第7話
ようやく涙も止まり、落ち着きを取り戻す星月。その顔や身体を手でさすりながら、柚月が心配そうに言った。
「よかった、星月、よかった。どこもケガしてない? 」
「大丈夫よ、お母さん」
「本当に良かった。でも、貴女どうして壁から出てきたの? それより拘束されていなかったの? どうやって逃げてきたの? 」
矢継ぎ早に質問する母親に苦笑しながら、星月は開いた扉の方を見た。彼女の視線に促されて柚月がそちらに目をやると、そこにはルティオスが立っていた。
こちらに頭を下げるルティオスを、きょとんとして見ていた柚月は、訳がわかったように頷いて言った。
「まあ! もしかしてあの方も捕まっていたの? なんて美しいお嬢さんだこと。協力して逃げてきたのね。まあ! まあ! 」
星月は、自分と同じ間違いをする柚月を、泣き笑いの顔で見ながら説明する。
「やだ、お母さんったら。あの人は男よ、男」
「え? そうなの。まあ、これは失礼しました」
「で、彼、ルティオスって言うんだけど、彼が私を連れ去った張本人。でもね! でも、とってもいい人だったの。私をちゃんとここへ送り届けてくれたのよ。それでね、ルティオスはこちらの言葉がわからないの」
「? 」
何とも不可解な顔で星月とルティオスを交互に眺める柚月に、ルティオスが声をかける。
「(国王妃殿下。はじめまして、ジャック国のルティオスと申します。お嬢さんの事では非常にご心配をおかけしました。お詫びいたします)」
そう言いながらひざまずいて、深々と頭を下げるルティオス。驚きながらも、柚月はきちんとしたi国語で、答えを返した。
「(はじめまして、ルティオスと申しましたね。私はクイーンシティ王妃、新行内 柚月です。娘を無傷で帰しくれたこと、こころよりお礼申し上げます。でも、そんなにかしこまらないで、どうぞお立ち下さいな)」
ルティオスはその綺麗な母国語に、感心したような目を向けて、言われたとおり立ち上がった。
「お母さん、さすがね。i国語話せるんだ」
「それはね。いちおう王妃ですから。まあ座って。国王にあなたの無事を知らせたら、お茶を入れるわね」
璃空に通信しようとする柚月を、星月は慌てて止める。
「あ、待ってお母さん。今までのいきさつと、なんでここに出てきたかって言う説明するね…」
星月はルティオスにも説明を協力してもらいながら、彼のこれまでのことを柚月に説明した。
そのあと、なぜ璃空のところへ現れなかったのかというと、たぶんあちらには、祖父やゼノスや、怜もいるはずだと思って、と言う。
璃空だけなら冷静に話が出来ると思うのだが、他の人、特に、年を取っていても血の気の多いゼノスがいたのでは、いきなりルティオスに会わせると、きっと大変なことになると思うから、いったんこちらに出て、こっそりと璃空だけに連絡を取り、対応を考えてもらおうと思ったそうだ。
「あらあら。そうね、ゼノスがいたんじゃ、ただじゃすまないものね」
クスクス笑って柚月はタブレットを持ち出した。
「それなら、お父さんの個人アドレスにこっそりメールを送っておくわね」
と言いながら、文章を打って送信する。
「これでよし、と」
満足そうにうんうんと頷いた柚月は、先ほどから不思議そうに柚月の持つタブレットを見ていたルティオスに声をかける。
「(あ、放っておいて申し訳ありません。どうされました? )」
「(いえ、あの、それは…、何なのですか? )」
「え? 」
すると、星月が慌てて双方に説明した。
「(あ、この板みたいなのは、なんて言うか手紙をすぐに相手に送る道具…)、…でね、あのね、お母さん。ルティオスって、今から100年以上前に生きていた人なの。あの部屋は時間と空間を移動しているらしいのよ。なぜそうなってるかはR4にもわからないって事だけど」
「R4? 」
「あ、紹介がまだだったわね。この子がそうよ」
星月がおいでおいでと手を振ると、人型のロボットが開いた壁から出てきて、柚月の前へと移動した。
「ロボット? 」
柚月がつぶやくと、R4はちょっとすましたような? 声で挨拶する。
「ハじめましテ、国王妃殿下。R4だよー。どうぞよろしくね」
ただ、言葉遣いはやはりフランクだった。柚月は「まあ、かわいい」と、楽しそうに微笑んで、彼? の手を取って握手する。R4は、「アレー、ハズカシイ」と、なぜか照れている。
すると、
ブー…、ブー…、
と、タブレットが振動した。璃空が返事を返してきたらしい。微笑んだまま内容を確認していた柚月が、顔を上げて星月とルティオスを見る。
「お父さんがすぐ帰ってきてくれるってことよ」
と、星月に言ってから、ルティオスにも同じように声をかける。
