第13話
北工場の戦闘からしばらくしたあと、R4の部屋にいた技術班から、ようやくルティオスを元の時代に戻せそうだと連絡が入った。
「良かったな、ルティオス」
「思ったより早かったな」
「もっとお前さんに剣を教えてもらいたかったよー。けど仕方がないね」
皆、快い言葉をかけてくれる。
ただ、1人を除いては。
星月は、ルティオスが元の時代に戻れるとわかった後、なぜか故意にルティオスを避けるようになった。
実際、話しかけようとすると、違う誰かに話しを振ったり、誰もいないときは、「あ! ちょっと緊急の用事が…」などと見え透いた嘘をついて離れていく。
そんなある日。
明日はとうとう元の時代に帰らねばならない日。
ルティオスにとって好都合なシチュエーションが訪れる。
王宮の図書室で調べ物をしていたルティオスは、特別書庫へ入っていく星月の姿を見かける。特別書庫は、かなりコアな書物ばかりをあつめているため、普段はほとんど人の出入りがない。たぶん今も星月だけだろう。
けれど、念のため、と、入り口にいた司書に、しばらくここを借り切りたいと話をすると、司書は先に入っていった人物を思い浮かべて、「全面協力するわ、頑張ってね! 」と何か勘違いしているのか、バアンと背中を叩いて扉を開け、ご丁寧に立ち入り禁止の札をかける。あっけにとられるルティオスを急かして部屋へと押し込むと、すぐさま扉がバタン! と閉じられた。
ふう、とため息をついて、けれど扉に律儀にお辞儀をすると、星月を探しに行った。
「? ルティオス! 」
熱心に本を探す星月のそばへ行くと、星月は一瞬驚いて、だがそのあとはいつものように慌ててそばを離れようとする。
「あ、珍しいわね、ルティオスがこんなところに来るなんて」
「来てはいけないのか? 」
「ううん! そんなことない。ルティオスにだって調べたいことはあるわよね。じゃあ、私はこれで」
そう言って足早に出て行こうとする星月の腕をつかむルティオス。
「ルティオス? 」
彼は、真剣なまなざしで星月を見つめる。
「なぜ俺を避ける? 」
すると、星月は目に見えてオロオロしながら言う。
「さ、避けてなんかないわよぉ。えーと、ホントに急いでるの」
「どんなに急いでいても、1分2分なら大丈夫だろう? 」
「! 」
そう言うと、いきなり星月を抱き寄せるルティオス。
「星月には、ちゃんと礼を言っておきたい」
「…」
「本当にありがとう。星月がいなければ、俺はこんな貴重な体験は出来なかった」
「…」
「貴女は俺にとって、とても大事な人だ。星月の事は決して忘れない」
星月は、しばらくルティオスに抱かれるまま彼を見上げていたが、俯いて小さな声で言う。
「…だったら。お願いを聞いて」
「俺に出来ることなら」
「またここへ帰ってきて」
ルティオスは驚いたように星月の身体を離して彼女を見つめると、困った顔をして目を伏せる。
「それは、…約束できない」
「どうして? 」
本当は星月にもわかっているのだ。彼はこの時代の人ではない。それにもまして、彼は真面目で、父親の璃空よりもくそまじめで、責任感が強くて。
帰った時代が大変であればあるほど、彼はそれを何とかしようとして、きっと戻ってはこられないのだ。
「戦士は、出来ない約束はしない」
少し寂しそうに言うルティオスに、星月は自分の気持ちを隠してわざと元気な声を出す。
「いいの! 生半可な気持ちで帰るんじゃないかって、試しただけ! エヘヘ」
「星月…」
「じゃあ、もうすぐ私の誕生日だから、プレゼントをくれる? 」
「プレゼント? 」
「うん」
そう言うと、星月は目を閉じて伸びをする。
この体勢でなにをしてほしいのか、わからないルティオスではないと、星月は踏んでいた。
お願い…
すると、星月のひたいにルティオスの唇が触れるのがわかった。
「少し早いが、誕生日おめでとう」
「…ありがとう」
「まだ未成年だから、これが限界だ」
「! 」
初めて見るいたずらっ子のようなルティオスの表情に見とれながら、星月は改めてこの人が好きだと、心から思うのだった。
けれど、その思いは大人になるのと同時に封印されてしまうのだろう。
