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買ってもらった古着のズボンと靴を路地で穿きなおし、襤褸を捨てて、内股に隠した袋の中から、銀貨だけをじゃらじゃらと取り出し、ポケットに穴が空いていない事をしっかりと確認して、それを突っ込んだ。
そして、その辺りを歩いている徒弟見習いらしく、お遣いの様子を真似して背筋を伸ばし、なるべく余所見をしないようにして歩く。
暫く歩くと品の良さそうな商店がある界隈に辿り着いた。
私は服の店らしき看板を掲げている店に入った。
「いらっしゃいませ」
愛想の良い声で店内に招かれる。
私は物心付いてから、死体漁りをしていたし、こんな綺麗な店に入った事が無かった。
だからオドオドしていたし、心臓が痛い位にどきどきしていたが、思い切って店員に銀色のお金を見せる。
「これで、身体に合う、シャツや下着を」
「ふうん。ご主人は太っ腹だなあ。坊主の奉公先はどこだい?」
「え、えっと、アルなんとか、です……」
私の奉公先なんて架空の場所は無いのだから、もごもごと語尾を小さくして適当に名前を誤摩化した。
奉公に上がりたての子供に見える事を祈って、私は店員を上目遣いで見上げる。
「ほうほう、アルスイール家ですか。そりゃあ、すみません。御貴族の子息様ですかね。では、このシャツなんてどうでしょうか。こうしたチュニックも流行ですよ」
その店員は勝手に推測で奉公先を想像してくれた様だ。
しかも、私までどこぞの子息に見えたらしい。色白だったのが良かったのかもしれない。
アルスイール家というのがどんな家だか知らないが、これからの偽りの生い立ちに役に立ちそうだ。
元商人のお古を着ていても、そういう勘違いが起きるのは、貧乏貴族も農家と変わらない生活をしているからだ。
そういう事情は戦場の男達の噂話で耳に入ってきていた。
私の知識というものは、そうした戦場に居た人間達からの会話を見たり聞いたりしたものが総てだった。野営している近くで物乞いをしていれば、自然に大人達の噂話が聞こえてくる。
この店員が勘違いした通り、そういう家の子供だと思われれば、これからの予定も上手くいきそうだった。
私のこれからの予定とは、良い家の子供という偽の設定を作り、聖教会に保護を求めるというものだ。
ある程度身体が大きくなるまで、どうしたって何処かに庇護を求めなければいけないだろう。
教会に身を寄せられたら良いな、という軽い考えだった。
大金を持っていても、身体の小さな私では直ぐに剥ぎ取られてしまうだろうし、対抗出来ない。どこか庇護して貰える場所を早急に作るべきだった。
教会ならば、私が何年か過ごせる場所として、最適な場所であると思えたのだ。
寄進の額が多ければ、保護も厚くなるだろうし、真剣に神父になろうとしなければ、食事もある程度の融通が効きそうである。外出も出来るのでは無いだろうか。
物乞いの仲間が以前教えてくれたところによれば、金が無いと教会に引き取って貰えないらしい。
戦争前であれば、孤児院という場所に親の無い子供が身を寄せたらしいが、長い戦のせいで、孤児院はどこも満杯だった。それならと、教会に庇護を求めても門前払いをされるらしいのだ。
金持ちや貴族も戦死するのだから、その子弟が教会に庇護を求めてくる。
そういう身分が上の者が優先され、教会に寄進し世話をしてもらえるのだ。
それを聞いた時は、羨ましいとは思ったが、別の世界の話だとして、自分が世話になれるとは思っても居なかった。
ただ、教会に着くまでが危ない。服装がまともな子供などは、勾引されるかもしれないからだ。
もしも教会に上手く潜り込めなければ、残りの金貨がある。
どこかで生きていくにしろ、それを使いきれば、物乞いに戻ればいいだけだ。
その間は美味しいものを沢山食べようと心に決める。
「奉公先に行く前に、聖教会へお祈りに行きたいのですが、道を教えて貰えますか? それと靴を売っているお店を知っていますか?」
「左様でございますか。坊ちゃまは信心深いのですねぇ。それじゃ、新しい服に着替えてから行かれたらいかがでしょうか。勿論靴屋もご紹介致しますよ」
「そうしようかな。ズボンと替えの下着も選んで貰えるかな」
