見つからない凶器
「警部またやられました。」
「これで何件目だね?」
「確か4件目になります。」
「もう4件目か・・・・。まだ凶器は見つかってないのかね。」
「はい。まだです。」
「そうか。うーむ。
鑑識が血眼になって探しても凶器が見つからず、これで4件目か。
厄介な事件だな。」
「かなり奇妙ですね。
これだけ犯行を重ねているのに凶器がまだ見つからないなんて。」
「犯人はどうやって、凶器を隠し通しているのだ。
これだけのことをやって
凶器を人目につかないよう持ち去ることは至難の業だ。
そうは思わんかね。明智君。」
「これは確かに難事件ですね。大木警部。」
私は明智小五郎。職業は探偵だ。
いま、とある事件で、警部に呼び出され、捜査協力をすることとなった。
現場を見るのは今日が初めてだ。
なかなかに酷い有様の現場である。
被害者は江田周平、32歳。
とある会社のサラリーマンだ。
「被害者はなにか恨まれるようなことをしていたんですか?」
「いや、今のところ、そのようなことは分かっていない。
そうだな、木津君。」
「はい。その通りです。警部。」
彼は木津順二。
警部の下で働いている新人の警察官だ。
今年は警部が面倒を見ることになっている。
「それにしても、被害者の体の至る所にアザができていますね。」
「うむ、散々痛めつけたところで、後頭部を一発だ。
おそらく、これが致命傷だろう。」
「これだけのことをやって凶器が見つからない。
確かにこれは奇妙な殺人事件ですね。
警部が手を焼くのも分かります。」
「警部、さっきからいるこの部外者は一体誰なんですか。」
「ああ、彼かね。
彼は難事件の時に、捜査協力を依頼している探偵の明智君だ。」
「どうも。明智小五郎と申します。
しがない探偵をしております。」
「そうだったのですか。
失礼なことを言って申し訳ありません。」
「それはそうとして、今回のこの事件、どう見る明智君。」
「まだ、何とも言えません。
言えることがあるとすれば、
凶器が見つからないことが奇怪だということだけですね。」
「君でもまだ見当もつかないのか。」
「警部、
明智さんにまだ大切なことを話していないのではないですか。」
「そうだった。すまん。明智君。
この殺人はこれが最初ではないのだ。
これと同じ方法でもう前に4件も起こっているのだよ。」
「というと?」
「殺されたんですよ。
被害者と同じようなサラリーマンが自宅で。
何者かに。」
「それはまた・・・・。それはいつのことですか?」
「今月のことだよ。4件とも。」
「被害者の死因は?」
「4人とも後頭部を鈍器で強打されている。
それが直接の死因のようだ。」
「凶器はまだ見つかっていないと。」
「その通り。
凶器はまだ見つかっていない。」
「本当に異常な事件です。
これだけの犯行をしておいて、
凶器が見つからないなんて。」
「警部、1件目に起こった事件から、
順番にその事件の経緯を教えてもらえませんか。」
「いいだろう。明智君。
しかし、他言無用だぞ。
警察がそのことを外部にもらしたことが世間に知られれば大ごとだ。」
「いいでしょう。警部。
事件のことは誰にも言いません。」
「分かった。
木津君、事件の詳細を明智君に話してくれ。」
「ぼ、ぼくがですか!?」
「何か問題があるのかね。木津君。」
「い、いえ何もありません。警部。」
「では、詳細を説明します。
まず一件目は今月の初旬に起こりました。」
1人目の被害者は有明五郎、30歳。
この連続殺人事件の最初の被害者だ。
時間は今月の初旬にまで戻る。
彼はどこにでもいる普通のサラリーマン。
趣味と言えるものは、酒とタバコぐらいだった。
そんな彼は殺される直前に、ある女性と出会っていた。
その女性はとても凛々しく、高貴な雰囲気を醸し出した、
しかし、どことなく不思議な人だった。
その時から、彼の人生は変わってしまったかもしれない。
まさか自分が殺されることとなるとは思わなかっただろう。
しかも、あのような凶器で・・・・。
彼は、あの女性のことが忘れられなくなっていた。
もしかすると、彼は恋に落ちてしまっていたのかもしれない。
彼がその女性に会うまでの生活はこうだ。
朝8時30分に会社に出社し、
その日割り当てられていた仕事をひたすらこなすという生活だった。
そんな毎日に嫌気がさしていたのかはわからないが、
彼は昼休みになると、
缶コーヒーを片手にタバコを吸いながら、
雲を見るのが習慣になっていた。
なんでこんな仕事についてしまったんだろう
と思うこともあったのかもしれない。
これは私の邪推になるが・・・・。
彼は昼休みが終わるすぐに彼のデスクに戻り、業務をこなし続ける。
時計を見るともう夕方の5時30分になっていた。
もうその日の業務も終わりかけだ。
「有明さん。今日、飲みに行きませんか!」
後輩から声がかかった。
「今日はやめておくよ。」
有明は残念そうにそう返した。
「何でですか?有明さん、
いつも一緒に飲んでたじゃないですか。」
「医者から止めるように言われたんだ。
だから、飲みたくても飲めないんだよ。」
