その12 コミュニケーションの基礎にして究極、傾聴力について
話し上手は聞き上手、なんて言葉がある。
相手を惹きつけるような話し方ができる人は、相手の話の聞き方もすばらしい人である、というものだ。
今回のテーマは『傾聴力』。
英語ではアクティブ・リスニングと言い、どれだけ相手の話をしっかりと聞けるかどうかを問う能力だ。
『聞く力』というのは、コミュニケーション上で軽視されがちだが、その実『話す力』より余程大事な要素だったりする。
腕っぷしやチートの力ではなく、会話によるコミュニケーションで相手を安心させたり好意を抱いてもらうには欠かせないものなのだ。
なぜテンプレ考察に、こんな社会人向けのセミナーみたいなお題が出てくるのか。
それは、テンプレ作品に出てくるほぼ全員に足りない要素だと思ったからだ。
学園に通う最強チート持ちの主人公は、授業中はずっと居眠り、クラスメートの話もだらだらしたまま話半分で聞き流す。
ギルドについた新米冒険者が、受付嬢の警告を無視していきなり高ランクの依頼を受けようとする。
婚約破棄を突きつけてきた王子に対し、悪役令嬢は「あ、いいですよ」と特に事情を聞くでもなく即答。
こういったキャラに対し、周りの人間が思うのは「人の話ちゃんと聞けよ!」だろう。どれほど最強だろうとイケメンだろうと、これでは相手に与える印象は最悪の一途だ。
そして、まともに人の話も聞かない人間がどれほど素晴らしい話をしたとしても、「こんな奴の話を聞く気になれない」と思われるのは割と自然な流れだ。
では、『傾聴力』のある無しで、話の展開がどのように変わるのか実例を出してみよう。
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主人公は辺境の村に雇われた用心棒。
ある日、この地の領主が村に大きな税(お金ではなく農作物など)をかけてきた。
このままでは村人の生活はとても厳しくなってしまう、主人公は増税を止めるよう領主の下へ向かうことにした。
領主の言い分は以下の通り。
「最近、魔王の軍勢が近隣の国を攻めているのだ。いつこの地域も巻き込まれるか分からないから、軍備を増強しなければならない。そのための増税なのだ」
ここから先の展開として、2パターン用意してみた。
一応、どちらも「主人公の力があれば事態を解決できる」という条件は同じだ。
A.
「勝手すぎる! それで村人たちが飢え死にしてもいいって言うんですか!!」
「いいわけがない。ただ、私は」
「ああもういいです。とにかく魔王軍をぶっ潰せば万事解決なんでしょう? だったら俺がなんとかするから邪魔しないでくださいね」
B.
「最近とは具体的にいつ頃の話なんですか? この地域に魔物がいつ、どれほどの規模で来るか、見通しは立っているんですか?」
「近隣国が襲われたのはつい3日前の話だ。魔王軍がここまで来るのは……甘く見ても2週間とかかるまい」
「そんな! それじゃあのんきに徴税している場合じゃないでしょう! 早く皆に避難するよう伝えないと!!」
「どこに逃げろと言うのだ。他の国に行こうにも険しい山を越えなければならぬし、この地域は老人が多い。避難を命じたところで、彼らが山越えに耐えられるとは思えん」
「だから、戦うというのですか?」
「そうだ。君達の村は、私と我が兵たちが絶対に守る。だからすまぬ、税が苦しいのは承知しているが、ここは耐えてくれ」
「……分かりました。まだ2週間あるんですよね? ならその間にできることをやりましょう。例えば――」
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細かい設定の粗さはお見逃しいただくとして、AとBの違いを解説しよう。
Aの場合、主人公は前提として「重税をする領主は悪いヤツ!」と決めつけているので、領主を言い分なんて聞くだけムダと考えてしまっている。
とにかく自分の考えを一方的に領主にぶつけて、相手の話を詳しく聞こうとしないのが特徴だ。
これは、「コミュニケーション能力が低く、自意識が強い」傾向にある。
