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第3話


 コンコン。と、ノックの音がする。


 ここは、クイーンシティ中心部にある総合病院。

 ケガはたいしたことなかったのだが、念のため、と言う名目で入院させられて。

 2日目になるとさすがに暇を持てあまし、窓からぼんやり外を眺めていた川山は、「はい、どうぞ」と、返事を返した。

 ガラリと引き戸が開いて、入ってきたのは、看護士と、なんと国王そのひとだった。


「おいおい、国王自ら事情聴取か? 」

 思わずイヤミったらしくいうと、可笑しそうに笑って国王は返事を返す。

「ハハ、事情聴取って、犯人じゃあるまいし。お見舞いだよ、もとバリヤ仲間としての」

「ただ検査してるだけだ。見舞いもくそもあるもんか。こっちは暇と体力を持てあましてるんだよ」

「そうだと思った」


 またニヤニヤと笑って、クイーンシティ国王、新行内しんぎょうじ 璃空りくはベッドのそばに置いてあった椅子に座る。

 彼とともに入ってきた看護士は、短い会話の間に手際よく血圧を測ると、「異常なしですね、失礼しました」と病室を後にした。



 すると、またコンコン、とノックの音がして、今度は璃空が「入れ」と返事をした。


「お邪魔します! わあ、川山のおじさん、お久しぶりです!」

 引き戸から顔を覗かせたのは、璃空の娘である、新行内しんぎょうじ 星月せづき

 川山は驚きながら、彼女を見つめて言う。

「えっ? 星月ちゃんか? なんとまあ大きくなって、いいお嬢さんになったもんだ」

「はい。2年前に学校を卒業しました。もう17です! 」


 ここクイーンシティでは、学校は15歳でいちおう終わる。

 その後の選択は本人に任される。また学ぶもよし。働くのもよし。18歳になって成人の儀式を迎えるまでは、必ず誰かの擁護のもとにいるが。


 国王の娘といえども、それは同じ。

「で、星月ちゃんはいま何してるんだ? 」

「うーん、たよりない兄の代わりに、どうやら私が国を引き継がなきゃならないみたいなんで、学校になかった科目の勉強をやり直してまーす。時間をかけてみっちりと」

「え?」

 川山はぽかんとして璃空を見る。

 こちらは苦笑いの璃空が、仕方がないと言うように説明をはじめる。


「俺は別に、男だからという理由や、それ以前に自分の子どもが後を継がなくてもいいと思っている。実際、大地だいちはどうやら隔世遺伝らしくて、建築やデザインの道に進みたいと言っている」

「そうか」


 璃空の父親である、新行内しんぎょうじ 久瀬くぜは、その世界では右に出る者がいないと言われたほどの建築家だった。引退した今も、彼の元には教えを請いたいと大勢の若者が訪れる。