「あ~あ、それじゃあ、しょうがないですね。
じゃあ、お先に失礼します。」
「はい。お疲れ様。」
はぁ、おれも飲みに行きたかったな・・・・。
まぁ、仕方ねえか。今日は帰るとしよう。
有明は帰路に着き、一人寂しく家に帰った。
とこれが、今月に入ってから、殺されるまで彼の生活だ。
「とまあ、こんなところですが、
どうですか明智さん?」
「・・・・。
まだ、この事件がどういうものかということを
お話になっていないので何とも言えません。」
「そうだぞ。木津君。
被害者の身の上話ばかりで、
本題の事件の詳細がまだのように感じるのだが。」
「お言葉を返すようですが、警部。
事件の詳細はやはり、現場に行ったうえで伝えたほうが
明智さんも分かり易いのではないでしょうか。」
「うむ。確かにそうだな。
ここで話すより、実際、明智君に現場を見てもらったほうがいいな。」
「で、警部。
その1人目の現場というのは一体どこになるのですか。」
「これから、そこに案内します。
明智さん。」
そこは騒々しい、高層ビルの立ち並ぶ都内のマンションの一室だった。
件の部屋はブルーシートで覆われ、
警察官が立っていて、
一般人には入れないようになっていた。
「お疲れ様。」
警部がそう声をかけると、
お疲れ様ですと返事が
そこにいた警官から返ってきた。
「お疲れ様です。」
木津警官がそう声をかけると、
同じようにお疲れ様ですという返事が返ってきた。
「ここが第一の殺人現場だ。
何か変わった点はあるかね。明智君。」
「そうですね。
今のところまだ分かりかねます。
ここでも凶器は発見されていないのですね。」
「うむ、そうだ。
凶器が何なのか見当もつかない。
だが、鈍器であることは確かだろう。」
「さて、木津さん。
そろそろ、事件の詳細を話してはいただけませんか。」
「はい。明智さん。
それではお話しします。」
被害者は有明五郎、30歳。
死因は後頭部を鈍器で強打されたことによる、失血死。
その他にも体の至る所を殴打されている。
これは誰かの恨みを買っていたのかもしれない。
部屋の物が盗まれた形跡はないので、物取りの犯行ではないだろう。
それにしても、この事件は知れば知るほど、怪奇的になっていく。
このような人通りの多い場所にあるマンションの一室から、
犯人はどのように凶器を外に持ち出すことができたのか。
まず、この謎を解かないことにはこの怪事件が解決することはないだろう。
何か見落としているものがあるのかもしれない・・・・。
「というのがこの事件の詳細です。」
「・・・・。・・・・。」
「明智さん。聞いてますか。」
「・・・・。・・・・。」
「明智さん。明智さん。」
「・・・・。おっと失礼。
少し考え事をしていて、話を聞いていませんでした。
・・・・・。で、なんでしたか。」
「事件の詳細はこれで全てですと言ったんですよ。」
「そうですか。
どうも、すいませんでした。
少し考え事に集中し過ぎました。」
「それでだ。何か分かったかね。明智君。」
「いや、まだ何とも言えません。ただ・・・・。」
「ただ、何なのかね。」
「いえ、ただ、一つ気になることがありまして。」
「その気になることとは何なのかね。」
「一つお聞きしたいことがあるのですが、被害者の後頭部には何かついては
いませんでしたか?」
「なんだ、そんなことですか。
被害者の後頭部についていたのは、何かの屑のようでしたよ。
どうせ、何かの拍子に偶然ついたんでしょう。」
「そんなこと、とはなんだね。木津君。
明智君に失礼じゃないか。」
「す、すいません。警部。」
「謝る相手が違うのではないかね。」
「は、はい。す、すいません。明智さん。」
「いえ、私も話を聞いていませんでしたし、お互い様です。」
「それでだ。明智君。
何か凶器の手掛かりはつかめたのかね。」
「・・・・。いえ。
今のところ断定はできません。」
「そうか。残念だ。うーむ。
さすがの明智小五郎も今回はお手上げか。」
「け、警部。明智さんに失礼ではないでしょうか。」
「すまん。明智君、嫌なことを言ってしまったな。」
「いえ。気にしていません。
実際、まだ何の手掛かりもつかめてはいませんから。
しかし、警部。他の被害者についても話してはもらえませんか。」
「うむ。いいだろう。
もしかすると、この事件を解くカギになるかもしれん。
頼むぞ。木津君。」
「また、ぼくですか?」
「何か不満でもあるのかね?」
「い、いえ、ありません。」
「それでは、2人目の被害者について話します。」
2人目の被害者は稲生啓二、40歳。
他の被害者と同じくとある会社のサラリーマンだった。
彼が殺されたのは、
最初の被害者が出てから3日後のことだった。
彼は普段、会社に9時ごろ出社し、
そこから仕事を始めるのかと思いきや、
昼間で仕事をするふりをして、
ひたすら会社のパソコンで、ゲームをするような人間だった。
そんな彼は同僚に働くようたしなめられる事が多かった。
しかし、彼は真面目に働こうとはせず、同僚の注意を無視し、
昼までゲームを続けた後、昼休みになると、
屋上へ行き、空を見上げながら一人で昼食を食べるのが日課だった。