「(国王が、これからすぐに帰ってきてくれるそうです。ただ、少し血の気の多い方もご一緒するので、どうかご了解を、とのことですわ)」
「(血の気の多い人? )」
「(あ! ゼノスおじさんでしょ。本当にあの人はすごいんです)」
「…」
何がどうすごいのか、皆目わからないルティオスは首をかしげるだけ。
苦笑いしながら柚月がルティオスに説明した。
「(クイーンシティはご存じ? )」
「(はい、ただしジャック国からはかなり離れていますので、地図上で確認したことしかありませんが)」
「(ではキングはご存じかしら。ゼノスというのは、キングなのですわ)」
「(ああ、そう言うことですか。大丈夫です。風の噂でキングの強さは聞いています。彼らに遭遇したときは、決して気を抜くなと)」
ルティオスはようやく合点がいったようだった。それにしても、彼の時代から、キングは荒くれで知られていたようだ。
「(それはすごい話ね。あら、そう言えばまだお茶もお出ししてなかったわね。さあさあ2人とも、もうすぐお客様が増えるから、こちらへ腰掛けて。ちょっと待っていてちょうだい)」
そう言って2人をソファではなく、隣に続く部屋の広いテーブルへ座らせると、柚月はキッチンへと消えた。しばらくすると、手伝いロボットにワゴンを押させてまた帰ってくる。
一番に反応したのは、R4。
ロボットのそばへ、スススー、と寄っていって何やらビビビと目を光らせている。
「まあ、どうしたの? 大丈夫よ、このロボットは家事の手伝いをしてくれる優しい子よ」
「ふうーん」
などと言いながらも、警戒心丸出しのR4に、3人は苦笑するのだった。
しばらくして、柚月が入れたお茶を楽しんでいた3人の耳に、ガレージから移動車の止まる音が聞こえる。
「あ、帰ってきたわ」
星月がすぐさま玄関へと飛んでいく。ルティオスも立ち上がって後に続こうとしたが、柚月がそれを制して、とどまるように目配せした。
「お父さん! 」
「星月! 無事だったか。良かった」
父娘の再会を喜びあう声がする。
そのあとはゴチャまぜの言葉が飛び交っている。
「星月~。星月~」
「あ、おじいさま、心配かけてごめんね。私は大丈夫」
「星月ちゃん! えらかったね!」
「怜さんも、ご心配おかけしました」
「星月! お前をこんな目に遭わせたヤツはどこにいる!? 」
「あ、ゼノスおじさん、待って! 」と慌てて言う星月の言葉より早く、リビングの入り口に現れるゼノス。
そして、隣へ続く部屋の前に立っているルティオスをひと目見て、「ほう」と声を上げた。
「(貴様が血の気の多いキングか)」
ルティオスが聞く。
「(i国語だな。しかし美しいとは聞いたが…、まさかここまでとは。だが、俺は腑抜けになどならんぜ)」
などと冗談めかして答えながら、ゼノスはルティオスに殴りかかる。
美しいと言われて、またギリリと悔しそうな顔をしたルティオスは、負けじと繰り出された拳を受け止める。
「ゼノスおじさん! やめて! 」
割って入ろうとした星月の前に腕を出して、璃空は彼女を止める。
「まあ待て、2人は今、互いの力量を推し量っているだけだ」
「だって…」
璃空はそんなふうに言うが、どう見ても本気の格闘のように見える。すると柚月が優しく星月の肩を抱きながら言う。
「大丈夫よ。男ってね、たまにとっても面倒くさいの。黙って放っておいてあげるのも女の優しさよ」
そんな言い方に、可笑しそうに璃空が反論した。
「面倒くさいのは、女も同じだろう。まあそれは良いとして、しばらくやらせてやれ」
星月は訳がわからないままに、ハラハラしながら2人を見ていたが、ふいにパッと飛び退いたゼノスが、「(わかった)」と、手で制すような仕草をした。
「(なかなかやるじゃないか。お若いの)」
ニヤリと笑って息をつくゼノスに、ルティオスも不適に微笑んで言う。
「(いや、そちらも)」
「(俺は、クイーンシティのゼノスだ)」
「(俺はジャック国のルティオスです)」
「ルティオス?! 」
どうしたのか、ゼノスはルティオスの名を聞いて、ものすごく驚いている。
「(お前はルティオスの子孫かなにかか? その天才的な軍略で隣国を次々と手中に収め、破竹の勢いで領土を広げていったと言われている勇者ルティオス。今ではルティオスと言う名前の作戦まであるほどだ)」
「(いや、残念ながら、俺に子孫は残せないはず)」
「(違うのか?)」
「(俺がルティオス本人だ。正真正銘の)」
「(いや、だがしかし、ルティオスは100年以上前の…)」
ルティオスの事はあまり詳しく聞いていなかったのか、訳がわからないと言う顔で、星月の方を振り返るゼノスに、彼女はこれまでのいきさつを説明しようとした。
