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屑拾いルバンク  作者: 白猫野明良
屑拾い偽りの章
9/19

8

 司祭から生活の保障を約束するという話があり、滞在して随分日にちが経った頃に、私は神殿の宿舎に移った。

客間による特別待遇が無くなったのだ。


 なるべく長く居たいと考えた私は、年齢の記憶も曖昧な事にして、三歳程誤摩化す事にした。

八歳から始めるという神殿の学校に出席する事にしたのだ。

今までの栄養状態が悪かったために身体が小さく背の低い私は、推定十一歳だと思われるのに疑われる事もなく神殿学校に通う事が出来た。

神官になるつもりは無いので、神学系の教科は省き、歴史や計算、作法などの講義を受ける。

余った時間は、果樹園や野菜畑の手伝いや掃除をしたり、神殿騎士のビシャードから基礎体力の向上の為に、修練を見て貰ったりして師匠として仰ぐ事にした。


 私の人生の中で、総てが保護されて幸せだと断言出来たのは、この神殿で生活していた期間だった。


 神殿の宿舎で生活している貴族の子弟も少なからず居るのだが、大体が必要の無くなった三男から下の子弟ばかりで、戦で親を失っている者も多かった。

だから、私の偽の境遇も他の子供と大体似たり寄ったりで、馬鹿にされる事もなかったし、たまには性格の合わない人間も居たが、凄惨な戦場を渡り歩いて死体漁りをしては、ギリギリの生活をしていた私には、少々の衝突があっても、それも平和に思えたものだった。