昼休みが終わり、業務時間が開始すると、
朝とは違い、彼は真剣な面持ちで仕事に取り組んでいた。
その仕事の質の高さ、量の多さは他の社員の比ではなかった。
彼は朝から何も手を付けず溜まっていた仕事を
6時までには全て終わらしてしまっていた。
そして、業務が終了すると同時に、
挨拶をして、そそくさと帰るのがいつもだった。
もしかすると、
彼のことを妬んでいた同僚も少なくはなかったのかもしれない。
「はぁ~。何でこんな会社に入ちまったんだろう。
業務はあまりにも簡単で、張合いがないし、
仕事が早い分、同僚には疎まれるし。
は~あ。ついてねえな。」
「何がついていないのですか。
ため息ついてばかりだと幸せが逃げていきますよ。」
そこにいたのは、とても凛々しく、美しい、
不思議な雰囲気の女性だった。
彼は酩酊した状態で、おぼろげな意識で彼女を見た。
彼は彼女に出会う少し前、
心の中に溜まった鬱憤をはらすために、
大酒を飲んでいたのだ。
彼は彼女にこういい返した。
「人生がつまらないんだ。
職場では同僚に疎まれ、仕事は楽しくはない。
なんでこんな職に就いちまったのかわからない。」
彼は自分でも驚くほどに、初めて会った彼女に自分の心情を吐露していた。
「人生はあなたが思うほどつまらないものではないですよ。
きっと今までは運が悪かっただけですよ。
気を取り直して、これからの人生、
自分が楽しめることをおやりになれば良いではないですか。」
彼女は彼を不思議そうに見つめ、こう言った。
「しかし、俺はもうこんな年で、
今からやれることなんてありゃしない。」
「そんなことないと思いませんか。
新しいことに取り組むことに年なんて関係ありません。」
「お前みたいに前向きに考えられたら、
おれの人生ももっと楽しいものだったかもしれねえな。」
「あら、もうこんな時間。
わたし、もう帰らなくちゃ。
家で弟が待ってるんです。」
「そうか。じゃあな。」
「はい。さようなら。」
これが、稲生啓二が死ぬ、数日前のことである。
彼はあの会社帰りの不可思議な夜のことを
忘れられずにいただろう。
それは単に悪酔いをしていただけでなく、
彼女との出会いがあったからかもしれない。
彼は彼女に言葉では言い表せない感情を抱いたに違いない。
なぜなら、彼女の言葉によって彼の人生が変わろうとしていたからだ。
しかし、彼は死んでしまった。
これからは、前向きに生きていける可能性があっただけに、
彼にとって死は本当に遺憾なものだっただろう。
「これが、彼が殺される直前の彼の生活です。」
「・・うーむ。何か分かったかね。明智君。」
「いや、やはりこれだけでは・・・・。」
「いやはや。参ったね。
未だに何の糸口も掴めていない。」
「警部。
第2の被害者が殺された場所を
調べさせてもらってもよろしいですか?」
「うむ。そうだな。
現場を見ることで、君も何かひらめくかもしれん。」
「そういうことなら、早速、行きましょう。」
この殺人現場も、
一件目と同じく人通りの多い市街地で、
違うことと言えば、アパートが古びれていることぐらいだろう。
その古びたアパートの一室が今回の殺人が起こった場所だ。
やはり、一般人が入れないように複数の警官が立っている。
現場は相変わらず、青のビニールシートで覆われていた。
「ここが第2の被害者の殺害現場です。明智さん。」
「・・・・。ここがですか。・・・・。」
「何か事件を解くカギは見つかったかね?」
「・・・・。まだです。
ですが、一つお尋ねしたいことがあるのですが。」
「何かね。」
「この部屋のカーペットに、何か付着してはいませんでしたか?」
「それなら、何かの屑がついていました。
確か、食べ物の屑だったはずです。
それが今回の殺人と何か関係があるんですか?」
「・・・・。いやまだ確証はありませんが。」
「もったいぶらずに言ったらどうかね。明智君。」
「いえ、まだ話すことはできません。
なぜなら、まだ決定的なものが見つかっていません。」
「・・うむ。そうか。なら仕方がない。
今日はもう遅い。今日はこれくらいで終わりとしよう。」
「本当だ。もう夜の9時ですよ。
今日は何の手掛かりもつかめませんでしたね。」
「うむ。また、明日出直すとしよう。」
「それでは、警部。
ぼくはもう上がりますね。
家で姉が待っていると思うので。」
木津順二はそう言い残し、そそくさと帰ってしまった。
残った二人はどうするわけでもなく、星の光る夜空を見上げていた。
「警部。今回の事件、どう思いますか?」
「どうとは?」
「何かが引っかかりませんか?」
「・・うーむ。引っかかることと言えば、凶器が見つかっていないことだけだが。」
「・・・・。そうですか。・・・・。
警部。一つ頼みたいことがあるのですが。」
「なんだね。」
「少し木津さんの事について調べてはもらえませんか。」
「木津君のことをかね。
彼が今回の事件と何か関係があるというのかね。」
「いや、まだ断定はできませんが。」
「・・それでだ。彼の何について調べればいいのかね。」
「それは・・・・。」
