表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

『霊能者』

 不動産屋から戻った真司は、険しい顔をしてデスクで処理中の書類に向かっていたが、春菜に聞かされたことがずっと脳裏を過り少しも仕事が進まない。手を止めて溜め息を吐くと、立ち上がって休憩室へ行って熱い珈琲を飲みながら、真司は春菜から聞かされた1111号室の噂と事件のことを思い返していた。


「失踪に自殺にそして、不審死。幼女惨殺事件。あの部屋は呪われているのか!?」


 半ばヤケクソに近い感情で、クククっと真司は肩を震わせて笑うと、残りの珈琲を飲み干して紙コップを握り潰していた。有美がこの話を知れば、きっと明日にでも引っ越そうと言い出すに違いないと真司は思い悩んでいた。霊や呪いなんてものが本当にあるのか真司には信じ難いことで確かめておく必要がある。自分の古くからの友人の中に『霊能者』を身内に持つ男がいたことを真司は思い出して、すぐにその友人の携帯へ連絡を取ることにした。そして、運良く仕事が終わってからその友人と会えることになった。


有美には一人で家に帰るのが怖いなら、今日は実家か真司の妹の真奈美の所へ泊まるように勧めて、真司は一人で友人の秋山直之あきやまなおゆきに会う為に会社の側の駅から三駅先の駅前にある学生時代に度々直之と通った居酒屋へ向かった。真司が店に入ると、既に直之がいつもの場所に座りこちらに向かって手を降って笑っていた。


「お前の方から連絡を寄越すなんてどうしたのさ? 何かあったのか?」


会って早々に直之は待ち切れない様子で身を乗り出して、真司に質問していた。


「お前さ、身内に確か霊能者がいるって言っていただろう? 不都合で無ければ紹介してもらいたいと思ってさ」


まさかの真司の言葉に直之は一瞬戸惑いを見せたものの、少し考えてから真司の顔を見て静かに頷いていた。


「確かに。俺の叔母が霊能者を生業にしているから、お前の頼みなら紹介はするさ、お前自身のことなのか?」


直之は心配そうに真司の様子を伺っている。


「ああ。引っ越した先のマンションの部屋が曰くつきで、幼女が三年前に惨殺されていたらしくて、その後に入居した人たちは失踪したり自殺したり気が触れておかしくなったりしているそうだ。何もしないまま引っ越すのは少し癪だからお前に連絡したのさ」


真司が今までの経緯を話すと、直之はすぐにその叔母に連絡を入れて明日の昼には会えるように頼み込んでくれていた。


「真司……。あんまり無茶するなよ! 叔母がヤバイって言ったら本物だからな!」


別れ際に直之は真司にそう釘を刺すと、待たせていたタクシーに乗り込み帰って行った。真司は直之と別れてあのマンションへ帰るか、実家へ帰るか暫く悩んだが一人になって確かめたいこともあったのでマンションへ帰ることにした。


 真司が鍵を開けて中へ入ると、部屋の中は空気が重く張り詰めている感じがしてとても気味が悪かった。真司はすぐに照明のスイッチを入れて、明るくなった部屋を見渡してから気のせいだろうと自分に言い聞かせて鞄をソファーに置いて汗を流そうと風呂場へ行き、シャワーを浴びていると何か音がしたような気がして真司はシャワーを止めて耳を澄ましていた。


