one:徒花のcorsage
「なぁ、人にぶつかって謝りも無しか?」
薄暗い路地裏から響いた、よくある不良が相手に絡むときの台詞。
今回もそれをいったのは、長い髪を整髪料で後ろに流した男。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて見るのは十代の少女。
セミロングの髪にカチューシャ、服は黒色のフリルのついたゴシック調のドレス。
それはさながら、花嫁姿。
蝋人形の様に虚空を見つめたまま表情を変えない少女に業を煮やした男は手を振り上げる。
が―
後ろから伸ばされた別の手がそれを握る。
「!」
男が振り返ると、そこには黒尽くめの少年がいた。
伸ばしっぱなしの黒髪に、襟を立てた黒のレザーコート。
黒いレザーグローブ。
体には鎖が巻き付けられている。
だが顔は白い。
漂白されたかのように白く、髪の間から覗く眼は瞳孔が開ききっている。
その不気味さに言葉を失う不良男。
少女はその少女の背後に回り、寄り添う。
「彼女に関わるナ」
ぐぐぐと力を込め、バキリと不良男の手を握りおる少年。
叫び声を上げられる前に男の鳩尾に拳を叩き込み、気絶させる。
「大丈夫カ?」
「うん、ありがとう…黒須」
黒須と呼ばれた少年は少女の頭を無表情で、しかし優しく撫でる。
今まで人形のようだった少女も、わずかに頬を緩ませ少年にすりよる。
しかし顔をしかめ離れる。
「どうしタ?」
「匂い、目立ってきた」
少女は香水を取り出し、黒須へと振り掛ける。
二回、三回、四回……
空の香水瓶が路地裏に落ちる。
きつい香水の香りがあたりに立ち込める。
すまなイと黒須が短く詫び、微笑みながら首を横に振る。
黒電話の音が鳴る。
黒須がポケットから携帯電話を取り出し、ディスプレイを確認すると少女に手渡す。
「はい」
『逝那、任務だ』
「はい」
『異端者が深夜にその近辺に出没している。見つけ次第【断罪】せよ』
「はい」
『父と子と聖霊の御名に於いて』
「AMEN」
電話を切った逝那を見つめる黒須。
「仕事、カ」
「うん」
短く告げた逝那を抱え、闇に消える黒須。
路地裏には腕を折られ気絶している哀れな不良しか残らなかった。
夜
街の夜を徘徊する若者。
至極普通の光景だ。
しかし行きずりの通行人を襲い、その血肉を喰らうのは普通ではない。
カニバリズムを楽しむ若者たちの前に立ちはだかる黒須と逝那。
「何だ?お前ら」
女性の頭をかじりながらリーダーらしき男が尋ねる。
無言で黒須は中空に腕を振るう。
すると若者たちに銀色の軌跡が無数に走り、黒須が腕を引いた瞬間数人を除く若者たちが細切れにされる。
「なあっ!」
からがら脱出したリーダー達に拳銃を構える。
コンペンセイターを取り付けたグロックだ。
パパパパパと乾いた音が一繋ぎに響き、過たず少年達の頭を撃ち抜く。
しかしリーダー格は尚も立ち上がり、貪爛な目つきで二人を睨む。
「異端者みたいね」
「ああ、不死者ダ」
仲間の死肉を喰らい、傷を癒やすリーダー格を見つめ、そう言う二人。
「不死者ぁ?」
首を傾げるリーダー格に逝那は胸にさげたロザリオを掲げ、淡々と話す。
「呼んで字の如く、死なずの君、死して尚さ迷う未練の塊、醜悪な身腐り、そして…私の敵」
そう言っておきながら、
「いいえ」と自らの言葉を否定し、黒須に寄り添う逝那。
「私と、我が夫『黒須』の敵」
静かにそう言い放てば、黒須がリーダー格へ突進する。
リーダー格は叫びながら手を突き出し、黒須の腹を貫く。
ダパダパと腹部から濁流の様な血が流れ、地面をどす黒く染めてゆく。
しかし黒須は表情一つ変えず、リーダー格の肩を掴む。
「な、なんだお前!人間じゃないのか!?」
「……」
黙る黒須の側へ移動し、その白色の頬に口付けする逝那。
「私の黒須もまた不死者。不死者を狩る不死者」
逝那は静かにリーダー格のこめかみにグロックの銃口を押し当てる。
「灰は灰に、塵は塵に」
「大丈夫?」
「ああ、問題なイ」
不死者の屍の前で佇む逝那と黒須。
逝那は裁縫針で黒須の傷を縫い合わせている。
痛みは無いらしく、黒須はただ無表情にその作業を淡々と見つめている。
「終わったよ」
「ああ、ありがとウ」
傷を縫い合わせた逝那は黒須にそう言うと、少し身をかがめるように催促する。
黒須が身をかがめると同時に、逝那は自らの唇と黒須の唇を重ね合わせる。
ただ触れるだけの口付けを終え、逝那はさびすを向く。
「行こうか」
「あア」
21世紀初頭。
巷に溢れた存在『不死者』
死したが故に死の恐怖を捨て去り、肉体の限界を超えたそれは人間を侵し始めた。
それを危惧した法王庁ヴァチカンは一つの対異端用特務機関を設立する。
刻印教会である。
僅か構成員数名に満たないその機関は世界各地に出没し、不死者達を全滅していく。
だがそのエージェントこそ不死者であり、そのパートナーが不死者の嫁であることは一握りしか知らない。
「はい、逝那です」
『次の任務だ。至急ロンドンへ』
「ロンドン?」
『英国国教会本部が不死者の襲撃を受けたらしい。法王庁は英国国教会を援護し、不死者掃討に協力することにした』
「わかりました。至急ロンドンに向かいます」
『頼む。父と子と聖霊の御名に於いて』
「amen」
「仕事だナ」
「ロンドンだって、行こう」
「ああ。わかっタ」
そうしてまた交わされる口付け。
偽りと殺戮のweddingを経て、私達は本当の夫婦になった。
病めるときも
苦しきときも
痛むときも
死するときも
違うことなく、一秒一コンマ狂うことなく一緒。
死は二人を分かたずに
より二人を結び付ける。
【ツヅク……】
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【人物紹介】
・黒須
【名/人物】
【享年19歳。175cm/69kg】
・対異端用特務機関『刻印教会』エージェントにして『不死者』
逝那の夫であり、彼女の良きパートナー。
武器はワイヤー。
・逝那
【名/人物】
【17歳。158/48】
・対異端用特務機関『刻印教会』エージェント。
黒須の妻であり、黒須をもっとも愛するパートナー。
武器はコンペンセイター付きグロック。
・リーダー格
【名/人物】
【享年18歳。180/70】
・チーマー。バイク事故で死亡後、搬送先病院にて不死者として覚醒。
武器は素手。
・不死者【名/体質】
・未練を持つ人間が再び生き返る現象。
体を保つために他の人間を補食する必要がある。
主に早死にした十代から二十代が不死者になりやすい。
人間が無意識にかけてある肉体のセーフティーを外せるため、人間より強い。
そのかわり人間時にはなかった自壊の危険性が出てくる。