木津順二の話にはいくつかおかしな点があった。
それはまだここで明確に言うことはできないが、
大木警部の調べがすめば、いずれ分かるだろう。
さて、もう朝だ。
この事件、上手くいけば明後日までには片付くだろう。
いや、そう願いたいものだ。
犯人が動いてくれることを祈ろう。
「おはようございます。警部、それに明智さん。
今日は本当に良い天気ですね。
今日中に事件が解決するといいのにな。」
「おはようございます。木津さん。警部。」
「うむ。おはよう。
昨日はゆっくりと休めたかね。」
「いや、
ぼくは事件のことが気になってあまり休めませんでした。
明智さんはどうですか?」
「私もお恥ずかしながら、
あまり眠ることができなかったのですよ。」
「そうなんですか。
ぼくと同じですね。」
警察署から出て、そんな話をしていると、
第3の事件現場に着いた。
そこは警察署の近くにあるマンションだ。
なかなか大胆な犯行だ。
これだけ人通りの多い、
しかも警察署も近くにある場所で犯行に及ぶなど
よほど手馴れていないとできない犯行だ。
これは犯人が手馴れてきた証拠だ。
この現場もやはり、警察官が監視して、
一般人は入れないようになっている。
大木警部と木津警官が挨拶をし、
その部屋に入っていく。
私も彼らに次いで、部屋へ入った。
「ここが第3の現場です。
被害者は上島和博、28歳。
彼も同じように鈍器のようなもので、
後頭部をズドンと一発やられています。
それが致命傷ですね。」
「そうですか。
被害者の後頭部には何かついてはいませんでしたか?」
「・・・・・・・。いえ。
今回の被害者には何もついていませんでした。」
「・・うむ。
今回も手掛かりは見つからないか。
なあ、明智君。」
「そうですね。本当に残念です。・・・・。」
「警部。明智さん。
そう気を落とさず。きっと手掛かりは見つかりますよ。」
ここで、第3の事件について整理しておこう。
被害者は上島和博、28歳。
ただのサラリーマン。
昨日、大木警部にもらった資料によれば彼の生活はこうだ。
上島和博は朝8時40分に会社に出社後、
ずっと誰とも話さず、ただ仕事を黙々とこなしていた。
昼休みになると、会社の購買部に行き、
パンと牛乳を買い、それを屋上で食べるという生活を送っていた。
おそらく、心に大きな穴が開いていたのだろう。
彼の心は満たされない。
昼休みが終わると、業務に戻り、ただひたすらそれをこなし、
5時には業務をすべて片づけ、挨拶だけをし、帰ってしまう。
そういう社員だった。
しかし、殺される直前は少し違う物だった。
ある女性と会っていたのだ。
「はぁ~。今日も疲れたな。僕には何の趣味もない。
今日もただ仕事をこなしただけで、
それ以外、何もしていない。
こんなはずじゃなかったのに。
満たされない人生だな。」
「なぜため息をおつきになっているのですか?」
誰だ?彼は驚いて声のするほうへ振り向いた。
そこには黒髪の似合う綺麗な女性が立っていた。
「ため息をついていると幸せが逃げていきますよ。」
「いいんです。
僕の人生には幸せなんてありません。
毎日、同じことの繰り返しです。
何も楽しいことなんてありません。」
「何もないのなら、
新しく始めればいいではないですか。」
「今から、新しいことを始めるなんて、
とてもできるものではありません。
僕は大学を卒業して、もう6年にもなるんです。
今さら・・・・。」
「そんな事はありません。
新しいことを始めるのに年なんて関係ありません。
大切なのは挑戦する意志があるかどうかです。
あなたもその意志さえあれば今の状況を変えられます。
だから、あきらめないで下さい。」
「そうかな。・・・・・・。
なんかできるような気がしてきた。
ありがとうございます。
この恩は忘れません。」
「そんないいですよ。
お役にたてて良かったです。
では、さようなら。
また、どこかでお会いしましょう。」
そう言い残し、彼女は帰って行った。
「よし、がんばろう。」
そう自分を元気づけ、彼も家に帰って行った。
彼は彼女に特別な思いを抱かざる得なかった。
それが警察署の前で、彼と彼女が交わした会話だった。
彼にとってはそれが他人と交わした人生最期の会話になってしまったのだが。
とこれが、殺される前の彼の生活だ。
この報告書をまとめたのが新人の木津警官だった。
さて、彼の身の上話はここで終わりだ。
そろそろこの事件の全容がつかめようとしてきた。
あとは凶器を特定するカギとなるものを見つけるだけだ。
「明智さん。明智さん。
なにをボーっとしてるんですか。
ここでも凶器の手掛かりとなるものは見つかりませんでした。
最初に明智さんが来てくれた現場にいきますよ。」
「ちょっと待ってください。」
「何ですか。
もうここには何もありませんよ。
明智さん。
手掛かりが見つからないからってやけになるのは止めてください。」
「いやまだ調べるところはあります。
警部、冷蔵庫の中はもう調べましたか?」
「いや、まだ調べ取らんが。」
「そんなところに何があるっていうんですか!」
「警部、一度そこを調べてみてください。」
