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第4話


 暗いトンネルを抜けると、そこは雪国? それともビーチ? とかではなくて、やわらかい光が差し込むがらんとした部屋だった。

 思わず後ろを振り返ると、入ってきたあたりはもう閉じて、ただの壁があるだけだ。


「(歩け)」

 そう促されて、また前を向いて歩き出しながら、星月は、もう逃げられないのだ、と、覚悟すると同時に、ほんの少しの恐怖を覚える。傷つけるつもりはないと言っていたが、本当のところはわからない。

「(どうした? )」

 手をきつく握りしめて立ち止まる星月を不審に思ってか、そいつが聞く。

「な、なんでもないわ! 」

 i国語を使うのすら忘れて少し震える声で言う星月に、そいつは思わず頬を緩めて、ポンポンと優しくその背中を叩きながら、先へ行くように促す。


「(傷つけるつもりがないと言ったのは本当だ。戦士は軽々しく約束などしない)」

「! 」

 思わず振り向いて見上げる星月に、そいつが口元でニコリと微笑むと、

「(ちょうど良いところに来た)」

 と、あごで前を示す。

 そこには。


「ようこそいらっしゃいました。私は言語ロボットのR4です。あなたの時代は新暦○年あたりで間違いないですか。よろしくお願いします」

 なんと、人型のロボットがなめらかに自己紹介をする。

「ええ?! なにあなた。あ、でも、今は新暦◯×年よ。それにしても、あなたって作業ロボでもないし、戦闘ロボでも護衛ロボでもないわ」

「だからー。言語ロボって言ってるじゃないですかー、もーサイテー」

「へ? あはは」

 あまりにもフランクな言語ロボに、こんな状況だというのに星月は思わず吹き出してしまった。言語ロボはさすがに星月の時代の言葉は不自由なく話せるようだ。


「(どうしたんだ。なぜこいつは笑っている? )」

「(ア、スミマセン。あまりにも、コイツ、が、シツレイ、ナモノデ)」

「コイツじゃないわよ。星月よ! 」

「わかりました(セヅキ、が、シツレイ、デス)」

 言語ロボの話を聞いて、何とも不可解に首をひねるそいつに、星月はなんだか楽しくなりながら、そう言えば自己紹介もまだだったと思い、姿勢を正してそいつに向き合う。


「(あの)」

「? 」

「(自己紹介がまだでした。えーと、私は、クイーンシティの新行内 星月、と、申します)」

「(ああ、そうだったな。俺はジャック国のルティオスだ。しかしお前の名前、新行内星月とは、長い名前だな)」

 星月は、あ、と声を漏らして、もう一度言い直す。

「(ええと、何と言えば良いのか)そうよね、こっちには名字がないのよね。えーと、i国語にファミリーネームっていう単語あったかしら」

「(イチゾクが、連綿ト、ヒキツグ名前、デス)」

「(ああ、そうです。一族の名前が、新行内です。私個人の名前は、星月です)」

 さすがに言語ロボットだけのことはある。星月が困っているのを見て、助け船を差し出してくれた。

 すると納得したようにルティオスが言った。

「(ああ、そうなのか。…星月、美しい名だ)」

 星月は名前を褒められて、少し面はゆそうに顔を赤らめながら「(ありがとう)」と、言葉を返したのだった。



 そのあと、ふと思いついたように星月がルティオスに聞く。

「(あの、とても聞きにくい事なんですが)」

「(なんだ? )」

「(貴方はなぜそんなマスクをつけてるの? あ、もしお顔にひどいケガをされているとかだったら、ごめんなさい。でも、ただ傷を隠すだけなら、そのマスク、ちょっと怖いかな、と思って。あるならもう少し優しいのにした方が…)」

 すると、ルティオスは答えたくないように黙り込んでしまったが、ロボットが割り込んで言う。

「(ルティオスさまの顔ニ、傷ナンテナイヨー。それドコロカ、トッテモ、男前ヨー。アンナニ綺麗なカオヲ隠すのは、モッタイナイ)」

 なぜかふざけたように言った言語ロボットは、

「(ハズシマショウヨ)」

 と、マスクにいきなり腕を伸ばしてくる。


「(なにを! )」

 さすがに運動能力の高いルティオスは、ロボットの攻撃? をかわす。

「(ザンネン…)」

 あきらめたように離れていくロボットに、ルティオスは、

「(可笑しなヤツだ。まったく何を考えているんだ)」

 と、ほっと肩を落として息をついた、と思ったそのとき。


 パリン

 と、音がして、あっけなく二つに割れるマスク。

 なんと、ロボットは離れていくと見せかけて、ルティオスの面に向けて小さな鉛玉のようなものを飛ばしていたのだった。


 コロンと転がって滑っていくマスクから目を上げた星月は、ルティオスのさらけ出された顔を見て声をなくしている。


 唖然としている星月に、ルティオスは苦々しい思いで、ギリ、と歯をかみしめた。

 何ということだ。

 きっとこの人も、今までのヤツらと同じように、俺の顔に見惚れて夢遊病者のようになってしまうのだろう。「美しい…」とか、「すばらしい…」とか、俺の顔に見とれて戦意をなくし、敵に無残に殺されてしまった奴らのように。


 しかし、彼女の反応はルティオスの予想をくつがえすものだった。

 しばらく彼を見つめていた星月は、ハッと我に返ると、他の者たちとは違う意味で、頬を染めて慌てて言い出した。

「あ! ご、ごめんなさい。あなた、女の人だったのね。すごい美人じゃない! えーと、あーと、あまりにもたくましい体つきだし、俺なんて一人称使うから、てっきり男の人だと。でも、でも、男社会の中では、女だと言いたくない人もいるわよね。私ったら、私ったら…。どうか数々のご無礼を許して! 」

