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『少女の誘惑』

 有美はあの日から、自分の側にいる少女を自分のお腹にいた子供と重ねるようになっているようだった。最初は少女も有美も何も話さずにいたが、しばらくして有美が話しかけるようになると、少女も有美に相槌を打つようになっていた。


有美の瞳には真司が時々自分に何かを話してかけている姿が映っていたが、有美にはそちらが夢の中の出来事の様に感じていた。今では、少女と絵本を読んだり絵を描いたりしている時間の方が、有美にとっての現実になってしまっていた。


「今日は何をして遊ぶの? お絵描き? それとも折り紙して遊ぶ?」


有美が優しく尋ねると、少女は画用紙とクレパスを手に取り微笑んでいる。


「そうね。じゃ、お絵描きをしようね。何を描こうかなぁ~」


クレパスを手に取り画用紙に有美は綺麗な桜の木と学校を書き始めた。


「私は咲良ちゃんの大好きな学校にある桜の木を描いてあげるね」


 残酷なことに、有美は退院して新居で生活をするようになってからも真司とは話すこともなくなり、側にいる咲良と毎日を一緒に過ごしていた。そして、有美は何時の間にか現実を忘れてしまったようになり、咲良の創り出した世界の中から抜け出せなくなっていた。真司はインターネットで必死になって、あの『1111号室』に巣食う怨霊を祓える霊能者を探していたが、冷やかしの応募は毎日のようにあっても真司の希望に見合う様な応募者はいなかった。


「悪い事は言わない。もうあの『1111号室』に関わるのはやめなさい。私たちの力不足で本当に申し訳無いと思っているけど。……あの部屋の少女の怨霊を取り込んでいるあの悪霊は危険過ぎて誰にも祓うことは出来ないのよ!」


会社の昼休みに、真司は自分を心配して会社を訪れた修子に霊能者を探すのはやめるように説得されていた。


「僕は諦めません。有美をあんな風にした怨霊を絶対に許したくない。許せないんです!」

「駄目よ! 恨みや憎しみは捨てなさい。貴方は怨霊に知らない間に取り憑かれているの! このままだと大変な事になるのよ! 目を覚ましなさい!」

「もう、僕のことは放っておいて下さい!」


怨霊に対する怒りと憎しみに取り付かれてしまった真司は、修子の必死の説得にも応じようとせずに。黙って立ち上がると、珈琲代を置いて会社へ戻ってしまった。


「このままじゃ、貴方も命を落として怨霊になってしまうのよ」


修子はそう呟くと直之に連絡を取って、真司の命が危ういことを伝えていた。そして、出来るだけ真司から目を離さないように直之に念を押していた。


********************


「どうしたの? どこへ行くの? 咲良ちゃん? どこへ行くの?」


 有美はその頃、咲良に手を引かれるまま『1111号室』のあのマンションへ戻って来ていた。《カエロウ……オウチヘ…カエロウ…》咲良に泣きそうな顔でそう言われて、有美は仕方なく『1111号室』の前まで来てしまった。


「もう、ここは私たちのお家じゃないのよ……中へは入れないの。あっ!?」


【ガチャッ!! ギィィィ――――――――!!】


有美が咲良に部屋の中へは入れないと言い終わる前に玄関のドアは勝手に開いていた。《カエロウヨ……ミンナマッテル……カエロウ》


「えっ!? 誰が待ってるの? 咲良ちゃん?」


有美が咲良に手を引かれて部屋へ入ろうとした時だった。


「どうしたのですか? 市川さんの奥様ですよね? 何か忘れ物でもございましたか?」


 有美に声をかけたのは管理人の竹内だった。一階のロビーで有美を見かけて後を追って来ていたようだ。しかし、有美には聞こえていないようで、市川に気付かずに部屋の中へ入って行ってしまった。


「どうしたのかな? 聞こえなかったのか? どうも何か様子が変だ」


不審に思った竹内は、すぐに管理人室に戻って真司の携帯へ連絡を入れて有美の事を伝えた。電話の向こうで真司は凄く慌てていて、自分が行くまで有美を保護して欲しいと竹内は頼まれてしまった。仕方なく竹内は『1111号室』へ戻り、玄関から中へ入ろうとドアを開けようとしたが、鍵が掛かっているようでドアは開かなかった。持っていた鍵を差し込んで鍵を開けたが、やはりドアは開かない。竹内が途方に暮れていると中から有美の悲鳴が聞こえて来た。


「イヤァァァァァァ――――――――――――――!!」

「キャャャ―――――――――――――――――――!!」


尋常じゃない悲鳴に驚き、竹内は必死でドアを開けようとしたが全くドアは開かない。


【ドンドンドン!! ドンドンドン!!】


「市川さん!! どうしたのですか!? 何があったのですか!? 返事をして下さい! 市川さん!!」


竹内は必死にドアを叩いて有美に声をかけてみたが、中から有美の返事は返って来なかった。


「ギャァァァァァァ―――――――――――!!」


次に聞こえて来たのは耳を塞ぎたくなるような有美の悲痛な叫び声だった。竹内はどうすることも出来ずに警察と救急隊に通報してその場で助けを待った。そうしている内に真司が息を切らしてやって来て、すぐに中へ入ろうとしていた。


「どうして開かないのですか!? 何故? 有美はどうやって中へ入ったのですか!?」

「私が声をかけた時には確かに玄関ドアは開いていて、奥様は私に気付かずに中へ入って行ってしまったのです。私が管理人質から戻って来たら、開かなくなっていたので鍵を開けて中へ入ろうと何度も試みましたが、何故かドアが全く開かなくて……お役に立てずにすみません。本当にすみません!」


激怒している真司に必死で竹内は状況を説明してから、警察と救急隊を呼んだ事を伝えた。間もなく警察と救急隊が来て、ドアをこじ開けて突入した警官が物凄い叫び声を上げていた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――!!」


その叫び声を聞いて真司が急いで中へ入ろうとしたら、入り口にいた警官二人に止められた。


「ご主人は見ない方が良いです!! 下がって下さい!!」

「嫌だ!! 中へ入れろ! 有美! 有美! 有美! 有美―――――!!」


『1111号室』の部屋の中は、あちこちに有美の血液や肉片が飛び散り、凄まじい光景が広がっていた。有美の遺体と言えるような物は無くあるのは肉片と血痕だけだった。真司と竹内は警察に疑いを受けてその場で連行されたが、マンションの防犯カメラの映像から、どこにも不審な点は無いと判断されてすぐに釈放された。有美は残されていた肉片や血液の量から、生きているとは思えないと医学的に判断され殺人事件として捜査されることになった。


 今回の事はマスコミにも取り上げられて、大きく新聞記事や雑誌に不可思議な殺人事件としてテレビの報道番組などでも話題になっていたので、真司たちを案内した春菜もこの事を知って深く胸を痛めていた。


「私があんなマンションを案内してしまったから、こんな事に……。どうしよう」


青い顔をして週刊誌を見つめている春菜を心配して、笹川が背中を叩いて励ましている。


「気にするな! お前の責任じゃない。もうこの物件には絶対に関わるなよ!」


春菜は笹川に諭されて関わらないでいようと決意するが、既に春菜もこの恐ろしい出来事の渦中に巻き込まれていたのだった。


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