「うむ。分かった。」
「そこに何か入っていませんでしたか。」
「いや特にこれといって・・。
あったといえば、
何か太い食べ物のようなものだけだったが。」
「ほら。
やっぱり、何もなかったじゃないですか。
もういいでしょう。次の殺害現場に行きますよ。」
「・・・・。はい。
もういいです。
手掛かりは何も見つかりませんでした。
仕方がないですね。
私が最初に呼ばれた現場に行きましょう。」
「そうするとするかね。明智君。」
「行きましょう。警部、明智さん。」
私たちは第4の殺人が起こった現場に再び、足を運んだ。
「確かこの現場の近くに、君の家があるのだったな。木津君。」
「・・・・・・。はい、そうです、警部。
ぼくの家はこの現場のすぐ近くなんですよ。」
「今日はこの現場を再度調べれば終わりだ。
君もすぐに帰れるので嬉しいだろう。」
「・・・・・・。そうですね。家には姉がいますし。
ぼくの帰りを待ってるんで。」
「私はもう一度、被害者が殺された場所を調べてみます。」
「うむ。そうしてくれ。
今度こそ、凶器の手掛かりを発見してくれ。
頼んだぞ、明智君。」
「お任せください。」
「では、ぼくは台所近くを調べてきます。」
「うむ。」
さて、彼が行ったところは冷蔵庫のある台所近くだが、
どうやら今回、犯罪の凶器に使われたのは
普通は思いつきもしないものだ。
しかし、まだ犯人が誰なのかはここで断定するのは少し尚早だろう。
急いてはことを仕損じるというものだ。
ここは犯人が尻尾を出すまで、じっくり待つこととしよう。
事が起こるとすれば、明日であろう。
それまで待つことが得策だ。
「もう、台所周辺は調べ終わりました。
結局、何もなかったです。
明智さんの方は何か目ぼしいものは見つかりましたか?」
「残念ながら、こっちは何も見つかりません。」
「そうか、今日も何も収穫はないか。残念だ。
もう夜も遅い。木津君。明智君。
今日はもうお開きとしよう。」
「今日はまた一段と遅くなりましたね。
もう夜の10時ですか。
姉が待ってるんで早く帰らないと。
警部、明智さん。失礼します。」
「お疲れ様です、木津さん。」
「うむ、お疲れ様、木津君。」
「さて、昨日の件ですが。」
「ああ、君の睨んだ通り、木津の姉は被害者と関わりを持っていたよ。
木津の姉の特徴が、4人の被害者が出会った女の特徴と一致している。
木津の姉が今回の事件に絡んでいると見て、間違いないだろう。」
「やはり、そうですか。・・・・。」
「まさか、木津の姉が今回の事件の犯人なのかね。明智君。」
「・・・・。確かに事件に関わってはいますが。」
「いますが、なんだね。」
「まだ犯人と決まったわけではありません。」
「はっきりしない言い方だな。」
「警部、もう一つ頼みがあります。」
「何だ、今度は木津の姉の張り込みでもしろというのかね。」
「確かに、それもありますが、私が頼みたいことは・・・・。」
私は話を終え、家に帰った後、
警部からもらった被害者の資料をもう一度、読み返した。
4人目の被害者は江田周平、32歳、
ほかの3人と同じく単なるどこにでもいるサラリーマンだ。
彼は朝10時に会社に出社し、
仕事をしようともせず、
デスクに座ってただ時間を潰すだけだった。
この会社は普段あまり仕事がないのだ。
忙しい時期は猫の手も借りたいくらいの忙しさなのだが、
今はほとんど仕事がない時期だった。
そのため、彼は会社のデスクに座って、
何もせず過ごしているだけだった。
唯一の楽しみといえば、昼休みに屋上に上がり、
空を見上げ、雲の数を数えることぐらいだった。
昼休みが終われば、デスクに戻り、新聞でも読みながら、
ただその日の勤務時間の終了を待つだけだった。
その日の勤務時間が終わると、
彼は誰にも挨拶をすることなく、そそくさと帰ってしまった。
「今日も何もなかったな。
毎日が退屈だ。
こんな職になぜ就いてしまったんだろう。
もっといろんなことをして、
いろんな人と関われる職だと思ったから、この職についたのに。
とんだ貧乏くじをひかされた。
こんなつまらないことだけで、俺の人生終わってしまうのか。」
「そんなことないですよ。
あなたの人生はそんなことでは終わりません。」
後ろの方から声がし、彼は声のする方へ体を向けた。
「何だ。あんたは。」
「ごめんなさい。
急に声をかけてしまって。
あなたがあまりにも悲しそうにしていたので、
つい声をかけてしまいました。」
「ほっといて。
あんたには関係ないだろう。
俺の事なんて。」
「そんなことないですよ。
悲しそうにしている人を見ていると
なぜだか私も悲しくなるのです。」
「そうか。・・・。
そうかよ。
なら、俺の話をちょっと聞いてはくれないか。」
この時、彼は不思議とこの女性には自分の本音を話しても大丈夫な気がしたのだ。
「自分の今の状況にうんざりしてるんだ。
仕事はつまらない。
でも、何か新しいことを始める勇気もない。
そんなこんなで、適当に人生を生きたんだ。
これからも、こんな人生を生きていかないといけない
と思うと嘆かずにはいられない。」
「そうですか?