 と、ガバッと言う感じで頭を下げる星月。

 言語ロボは、またi国語を忘れる星月の言葉をそのまま訳している。


 しばらくポカンとしていたルティオスは、そのありえない誤解がなんとも可笑しくて、たまらず笑い出してしまった。

「何が可笑しいの? 」

 訳がわからずきょとんとしている星月を、ルティオスはちょっとからかって見たくなった。

「(いや、笑ったりしてすまなかった。あなたは変わっているな。俺は女じゃない、れっきとした男だよ。何なら証拠を見せてやっても良いが)」

 と、服を脱ぎだそうとするルティオスを慌てて止める星月。


「ちょ、ちょっと待って! わかった、わかりました! やっぱり男の人だったのね、わかったから脱がないで~」

 焦ってルティオスの腕をつかむ星月の手をすいっと引っ張って、ルティオスは彼女を軽々と胸に抱き込んだ。

「え? 」

「(どうだ、ごつごつして硬い身体だろう。これでもまだ女だというか? )」

 確かに、友達の女子とハグするのとは違って、腕も胸板も固く引き締まっている。

 あせって見上げた先には、やはりどう見ても女の人としか思えない?、いや違う、近くで見ると、男女を超越した圧倒されそうなほど人を魅了する美しい顔があった。


 どのくらいそうしていたのか、星月はようやく今の状態に気づき、ババッとルティオスの腕から離れた。その顔は真っ赤に染まっている。ルティオスはそんな星月を微笑んで見たあと、割れて落ちたマスクを拾い集める。

 そのルティオスに、星月が言いづらそうに声をかけた。

「(でも、その、顔にひどい傷があるとかではないのに。なぜそんな面をつけていたのですか? )」

 割れた一つを拾うために、かがんだ姿勢のまま動きを止めていたルティオスが、

「(知りたいか? )」

 と、星月を見た。




 こちらの次元はいつでも戦争、戦争で毎日が明け暮れていた。

 生まれながらにして、他の誰よりも戦略や軍略に長けていたルティオスが、軍を率いる隊長になったのは、当然と言えば当然のことだろう。ルティオス軍は連戦連勝を勝ち取り、国の誇りになるはず、だった。


 だが、予想に反して、彼らははじめから連戦連敗。

 その理由が、ルティオスの美しすぎる顔だった。敵はもちろんだが、味方の兵も、雲の上の人であるルティオスを見るのは初めてという者がほとんどだった。

 味方の兵は、一段高いところに現れ、彼らを見下ろして指示するルティオスを一目見ると、

「ほおー」

「うわあ」

「うつくしい」

 などと口々に騒ぎ出す。

 そうしてその美しさに見とれてしまい、戦意を喪失するのだった。


 いや、初めて彼を見る者だけではない。

 見慣れているはずの仲間ですら、駆け抜けながら剣を振って「突き進め! 」と叫ぶルティオスに、一瞬見とれて隙をつくってしまうのだった。


 次々と命を落としていく兵士や仲間たちを見て、思い悩むルティオス。

 望みもしないこの顔のせいで戦に勝てないのなら、それならいっそ、と、顔を焼いて醜くしてしまおうかと思い詰めていたある日。

 仲間の1人が「こんなものを見つけたぞ」と、いかにも恐ろしげな面を持ってきてくれたのだ。

「これを付けていればお前の顔に見とれるヤツもいなくなるだろうよ」

 と、ぶっきらぼうに言う。彼は彼なりに、日々暗い表情になっていくルティオスが心配だったのだろう。


 そして彼はその日以来、戦場では恐ろしげな面をつけて戦うことになったのだ。

 結果、ルティオス軍はどこの国にも恐れられる無敗の存在となっていった。




「(そんな事があったのですか)」

「(ああ、だから、戦でなくとも、初めて行く場所などには、この面をつけていくのが習慣になってしまっている)」

 二つに割れたマスクを見つめて、ルティオスが言う。

「(だが、こんなにあっさり割れてしまうとは…。まあ、ここではその必要がないと言うことかもしれないな)」

「(そうよ! ここでは戦わなくても良いんですもの)」

 ニッコリ笑う星月に、困ったような微笑みを見せるルティオス。

 すると、もっとニコニコになった星月が嬉しそうに言う。

「(貴方は、面をつけていてもいなくても、戦士としてとっても素敵よ)」


 自分に見惚れて我を忘れるでもなく、そして美しいというのでも、素晴らしいというのでもない褒め言葉に、ルティオスは綺麗に微笑んで「(ありがとう)」と頭を下げた。

 その表情の美しさに、さすがの星月も少し赤くなりながら、「(どういたしまして)」と焦ったように言葉を返すのだった。





「バリヤ番外編」はお楽しみ頂いてますか。

 実は第四話に出てくる、そのあまりの美しさに、敵も味方も見とれて戦にならないため、恐ろしい面をつけて戦に臨んだ武将の話、古代中国に伝わる実話だと聞きかじったことがありまして。

 敵味方すべてがうつつを抜かすイケメンって…、どんなだったんだろう…。と、どうしても話にしたくて書いてしまいました。

 まだまだ番外編は亀の更新で続いていきます。

 どうぞごゆるりとおつきあい下さいませ。

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