小さな行き違いが溶けた2人は、連れだって自宅へ帰る。
リビングに入っていったルティオスと星月を、柚月がいつものように迎えてくれる。
「まあ、ふたりともお帰りなさい。今日はあなたたちの大好きなお肉よ、お肉! 」
柚月は星月の想いを知っている。ただ、王妃である柚月にも、明日のことばかりはどうしようもないのだ。だからこうやって星月の気持ちを明るい方へと導こうとしているのだろう。
「ありがとうございます」
「ありがとう、お母さん。今、手を洗ってくるね」
「ええ、今日はうんとお食べなさい。あ、今日は大地も帰ってきてくれるそうよ」
夕食は、自立して、今は職場の近くで暮らす大地も交えた楽しいひとときだった。
特に大地は、あの北工場の戦闘の時に、自分の危険を顧みず、負傷者を次々助け出すルティオスの行動にいたく感激して、彼の大ファンになっている。
しきりに褒める大地に、照れるルティオス。
またその2人をちょっとからかう柚月。
大地と柚月をたしなめる璃空。
こんな時が永遠に続けばいいのに、と思いながらも、今は楽しくすごそうと、皆と笑いあう星月だった。
その日の夜。
柚月が星月の部屋を訪れる。
「星月、もう寝ちゃった? 」
「お母さん? ううん、まだ寝てない」
柚月は部屋へ入ってくると、ベッドに起き上がった星月の横へ座る。
「いよいよ明日になっちゃったわね」
静かに言う柚月に星月は甘えるようにもたれかかり、つぶやくように言う。
「どうして行っちゃうのかしら? 私の事、大事だって言ってくれたのに」
少し考えてから、柚月はそれに答える。
「男の人ってね、やっぱり面倒くさいのよ」
「ほんとだわ」
笑いながら言った星月の目に涙がふくれあがる。
「男なんて大嫌い。ルティオスなんて、ルティオスなんて…」
言いながら、星月は柚月の胸に顔を埋めて、泣きじゃくるのだった。
泣き疲れて寝てしまった星月の部屋をそっと出た柚月は、リビングへ続く廊下から、庭をそぞろ歩くルティオスを見つける。
話をしようと庭へ降りて行こうとしたとき、
「ルティオス」
と、声をかける者がいた。
璃空だった。
彼はルティオスに気づかれぬようにこちらに目配せすると、庭園の奥へとルティオスを誘って歩いて行ってしまう。
ちょっと苦笑いした柚月は、ふと思いついて、明日ルティオスが乗って帰る部屋へと行く。そこには不眠不休でけなげに? 働くR4たちロボットがいた。
柚月はR4を手招きして隅っこへと誘うと、長い話を始めたのだった。
翌朝は快晴。
ルティオスは本当は誰にも見送られることなく、ひっそりと帰って行きたかったのだが、現実はそう甘くはない。昨日まで国王の自宅にあったR4たちのいる部屋は、王宮のバルコニーにその入り口をすげ替えられてしまっていた。
しかも。
王宮までは、なぜかオープンカーが用意されている。かなり恥ずかしいシチュエーションだ。だが、璃空はあえてこれを用意したのだ。
「いつのまにかルティオスは、クイーンシティに強く根付いているんだ。みんな君が大好きなんだよ。だから、王宮に行けない人にもお別れをさせてやってくれ」
オープンカーの通る道は、クイーンシティ市民であふれかえっていた。
「ルティオス! 」
「ルティオス、きっと帰ってくるんだよ」
「あんたの帰るところはここしかないよー」
「元気でな! 」
色んな言葉が飛び交っている。
ルティオスは、熱くなる目頭に気づかれないように、気持ちを引き締めながら皆に手を振っていく。
けれど。
あるところまで来た時、見覚えのある家の2階で、白いレースのハンカチを少し不自然に振る、気品のある老婦人を目にしたとき、それが決壊してしまった。
彼女は車いすに乗って、ルティオスに剣の指導を受けている、最高齢の女性だった。
凜とした姿勢と、なにものにも流されず、あきらめず、呼吸法から始めて、果敢に剣を振るうその人を、ルティオスは本当に尊敬していた。
――王宮に行けない人に別れを。
璃空の言葉の意味がわかったとき、ルティオスは手で顔を覆って、男泣きした。
そうして、王宮に到着したルティオスは、集まった市民の大歓声を受けながら、静かにクイーンシティを後にしたのだった。