私にはあなたには人生を変えようという
意志があるように感じます。
あなたがやりたいと思ったことを
思い切りおやりになればいいのではないですか。」
「俺のやりたいことか。
俺はいろいろな人と関わってその人たちに
喜んでもらえる仕事がしたかったんだ。
それができると思ってこの会社に入ったのに結局、
そんなことは何もできなかった。
それが本当に悲しかったんだ。」
「それなら、今からやればいいではないですか。」
「一体何をやればいいと言うんだ?」
「あなたのしたいことですよ。
それはあなた自身が分かっているのではないですか?」
「・・・。そうだな。
俺は人に夢を与える仕事がしてみたかったんだ。」
「それはどんなものですか?」
「恥ずかしいんだが、俺は絵本を書いてみたかったんだ。」
「良い夢をお持ちではないですか。」
「いや、本当に恥ずかしい限りさ。
今のこの俺の現状を見ると笑えるだろ。
とてもじゃないが、子供に夢を与れるようなものじゃない。」
「そんなこと、ないですよ。
たとえあなたが満足していなくても、
あなたは立派に働いているではないですか。」
「そんなことないさ。
ただ自分の席に座って
勤務時間が終わるまで時間を潰してるだけだ。
ほら、つまんないだろ。」
「そうは思いません。
ですが、もしあなたがそう思うのなら、
書けばよいではないですか。
絵本を。」
「そんなこと言われても、
俺はそれを書く文章力もなければ、
絵だってとても上手いとは言えない。」
「それでもいいのですよ。
何かを全力でやってみるというのが大切なのです。
たとえ最初、失敗してもそれはそれで良いではないですか。」
「そうかな。・・・。そうだな。
ありがとう。
やってみるよ。
失敗したら、その時はその時だ。」
「その意気です。
人生で一番大切なことは
自分のやりたいと思ったことに挑戦してみることですよ。」
この出会いはきっと彼の人生を
大きく変えることになっただろう。
まあ、それは彼が生きていたらの話だが・・・・。
彼も彼女に心を動かされた人物の一人だ。
それと同時に今回の殺人事件の被害者の一人でもあるのだが。
そして、その4人の被害者と関わりのある女性が木津彩名。
明日になれば、犯人が動くはずだ。
いや動くことを願うばかりだが・・・・。
この事件が私の予想を裏切った形で、
解決するとはここでは夢にも思わなかった。
「警部。明智さん。おはようございます。」
「おはようございます、木津さん。
おはようございます、警部。」
「おはよう。木津君。明智君。」
「さてさて、今日は何をしましょうか。」
「・・。何だ。まだ決まっとらんのかね。明智君。」
「・・・・。はい。今日はまだ、何をするか決めてはいません。」
「それなら、もう一度、殺人現場を調べてみませんか。」
「いや、その前にやりたいことが一つあります。」
「したいこととは何だね?」
「被害者に関する事柄の整理です。」
「待ってください。
それはもう、ぼくが済ませているではないですか。」
「まあまあ、落ち着きたまえ。木津君。」
「・・・・・・・。分かりました。警部。・・・・・・。」
「まず、第1の被害者は有明五郎、30歳。
次に、第2の被害者は稲生啓二、40歳。
そして、第3の被害者は上島和博、28歳。
最後に、第4の被害者は江田周平、32歳。
全員、ただのサラリーマンでこれと言って、
殺されるほどの恨みを買うほどの人物ではありません。
気になることと言えば、4人とも、死ぬ前に偶然、
女性と会っていたということぐらいですね。」
「うむ。その女性がこの事件に噛んでいることは確かだろう。」
「そうですね。
この女性はもしかすると、
この事件の犯人なのかもしれません。
・・・・。この女性の身元はもう分かっているのですか?」
「・・。いや、それがまだ分からんのだ。」
「・・・・・・。
その女性は今回の事件とは無関係の可能性もありますよ。
偶々、道で出会っただけかもしれません。」
「・・。なぜ、そんなことが言い切れるのかね。木津君。」
「それは、・・・・・・。
警察としてのぼくの勘です。」
「・・・・。
そうですか。勘・・・・ですか。」
「そうです。勘です。
そういう物、明智さんにもあるのではないですか。
探偵の勘のようなもの。」
「・・・・。確かにあるにはありますが。」
「それでだ。結局、どうなんだ。
明智君は木津君の話を聞いて、どう思ったんだ。」
「私ですか。
私は・・・・木津さんの勘を信じて、
今回、その女性は無関係ということにしておきましょう。」
「・・・・・・。
そうですか。
信じて頂き、ありがとうございます。」
「さて、被害者のことも整理できましたし、
第1、第2、第3、第4の現場を順番ずつ、回って行きましょう。」
「うむ、そうするとするか。」
「分かりました。行きましょう。」
まず、私たちは第1の犯行現場に向かった。
そこは相変わらず騒々しく、
人や車であふれる大通りに面しているマンションの一室だ。
そのマンションは四方をビルに囲まれている。
ここから、犯行に使った凶器を持ち出した場合、
すぐに見つかって、お縄を頂戴されることになるだろう。
ここで見つかったのは、被害者の後頭部に着いた何かの屑くらいだ。
もう一度、よく調べてみたが、
