第5話
いくらがらんとしている部屋とは言え、テーブルと椅子、そのほかにも最小限の家具などはちゃんと揃っている。
ロボットの粋なはからい? で、思いがけずその美しい素顔をさらすことになってしまったルティオスは、星月を簡単なテーブルとイスが置かれたコーナーへ案内する。
そこでルティオスは、言語ロボの助けを借りながら話をはじめる。
ルティオスが、なぜこんなところにいるのかの経緯。
また、彼は星月の時代から、ほぼ100年前に生きていたということ。
そして実は、ここからクイーンシティへの2度目の扉が開いたのは、偶然ではなかった。
と、言うのは。
あの砂漠で撃たれたケガは、ロボットにかかると驚くほど早く治癒してしまった。
未来の医療技術の高さに驚くルティオスだったが、同時に進行していた、あのとき落ちてきた銃の解析がすむと、試しにその銃を撃ってみたいと言いだした。
するとロボットはホイホイと気安く壁に簡易の的を作る。
「そんな的でいいのか? 壁に穴が開くぞ」
「ヨク、ワカリマセン、ガ、これデ、ヨイそうデス」
「おかしなヤツだ」
ルティオスは銃を手に取ると、しばらくはあらゆる方向から眺めたり、重さや装置を確かめたりしていたが、納得したようにふいと構えると、見事な腕で弾を的の真ん中に命中させる。
「撃っタ、コトガ、あるのデスカ?」
「いや、初めてだ」
「オミゴト」
ロボットに褒められたルティオスは、少し苦笑いをしながら、たった今撃った銃を眺めながら、「それにしても精巧に出来ているな」と、感心したようにつぶやく。
ジ、ジジジ…
そのとき、的を貫通して後ろの壁にめり込んでいた弾のあたりから、不思議な音が鳴り出すと、壁が透けたようになり、その向こうの景色がスライドのように映りこむ。
「これは…」
見覚えのある砂山と高い2重壁。それが消えると、今度は人が行き交う街の中。次は向こうに城のようなものが見える。そして、花が咲き乱れる庭。
次々と現れるそれは、今、壁に食い込んでいる弾が見せているのだろうか。
すると、さっき銃を解析していたロボットがススッとそこへ行き、アームをめり込んだ弾と壁にあてながら、なにやら計算しはじめた。じっと固まっていたロボが、一度カクンとうなずいたような動きをして壁から離れると、今度は言語ロボとつながった。
「…、ワカリマシタ。…今、ミエテイル、ノハ、コノ銃の、ソンザイする、ジダイ、デス」
「そのようだな」
「ウマクスレバ、このジダイで、DOORヲ、アケラレルかも、トノ、コトデス。シカモ、時間モ、場所モ、カナリ、トクテイできる、ヨウデス」
ルティオスは驚きながらも嬉しそうだ。
「本当か? なら、あの銃の使い手にも会えるな。それから…」
「ヤッテミマショウ、ね」
なぜかはわからないが、そんな不思議な経緯があって、ルティオスは星月のいた王宮の庭へと通り抜けられたのだった。
「(庭で星月たちと遭遇したとき、最初はあの場で話を終わらせるつもりだったんだ。けれど、星月は自分たちのことを人質だと言うし、あまり時間が長引くとまずいので、仕方なくこちらへ連れてきてしまった)」
「(わたしたちのせい? それはあまりにもひどいです)」
と、ちょっと笑って言いながら、星月は続けて聞く。何よりルティオスは、彼女のことを人質とは思っていないようだし、傷つけるつもりも毛頭ないらしい。
「(ところで、聞きたい事というのは? )」
「(ああ、あの世界にいる凄腕の銃の使い手を知りたい。出来れば会ってみたい。…それからもう一つ、ロボットが言うには、星月たちの時代は、科学技術のレベルが非常に高いんだそうだな。だからこいつらと協力すれば、もしかしたら俺を元来た場所と時代へ送り返せるかもしれない。こいつらはもっと未来のロボットだが、人の手を介さないと、新しい技術は生み出せないらしくてな)」
星月は、今度は本当に驚いていた。
クイーンシティとネイバーシティの科学、もうひとつ異界の魔物が繰り出す術と、それら3つの文化、そして人が融合した星月たちの時代は、クイーンシティのすべてが飛躍的な進化を遂げた時代だ。そのため今の科学技術は、これまでの歴史でも類を見ないほどの発展を遂げている。
