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屑拾いルバンク  作者: 白猫野明良
屑拾い偽りの章
2/19

1

 小屋の外は憂鬱な吐息を吹きかけたような晩秋の曇り空だった。

そのせいか、酷く冷え込んで、もうすぐこの地方にも、北からやってくる白い精霊が舞い落ちてくるに違いないと思われた。


 隣国との諍いは5年以上に及び、醜い傷跡を残したまま停戦状態になっていた。

この領地エンドは敵国ギニーニ帝国との国境に近い事もあり、いつ隣国が攻めて来るかも分からず、森林や山に巣食う魔物の類の脅威に晒される中で、村人達は怯えて暮らしていた。


 ここは国境近くにある街道で、東へ大森林を抜けると隣国ギニーニ帝国へ抜けるコレア山脈が続く。

その山のこちら側はガルトマ国の関所が設けられていた。

西に2巡間歩くと港のあるリウプロという栄えた街へ出る。


 今いる場所はそんな国境に程近い街道の傍である。

元は農村だったのだろう。

今では枯れた雑草が生い茂り、東に見える森林と農場が続いているように見えている。

その中にぽつんと屋根の半分壊れた掘っ建て小屋があった。

街道からは目と鼻の先にあったとしても、通常は使われないだろうその小屋は、宿へ泊まる事の出来ない貧しい旅をする者の夜露凌ぎに役に立っている。


 夜が明けたばかりの、まだほんの少し垣間見る太陽の中で私は目覚めた。

数日間、野宿するしかなく、野獣か魔獣の気配に怯えて過ごし続けたが、久々に安心して睡眠がとれたのだった。

切れた屑藁を纏めて枕にして微睡んでいた私の耳が小さな音を拾った。


 何日もろくな物を食べていないせいか、ひょろひょろな体躯で細い私の手足には泥がこびり付きボサボサの髪は元の色が分からないくらいに汚れ固まっていた。


 微睡みから目を覚ませば、私の瞳は、境遇に逆らい生を渇望するギラギラとした意思の光があるだろう。

多くの戦争孤児のルバンク達が死に逝くなか、私はここまで生き抜いて来たのだ。


 饐えた匂いのする湿った藁を掻き分け這い出す。

私は欠伸と背伸びをしてボリボリと脇腹を掻いた。

のそりと立ち上がるとふと耳を澄ます。

街道を通りかかる馬蹄の響きがいくつかかすかに聞こえるのだ。


 蹄の音がなくなったと同時に人間の声が段々と近づいて聞こえてきた。

私は慌てて小屋の隅の影に入って隠れる。

「引き返せ」

「どうか、どうかお考え直しを! 事の次第が王都に知れるのも時間の問題です」


 小屋の影から見えているのは痩せた白髪の老人だ。

青ざめた顔色で縋り付くように背の高い黒い旅装の青年に訴えている。

話し掛けられている相手の青年は戦士だろう。均整の取れた体格に、簡易な胸当てや手甲を付けているのがマントの下に見える。


「もう決めた事だ」

表情を変えずに淡々と返された老人は、目の端の皺に涙を溜めながら尚も取り縋る。

「全てを捨てて行くおつもりですか!」

縋る老人をぞんざいに振り払い青いマントの戦士は小屋の前まで歩いてきた。


「お考え直しを!」

「ほら、ここに丁度小屋がある。私を追う為にずっと走り通してきのだろう? 一休みして王都に戻れ」

「そんな……っ。貴方様をお引き止めできなんだら、どうしたらよいのか、私一人では帰れませぬ」

頑迷な老人に青年はひとつため息を吐くと、思い詰めたような相手に、暗く悲しそうな藍色の眼差しを向けた。

そして懐から取り出したものを差し出す。

「これを受け取れ」

青年が差し出したのは、紫の肌触りの良さそうな刺繍布に包まれた握り拳大の四角い包みだった。

「おお、こ、これは」

「もう私が持つ資格もないだろう。そして必要もない」