何も見つけることはできず、
これ以上の物は何も見つからないと私たちは判断した。
そこで次に、私たちは第2の現場へ向かった。
そこもやはり人通りの多い場所にあるくたびれたアパートだ。
ここも、凶器を持ち出すには適さない所に位置する。
それを運びだそうものなら、人目についてしまう。
ここからも、凶器を運び出すことは不可能だ。
ここで見つかったものと言えば、
カーペットから発見されたものは食べ物の屑だけだ。
再度、丁寧に調べてはみたものの、何も見つかる気配はなかった。
「本当に、何も見つかりませんね。警部。明智さん。」
「・・・・。そうですね。本当に困りました。」
「さすがの明智君も今回はお手上げか。」
「次の事件が起こるまで、もしかすると、
何も見つからないかもしれませんね。」
「・・。なぜ、次の事件が起こると思うのだね。」
「・・・・・・。
いや、ただなんとなくですよ。なんとなく。」
「・・・・。
さて、それはさておき、次の現場に向かうとしましょう。
木津さん。警部。」
「は、はい。向かうとしましょう。」
「うむ、そうするかね。」
第3の犯行現場は警察署近くのマンションだ。
犯人はよくこんな所で犯行に及べたものだ。
一つ間違えば、警察に見つかり、全てが終わる。
余程、犯行が手馴れてきたか、
警察の動きを知るものでもなければこんなところで、
人を殺すなどできるはずもない。
ここ見つかったものは、・・・・、
何か太い食べ物だけだった。
やはり、この場所も新しく見つかったものはなかった。
さて、最後の現場だ。
第4の犯行現場は、確か木津さんの家の近くだったはずだ。
ここでは、凶器の手掛かりどころか、
本当に何も見つからなかった。
そこで、もう一度、調べなおしてみた。
だが、やはり何も見つからない。
「本当に、何も見つからん。どうしたものか。
なあ、明智君。」
「全くです。
これは別の視点から
この事件を見直してみないといけないかもしれません。」
「別の視点とは?」
「・・・・。
ここではまだ言えません。」
「そんなこと言って、
分からないのを誤魔化しているだけじゃないんですか?
明智さん。」
「失礼なことを言うな。木津君。
今日はもう遅い。また、明日出直すとしよう。
それでいいな。明智君。」
「はい、構いません。」
「今日は夕方の7時だ。
たまには早く帰ってあげたら、
君の姉が喜ぶのではないかね。」
「・・・・・・。そうですね。
家で姉が待っていると思うので、
お先に帰らせてもらいます。
お疲れ様です。」
さて、ここで注目すべき点は、犯行現場の位置である。
1つ目の犯行現場は人通りの多い通りに面している。
2つ目の犯行現場も人の行き来する道にある。
3つ目の犯行現場は警察署の目と鼻の先だ。
4つ目の犯行現場はある男の家の近くだ。
徐々にその男の家に近づくように犯行現場が移動している。
その男が新たな犯行を重ねるとすれば今日だ。
「警部、私の昨日頼んだことなのですが、
彼は帰った後、何をしていましたか。」
「あいつは、外を出歩いていた姉をずっと尾行していた。」
「誰か一緒にいた人はいますか。」
「うむ。男を1人連れておった。」
「そうですか。・・・・。
となると、やはり行動に移すとすれば今日です。
警部急ぎましょう。手遅れになるかもしれません。」
「何をするつもりなのかね。」
「詳しい説明は後です。
急いで彼のあとを追いましょう。」
私たちは彼の後を急いで追った。
もう彼に新たな犯行を起こさせないためだ。
これ以上、犠牲を出してはならない。
しかし、彼の姿はどこにもない。
急がなければ、新たな犠牲者がまた生まれてしまう。
一体彼はどこに行ったんだ。
「警部。彼を尾行していたとき、
彼は自分の姉を気づかれないように、
彼女の後ろを追っていたのですね。」
「うむ、そうだ。」
「その時、彼女の連れていた男はどこに行きました。」
「その男なら、ずっと彼女と一緒だったな。
何せ、その男は彼女の住むアパートに住んでいたのだ。
彼なら彼女のすむ部屋の真下に住んでおる。」
「それならば、そこに急ぎましょう。
その人の身が危ない。」
「うむ、分かった。」
私たちは、全速力で彼の住むアパートに向かった。
彼が無事であればそれでいい。
彼のアパートに着き、彼の部屋のドアを開けて、
押し入ると2人の男が揉み合いになっていた。
「何をするんだ。お前は。」
「ぼくの姉さんをお前になんかに取られてたまるか。」
「木津君、止めるのだ。」
大木警部が木津を止めにかかる。
「こいつが。こいつが。ぼくの姉を。」
「木津さん。もうこれ以上、罪を重ねないで下さい。」
「・・・・・・。そうですね。もうばれてしまっているんだ。
今の状況でこの男を手にかけることは不可能だ。」
「その手に持っているものは何かね。木津君。」
「それはカルパスですよ。警部。」
「・・。それは何だね。」
「酒のつまみで食べられる肉の塊のようなものです。
表面が固く、鈍器の代わりに十分用いれます。」
「・・。それが・・。」
「表面は確かに固いですが、歯で噛み切れないほどではありません。
そのため、犯行に使ったあと、無理やり飲み込み、
凶器を見つからないようにしたのです。
さすがに、腹の中に入れられては探しようがありません。」