だが、なぜか怜がそれを止めるように、ぶーっとふくれながら言う。
「ねえー、さっきからゼノスさあー、訳わかんない言葉話してるんだけど。俺だけ仲間はずれー? 」
すると、久瀬も控えめに賛同する。
「私もゼノスとそちらの若者の会話がちんぷんかんぷんで」
「久瀬さんも? ああ良かった。俺だけじゃなかった。ねえ、指揮官たちはわかってるの? だったら教えてよ」
そう言えば、ゼノスは普通にルティオスと会話をしていた。何の違和感もない完璧なi国語に、今更になって驚く周りの者たち。
「ゼノスはi国語が話せるんだな」
感心したように璃空が言う。
「ああ、今も第2か第3言語としてあるだろう? 俺たちの時代は徹底的にたたき込まれたもんだ。昔、まわりをどんどん飲み込んでいったジャック国は、言葉にも強い影響力があったんだ」
「へえー、でもさあ、わかんない言葉でしゃべられると困るんだよねー」
そんな風に言う怜の横に、R4がにじり寄って行った。
「え、なに? 」
「そのためにいるんだよー。R4ガ」
「わ、お前、なにもの? 」
「とっても優秀な言語ロボットでーす」
「ほんと? じゃあ通訳してよ、通訳」
「言われなくてもするって言ってるじゃん。わかんないねえー、おじさん」
「うわっ、そりゃあ俺はもうおじさんだけど、はっきり言うかこいつ! 」
その後も続く2人? のやり取りに、苦笑いしながら璃空が言った。
「怜とR4は良いコンビになりそうだな」
「ホントね」
璃空の言葉にこちらも可笑しそうに答える柚月だった。
ようやくおのおのの人となりがわかったところで、柚月が率先して皆をテーブルに座らせ、お茶を飲みながら話し合ったところを要約すると。
まずR4の許しを得て、彼らが時空を行き交っていた部屋を、クイーンシティの技術班、分析班などが調査すると同時に、ルティオスを元の時代へと返すプロジェクトを立ち上げることとした。
ルティオスはその間、国王の家に滞在させてもらいながら、星月と一緒にこちらの言葉や習慣を教わることになった。プロジェクトにはそれなりの時間がかかるため、言葉は理解しておいた方が便利だろうという理由で。
なにより星月の家庭教師にはあらゆる専門家がいるため、言うならば、よりどりみどりだ。わからないことがあれば、いつでも聞ける体制にある。
その家庭教師たちは皆、覚えが良い上に礼儀正しく、人に対して誠実なルティオスが、すぐに好きになった。
しかも、
「何か礼をせねばならないが、あいにく宝物も金貨も持ち合わせていない」
と、まじめに時代遅れな言い方をするルティオスを、家庭教師たちはほほえましく思っている。
それなら、と、星月が提案した。
「ルティオスは剣が得意だから、お礼代わりに剣の指導をしてよ」
それを聞いたルティオスは、
「剣など、この時代に必要ないだろう」
と苦笑しながらも、相手を倒す目的ではなく、運動や身体を鍛えるために、と言われて承知した。今では、ルティオスを直接教えていない者まで、ちゃっかり剣の指導を受けているくらいだ。
だいたいの取り決めはそんなところで、後は不都合や問題が出てきた時に解決しようと言うことになっている。
取り決めを行うときに、ルティオスは一番気になっていたことを璃空に聞いた。
「俺たちの時代では、敵に傷を負わせたり倒したりすることは名誉なのだが、どうもこちらはそうではないらしいので」
「それがどうした? 」
「俺が最初に傷つけたあのヒョロヒョロ男、あ、この言い方は不味いか。その後、彼はどうなりましたか」
「ははは、ヒョロヒョロとは言い得て妙だな」
と、笑っていた璃空だが、そのあと真面目に頷いて答えた。
「大丈夫だ。あの男はネイバーシティと言う、こことも違う次元から遊びに来ていたんだ。俺はもともと観光目的で次元を通るのには反対だった。それをごり押ししてきたのはネイバーシティ政府だからな。通り抜ける者にも、安全の保証はしていないし、何かあっても文句は言わないよう、厳重な誓約書を書いてもらっている」
「そうなのですか」
「ああ、幸いにして命に別状はなかったようだし。後で聞いてみると、あの男、貴重な体験とか言ってまわりに自慢しているようだ。まったく、ヒョロヒョロにしては、転んでもただでは起きないヤツだな」
ルティオスは思わずクククと笑ってしまった。あのときあそこにいた者は皆、あれほど恐ろしげな様子だったのに。自慢だと? 俺たちの時代より今の者の方が、よっぽどしたたかで柔軟性があるようだ。
ただ、あれ以降、砂漠の次元扉はまた通り抜け禁止になり、厳重に警備がなされている。