だからこの人を、元いた世界へ還す確率もゼロではないはず、とは思うけれど。
「(なぜ? なぜ戻りたいのです? 貴方のいた時代は殺戮ばかり。そんなところへ帰ったら、あなたは…)」
思わず必死になってしまう。なにもわざわざ、そんな、命の保証もないようなところへ帰らなくても。
「(心配してくれているのか、ありがとう。けれど、俺は大勢の、何千と言う部下、いや、仲間をあの場所へ置き去りにしてしまったんだ)」
「(…)」
「(隊を率いる長として、最後まで隊の運命を見届ける義務があるだろう? )」
そんな風に言われると、さすがに星月には返す言葉がなかった。
仕方なく星月は、もう一つの話の内容を聞いてみた。
「(わかりました、じゃあ、もう一つ。凄腕の銃の使い手とは?)」
「(ああ…。俺が砂山で剣を振り上げたとき、かなり遠くからピンポイントで俺の手から剣をはじき飛ばしたヤツだ。しかも動物にまたがったまま。…あの男、ブライエン? とか、ブライアン? とか言っていたが)」
「ブライアン? 」
その名前を口にして、星月はニッコリと微笑んだ。そして、「知ってるわ! 」と、嬉しそうに、銃の天才、ブライアンの話を教えてやる。
「本当にすごいのよ、ブライアンおじさんは! 誰も見たことないけど、銃でね、針に糸を通せるんじゃないかって噂よ! 」
あまりにも興奮しすぎて、i国語を使うのを忘れる星月。それをご丁寧に、言語ロボが通訳してやっている。
ルティオスは言語ロボが訳した言葉を聞いて、「さすがにそれは無理なんじゃないか? 」と笑っていたが、ふと思いついたように、ロボットに弾を抜いた銃を持ってきてもらい、またあちこちから眺めだした。
星月はその銃を見て驚く。
「え? それどうしたの? 」
すると言語ロボが返事を返してきた。
「砂漠で、ルティオスさまが大活躍したときに、上から落ちてきたんだよー」
「へえ、これバリヤが使っていた銃よ」
「知ってまーす。伝説のバリヤ隊、でしょ」
「バリヤって伝説になってるの? すごーい」
そう言ってルティオスの手元を飽きずに眺める星月を、苦笑しながら見ていた彼が、
「(持ってみるか? )」
と、銃を差し出す。
「(え? いいんですか? でも、実は私、一度だけこの銃、撃ったことあるんです)」
「(そうなのか? )」
「(はい)」
そう言いながら星月はルティオスから銃を受け取ると恐る恐る触っていたが、すぐに返してしまう。
「(やっぱりちょっと怖い。ありがとう、もういいわ)」
ルティオスはロボットに銃をあずけ、また真面目に星月に向き直る。
「(さっきも言ったが、俺を星月の世界へ連れて行って、元の時代に戻れるようにしてくれないか? 頼む。もう俺には他に方法がないらしい。もし帰れないなら、俺はここで一生を終わるしかないからな)」
そんなふうに言って頭を下げるルティオスを、困ったように見ていた星月だったが、そのあとしばらく難しい顔で脳をフル回転させているようだった。そして、ピンと来たように人差し指をたてると、ニッコリ笑って言い出した。
「(えっと、わかりました。とにかく貴方をクイーンシティに連れて行ったあと、お父さんに会ってもらうわ)」
「(父君? なぜ? )」
「(あ、言い忘れてました。私の父は、クイーンシティ国王なの)」
「(!)」
いたずらっぽくペロッと舌を出す星月を、唖然として見つめるルティオス。
その顔をニッコリ笑いながら見ていた星月が、また真面目な表情になって言う。
「でも困ったわ。たぶん今頃、クイーンシティでは、私を救出するために大変なことになってると思うの」
「(? 今、何と言ったんだ? )」
またi国語を使うのを忘れた星月の言葉を翻訳すると、ルティオスが言う。
「(父親が娘の心配をするのは、ごく当たり前の事だ)」
「(いえ、父は冷静だと思うの、たぶん。ただ大変なのは… )」
はあーっとため息をつきながら、
「ゼノスおじさんとか、怜さんとか。あ、おじいさまもきっと大パニックだわ」
と、つぶやく星月を不思議そうに眺めているルティオスだった。