「・・。そんなものが今回の凶器かね。」
「被害者の後頭部や、カーペットにそれらの屑が付着していました。
さらには冷蔵庫の中には酒のつまみのために、
被害者が買ってきたものが残っていました。
それが冷蔵庫に残っていることを知っていたので、
木津さんは動揺していたのでしょう。」
「はい。明智さんの言う通りです。
ぼくはそれを使い、今回の殺人を起こしました。
それなら、凶器が発見されるはずがないと思ったからです。」
「・・。なぜこのような事をしたのだ。木津君。」
「それは彼が自分の姉を取られると思ったからですよ。警部。」
「・・・・・・。明智さんは何もかもお見通しなのですね。
ぼくの姉には夢遊病の症状がありました。
その症状が現れたのはここ最近の事です。」
「それは、またなぜだ?」
「姉は会社から不当に解雇されました。
姉は仕事が出来過ぎたのです。
それを快く思わない人たちから、疎まれ・・・・・・。
姉が仕事でミスをした時、
ここぞとばかりにそれを非難され、
結局、姉は会社をクビになりました。」
「それが夢遊病の引き金になったということですね。」
「はい。姉に夢遊病の症状が現れたのは、そこからです。
初めは夜にただ出歩くだけでした。
しかし、症状は悪化し、見ず知らずの人に声をかけるようになりました。」
「それが今回、あなたが手に掛けていった人たちですね。」
「はい。全くその通りです。
・・・・・・。
姉を取られるのではないかと不安でした。」
「しかし、
あなたの姉はその人たちに希望を与えていたではないですか。」
「・・・・・・。はい。
姉は自分と同じような、
仕事で行き詰っている人に声をかけているようでした。」
「そんな人たちをあなたは手に掛けた。
あなたはこの罪を償うべきだ。」
「はい。今では後悔しています。
これから前向きに生きていこうと心を入れ替えた人たちを・・・・・・。」
「明智君。なぜ今回の犯人は木津君ではないかと考えたのかね。」
「それは木津さんの話からです。
木津さんは今回の犠牲者と彼の姉の話の内容を知っていた。
これは彼が何らかの形で、
犠牲者と接触していないと知り得ないことだ。」
「おっしゃる通りです。
姉の後をつけていた時に、
姉が彼らと何か話しているのを聞いていました。
姉は彼らにとって希望を与えてくれた恩人なのでしょう。
彼らが姉に特別な感情を抱き、
姉が取られることは絶対に避けなければならない、
その感情がぼくを犯行に走らせたのです。」
「そうだったのか。・・。
木津順二。殺人及び殺人未遂の容疑で逮捕する。」
木津順二の取り調べは、
彼がすべてを自供したため、順調に終わった。
彼の自供によれば、
彼が手に掛けようとした男はこのような男だった。
その男は奥長蓮司、29歳。
やはり、どこにでもいるサラリーマンだった。
彼は仕事はできるのだが、
その仕事の内容に飽き飽きしていた。
もう会社を辞めようかと思っていたところに、
木津彩名、彼の姉に声をかけられたのだ。
「元気がないようですね。
どうされたのですか?」
彼女はいつものように気さくに話しかけた。
彼は驚いた顔をして、彼女を見つめた。
誰かに悩みを聞いてほしかったのかもしれない。
だから、悩みをためらうことなく打ち明けた。
「仕事で悩んでいるんだ。
今の仕事は良いことは良いんだが何か満たされない。
だから、新しいことに挑戦したい思うのだが、
なかなか踏ん切りがつかない。
俺の人生はやはり、このまま何もせず、
過ごしたほうが良いのかな。」
「そんなことはありません。
どんな時でも、前向きに挑戦していくことが大切なのです。」
「・・・。
そうなのかなぁ。」
「そうですよ。
あなたは何をしてみたいのですか。」
「ぼくは子供に笑顔を与えるようなものを作りたいんだ。」
「それなら作ればよいではないですか。
いえ、ぜひつくりましょう。」
「それなら、君も手伝ってはくれないか?
君となら作ることができそうだ。」
「はい。喜んで。
それで、何を作るんですか?」
「それは・・・・・・・。」
木津彩名は奥長蓮司と出会って以来、
すっかり元気を取り戻した。
もう、夢遊病のような症状もなくなっていた。
彼らは今、自分たちの夢に向かって頑張っている。
「いやはや。木津君の姉はすっかり元気になって良いことだ。」
「はい、木津さんもそれを伝えると喜んでいました。
本当は姉思いの良い人なのに、
今回のような犯罪をしてしまったのが残念でなりません。」
「うむ。そうだな。
彼の姉への思いが彼を暴走させてしまったのだろう。
しかし、彼女が今では立ち直り、
元気でやっているのが彼にとっての救いだ。」
「彼にはしっかりと罪を償ってほしいものです。」
「償うだろう。彼なら。心の底から。」
私は探偵だ。
探偵は様々な事件に関わる。
それをただ解決するだけが仕事ではない。
その事件の背景を理解することが大切だ。
だからこそ、それに関わった人間の感情を真に分からなければならない。
それこそが探偵が探偵たる資質なのだ。
「明智君。事件が起こった。今回と同様に凶器が見つからないそうだ。」
「分かりました。行きましょう。警部。」
さて、謎解きの時間だ。
私が探偵たるかどうかその資質が試されている。
今回もその試練を乗り越えてみせよう。