カルキノスの盾:5
オリベアの日記
ひいひいお爺様の肖像画を見つけたわ!でもお父様の書斎の中だったとは…盲点だったわね、でもお父様に見つかって追い出されてしまったわ。
花嫁修業をしなさいなんて、なんてつまらないのかしらやっぱり女性も勉強すべきよ、えぇ。
躊躇なく窓から飛び降り、弓を引きながら上を向く。
「ロープ!」
打ち出した矢は後ろから紐が伸びている。上手く城の外壁に突き刺さった矢の、紐の先端を掴むと縮んでいき、飛び降りた階の窓の上の所で紐の収縮を止めた。
すぐ真下から近衛兵が顔を出す。下をキョロキョロすると
「消えた?」
と首を傾げるとその近衛兵は王の亡骸に気付いた。
「!なんて事だ!大変だ!男が王を暗殺したぞ!捕まえろ!薄茶のジュバラを着て弓を持っている!」
ジュバラというのは村で俺とポラリスが貰った民族衣装の事だ。しかし厄介な事になったな…
だが城内は鎮火作業で大慌てだろう、俺の搜索に割ける人手は少ないはずだ。そう考えをまとめてから紐をまたさらに短くして王の寝室の1階上の部屋に降り立つ。と、足音が聞こえた、
(まずい!)
あたりに隠れられそうな所はない。諦めかけたその時、足音の主が顔を出した。
「カウスさん?」
ポラリスと少女と並んで廊下を小走りに城の宝物庫へと移動する。
「順当に考えれば盾があるのは宝物庫だろうな、」
するとずいと給仕服のポラリスが布と紙を突き出してきた。
「あの寝室にありました、何かの手がかりになるんじゃないかと…」
歩きながら布を広げてみると黒い横長の布に大きな金の円、その中にはカルキノスの紋章を甲羅に彫り込まれていた金の蟹が描かれている。
「これは…なんだ?」
布をポラリスに返してから今度は紙を広げる。
「演説文よ、王は今の旗からさっきの布に国旗を変えるつもりだったみたいね、名前もヒットリアからカルキノス神国に」
先に紙に目を通していたらしい暗殺者の少女が内容を要約して話してくれる。
「神国だと?また大袈裟な…」
顔をしかめると少女も頷いた。
「私もそう思ったんだけどね、カルキノス?とかいう神様が国を守ってくれていて、自分はその代弁者っていう設定にしたかったらしいわね。」
少女のあまりにも現実主義者な考え方に苦笑する。
「設定ねぇ…ハハ、カルキノスは蟹の姿をしてるんだ。カルキノスの盾はカルキノスの死んだ後の甲羅から作られた盾だと…」
そこで先程の布を思い出す。立ち止まってポラリスの手から布を取り、描かれた金の円を見つめる。
「そうかこれは丸盾をモチーフにしているのか!…ん?」
そこでカルキノスを囲む金の円に古代語が彫り込まれている事に気付いた。
「『この盾は……全てを…』……なんだここ…古代語か?…これは…」
「あー、あの?カウスさん?」
黙り込んだ俺を心配するようにポラリスが顔を覗き込んでくる。と、その手を掴んで逆方向に走り出す。
「ど、どうしたんですか?カウスさん」
「あの金円だ、国旗に描かれた金円の中に古代語が彫り込まれていた。だが、円の中には有り得ない言葉が入っていた。」
少女が横に出てきた。
「有り得ない言葉?」
「あぁ、『カルキノス神国』という言葉がな。それと~ここ!」
走りながら国旗の金円の中の一文字を指差す。
「ここはaじゃなくてjだ。古代語習いたてのヤツが現代語を古代語に訳すときやらかすミスだな。」
「それがなにか?」
ポラリスの質問に少し詰まる、なんせこれから言うことは全て勘だからだ。
「あーー、これは勘なんだが…」
「「勘!?」」
「多分旗の文字は王が書き直してる、覚えたての古代語で、盾に書いてあった本当の文から自分流にな。だからカルキノス神国なんて言葉が入ってるしミスも何個か…」
「それで?早く言ってくれない?知らないかも知れないけどあなた、王を殺した事になってるのよ?」
少女にせっつかれる。
「それにしては文法がしっかりしてる。だから多分盾に彫りこまれた言葉を使いつつオリジナルに書き直したんだろうな。だがわざわざ宝物庫まで行って盾を見て、また別の部屋で書き直すなんて時間の無駄だ。」
「「だ・か・ら!?」」
二人に並走しながら凄まれる。
「だから王は身近な所に盾を置いてたはずなんだ。国のシンボルにすらするはずだったんだぞ?宝物庫の有象無象と一緒にするとは考えにくい。」
「じゃあ、王は自身に近いところに置いて国旗作りに励んだっていう事ですね?」
「そういう事。」
ポラリスに指を指しながら頷く。
「王の身近な所…寝室かしら?」
少女の言葉にかぶりをふる。
「いや、寝室で仕事をする奴はいない。王が仕事をする場所といえば…」
ある部屋の目の前で止まり、部屋のプレートを指差す。
「「「執務室!」」」
執務室の中に入ってまず目に付くのは装飾の入った綺麗な机、その周りには棚…
「机か?」
「棚じゃないかしら?」
「壁に隠し扉があるんですよ!」
三者三様、好きなように言い、好きな場所を探し始める。
「もしここになかったら?」
ポラリスの心配そうな言葉に首をすくめる。
「その時はその時だろ、明日忍び込んで今度は宝物庫に…」
俺の提案は少女の言葉に遮られた。
「無理でしょうね。明日の朝になれば本格的にあなたの捜索を開始するわ。関所も固められるだろうし、抜け出すのは無理ね。逃げるなら今夜中じゃないと。」
「な…!?」
少女の一言に絶句する。確かにそうだ。顔も見られているし、服装は変えられるが、弓は隠しようがない。この推理にはそれなりの自信はあるが、もし外れたら?不安に駆られ、柄にも無く足がすくむ。
とその時、誰かに肩を叩かれた。後ろを向くとポラリスが笑いながら立っていた。
「カウスさん!きっと大丈夫ですよ!」
考えが見抜かれたのだろうか。このぽわぽわした相棒に?
