?」
「多分キロンの髪飾りが龍の瞳だって事を俺が言っちゃったからだろうなぁ」
「だろうなぁ…って!」
尚も喚くポラリスを横目にキロンの方を向いて、両手ほどのサイズに小さくしたカルキノスの盾と肩にかけたトクソテスの神弓を見せた。
「これは全て十二柱の神殿にあった物だ。」
「…なんですって?」
口をパクパクさせているキロンにポラリスがえっへんと胸をはった。
「私達は、十二柱の遺物を全て手に入れようとしているとれじゃーはんたーなのです!」
自分より大きいキロンに向かってぐぐいと背伸びをしている姿はかわいいが…
「お前はトレジャーハンターじゃないだろ、それに船の上で立つと危ないぞ。」
その時、舟が風で揺れた。ポラリスがバランスを崩しかけた所を抱きかかえた。
「だから言ったろ?危ないって…」
返事がない…ポラリスを見ると顔を真っ赤にしながら
「は、はいぃ…」
とかなんとか言っていた、大丈夫か?こいつ…
その後、部屋で腰を落ち着けながらキロンと話す。
「実はね?神殿には一冊ずつ十二柱それぞれに関する事を纏めた本があるらしいのよ。」
噂の出どころは…ヒットリアだろうか?
ポラリスが俺達が手に入れたトクソテスの書をキロンに見せた。
「それって…これですか?」
キロンはそれを目にした瞬間飛びついてきた。
「そう!それ!これが欲しいの!」
あまりの勢いにポラリスも目を白黒させている。俺達の様子に、少し冷静に戻ったのか、キロンは咳払いをすると
「続けるわよ?それで私はイクテュエス神殿のイクテュエスの書が欲しいの。あなた達もイクテュエス神殿が目的地なら調度いいわ、力を貸して頂戴」
「ふむ…」
顎に手を当てて考え込む、もしこいつがヒットリアから放たれた刺客だとしたら?いや、あの国は今それどころじゃないはずだ。遺物を奪う為か?いや、こいつが俺達が遺物を持っている事を知ったのはついさっきの筈だ…
ポラリスと目が合う。
「どうする?」
「…私は良いと思いますよ。折角なんです、力を合わせましょう!」
ポラリスらしい答えだ、天井を仰いでからよし、と呟いた。
「良いだろう、その話乗った。だが一つ条件がある、『イクテュエスの書』はそちらに渡そう。しかし、『イクテュエスの帯』はこちらに渡してもらいたい」
キロンは言葉を聞くとすぐ頷いた。
「構わないわ、私が欲しいのは本だけだから」
「突然ですがカウスさん」
キロンとも話が纏まるとポラリスが姿勢を正した。
「なんだよ?急に改まって」
首を傾げるとポラリスは扉の方を指さした。
「この二人部屋はキロンさんと私が使います。カウスさんは隣の一人部屋を借りてください」
「はいはい、」
意外とどうでもいい事だった。
真夜中、室内の床に座り込んで神弓を磨いていると扉の向こうに気配を感じた。そちらに向かって声をかける。
「鍵はかかってねーぞ」
静かに入ってきたのは…
「お前か…」
キロンだった。
「こんばんは。」
そういうとキロンは断りも無しに近くの椅子に腰掛けた。
「正直、協力してくれるとは思わなかったわ」
キロンの腰掛けてからの第一声を言葉を鼻で笑う。
「まさか本当に信用したと思ってるのか?」
キロンが無言でこちらをみつめてくる。
「お前のその眼は強欲者の眼だ。」
ランプしか灯っていない薄暗い部屋で、キロンの黄金色の瞳が爛々と光る。
「一体何を狙っている、まさかこの期に及んで『本』なんて言わないよな?」
キロンは椅子に座り直すと深々とため息をついた。
「流石だねぇ、カウス。」
無言でキロンを伺う。
「本が大好きなのはホント、でも…狙いはこれよ。」
キロンがとある本を取り出してその一ページを開いて見せた。
載っていたのは『レオンの牙』
「ほう…」
「この牙には変身能力があるらしいじゃない、是非とも手に入れたいわ」
怪しげに笑うキロンに弓を向ける。
「待ってよ、ここでやり合うつもりは無いわよ。」
キロンはレオンの牙を指しながら話を続ける。
「動物への変身能力、そんなすごい力を秘めた物が誰にでも使える訳ないじゃない、もし私に使えなかったらあなた達に渡すわ。」
「いや、違うな」
トクソテスの神弓が矢を生成する。
「どちらにしても帯も牙も俺の物だ、絶対に渡さん」
キロンが手刀を構えた。素手で戦う気か?だが、構えた弓を下げる、矢が霧散する。
「しかしここでやり合う気が無いのは俺も同じだ。決着はその時が来たらにしよう」
キロンがふぅと息を吐いて構えを解いた。
「全く、ビビらせないでよ。あ、そうだ。トクソテスの書を借りてもいいかしら?内容を書き写したいから」
語調の軽くなったキロンに本を渡す。背を向けて扉に向かったキロンが振り向いた。
「それにしても…そんなに遺物が欲しいの?ちょっと理解出来ないわね…」
そんなキロンの言葉に開け放した窓を見つめながら呟く。
「名誉や力は1人の少年のたった一つの願いよりも強いんだよ…」
思い出された景色にずきりと心が軋んだ。
遅くなりました、1ヶ月も読者様を待たせる事になるとは思いませんでした。これからも読んでくれたら有難いです。