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その13 スローライフについて

 今回のテーマはスローライフ。

 2017年12月現在、ランキング上位を独占するレベルでこのスローライフものの作品は人気となっている。

 魔王を倒して疲れたから山奥で引きこもる勇者、とか。

 周りとの人間関係に嫌気がさした冒険者が辺境の片田舎で静かに暮らす、とか。

 まるで都会に疲れたサラリーマンみたいな発想を持つ主人公が現在人気なわけだ。


 そもそも、スローライフとはどういう意味なのか。

 元を正せば、ハンバーガーに代表されるファストフード(どこでも・手軽に・素早く食べられるもの)に対するスローフード(特定の場所で・ゆっくりと・時間をかけて食べるもの)から派生した言葉とされる。

 このスローフードが転じて、多くの人が生活や情報が忙しなく入り乱れる都会の暮らしに流れていくのに対し、ゆっくりと余裕を持った田舎生活の魅力を提唱するために、このスローライフという言葉が使われ始めた。

 なお現代においては、別に田舎暮らし=スローライフと言うわけではなく、基本的には「気持ちにゆとりを持った生活スタイル」の通称と言ったところだ。

 時間に追われる忙しない生活や、少しでも多くのお金を稼ぐためにぎりぎりまで働き続ける環境。

 周りの話について行くために必死に流行を追い求めたり飲めないお酒を飲んだり、休みの日も常に仕事や勉強のことばかり考えてしまう。

 こういった心に余裕のない環境を改善していくための行動が、今日におけるスローライフといったところか。


 勘違いされている方が多いが、別に自然に囲まれた田舎の地域でなくともスローライフは成立する。

 重要視されるのは、あくまで心の持ちようだ。

 例えば、普段は急いで走っている通学路でふと立ち止まって、道端に咲いている花を見てちょっぴり和むとか。

 テレビやネットで紹介された有名レストランで何時間も並ぶのではなく、自分で見つけた小さなカフェでのんびりと過ごすとか。

 こういった、周りの環境に流されず自分なりのペースで日々を過ごすだけでも、充分スローライフは実践できている。

 あくまで、自然が多く周囲の環境に流されにくい田舎の方が、上記のような余裕を持った生活リズムを実践しやすいというだけの話だ。


 では本題。

 ここまで挙げて、皆様こう思わないだろうか。


 ――『なろう』に出てくるスローライフとは似ても似つかなくないか?






 『なろう』内でよくある「現在の環境が自分にとってストレスが大きい」→「だから山奥でひとり暮らしして、ストレスのない生活を送る」という流れは、厳密にはスローライフではない。

 これは、自分の忙しない生活スタイルのスピードを落としていくことから、減速生活――ダウンシフトと呼ばれるものに近い。

 ダウンシフトは、いきなり田舎に引っ越すように生活基盤そのものを大きく転換するというよりは、自分の生活リズムに余裕を空ける行為をさす。

 これまで1日10時間以上働いていた人が、残業を一切しないようにして1日8時間労働までに努める、だとか。四六時中魔物と戦うばかりの環境から、辺境の地で誰とも戦わずに過ごすというのも、要はこのダウンシフトのふり幅を極端にしたものだ。

 つまり、生活リズムをゆっくりにして、肉体的にも精神的にも余裕ができる環境に転換(シフト)させることとなる。


 これを読んで字の如くスローライフと解釈してしまうと、作者と読者間で認識のズレが出てしまうわけだ。

 はっきり言うと、今の生活に疲れたからといって、田舎に引きこもって惰眠を貪るのはスローライフとは言わない。

 と言うより、スローライフ=楽な生活、という解釈自体が大間違いだ。

 実際の『なろう』的スローライフと、現代日本で代表的なそれを比較してみよう。





 おそらく日本で最も認知度の高いスローライフと言えば、日本テレビの番組“ザ・鉄腕DASH”の名物企画である『DASH村(2017年現在はDASH島)』だろう。

 田舎の小さな村の一角にあった廃屋をリフォームし、整地して畑を耕し、川から水を引くために自然の材料で水道を作る。

 アイドルグループTOKIOの面々が、畑仕事や家畜の世話に汗を流していた姿が印象に残っている人は多いはずだ。

 食事は畑で取れた農産物や、飼っているヤギから取れた乳、その他地元の特産品などで手間隙かけて作られていた。


 この番組を見られていた方ならお分かりだろうが、お世辞にも楽な生活ではない(、、、、、、、、)