(まさかな…)
「なんでそう思うんだ?」
聞き返すとポラリスは
「カウスさんの推理は外れた事がありませんから!」
とまるで自分の事のように誇らしげに言い放った。
「なんだそれ」
笑いながら俺は、いつの間にか自分が悪い考えの連鎖から抜け出している事に気付いた。
部屋を調べて数分、机をずらしてみようと考えた俺は、違和感を覚えた。
「机が動かない」
しゃがんで机の足をみると床に埋まっている。すると棚を調べていた少女が俺の隣にしゃがみこんだ。
「…机の足と床がほぞづくりになっていて動かせないようになってるわね。あなたの推理、意外と当たってるかも」
少女が机を調べはじめる。
「……これ、コッコウの木が机に使われてるわね。」
「コッコウ?」
「この辺りじゃ一番固い木よ、この机、生クラなんかで切りつけたら剣の方が折れるわ。普通は加工しにくいから机なんかに使わないんだけどね…」
「詳しいんだな。」
感心してそう呟くと少女の顔が強ばった。少女は少し黙り込むと、口を開いた。
「私の家はね、代々続く武器屋だったの。それが王によって閉店にされて…」
気付けばポラリスもこちらに顔を向けている。
「王はね、国民に恐怖を植え付けるために私の家族を冤罪で処刑したのよ、その時私は二年ほど外の国にいたから助かったんだけど、後は……この前の家族のように…」
少女が悔しそうに顔を歪める。ポラリスがハッと息をのんだ。沈黙のベールが全員を包もうとした瞬間少女が明るい声を出す。
「柄にも無い事は言うもんじゃないわね。ちょっと私、この机調べるわ。棚を調べてくれる?」
「おぉ、」
頷いて棚の前に立つ。
「あの、カウスさん」
棚を物色していると隣にスッとポラリスが立った。少女をチラリと見て囁いてくる
「彼女なんですけど…」
「やめとけ、お前の事だから相談にのってやろうとでも考えているんだろうが……」
話している途中で棚の中から革袋を見つけた。中身を確認しながら話を続ける。
「彼女はもう自分の道を見つけている。それに俺達が口を出すなんて野暮もいいとこだ。なぁ、なんだこれ?」
後ろを振り向いて少女に革袋を投げる。少女は袋の中身を一瞥すると投げ返してきた。
「これは火薬ね、火を付けると燃えるの。」
「これが火薬……」
「粉なんですね。」
一つつまんでみると独特の刺激臭が伝わって来る。ポラリスが顔をしかめた、
「あんまりいい匂いじゃないですね…」
もう1度熱心に机を調べる少女の方を見て話しかける。
「武器庫の爆発もこれが原因か?」
無言で頷いた少女を見てから棚に視線を戻す。しかし火を与えると爆発する粉か…使えたら便利だな…そんな考え事をしていたらつまんでいた火薬を落としてしまった。
「あ!?」
「カウスさん!」
粉はそのまま神弓の上に落ちてしまった。すると神弓が穏やかな光に包まれ、すぐに光が消えた。
「…」
「…」
無言で顔を見合わせる。
その時、後ろで少女の声がした。
「お二人さん、分かったわよ」
2人同時に振り向いて叫ぶ。
「本当か!」
「本当ですか!」
少女は机を叩きながら言った。
「これは机の形をした宝箱ね。」
「「…宝箱?」」
終わらなかった~、この回で終わりかと思ってたら終わりに出来なかった~。
次回、『カルキノスの盾』終わります。今度の国は水上都市だ!