 神官見習いのサリーズは、神官になる事が決まっているので、身分は平民だが、出身はアルスイール家の従士の家柄で、親は準貴族であった。

私をアルスイール家の親類だと司祭から聞いていたから、実家の主筋の子弟という事で、私には特に親切にしてくれていたのだ。

 私は嘘を誠にして、偽の境遇になりきって生活する事を決意していたが、たまにその演技が疲れてしまう。

仲良くなったサリーズには、本当の事を打ち明けたかったのだが、そういう出自であるからには、何処から嘘が漏れるか分からない。

私は墓までこの状態を続ける事にしたのだ。


 そして『ルバンク』の意味をこの神殿で知る事になった。

ちゃんと理解した時は、悲しかったし、笑い飛ばしたかったし、情けなかった。

 私の無知と偏った知識はハリスメレン司祭も驚いていて、治療術士のオンサールが初めて私を診察した時に、この『ルバンク』の事を相談したらしい。


 私が親から引き離されて育ったのは、何か原因があり、家族の誰かから虐められていた可能性がある、と司祭が示唆した。

よく噂に聞く、正妻と妾の争いの犠牲者が私である、等と想像したみたいだった。

ルバンクの意味が分かってからは、自分からそう名乗らない様に気をつけていたし、司祭の危惧しているような過去は無いのだから、心に傷がある訳でもない。

ある意味、本当のルバンクである私は、もっと違う部分の傷があるのかもしれないが。


 神殿に来るまで、健康的な生活をしていたと言えない私は、食事が毎日食べられる神殿で生活する内に、身体も育ち情緒も育っていって、少しづつ元気になっていった。

身体にも随分肉が付き、その年頃の丸みを帯びた子供らしい身体付きにもなったのだ。

私の目付きの悪さは治らなかったが、パッと見た印象は可愛いというよりは綺麗な子供の部類だったと思う。

真っ白な肌に、目立つ赤味の強い金髪で、薄い緑と灰色の混ざった珍しい色の瞳だった。

自分の容姿に自信が付いたのも、神殿でちやほやされた事が大きい。

これで背が高くなって、神殿騎士のビシャード・エンリックのような、堂々とした逞しい体躯になれたら最高だと、いつも思っていた。


 二年という期間が、あっという間に過ぎて、神殿の人達は十歳だと思っているが、私は実際は十三歳になっていた。

ちまちま使っている財布の中身は、大して減ってはいない。

残金は、十七銅貨、三銀貨、十二金貨、二白金貨だ。


 お気に入りの紺のチュニックは、膝まで丈があったのが腿の上まで上がり、身体にピッタリになっていた。

それが少し色褪せてきた頃、すっかり忘れていたアルスイール家だったが、私の出自の事で神殿に連絡が来たのは果樹園にドムの実が色付き始めた秋だった。


 神官に呼び出されて、司祭の部屋に通されると、イズミール・ハリスメレン司祭が、難しい顔をして待っていた。

「早速だが、ルークにはアルスイール侯爵の領主館に出向いてもらう事になった」

座るなり口早に用件を話出した司祭の言葉に、私は直ぐに反応出来なかった。


 この時、私の頭の中でアルスイール侯爵家って何だろうか、と俯き一瞬考えたが、思い出しハッと顔を上げて司祭を見る。

「今更、ですか?」

「詳しくは、あちらに行ってから聞いた方が良い。ただ、戦後の混乱で、親類の当主は五人以上が亡くなっているそうだ。調べるのにも時間が掛かってしまったのだろう」

「はあ」

「記憶の方はどうだね?」

私は首を横に振って俯く。思い出すも何も、今ではそんな設定も忘れていたのだった。


 神殿で生活する限り、偽の生い立ちを皆に話してしまった後は、丁寧に会話するだけで誤摩化せたのだ。

それさえも最初は疲れて、誰かに打ち明けたくなったのだ。

(まさか二年も経ってから、私の件で連絡してくるだなんて思わないじゃないか)

嘘を付いているのは私なのに、アルスイール家に対し理不尽に当りたくなる。


「数日の内に支度を整えておきなさい。こちらに連絡が来るらしい。その時は馬車を出すからね」

「……分かりました」

支度をするという事は、服屋や靴屋に行って新調して来いという事だろう。

神官見習いでは無い私の服装は私服だけになる。毎日着回ししているが、二年の間着替えを買っていない。

元々、襤褸を平気で着ていた私だ。少し位、ほつれても、布の色が褪せたとしても気にならない。

だが、アルスイール家は司祭が話した様に、なんと侯爵家だったのだ。

しかもリウプロの街の領主でもある。


 ガルトマ国は、王家を頂点に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、名誉騎士、準貴族、騎士、平民となっている。準貴族にも位が分かれており、大体は騎士と同等だ。

名誉騎士は一代限りとなり、その子供は平民で準貴族よりも下になる。

後になって知った時は、もう関係ないからいいやと思ったものだった。

今更呼び出すなんて、もの凄く迷惑である。

上級貴族の屋敷に呼ばれるなら、色あせた服は失礼になる。買い替えなければいけないだろう。


 翌日、私は財布を持って以前纏め買いした服屋に向かった。

「たまには身嗜みを気にした方がいいかもな」

未だに街に行く時には護衛してくれている神殿騎士ビシャード師匠が、頷きながら馬車の中でそう言った。

「師匠、私の格好はそんなに酷いでしょうか」

「清潔というだけでは、体裁が悪い事もある」

「それはそうですけど」

「ルークは洗濯をさぼるし裁縫をしようとしないものな。サリーズは神官見習いで使用人では無いぞ。いつもそういう雑用を放置して彼任せだろう? 使用人を雇って総てやってもらえる環境の方がいいのかもしれないな」

