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屑拾いルバンク  作者: 白猫野明良
屑拾い偽りの章
7/19

6

 私は内心ホッとして司祭に頷きながら返事をした。

すると司祭も微笑みながら私に部屋を移る様に勧めてきた。

「それでは、客間に食事とお湯を用意させましょう。それと、治療師の方ですが、神殿付きの者がおりますので、緊急で無ければ、明日の診察でいかがですか?」

「有り難う御座います。治療の方は、明日お願いします」

「こちらに滞在している間、貴方の記憶が戻り、体調が良くなる様に、聖者様に私からお祈り申し上げます」

「……ご心配、有り難く、思います」

虚弱だの記憶の障害という病気の様な事を話した手前、健康だなんて本当の事は言えない。


 その後、見習いらしき神官が案内してくれた部屋に案内されて、私は生まれて初めて客間に泊まる経験をする事になった。


 部屋の奥にもうひとつ扉があって、そこを開くと寝室があった。

ふわふわの綺麗な寝台がある。

私はそれを見て、飛び上がる程嬉しい気分になったが、体調が優れない振りをし続けなければならない。

私と同じ年齢位の見習い神官達が、客間を出入りしていて、お茶の用意をしてくれた。

別の見習い神官は部屋の隅に衝立てを広げ、大きい桶にお湯を運び入れる作業をしている。

石鹸と布を持った見習い神官が、お茶を飲んでいた私を呼んだ。

「お湯の用意が出来ましたので、どうぞ」

脱いだ服をこの見習い神官が畳んでくれるのかもしれない。

今日初めて着た上等な衣服を床に落とすのは忍びなかったので、私は脱いだ衣服を一枚づつその神官に渡していった。


 そろそろと湯気のあがっている大きな盥に足を入れる。

冷たくなっていた疲れた足が、湯の熱で刺激されてジンジンする。

お湯で身体を洗うのは初めてなのだ。

何だか今日は初めて尽くしで、緊張もするが、こんなに重なると、逆に笑いたくなってくる。

湯の熱さに慣れると、浸かっている部分が気持ち良い事が分かった。

そろそろと腰を落とし、私は湯に腰まで浸した。


「ご自分で洗われますか?」

細かい気遣いを見て、見習い神官の仕事は大変だなと思う。

世の中にはこういう仕事もあるのかもしれないと思い、彼の言葉や仕草を覚えておこうと観察した。


石鹸というものを初めて使う私は、背中だけはやってもらう事にした。

差し出してきた石鹸を見ながら答える。

「それじゃ、背中は、お願いします」

「分かりました」

石鹸からは、何かの香草の香りがして、清々しい匂いが部屋に立ち籠める。


見習い神官が私の背中を洗い始めた。

「明日は高名な治療術師の、オンサール様がこちらにいらっしゃいますよ」

骨の浮き出た身体の細さに驚いたらしく、怖々と摩りながら、そんな言葉を掛けてきた。

「オンサール様、ですか」

「はい。治癒の術で秀でておいでの方です。先日まで宮廷に呼ばれ、この神殿にはいらっしゃらなかったのですが」

良かったですね、と続けて言われる。

「そうですか。あ、前側は、自分で洗います」

「はい。衝立ての向こうに居ますから、出る時は声を掛けて下さい」

「ええ。有り難う」


 何だか、死体漁りをしていた時の仲間達とは種族までも違う様な気がしてしまう。

綺麗な言葉も、考え考え、たどたどしくゆっくりになってしまうから、頭が弱いと思われているのではないだろうか。

記憶が抜けていると話してあるから、変な言動をしても誤摩化しもきくだろうと自分を納得させる。

騙されているとは知らずに、身分が上の人間にするように丁寧に接してくれる。

まあ、こんな風に扱われて悪い気はしない。


 良い匂いの石鹸を使い、身体と髪の毛も洗い、盥の中で立ち上がった。

しかし、私は朝から食べて居ない上に、初めての湯を使ったせいか、立ちくらみで頭がくらくらして目が回り、その場でバッタリ倒れてしまった。

倒れた衝撃で、すぐにしっかりと目は覚めたから、見習い神官に心配ないと伝えたかったが、客間の外で大声で叫んでいるのを聞いて諦めた。


バタバタと忙しない足音がして、二人の神官が部屋へ入ってくると、私の身体は布で拭かれてから寝台に連れて行かれた後、そこへ横たわった。

「ごめんなさい。もう大丈夫」

「いえ、今、治療師を呼んでます。安静にしていて下さい」

すかさず大丈夫だと訴えたが、起き上がろうとすると肩を押されて寝台に仰向けになる。

ふかふかで綺麗な寝台に寝るのは、とてつもなく嬉しいのだが、こう、見知らぬ神官や見習い達に囲まれていると安心して横になっていられないのだ。

腹が減っている私の腹がぐうと音を立てて鳴るのを聞かれたら、具合が悪いなんて嘘だとバレてしまいそうだ。

高名な治療師のオンサールという人ではないが、神殿付きの治療師が走ってきて、私の様子を診察した。


 神官達を下がらせて、治療術師が布を剥いで痩せた私の身体を見て真剣に諭してきた。

「ちゃんと食べてますか? ご親族や身近な者を亡くされたとか。ご心痛はあるでしょうが、食欲が無くても生きたいと望まねば。ああ、倒れた時に肘を切ったようですね。ここだけは塞いでおきます。これから消化の良い粥を作らせますから、どうか少しでも口を付けて下さい」

「……はい」

この治療士は、私をかなり心配してくれたのだが、粥だけじゃ嫌だと言い辛くなってしまった。

白金貨を寄付したのに、毎日の食事が粥だったら悲し過ぎる。


 背中を洗ってくれた見習い神官だけが部屋に残り、荷物から下着と寝間着を取り出して貰い、それを身につけた。

「具合はいかがですか?」

心配そうに顔を青くした見習い神官が私の顔を覗き込んだ。

「もう、平気だから」

「お粥、ここに用意してありますので。ええと、ルーク様と呼んでもいいでしょうか」

「ああ、うん。いいよ。君は?」


 名前を聞いたり教えたりというのが常識らしい。

皆、出会って直ぐか、ちょっと後に名前を聞いてくるのだから、そういう事なのだろう。

「改めて、僕はサリーズライド・ツウェークと言います。サリーズと呼んで下さい。滞在中はお世話をする様に司祭様から言い付けられておりますので、宜しくお願いします」

「サリーズ、か。よろしく。もう大丈夫だから」

「隣の部屋に待機してますから、終わったら呼んで下さい」

頷くと隣の部屋に歩いていった。


 自分より私を優先するという接待を受けるのは初めてだ。

私はサリーズが食事をしてないのが気になって仕方無かった。

ルバンクで居た頃は、争う様に自分の事を優先したものだったのだから。

それに同じ様な年齢の子供と話したのは、結構久しぶりなのだ。

死体漁りの同年代の仲間は殆ど死んでしまったから、会話は久しぶりだった。

それに、大人と会話するよりも、話がし易いし、肩が凝らない。


用意された粥はペロリと全部平らげた。

サリーズを呼んで空いた椀を下げて貰う。

「食べられたようですね。良かった」

「お腹空いただろう。早く食事に行ったらいいよ。私は疲れたからもう寝るよ。また明日ね」

ニコニコしているサリーズが、おやすみなさい、と明るく挨拶してから、蝋燭の灯をフッと息を吹きかけて消して退室した。


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