青年の差し出した片手をその包みと共に老人が両手で押し頂いて、身体をブルブルと震わせながら懇願する。

「後生で御座います。この爺に免じて、お考え直し下さいますよう」


青年は一度俯くと、何かを振り切るように首を振り、その老人に近寄り見つめる。

「──許せ」

「っ!」

いつの間にか手に持っていた小刀の小柄で素早く老人の首裏をガツと叩いたのだ。

老人が呻いた後、ガクリと崩れ落ちる身体を腕に抱えた戦士が小屋に向かって歩いて来た。

小屋の中に入ってすぐの地面に老人を寝かせた青年は、先程懐から出して渡そうとしていた紫の布に包まれたものを寝かせた老人の懐に仕舞う。


「これで、私は……」

何かをブツブツと呟いた後、青年が立ち上がり、その場を振り返らずに歩いて小屋から出る。

男は草を食んでいた馬にひらりと飛び乗ると秋暁の霧の中に消えて行った。


 私は小屋の隅に踞って息を殺し、その一部始終を見ていたが、小便がしたくなってきた。

(もう大丈夫かな?)

老人は気絶しているが剣帯しており、見るからに上層階級と分かる。

そして街道で脇に寄って会話しても良さそうなのに、道から逸れて態々このあばら小屋まで来たのは誰にも聞かれたくない、見られたくない、といった後ろ暗い証拠であるように思えた。

(起きてきたら物騒かもな)

老人が気絶している間にここから離れるべく、ソロリと物陰から這い出て、入り口付近に倒れている老人の側を慎重に歩く。

いきなり立ち上がって歩いたせいか足元が疎かになり、しかも尿意までもが迫ってきて下腹に力を入れた途端、半歩足を下ろす場所がずれたのだ。


 落ちていた小枝を踏んで、パキというほんの小さな音を立てた。が、老人の耳元で音を立てたそれは、目を覚ますのに十分だった。

目を開けてむくりと上半身だけ起き上がった老人は、側にいる私を訝しげに見上げてきた。


「お前、は、誰だ! 若様はどこへ? お前はいつからここにいる!?」

思わず目を合わせてしまい老人に怒鳴られる。

私は恐怖に固まったが律儀に答えて捕まる訳にはいかない。

何やら面倒事がありそうな老人から逃げ出そうと駆け出す為に足に力を入れた。


「待て!!」

しかし、見かけは白髪の老人だが、動作は意外に俊敏で素早く足を掴まれてしまった。

ぐいと引き寄せられて老人の鄙びた手に掴まれバタバタするが逃げられない。


「何も聞いてない! 聞いてない!」

子供の嘘など老人にはお見通しである。

「儂はいつからここに居たのか聞いたんじゃ。さてはルバンドの小僧、盗み聞いていたのだな!」

青年に取りすがり泣いていた人の良さそうな老人の顔が魔獣のごとく険しくなる。


(ひぃっ)

「これは国を揺るがす大事。子供だとて見逃す訳にはゆかぬ!」

鬼気迫る形相で首を絞めてきた。

(くるしっ! 何でこんな目に!)

世の中は不条理、理不尽なのである。

ここまで生き抜いて来たのに、戦も終わるって時に運が悪い。

口を開けて喘ぎながら空気を求め、老人の指を外そうとやっきになった。が、外せる訳もなく、段々意識が遠のいていった。


だが、ここで運命の神は私に味方した。

老人の指の力が弱まったのだ。

私はその場に倒れ、老人も一緒に倒れた。

鼻水と涙を流し四つん這いになってゴホゴホと咳き込んだ後、隣に倒れた老人を見る。

まだ生きている。胸を掻きむしる老人は病気なのだろうか。

夜通し駆けて来たと言っていたから、疲労で何かの発作を起こしたのかもしれない。

私は恐る恐るそこから四つん這いのまま離れた。


胸を大きく喘がせ、恐怖でガクガクと震える身体を両腕で抱える。

「し、死んだ?」

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