 璃空の息子である大地は、その血を色濃く受け継いだらしく、小さな頃から建築物に興味を示し、祖父に色々聞いたり教えてもらったりしていた。


「大地がそれを望むなら、柚月ゆづきも俺も反対はしない。で、誰に後を任せようかと話していたら…」

「はい! じゃあ私が国王? じゃなくて女王…、になりますって手を上げたの! 」

 星月は言いながら本当にピッと手を上げる。

「ほほう」

 なんだか嬉しそうにその言葉を聞いて、川山は先を促す。

「だって、お父さんの周りにいる人たちって、すごく頼りないんですもの! 私がカツを入れなきゃ、どうにもならないわ! 」

 川山は今度は大笑いしながら、璃空に言う。

「ワハハ、こりゃあたいしたもんだ。国王、頼もしい跡継ぎがいて良かったなー」

 璃空は冗談じゃないとつぶやきながらも、それに答えた。

「こいつも隔世遺伝なんだよ。父さんが言うには、若くして亡くなったリリアに気質がそっくりだと言うことだ」


 リリアと言うのは、璃空を生んで一年ほどでなくなった彼の母親だ。星月にとっては祖母に当たる。

 リリアは当時のクイーンシティで、キングと呼ばれる、戦闘能力に長けた男たちに、少しも引けを取らないほどの使い手だったらしい。


「そ! 出来ることなら私もおばあさまに会いたかったー、っておじいさまにいつも言うの」

「ハハハ」

「だが、たまに天然が顔を覗かせるのは、母さん譲りだな」

「もう、すぐからかうんだから、お父さんてば」

 彼女の母親であり、璃空の妻である柚月ゆづきは、話をしていると心がほわっとなるような癒やし系である。星月は璃空の腕を押して、イーッと顔をしかめながらも、大好きな母親に似ていると言われて、ほのかに嬉しそうだ。


 璃空に促されて、川山の好きな酒を、「はい、お見舞い。あんまり飲み過ぎちゃダメよ」と手渡すと、「これから帝王学の授業があるの! 」と、星月はあわてて病室を出て行った。

 それを見届け、2人の元バリヤ隊員は、急に真面目な顔になって話を始める。



「ところで、聞きたかったのは、例の男のことだ」

「ああ、わかっている」

 例の男と言うのは、いきなり開いた扉から現れて川山と争い、また姿を消した男の事だ。

「その男に見覚えは? 」

「いや、それがさ…」

「?」

「そいつ、マスクと言うか、面をかぶっていたんだよ。何だかすごく恐ろしげなやつ」

「マスク? 」


 川山が唯一、あの男と直接対峙している。体格からして男に間違いはなさそうだが、顔がわからないと、どこの国の者かも判別できない。

 もしかしたらネイバーシティの者かもしれないし、そのまた向こうの異界の魔物かもしれない。


「それは、やっかいだな」

「ああ、やっかいだ。ただ、」

 と、川山はあのときのことを詳細に思い出そうと、目を細めながら言う。

「なんだ」

「ネイバーシティや異界の者ではない、と思う」

「なぜそう思う? 」

「奴の使っていた剣。あれは…どこかで見たんだ。それを考えていたんだが」

 璃空は余計な言葉をかけずに、辛抱強く川山が記憶をたどるのを待つ。


「ああ、思い出した。一角獣の角を使って造られた剣だ。しかも、博物館にあった年代物によく似ていたんだ」





 星月は、ようやく勉強から解放されると、頭の切り替えのために王宮の庭へとやってきた。草木の手入れをしていると、とても心が落ち着くのだ。

 ここは王宮とは言うものの、国王の意向で広く一般にも開放されている。

 父も母も、国王と王妃という名前の上にあぐらをかくような事はしない。なにごとも人任せにせず、出来ることは自分でする。その生活も、璃空は毎日家から王宮まで「出勤」し、働きに応じた報酬を受け取るサラリーマンのような暮らしぶりだ。

