three:さふあれかし
Amen
【読:あーめん 若しくは えいめん】
意味
そうあれかし、そうでありますように
バリボリと貪る黒須。
何を食べているのかと言えば、マッチ箱である。
マッチには防腐作用がある
「りん」が含まれており、『刻印教会』支給の防腐剤と併用している。
「あ、口に木片ついてる」
「ン?ああ、すまなイ」
「ふふ、全くそそっかしいんだから」
笑顔で黒須の口の端についた木片を除く逝那。
かなり異様だが、傍目から見ればいちゃいちゃしている事に変わりはない。
まあ、見学者は居ないのだが。
濃霧に包まれた街。
英国首都ロンドン。
黒須と逝那は『刻印教会』から英国国教会援護の要請を受けこの地に降り立っている。
今は英国政府による非常時戒厳令により通行人は全くいない。
どうやら欧州で一番『不死者』が発生しているらしく、来ていきなり襲撃も受けた。
「新婚旅行のつもりで来たけど、ムード無いよね」
「確かにナ」
冗談を飛ばしつつ、二人は街中を散策する。
目的地は英国国教会支部である。
支部には孤児や難民、戒厳令で帰宅が不可能になった市民が保護されており、まずは其方を最優先せよと命令されている。
直に大きな教会が見える。
石造りの壁にはうっすらと苔が生えており、教会が如何に長い年月を歩んで来たかを如実に物語っている。
教会の周辺には、聖句と清めた水とで描かれた結界が施されている。
恐らくは不死者用だろう。
「まいったナ。このままでは俺も入れないゾ」
「大丈夫。これがあるから」
逝那は胸元をまさぐり、ロザリオを取り出しそれを黒須の手首に巻く。
じゅうっと肉を焼く音が聞こえ、黒須が無表情ながら苦悶の声を上げる。
逝那は黒須を引っ張り、結界の中へ引き連れた。
「『刻印教会』のエージェントは常に不死者のパートナーが居る。だから結界突破用の免罪符があるんじゃない」
「そうカ…そうだったナ」
「もう…。そろそろ脳みそ、換え時なんじゃない?」
辛辣な逝那の台詞にぬゥと釈然としないような声を出す黒須。
逝那はどこ吹く風といった感じでロザリオをしまい、教会内へと入る。
磔にされたキリストの真下には、ぼろ切れをまとった老人が震え、孤児たちが外の状況も解らず騒ぎ立てている。
対応に追われるシスターたちを眺めていた逝那に、一人のシスターが声をかける。
「あ、貴女が『刻印教会』の?」
黙って頷く逝那に怯みつつ、シスターは自己紹介を始めた。
「はじめまして、Ms.ユキナとMr.クロス。私はシスターのインテグラです」
「はじめまして。…一つ訂正良いかしら」
「は、はい、何でしょうか」
「Ms.じゃなくて、Mrs.ね」
夫はあっち。と黒須に親指を差す逝那に
「はあ…」と呆然としながら返事を返すインテグラ。
「被害は?」
「まだ、大丈夫です。結界のお陰で皆さん無事に過ごせています」
ただ…とため息をつくインテグラに怪訝そうな表情を向ける逝那。
「何か問題ガ?」
「はい、噂で『結界の聞かない不死者』が出てきたと……」
穢れを嫌う聖句の結界を突破出来るのは『刻印教会』エージェントの『不死者』のみだ。
懸念を孕んだ声で
「逝那」と呼んだ黒須に無言で頷く逝那。
「でも大丈夫ですわ。ここは神の家。何かあれば神が我々を守って下さいます」
両手を握り締め、にこやかに語るインテグラに逝那は呆れたような、馬鹿にしたような溜め息をつく。
「神様はアナタ達を助けないよ」
その言葉が響いた瞬間、ガシャアアンと窓を割り不死者達が教会へ侵入する。
阿鼻叫喚渦巻く教会内。
しかし黒須と逝那は動かない。
まるで何かを試すかの様に。
「いやぁっ!ユキナ!なぜ誰も助けないのですかっ!」
不死者に引き摺られながら、インテグラは動かずに直立不動している逝那にそう叫ぶ。
逝那はフッっと失笑し
「神様が助けてくれるんでしょ?」
と冷たく切り返した。