「分かりましたー」

私は両手で耳に手をあてて、横にブンブンと首を振った。


 勘違いも極まって、服のほつれやボタンつけを疎かにしていると、私が貴族子弟であるという前提の、面白おかしい嫌味と思われる冗談を言われる。

襤褸布を纏っていたルバンクだった私が、身なりを気にしないのは当たり前だが、身の回りの事を殆ど使用人にさせていた貴族子弟も同じ様にずぼらだという事だ。

私もそうだが、貴族子弟は掃除や洗濯といった雑用が大変嫌いで、神殿にやって来るまで一度もした事が無いという者が多い。

変なところで共通している癖や習慣が一致していた。


「いらっしゃいませ!」

服屋の主人がにこやかに店内に招く。

「本日はどのような品をお求めでいらっしゃいますか? んん? 何処かで見たような……」

「これ、二年前に、ここで買ったのだけど、覚えてますか?」

チュニックを引っ張って主人に笑い掛けた。

「あああ! 思い出しました。確か、アルスイール家に奉公に行くと仰った坊ちゃまですよね。ご領主様のお屋敷では、元気になさっておいででしたか?」

「いえ、今は神殿の方でお世話になっていて、数日後に屋敷の方に招かれているのですが。それで新調しようと思いまして」

「なる程、承知しました。お任せ下さい! 紺の色味がとてもお似合いですから、同じ色味の布と刺繍がもう少し多い物をお出し致します」

「お願いします」

シャツとチュニックとパンツ、下着の既製品をそれぞれ揃えて貰う。


「今度、お時間のある時に、お仕立てで一着いかがですか?」

「いえ、それはもう少し身体が大きくなってから。機会があったらお願いします。余裕も無いですし」

「左様ですか。ご用命の際は、リーバッタ服店にお願い致します!」


 今日は前回よりも刺繍が多く、生地も良いものだったみたいで、二金貨掛かってしまった。これで仕立てたらもっと掛かるだろう。貴族服は半端無く高いと思う。

ブーツは穴は空いていないが傷だらけで、新調した方がいいとやはり師匠に言われ、仕方無く靴屋にも寄った。

同じ色合いの獣の革のブーツは在庫がなく、無難に焦げ茶のブーツを買う。

これでアルスイール家に行く準備は整った。


 その三日後に私は領主の屋敷に呼び出された。

リウプロの街の領主の館は、神殿のある丘の上から街の反対側にある。

そこにアルスイール侯爵家の当主が都から来ているそうだ。

普段当主は王都に居て、宮殿内でも仕事がある。

リウプロの街の実際の政務は、家宰と嫡男の後継が勤めているらしい。


 そこは神殿よりもずっと大きな建物で、総てが石造りの重厚な城というか要塞のような屋敷だった。

港街のリウプロは、貿易の要と言われる程にとても栄えていて各国の船が着岸する。

珍しい香辛料や、糸や布、細工物が輸入されてくる。

王都のスガッドも海に面していて、そことの航路は定期便が出ているそうだ。

スガットの都に行くのには、陸の移動よりも船の方が早いらしい。

陸の移動だと、都までは馬車で10日掛かるが、船だと半分の5日で到着できるという。


 アルスイール家から連絡が来て、領主の屋敷に向かう馬車には私だけが乗っていた。

一人きりだと心細い。

偽の生い立ちの事もある。このまま馬車を降りて、あの見えている船に乗り、何処か遠くに逃げてしまおうか。そんな弱気な気持ちがフッと浮かんだ。


 だが、神殿で二年の間、穏やかな生活が続いた末の私の性格は、楽観的と言っても足りない位に鈍感で、年齢的に怖いもの知らずで向こう見ずだったと、言い訳をするべきなのか、何とかなるだろうという安易で投げやりな、真摯とは程遠いものであったのだ。

ルバンクとしての元々の自分が真ん中に存在し、その上に偽のルークが覆っている気分だった。

自分とは別の人間に起きる出来事を、内側から他人事のごとく眺めている感覚というのだろうか。


 これはルバンクとして、幼い頃から凄惨な場面を見過ぎていたために起きた弊害だったのかもしれない。

何時までも、この先何十年経とうが、私のこの感覚と性質は治らず、他の人間が卒倒する様な、驚愕する場面でも少しも驚けず、咄嗟の場合演技出来ず、仕方無く愚鈍にへらへらと笑って過ごしていくのだ。


 真冬にはまだ早い白の季節、1巡目のその日、偽若君の私はアルスイール家の屋敷に足を踏み入れたのだった。


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