 だから、兄の大地も星月も、子どもの頃から特別扱いを受けたことはない。友達は皆、星月が国王の娘だと言うことを卒業式まで知らなかったほどだ。


「星月さま。ごせいがでますわね」

 隅の方まで雑草を抜き終わって、しゃがんでいた姿勢から伸びをする。タオルで汗を拭いていると、この庭で唯一星月の正体? を知る庭師が声をかけてきた。

「ええ、勉強しすぎてボーッとした頭には、庭の手入れが一番よ」

「ホホ、私もそう思います。あ、その花の手入れはこうします」

 そばにあった花に手をやると、彼女はすかさず助言をくれる。彼女は物知りで、花の種類や分類、はては花言葉まで教えてくれる星月の頼もしい先生だ。


 星月はその後も、しばらく彼女の指導を受けながら草花の手入れをしていた。

「先生、この花はどうするの。 ? 先生? 」

 呼びかけても返事を返さない庭師を不思議に思った星月が、そちらを振り向くと、彼女は、何者かに後ろから首に腕をまわされて拘束されていた。


「! 」

 星月は素早くあたりを見回すが、当たり前だが武器はない、それに、こんなときに限って、まわりには人っ子一人いやしないのだ。

「何者だ! 」

 鋭く叫ぶと、庭師の背後から人が顔を出す。けれどそれが男か女かはわからない。なぜなら、そいつは何とも恐ろしげな面をつけていたからだ。

「その人を離しなさい! 」

 星月が言うが、そいつは首をかしげた。なによこいつ。


「(傷つけはしない、聞きたいことがあるだけだ)」

 するとそいつは、聞き慣れない言葉を紡ぎ出した。

 星月は驚いた。

「今の言葉って…。もしかしてi国語? すごっ! 使う人初めて見た」

 なぜか嬉しそうにする星月。

「安心して先生! 私、i国語の成績はすごく良いの! やったー、i国語で会話が出来るなんて、夢みたい」


 こんな時だというのに「はあ…」と、あっけにとられる庭師を置き去りにして、星月はがぜん張り切ってそいつと話を始めた。


「(その人を、離して下さい)」

 星月が自分のわかる言葉で話し出すと、そいつは少し驚いた顔をしていたが、しばらくするとまた言葉を返す。

「(俺の問いに答えてからだ)」

「きゃー、俺だって! i国語にも俺なんて一人称、あったんだ」

 庭師は拘束されているのも忘れて、喜ぶ星月をやれやれと言う顔で見る。


「(離してくれれば、お答えします)」

 ルティオスは驚いていた。

 あのロボットですら、自分の言葉を解析するのに時間がかかっていたのに。

 この娘は、発音はおかしいし、しゃべり方も文法をガチガチに守っている感じだが、ちゃんと通じる言葉を話している。

 しかし、今はそれに感激している場合ではない。


「(らちがあかないな)」

「(それでは、私が人質になります。私と交換? 違う、えーと)」

「(交代? )」

「あ、それ! (私と交代して下さい)」


 そいつはしばらく考えていたが、ふと表情を緩めると言った。

「(そうだな、言葉がわかる方が何かと便利だ。交代に応じよう)」

 ぱあっと顔をほころばせて、星月は庭師に言った。

「良かった! そいつがね、あなたの代わりに私を人質にしてくれるって。安心して」

 思いかけない事を言い出す星月に、庭師は大慌てで否定し出す。

「ダメです! 仮にもあなたは国王の娘。そんな人が人質になっては! 」

「だからよ」

「? 」

「国王の娘が人質になれば、国をあげて探してくれるでしょ? 絶対そっちがいいって」

「星月さま…」

 庭師はそんな風に言って自分をどうしても助けようとする星月に、思わず感激してしまう。


「(何を話している)」

 不審そうな声を出すヤツに、星月はあわてて言った。

「(すみません。彼女もそれで良いと言っています)」

「(では、こっちへ来い。怪しい動きをすれば、2人とも大けがではすまないぞ)」

「(わかりました)」


 星月は毅然とした態度で彼らの方へ歩み寄り、庭師を落ち着かせるように彼女に話しかけた。

「では、交代します。あなたはこの後すぐにお父さんに連絡して」

「星月さま…」

 瞳に涙をためた庭師は、腕を解かれると、頷きながら彼女の手を取って約束する。

「わかりました、必ず。きっとご無事でいて下さい」

「当たり前よ。私を誰だと思ってるの? 」

 星月は庭師にウインクすると、うしろにいたヤツを睨んで言った。

「(私は今から人質です。どこへでも連れて行きなさい)」


 交代して人質になった星月は、そいつから促されるまま、庭と外とを隔てている壁の方へと歩く。

 なんでこっちへ行くんだろうと不思議に思っていたのもつかの間。

 なんと! 

 壁にぽっかりと穴があいていたのだ。けれどそこは、どうやら庭の外へつながっているのではないらしい。向こうは真っ暗な暗闇だ。

「(そのまま進め)」

 有無を言わさず背中を押されて、壁にあいた穴の中へ2人が入っていくと、うしろで音もなくその暗闇は閉じていったのだった。





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