難民の老人達は必死に祈るも、事態が好転する訳も無く―。
「やぁっ!」
服を破かれ、跪かされるインテグラ。
教会の中央には不死者達により全員が集め、固められている。
どうやら一人一人なぶり殺しにするさまを見せつけながら殺すらしい。
凶器を片手に近寄る不死者から後退りするインテグラ。
震えながらロザリオを掴むも、何も起こらない。
「やあっ…たすけて、たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて!」
壊れたレコードの様にたすけてを繰り返すインテグラを嘲笑う不死者達。
嘲笑を終え、凶器を振り下ろさんとした刹那。
「ね?神様は助けない」
乾いた銃声が鳴り響き、インテグラを殺そうとした不死者の頭を吹き飛ばす。
こぼれた脳の肉片と血を浴びながら呆然とするインテグラ。
見れば逝那のグロックが、不死者を捉えていたのだ。
黒須もそれに続き、コートを翻し撹乱をしながら不死者数人に近づき、ワイヤーに絡めとる。
腕を引けば不死者は寸断され、バラバラの肉片がポップコーンにはじけて教会の床を汚してゆく。
逝那が左手に、もう一丁グロックを構える。
勢いよく火を吹き出したグロック達は過たず不死者の体に細かい穴を開ける。
数人を倒した所で、逝那のグロックは熱を持ち、スライドを開ききったまま沈黙した。
つまり弾切れだ。
それを見計らい、逝那へと飛びかかる不死者。
煌めくナイフの刃が逝那を捉えようとした瞬間、黒い影がそれを遮る。
黒須の体がずぶりと刃を飲み込み固定する。
その影で逝那がゆっくりと、確実にリロードを行う。
「神なんて、虚像よ」
神がいたなら、私と黒須は普通に生きていれた。
私は暖たかな両親を手に入れ、黒須も人並みの生活を送れた。
神がいるならば
私と黒須を引き合わせてくれた事だけ
すがってるなんて馬鹿みたい。
amen?そうあれかし?
「そんなのは只の懇願ダ。信仰の蓑を被った自己放棄ダ」
「天は自ら動くものを助けるの。神様なんてのは弱い人間がすがりを求めた末に誕生した虚像」
サイトを不死者のこめかみにあわせる逝那。
そしてチャンバー内を含めた弾丸を全てぶちかます。
頭が吹き飛んだ不死者を見下し、ナイフを引き抜く逝那。
そこについた黒須の血を愛おしく、かなり淫らに舐め回す。
刃に舌が触れたのか、逝那の舌から血が溢れ出す。
逝那の血を求めたのか
生前の未練をその流れる生き生きとした鮮血に求めたのか
黒須は逝那の舌に吸い付き、血を味わい始める。
逝那は拒まず、むしろ押し付けるように口づけを求める。
死体と血と、砕けた臓物にまみれた『神の家』で。
「私が神を信じない理由の一つは黒須。神の定めた敵、不死者なのに黒須はみんなを助けた」
不死者であると露見した黒須を怪訝そうに取りまく皆とインテグラとに高らかに宣言する逝那。
「神に全てを頼るのは馬鹿馬鹿しい。そんなのは生きていないのと同じ」
人には意志がある。
ならば意志のままに生きよ。
逝那と黒須はそれだけ言うと、支部から立ち去った。
外であわただしく展開するSAS部隊の脇を通り過ぎる二人。
黒須は逝那の手をつなぎながら道を行く。
「逝那」
「大体言いたいことはわかるけど、何?」
「法王庁ヴァチカンに行くゾ」
「…そうね」
インテグラは言っていた。
結界をものともしない不死者がいる噂を聞いたと。
逝那は見た。
施された結界を超えて支部に侵入してきた不死者を。
黒須は覚えている。
不死者が結界を突破するには、『刻印教会』製のロザリオが必要だと。
統合すれば
『刻印教会』が裏で絡んでいると
そういうことになる。
「無駄にややこしいナ」
「なら止める?」
「いヤ、逝那が行くのならば俺も行ク。俺は逝那の夫なのだかラ」
逝那はそのセリフに感激したのか、手を離し腕を組む。
陶酔した表情のまま、二人はヴァチカンへ続く道を北上する―。
【ツヅク……】