『潜在能力』
真奈美は夢の中であの墓地に潜んでいる真司を探していた。墓地の一番奥にある何十年も放置されている一つの墓の前で、真司はあの真っ黒な大きな怨霊と何かを話していた。話の内容は上手く聞き取れ無かったが、やはり真司が殺人鬼の正体だと言う事実は真司が右手に持っている大きな鉈が証明していた。
(兄さんは本当に殺人鬼になってしまったのね。あの怨霊に取り憑かれて)
助けられるものなら助け出したいと思ったが、真奈美にもそれはもう出来ない事なのだとあの邪悪な怨霊の脅威を改めて間近に感じて思い知らされていた。
「真奈美さん! 真奈美さん! 起きて! 真奈美さん!!」
眠っている身体を修子に揺さぶられて、意識が身体に戻り目をゆっくり開けると修子が青い顔をして真奈美の顔を覗き込んでいた。
「良かった。目を開けてくれて……。貴方。今、意識を何処かへ飛ばしていたでしょう? お兄さんの所へ行っていたの?」
真奈美は修子に聞かれて、初めて今の夢が夢ではなく自分の意識だけが兄の所へ飛んでいたのだと認識して驚いていた。
「夢だと……夢だと思っていました。あの墓地に兄を見つけて、兄は手に大きな血のついた鉈を持っていました。そしてまた、あの怨霊と何かを話し込んでいたんです」
「やっぱり、無意識だったのね。危険だから気を付けないと……。怨霊に気付かれたら身体に戻れなくなるかも知れないのよ。何かせめて身を守る術を貴方に教えておかないと!」
修子は翌朝になって、すぐに師匠に真奈美に防御の術を学ばせることを願い出ていた。
「そうですね。真奈美さんが意識を寝ている間に飛ばしていたのは、かなり危険ですね」
「出来れば何も知らずに普通の生活を送って欲しかったのですが、これももしかしたら真奈美さんの運命かも知れません。それなら、せめて身を守る術だけでも教えておかないといけませんね」
師匠は修子の言葉にゆっくりと頷いてから、真奈美に術を教える準備を整えるように弟子の二人を呼んで命じていた。
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半月が何事も無く過ぎて、真奈美は師匠から教わった防御の術を完璧に身に付けその能力を発揮していた。そして師匠や修子は気付いていなかったが攻撃の術も真奈美は何時の間にか自分自身の能力に気付いて、少しずつではあるが着実に身に付けていた。
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会社が終わって部下たちといつも行く立ち飲み屋で、少し調子に乗って飲み過ぎて帰りが遅くなった長谷川はフラフラと自宅のある『エーデルハイム葉山』へ向かって歩いていた。マンションの側まで来ると小学一年生くらいの少女が植え込みでしゃがみ込んでいる。酒に酔ってはいたものの、こんな時間にこんな小さな少女がこんな所で何をしているのだろうかと不審に思った長谷川は少女に声をかけていた。
「お嬢ちゃん? こんな時間にどうしたのかな? お家は何処だい? このマンションならおじちゃんが送って行ってあげるよ!」
そう言って長谷川がそっと手を差し出すと、少女は黙って頷いてその手を握った。その小さな手は真冬でも無いのに氷のように冷たかった。
「お嬢ちゃんは何階にお家があるのかな?」
長谷川がエレベーターに乗り込み少女に尋ねると、少女は黙って11階を押していた。エレベーターを降りて長谷川が少女に手を引かれて着いた先は、あの恐ろしい事件のあった。『1111号室』だった。しかし、長谷川はかなり酒に酔っていたので、そこが『1111号室』とは知らずに開かれたドアに吸い込まれるように部屋の中へ入って行ってしまった。
【ギィィィ――――――――――!!】
【ギィィィ――――――!!】
酔いが回って眠ってしまっていた長谷川は、金属が小擦れ合うような鈍い嫌な不気味な音にハッと飛び上がって目を覚ました。
「ここは何処だ。俺の部屋じゃ無い。うぅぅぅ……ちょっと飲み過ぎたな」
真っ暗な部屋の中を見回すと、壁に絵が掛かっていて他に荷物は何も無い。何か不気味さすら感じる部屋の中を、長谷川はもう一度見渡してゆっくりと起き上がった。
【ギィィィ―――――――――――!!】
【ギィィィ―――――――!!】
立ち上がった長谷川が響き渡る音のする方へ身体ごと振り返った瞬間だった。
目の前に鉈を振りかざしている男が目の前にいた。
「ギャァァァァァァ――――――!!」
【グワシャッ!! グチャッ!!】
【グチャッ!! グチャッ!!】
抵抗する間もなく長谷川の頭が一瞬で床の上にゴロンと人形の様に転がっていた。
「フフフフフフ♪ アハハハハ♪ アハハハハ♪」
【グチャッ!!グチャッ!!】
【グワシャ!!グワシャ!!グチャッ!!】
少女の笑い声が響き渡る中で息絶えた肉の塊を真司はまた暗闇の中で切り刻んでいた。
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「お願いします。私に兄を兄に憑いている怨霊を祓いに行かせて下さい!」
昨夜の事件を知った真奈美は居た堪れなくなって、自分が怨霊を祓いに行くと修子と師匠に願い出ていた。
「あれを祓う事は貴方の能力を持ってしてもきっと今は不可能でしょう。ただし、真司さんの魂を怨霊から引き離すことは、もしかしたら出来るかも知れません」
「そうですね。真司さんの魂を救えるのならやって見る価値はあるかも知れませんね」
師匠の言葉に修子も同意してくれて、日が沈むのを待ってから師匠と修子も一緒に墓地へ向かうことを約束してくれていた。真奈美は裏山の滝に打たれて身を清め準備を整えていた。教わった術を何度も頭の中で復唱し、必ず兄の魂だけでも救い出すのだと心に決めていた。暫く目を閉じて真奈美が滝に打たれていると目の前に赤ん坊を抱いた義姉が、真奈美の側で哀しげな表情を浮かべてゆっくりと頭を深く下げてからスゥッと消えてしまった。
「義姉さんも兄さんが心配なのね」
真奈美は迎えに来た弟子の僧侶に渡された白装束を纏い寺へ戻った。
「1111号室の持ち主と連絡が取れたので、使いの方が中へ入れるように警察の方にも話をして下さったようです。少し予定外ですが警察の方も外で待機されているそうです」
「兄は逮捕されてしまうのでしょうか?」
「生きていれば間違いなく、逮捕されるでしょう。これだけは避けられない事実です」
師匠は真奈美の問いかけに少し険しい顔をして正直に答えていた。
「あの肉体は抜け殻の様な物なのです。ですから、真司さんの魂だけでも何としても開放しましょう。私たちが怨霊の力を封じている間に貴方の能力で真司さんを助けてあげて下さい」
そして師匠は真奈美に水晶で出来た新しい数珠を差し出した。
「これは貴方に差し上げます。これで貴方も立派な私たちの同業者です」
「本当に。何から何まで有難うございます。大切に使わせて頂きます」
真奈美は溢れる涙を拭いながら、水晶の数珠を有難く受け取ってその胸に握りしめていた。