要するに、ニートや引きこもり、いじめられっ子といった人付き合いが希薄な人間が、チートなどで強気に出ることができる環境になると、このような話し方および聞き方になりやすい。
これでは、いくら魔王軍を蹴散らして平和を取り戻しても、領主たちからは「なんて身勝手なヤツなんだ! いつ私たちにも害を与えてくるか分かったものではない!」と、感謝よりも警戒や敵意の方が膨れ上がるというオチになりかねないぞ。
対するBは、会話だけを見ると主人公の発言はそう多くはない。
ただし、領主の話を聞いたことによる疑問を率直に返し、彼がなぜ重税を課したのかという事情をなるべく汲み取ろうとするのが見えるかと思う。
しっかりと相手の話を聞き、理解した上で、自分の考えはこうであると伝える。
最終、こちら側の回答は否定でも肯定でも構わないのだ。
相手は「この人は自分の考えをちゃんと聞いて理解してくれている」という認識を持ってくれているので、こちら側の話に対しても「私もこの人の言い分をちゃんと聞かないと」という意識になってくれる。
冒頭で挙げた、話し上手は聞き上手のカラクリがこれだ。こういった心理を『返報性の原理』と言い、営業や交渉事などにも応用されている。
傾聴力に長ける人間とは、次にこちらから話をする際に、相手を「しっかり話を聞いてくれる姿勢」にしてくれる効果がある。
だから話し方が下手くそだろうが言葉遣いがおかしかろうが、会話全体の印象が素晴らしく良くなるため、話すも聞くも評価が高くなるということだ。
現行のテンプレキャラには、どうしてこの『傾聴力』が見受けられないのか。
理由は簡単で、キャラの大半が基本的に自分勝手で、かつそれが罷り通るからだ。常に相手より上位に立ち、相手が反発的な態度をとってきても力でねじ伏せられる、という環境に身を置いてるのが原因と言えよう。
例えば、ギルドでドラゴン退治の依頼が舞い込んできたとしよう。
依頼主と主人公による交渉シーンを考えてみた。
「この依頼は10,000Gで頼みたい」
「いや、命を懸けるには安すぎる。30,000はないと無理だ」
「10,000で厳しいのは分かっている。しかし、これは村の皆で出し合ってなんとか揃えたお金だ。これ以上は出したくても出せない」
「……分かった。それなら、前金で10,000、その後20,000を1年以内に払ってもらうというのはどうだ。俺たちは最終的に30,000G手に入れば文句はないからな」
「それならなんとか用意できそうだ。ありがとう、よろしく頼む」
残る20,000をどのようにして支払うかは、それこそギルドを仲介役としてじっくり詰めればいい。
依頼主の支払い能力を会話で引き出し、かつこちら側の要望をなるべく通すための提案をする、といった流れは『傾聴力』あってこそだ。
では、テンプレで実際にありそうな交渉シーンがこちら。
「この依頼は10,000Gで頼みたい」
「いや、命を懸けるには安すぎる。30,000はないと無理だ」
「10,000で厳しいのは分かっている。しかし、これは村の皆で出し合ってなんとか揃えたお金だ。これ以上は出したくても出せない」
「じゃあこの話は無しだ。せいぜいドラゴン退治頑張るんだな」
「待ってくれ! もう頼れるのはあなただけなんだ! 30,000なんとしても用意する! だからどうか、頼む!!」
これは交渉と言うより脅迫に近い。
結果的に30,000G用意させることはできるかもしれないが……依頼主には相当な無理を強いることになる。 村人を奴隷にして売りに出すとか餓死覚悟で作物を売り払うなどして、ドラゴンを倒すために村が破滅するという、本末転倒に近い結末だってあり得るぞ。
あるいは、依頼主がお金を用意せず逃げ出す可能性だって大いにある。
依頼主の信頼を大きく損ねたという意味では、どちらにせよ交渉としては大失敗だ。
間違ってもこれで「見事、依頼主から高額の報酬を引き出せましたね! 素晴らしい交渉テクニックです!」とかヒロインに言わせないように。力をちらつかせて強制的に首を振らせるのを交渉と呼ぶのは、盗賊などのいかにも考え無しなキャラが言いそうなことだからね?