「はいはい! ただいまご用意致しますね。ブーツ用になさいますか? 紳士用のパンツは少し丈が足りない様ですので……」
貴族の子供といえば、戦場で騎士見習いの格好は見た事が何度もある。
確かに膝下までの、紐で編み上げたブーツをズボンの上から穿いている者が多かった。
戦場では騎士も基本はその形式の動き易い服装で、その上から甲冑を付けているのだ。
私は死体漁りの経験から、それぞれの名称は分からないものの、貴族の服装には詳しい。
甲冑を剥ぐ事も何度もしているので、脱がせる事は得意である。
その店員は、買い求めた総てを店内の奥で着替えさせてくれた後、靴や革製品を売る店の場所と教会への道を教えてくれた。
教会へは、歩くと遠いらしい。
「すぐそこの、大きい通りを走る辻馬車を捕まえて行く方が安全ですよ」
あれやこれやと世間話をしながら、世話を焼いてくれた店員に、マントやシャツやパンツ、シャツの上からも重ね着出来る、お洒落なチュニックや下着等の予備を数枚づつ勧められた。
「お坊ちゃまの年頃ではいくら替えがあっても必要でしょう。身体も直ぐに大きくおなりになるでしょうね。予備の方は、少し大きめの方が良いかもしれません。これから寒くなりますし、腰まである暖かいマントもいかがでしょうか? 地味な色で人気が無いので売れ残っておりますが、お求め頂ければ、お安くしますし、お着替えを包む大判の布をお付けしますよ。宜しければ小銭入れも!」
「それぞれ見せて貰えますか? 小銭入れの他に小袋をいくつかお願いできますか?」
「承知致しました!」
ポケットに突っ込んであった23枚の銀貨で足りる事もあって、勧められた全部を買い求めた私は、良い客に見えたのだろう。
店員はとても良い笑顔で店から私を送り出し、深々と腰を曲げた。
「またのご来店、お待ちしております」
けっして華美では無いが、新しいシャツとパンツに黒っぽいマントを羽織り、見栄えが良くなった私が、服屋の近所にある紹介された靴屋に入ると、今度はどこへ奉公へ行くのか、などと詮索はされず、着ている服装に合うブーツをいくつか出してくれた。
「一番丈夫なものはどれですか」
店員に傷が目立たない灰色と茶の革で出来た、膝下までのブーツを勧められる。
色違いの黒の革で出来た紐で、ブーツの口まで編み上げてある。良く見れば、とても洗練された上等な靴だった。
「これは大森林に生息しているフウハン獣の革でして、とても丈夫です。それに、そのパンツの色と、坊ちゃんの髪色に合うと思いますよ」
パンツは季節柄これから寒くなるという事で、厚い生地で深緑色のものだ。
ブーツの色はそのパンツの色ととても合うだろう。ちなみに私の髪色は、赤味がかった濃い金髪である。
「それじゃ、これを頂きます。でも、もう少し大きめなものは在りますか? それから同じ色味のベルトも欲しいのだけど」
「はいはい。承知しました。ベルトはそれぞれの色が御座いますよ。ブーツもお出ししますね」
さっきの服屋の店員の話じゃないが、足が大きくなっても良いように、指先が余る位の大きなものを出して貰う。
「それでは、全部で銀貨15枚になります」
握っていた銀貨の数が足りない。どきりとした私は、靴をはき替えたいからとお願いする。
「ええと、隠しにお金を入れているので、ブーツを替える時に取り出しますね」
「左様でございますか。このところ、ギニーニ帝国から流民が入ってきて、本当に物騒ですからね。用心に越した事はありません。こちらで履き替えて下さい」
店員に指示された部屋の隅に行き、そそくさとパンツを下して、汚い袋と一緒に全額取り出した。
服屋で貰った綺麗な巾着の財布に入れ替えて、金貨を一枚取り出してから手に握る。
銅貨は30枚で銀貨1枚である。だが、銀貨が何枚で金貨が1枚かが分からない。
これで金貨を1枚出せば、おつりの数でそれが分かる事になる。
革ブーツを穿いた私は店員に金貨を1枚渡す。
15枚の銀貨のおつりが来たので、銅貨同様、銀貨30枚で金貨1枚なのだと分かった。
残りは7枚の銅貨、15枚の銀貨、12枚の金貨と白金貨3枚である。
今度は古い靴を捨てないで袋を貰ってそれに入れる。
残りの全額を入れた巾着をマント裏の隠しに仕舞うと、着替えと一緒に靴の袋も前に抱えて持った。
「有り難う御座いました。お気をつけて」