【キィィ――――――――!! ギィィィ――――――――――――!!】


身体をビクッとさせて動きを止めた真司は、風呂場の戸に耳をつけて外の様子を伺っていた。


【ギィィィ―――――――!!ギィィィ――――――――――――!!】


聞こえてくる不気味な音が気のせいではないと確認すると、真司は慌てて風呂場から出てバスタオルで身体を軽く拭いて、バスローブを羽織って真司は音のする方へ向かった。


【ギィィィ―――――――――――――! カタンカタンカタンカタン】


有美から聞いた通り不気味な何か金属が小擦れ合うような音と、何かがカタカタと音を立てている。その音は確かにあの絵画のある部屋から聞こえていた。真司はドアをゆっくりと開けて中へ入り、部屋の照明のスイッチを入れた。明かりが点いて部屋の中が明るくなった瞬間だった。真司の目の端を何か黒い物がスッと動いたような気がして、部屋を見渡したが音も静まり何も姿を現す気配も無かった。その場に座り込んだ真司が絵の中の少女をゆっくりと見上げると、その絵の中の少女が自分を見て笑っているように見えて、背筋がゾッとした。そして、真司はすぐに部屋を出て、その夜はリビングのソファーでテレビを見ながら朝まで眠ることにした。

挿絵(By みてみん)


そして、眠ってしまった真司の顔を覗き込み小さな黒い影がフワフワと浮かんでいた。


*************


 翌日。午後から上司に早退を届け出て、真司は約束していたカフェで霊能者の秋山修子あきやましゅうこと向い合って話し込んでいた。直之から叔母と聞いていたので五十代位の女性を想像していたのだが、真司とあまり年齢差は感じられない凛とした綺麗な女性だったので真司は少し緊張していた。


「お話の内容は解りました。今、私が視ていることを正直に申しますと、既に真司さんには少女の怨霊が憑いていて、その少女が凄い形相でこちらを睨んで私を威嚇しています」


修子は単調に真司の少し右側を見つめて動じず現在、修子に視えている状況を語っていた。


「僕に憑いているのですか? 少女が? 貴方には視えているのですね」


修子に少女の霊が憑いていると言われ、慌てて自分の周りを確認したが真司には全く視えなかった。しかし、自分を見つめる修子の真剣な鋭い眼差しが、冗談では無く間違いのない事実だと証明していた。


「これからどうすれば良いのでしょうか? 祓うことは可能でしょうか?」


少し小声で真司は修子に尋ねると彼女は頷いて立ち上がった。


「急いで『浄めの儀』を行わなくてはいけません。かなり強い怨念を感じるので正直に申しますと、私一人では祓えません。しかし、このままにもしておけないので参りましょう!」


 修子は真司を連れてカフェを出ると、すぐにタクシーを拾って乗り込み行き先はどこかの寺院の名前を運転手に告げていた。そして、鞄のポケットから携帯を取り出して修子は誰かに急いで連絡を入れていた。高速で一時間程車を走らせて、着いた先は古いかなり大きなお寺のようだった。本堂のある建物の側には大きな古い日本家屋が建っている。真司がキョロキョロとしている間に修子はその日本家屋の玄関のインターホンを押して主が出て来るのを待っていた。


「お待たせして申し訳ありません。お久しぶりです修子さん」

「突然で申し訳ありません。どうしても私だけでは手に負えない案件なので師匠を頼りに伺いました。こちら、市川真司さんです。何も言わなくても分かって頂けると思います」


 真司は修子に紹介されて、黙って頭を深く下げた。修子に師匠と呼ばれる男は真司の手を取り急ぎましょうと家の奥から繋がる廊下を通って、本堂へ連れて行き真司を仏前へ座らせ儀式の用意を弟子の僧侶二人に手伝わせ全てが首尾よく整うと師匠は『浄めの儀』を始めた。


 それから二時間余り『浄めの儀』を行い終わる頃には真司は意識が朦朧として夢を見ていたようだった。修子も師匠も疲れ切った様子で終わった後、真司にかなり険しい顔をして状況を説明してくれていた。


「正直、こんなに邪悪で強い怨霊は今まで色んな怨霊を祓って来ましたが、初めてです。少女の霊だけではこんなに強い怨霊にはなりません。今のところ少女の霊が貴方に憑いていただけだったので、貴方から一時的に剥がすことは出来ましたがこの先どうなるか私たちにも保証は出来ません」


 霊能者も所詮は万能ではなく、人間なのだと真司は改めて思い知らされた気がしていた。二人はやはりあのマンションからは、早急に引っ越すことを真司に強く勧めていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