しかし、元ニートや引きこもりといったコミュニケーション能力不足な人――いわゆるコミュ障が主人公に抜擢されるのが多い昨今だ。
だったら『傾聴力』がないのも仕方がない……と言ってあげたいのだが、ダメです。
人の話をしっかりと聞くという行為には、一切どんな能力も訓練も必要ない。幼稚園児でも親や先生の言うことはきちんと聞けるのだから、学生や大の大人ができないわけがない。
コミュ障と呼ばれる人の多くに当てはまる失敗として、「自分の言いたいことを相手に伝える」、これしか考えていない点だ。
会話というのはキャッチボールだ。
自分の言い分をマシンガンのように一斉掃射したところで、誰の耳にも届きはしない。
「あの人は自分の言いたいことばかり言って、私に何も言わせてくれない」と思われたら試合終了だ。その時点で相手は聞く耳を持たない。
この辺り、テンプレ定番の奴隷ヒロインが乱立する理由にも繋がっていそうだ。
奴隷のように、明確な上下関係を作っている相手の場合、ヒロインは「ご主人様の言うことはしっかり聞かなきゃならない。でも私から何か申し上げるのは失礼だから我慢しなきゃ」という意識を持ちやすい。
だから、主人公は一方的に自分の言い分を伝えるだけだが、奴隷側はしっかり聞いてくれているように見えるのだ。
「ご主人様の言う通りです!」「さすがご主人様、素晴らしいお考えです!」と、Yesと答えるだけで自分の考えを口に出さないのでは、コミュニケーションとは言えない。
これは、ガミガミうるさい上司と何も言い返さない部下の関係が一番近いか。
仕事の注意ばかりする上司の声を、部下は「はいはい」と聞いたフリをするだけで、そこから会話が一切発展しないのと理屈は一緒だ。「どうせ逆らえないんだから、何も考えず従っていればいいんでしょ?」という考えは、まさしく社畜という名の現代における奴隷意識と言えよう(我ながら上手いこと言ったと思うが笑いごとではなかった)。
だからと言って、最初からテレパシーレベルで理解しあっている主人公とヒロインを出すのも、それなりのリスクがある。
例えば、会って2日3日程度、わずかしか会話したことのないクラスメートに「〇〇さんだったらそう言うと思った」とか「〇〇さんはそう考えるんだ、君らしいね」なんて理解者面をしていたら、すごい以前にメチャクチャ怖いぞ。
主人公とヒロインが理解しあってます、通じ合ってますという描写をしたいのは分かるが、相互理解の努力をする描写をすっぱ抜くと、この通りストーカー疑惑すら浮上する始末だ。
それに、異世界転移・転生した主人公にとって、異世界の住人とは全員初対面だ。「最初から理解しあってます」なんてまず通じない。
転移初日に美人エルフに助けられて3日で嫁にして、すぐにお互いの考えが手に取るように分かる――なんて作品はいくらでもあるが、おそらく嫁の方は相当我慢をして旦那を立ててあげているんだなぁと思う。
お互いの気持ちを分かり合う、というのは人類史上最大レベルの命題だ。それが簡単にできるなら、とうの昔にこの世から争いは消えて無くなっていることだろう。
それを3日で(しかも人間とエルフなどの異種族間で)垣根を払って理解し合うなど、コミュニケーションを舐め切っているようにしか見えないのだ。
「相手が何を考えているのか」というのは、簡単なようでどんな難問よりも難しい。
心を読めるエスパーじゃあるまいし(読めればいいというわけでもないが)、相手を理解するには、少なくとも会話を重ねて様々な情報を引き出していく必要がある。
『傾聴力』とは、つまり「相手を理解しようとする力」でもある。
逆に言えば、相手のことを理解しようという意識がない限りは、『傾聴力』など一生身につかない。
よくひとりよがりとか自己中などと揶揄されるキャラは、まさしくこの状態のはずなのだ。
自分の行動や言動が正しいと信じて突き進むのは悪いことではない。
ただ、相手に自分を信じてもらうには、まず自分が相手を信じなければどうにもならない。
コミュ障やチート満載のオレ様主人公が、みんなから心の底から信頼されて愛される――そんな話があってもいいだろう。
そんな彼らに私が伝えられる言葉はひとつきりだ。
――自分の話をする前に、人の話をちゃんと聞きましょうね。




