プロローグ
砂の丘と砂の谷。
砂漠というのか、砂丘というのか。
訪れた観光客は皆、楽しそうに笑いながら、砂の山を言ったり来たりしている。
遠くで頂をウロウロする人が、まるで蟻のようだ。
今はもう、その向こうに国がない国境のこのあたりは、数年前まで立ち入り禁止だった。
数年前のある日。
クイーンシティの中心街から、遠く離れたこのあたり。
頑丈な鉄の格子と、それに沿わせるように作られた高い壁の向こうには、一面の砂漠が広がっている。
ここらの警備を任されていた警備員の中にいる、今ではその名前すら知らない者さえいる「バリヤ」の、もとバリヤ隊員たちは、久しく聞かなかった、ギュイーンという次元の扉が開く音に、またブラックホールが現れたのかと、素早く警戒態勢を取った。
しかし、予想に反してそこに現れたのは、ネイバーシティへと抜けるであろう、これまでと同じような次元の扉だったのだ。
大至急国王に連絡を取り、次元を超えた経験のある警備員が、けっして無理はしないと言う約束で警戒しながら通り抜けてみると、なんとそこは、イグジットJと呼ばれる出入り口のすぐそばだった。
「なんで今頃? 」
クイーンシティの者もネイバーシティの者も、何十年かぶりの次元トンネルに右往左往の大騒ぎだったが、それはすぐに静まった。
というのも…。
「国王! 」
なんとクイーンシティ国王自らが、連絡を受けるとすぐ、新しく開いた扉の元へとやってきたからだった。
「ご苦労。早速だが、俺も調査と今後の話し合いのため向こうに通り抜ける。とりあえず安全は確認済みなのだろう? 」
「し、しかし。いつなにがあるか。危険です。どうかお考えを」
「俺を誰だと思っている? 」
反対する側近の肩にがっしりと手を置いて、微笑む国王。
それでもまだ躊躇する側近に、「大丈夫だ」と重ねて言う。
「わかりました、仕方ありません。では、ネイバーシティに連絡を入れましょう」
砂漠に急ごしらえした対策本部の通信機を借りて、国王はここでも自ら連絡を取り始める。
「こちらクイーンシティ。これより、新しく開いた次元の扉を使い、クイーンシティ国王がそちらへ向かいます」
「了解しました。国王以外に人数は? 」
その問いに、「いや、俺だけのつもりだ」と答えるより先に、通信マイクが奪われてしまう。
「もちろん、国王の右腕である、広実」
「と、国王の左腕、神足でーす」
「おまえたち…」
いつの間にここへやってきたのか、現国王、新行内 璃空とともに今の平和を築き上げた、もとバリヤ隊員、広実 忠志と、神足 怜の2人だった。
「なぜこんなに早くここへ来られた? 」
「璃空くんー。もとバリヤ第4チームの情報網をバカにしちゃいけないよー」
相変わらず、璃空にちょっかいをかけてくる広実は、バリヤの中でも偵察や潜入を専門とする第4チームの指揮官だった男だ。
「そうそう、俺を置いて行くなんて水くさいですよ、指揮官、じゃなくて国王ー。広実さんに連絡もらって飛んできました! 」
もう1人の神足は、璃空が指揮官をしていた第1チームの隊員。
今では2人とも、それぞれ仕事に就いているが、バリヤ隊員だった者は特例として、緊急時には現場へ向かう権限を持っている。それを利用したのだろう。
2人に苦笑を返しながらも、国王は言葉少なに、「仕方がない。行くぞ」と彼らを伴って、次元の扉の向こうへと消えていった。