 米作りであれば、専門的な知識を学び、土を耕し水を引き、台風が来たら稲がやられないよう対策をするなど、一貫して重労働だ。

 他にも家畜(ヤギやニワトリ)の世話、田んぼを荒らす野生動物への対処、常に様々な物事に対応するために動き回っていた。

 また、かまどを作って木炭や陶器を作ったりと、これまでに経験したことのないチャレンジにも積極的に取り組んでいた印象だ。


 これらに共通して言えることは、「自発的な新しい試み」だ。

 米作りもヤギの世話も炭作りも、当然ながら都会で普通の生活をしていては体験できないもの。

 そういった物事に全力でチャレンジして、新しい発見や心身の成長、達成感を味わうのがこの企画の醍醐味だったのだろう。

 丸一日、汗水たらして農作業に勤しんでも、そこに高い充実感や達成感を見出せるから、彼らは全力でこのスローライフに打ち込めたのではないだろうか。





 反面、『なろう』的スローライフは、単なる田舎への逃避(、、、、、、)で終わっているのが大半だ。

 戦いすぎて疲れた。だからもう働きません。

 気持ちは分かるが、ただのんびりするだけで何もしようとしないのでは、怠けているだけのニートや引きこもりと大差ない。

 加えて、元が勇者や賢者のような英雄的人物であることが多いので、資産面でも能力面でも恵まれているのも実は問題だ。

 一から米作りなんてしなくても、お金は唸るほどあるから生活には困らない。魔物といった外敵の排除や、衣食住全般も、チートや魔法でパパッと解決できる。

 こうなると、今まで経験したことのない物事へのチャレンジを行う「自発的な新しい試み」など皆無に等しい。

 つまり、自分の能力や資産に幅をきかせて、田舎でバカンスしているだけになりがちだ。

 こんな状態では話に起伏も何もあったものじゃないから、このスローライフ(?)は長続きしないのだ。


 で、ここから物語に展開を付けようとすると、近くの村に魔物が出たから助けて欲しいとか、お姫様が主人公を追いかけてやってきたとか、結局外部からの働きかけでイベントを立ち上げることになる。

 これが話の主軸になると、結局「俺は静かに暮らしたいのに、周りがそれを許してくれない!」となって、スローライフが崩壊するはめになる。

 だから『○○でスローライフ!』みたいなタイトルでも、話は魔物討伐やヒロイン連れて旅に出るといった、『テンプレ』定番のストーリーラインに修正されてしまうのだ。





 このタイトル詐欺とすら呼ばれてしまうほどの「スローライフの失敗」は、先に挙げた「自発的な新しい試み」が無い点に尽きる。

 一見すると、家作りや畑作りなどに精を出しているのだが・・・・・・主人公は大抵万能で、最初から苦労せずに簡単にこなしてしまう。

 そこには、未知の経験にチャレンジして、これまで感じたことのない充実感や達成感を得る、といった心の動きなどありはしない。

 更に言えば、多くの『テンプレ』主人公が求めているのは、あくまで他者からの賞賛だ。

 ひとりで何かをしようとするより、近隣の村に足を運び、トラブルを解決したり農作業を効率よくする発明をしたりして「主人公さんすごい! ありがとう!」と言ってもらう方を優先しがちだろう。


 本来、スローライフとは他人から何かしらの評価を求めるものではなく、あくまで自己完結するものだ。

 休日を利用して今まで読まなかった本をたくさん読んだ。

 慣れない畑仕事にチャレンジしてみた。

 一から木材を用意して、家のリフォームに取り組んだ。

 これらは、誰かから「あなたってすごい!」と呼ばれるために行うのではなく、この行動から「本を読んで新しい発見があった」「疲れたけど充実した一日だった」「家がキレイになってすごく良い気分になった」と、自分で自分を評価する(、、、、、、、、、、)――言うなれば『心の充足』をもたらすためのものと言えよう(自己満足と言ってもいい)。





 そもそも「他者からの評価を求める=他人の目を気にする」というのは、自己の心の充実を図るスローライフとは対極とも言える考え方だ。

 そのため、「俺は絶対にスローライフを送る! でも皆にはちやほやされたい!」というのは、前提として矛盾しているのである。

 だから、下手に主人公を評価してくれるための他者を投入すると、スローライフが成立しなくなるのは割と当然の流れと言えよう。

 では、どうして『DASH村』のようなスローライフは、視聴者から多くの評価を得ることができたのか。

 それは、極めてシンプルな話。


 ――全力で、頑張っていたからだ。


 初体験の米作りに、チーム一丸となって試行錯誤しながらチャレンジしている姿は、別に農業未経験の人でも単純に応援したくなる。

 また、子供を持つ親御さんであれば「子供たちにもこんな経験をしてみてほしい!」と一度は思ったはずだ。これは過去にこの番組が「親が子供に見せたい番組」として上位に位置したことからも明らかだ。

 貴重な経験を積んで成長する、というのは、確かに都会――というより日常的な環境ではなかなかできないことだ。

 だから、今とはまったく違う環境に飛び出し、新しいチャレンジや見たことの無い発見を通して、心身ともに成長したいと考える。

 そうやって頑張る姿というのは、スポーツなどと同じく見る人の心を打つものがあるのだろう。

 魔法でポンと畑を作るのと、みんなで協力し合いながらやっとの思いで畑を完成させるのと、どちらが見る人を感動させるかなど問うまでもない。





 勇者パーティーに追い出されて、失意のどん底の中、田舎でスローライフを送るおっさん冒険者が乱立する現在。

 本当にスローライフを体現させたいのなら、目指すべきなのは自分を追い出した勇者への仕返しやざまぁではなくて、田舎生活を通したおっさんの心の成長だろう。

 「いや、だって勇者への復讐やヒロインとイチャイチャがないと読者は付いてこないでしょ?」とお考えの作者もいるだろうが、では何故わざわざスローライフをする必要があるのだ?

 復讐もイチャイチャも、結局は「他人を意識した行動」だ。

 自分のために行うスローライフなのに、いちいち勇者やヒロインのことを考えながら生活しているようでは企画倒れもいいところだ。

 流行だからと取り入れることを悪いとは言わないが、スローライフとは、俺tueeeや知識チートで周りから褒め称えられるような、承認欲求を満たすための行動とは正反対の生き方だということを認識しておいたほうがいい。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 快作。 他者の目を気にしてる時点でタイトル詐欺。 その通りである。
[良い点] 素晴らしいエッセイですね 日南だウヲ
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